群馬県桐生市茂倉沢鉱山の長島石

       群馬県桐生市茂倉沢鉱山の長島石

1. 初めに

  過去に何回か茂倉沢を訪れ、ようやく「鈴木石」をはじめとするこの産地特産の
 バナジウム鉱物を採集できるようになった。
  2007年の”運試し”の1つとして、年明け早々に茂倉沢を訪れた。産地への林道は
 綺麗に整備され、以前より200mほど奥まで車の乗り入れができるようになっていた。
  いつものように、沢筋を遡上しながら、真っ黒いマンガン鉱を探し、叩き割り
 ルーペで覗く作業を繰り返して採集した。
  しかし、現地では、「砒四面銅鉱」などの金属鉱物は見つけられたが、「鈴木石」
 など、”緑色”をしたバナジウム(V)を含む鉱物は全く見つけられなかった。

  2週間後、栃木県の石友・Sさん一家を案内して、再び茂倉沢を訪れた。沢筋を遡上
 しながら、真っ黒いマンガン鉱を探し、叩き割った。
  Sさんの奥さんが割ったピンク色のバラ輝石の表面に、肉眼でもハッキリわかる「ロ
 スコー雲母」や「鈴木石」があり、大喜びだった。

  私は、2回とも、バラ輝石や菱マンガン鉱などを含む”ピンク色〜赤紫色”の破面が
 見える石は念のため全て持ち帰り、実体顕微鏡下で観察した。
  さらに小割りすると、割った瞬間、ピンク色のバラ輝石の中の緑黒色・細柱状結晶が
 目に飛び込んできた。ルーペで見ると、鮮やかな緑色の部分を残した「長島石」である。

  「長島石」以外には、「鈴木石」「ロスコー雲母」などのバナジウムを含む鉱物
 「パイロファン石」「緑マンガン鉱」などのマンガン鉱物、そして、砒四面銅鉱など
 この産地の代表的標本を一通り採集できた。
  新年の”運試し”の成果はそこそこ満足できるもので、『めでたさも 中位なり
 おらが春 』
であった。
 ( 2007年1月採集、1月再訪 )

2. 産地

   桐生市にある群馬大学工学部の脇の県道を「梅田」に向かって北上する。右
  側に「セブンイレブン」があった。(現在空き店舗) その手前で、桐生川に
  掛かる「観音橋」を渡り、左折し、500mほど行くと右側に林道が見える。
  林道の左側にある「茂倉沢・・・・」の標識が目印である。
   林道を500mも行くとそれから先は悪路で、4WD車でも進入はむりで、この
  周辺の広い空き地に駐車する。

     茂倉沢【2007年1月】

   沢に下りて遡上すると2つの沢が合流する。ここを左の沢に沿って進み、200m
  行くと2つの沢が合流し、合流点から右側の沢を約100m遡上すると30mほど
  上方に坑口がありその前にズリが広がっている。

3. 産状と採集方法

   ここは、変成層状マンガン鉱床といわれている。マンガン鉱物は、地表の雨
  水や酸素の影響で表面が真っ黒い2酸化マンガンに変化している。
   全体として四角っぽく、しかし角は丸みを帯び、真っ黒い粉を吹いたような
  外観で、手にもって”ズシリ”と重たく感じる塊を探し出す。沢水で洗われた
  マンガン鉱の表面は、鉛筆の芯(黒鉛)を擦ったように、銀白色である。
   マンガン鉱は、堅くて割るのに一苦労する。(簡単に割れるものは、内部ま
  で2酸化マンガン化が進んだもので、良品はない)
   大き目(2kg)のハンマで割って新鮮な面を出し、ルーペで丹念に観察する。

4.産出鉱物

(1)長島石【Nagashimalite;Ba4(V3+,Ti)4Si8B2O27Cl(O,OH)2
    赤紫がかったピンク色、粗粒のバラ輝石の中に緑黒色、細柱状結晶の集合で
   産する。表面は真っ黒になっていることが多いが、破面は、ガラス質で鮮やか
   な緑色を示す。

    原産地は、岩手県田野畑鉱山で、ここ茂倉沢鉱山では1980年(昭和55年)に
   発見された。希元素鉱物のアマチュア研究家長島乙吉氏にちなんで名付けられ
   た。
    バリウム(Ba)を含むことから、珪酸塩鉱物としては比重が4.0と大きい。

    長島石【左右3mm】

(2)鈴木石【Suzukiite;Ba2V2Si4O12
    以前ある人から『 鈴木石 は、石英が斑晶状に入り込んでいる、やや透
   明感のあるバラ輝石に来る 』
などの特徴を知っていると発見の確率が高く
   なる、と教えてもらったことがある。
    ただ、例外もないわけでなく、菱マンガン鉱などのピンク色がかった断面は
   丹念に見るようにしている。
    鈴木石は、透明感のある緑色のスポット状〜柱(針)状〜板状が特徴である。

     鈴木石

(3) ロスコー雲母【Roscoelite;K(V,Al)2AlSi3O10(OH)2
    バナジン雲母とも呼ばれ、ここ以外では、鹿児島県の大和鉱山で発見されたの
   本邦初で、約20年後にここ茂倉沢でも発見された。最近では、岐阜県の鵜沼でも
   産出が報告されている。
    淡い緑色の薄い板状で、へき開面で全反射して金属光沢を呈する。
    ロスコー雲母が積み重なった部分を横から見ると暗緑色・柱状に見え「長島石」
   と極めて紛らわしいが、針などで突付くと簡単にへき開するので判別できる。
    ただ、ロスコー雲母と鈴木石か長島石が互層をなす(積み重なったような)標本
   も採集したので、判断に苦しんでいる。

     ロスコー雲母

(4)菱マンガン鉱【Rhodochrosite;Mn(CO)3
    淡い紅色で、特有の劈開がある。今回、へき開面の長辺が2cmをこえる標本を
   採集できた。

     菱マンガン鉱

(5)砒四面銅鉱【Tennantite;(Cu,Fe,Zn)12As4S13
    銀白色鏡面、三角形の面が4つ集合したピラミッド状の微細な結晶で、バラ
   輝石に隣接する石英の”晶洞”様の中や細かい結晶粒の菱マンガン鉱に埋もれて
   産する。
    小割にしたときの衝撃で結晶が割れ、貝殻状の破面を示すことがほとんどだ
   が、稀に結晶の形を残す場合がある。
    母岩に埋もれている八面体の黄鉄鉱と紛らわしいが、鋼色鏡面で表面に条線
   がなく、表面に累帯構造が見られることで区別できる。
    「安四面銅鉱」と「砒四面銅鉱」は、外観からは全く区別できないが、この
   ページでは便宜的に「砒四面銅鉱」とした。

     砒四面銅鉱

(6)パイロファン石【Pyrophane;MnTiO3
    赤褐色、透明、ガラス質の六角薄板状結晶が集合した状態で産する。結晶面は
   複雑に湾曲しており、バラ輝石の結晶化に相前後して、その結晶粒界に成長した
   ためと想像している。六角薄板状結晶は、板チタン石【Brookite:TiO2】を思わせ
   化学式も”MnOを含んだ板チタン石”を思わせる。

    パイロファン石
(7)緑マンガン鉱【Manganosite:MnO】
    緑色、皮膜状で茶色い「ハウスマン鉱」【Hausmannite:Mn2+Mn3+2O4】と隣接
   して産する。割った瞬間は鮮やかな緑色だが、1日もたつとくすんだ暗緑色、そし
   て最終的には真っ黒い2酸化マンガンになってしまう。
    褪色(いろあせ)を遅らせるのには、100円ショップにある透明マニキュアを
   塗る方法がある。

    緑マンガン鉱

(8)しのぶ石【Tennantite;(Cu,Fe,Zn)12As4S13
    マンガン鉱のひび割れ面に二酸化マンガンの溶液が染み込んで樹枝状に成長
   した真っ黒い”しみ”があたかも植物の”しのぶ(シダの一種)”に似ている
   ことから、その名がついた。
    同じような現象は二酸化マンガンだけでなく、褐鉄鉱などでも起こることがある
   が、二酸化マンガンによるものが正統

    しのぶ石

5. おわりに

 (1) 今まで、ここでの採集は、割ってはルーペで確認、割ってはルーペで確認の繰
    り返しだったが、寒い中で長時間これを繰り返すのは、いささか”老体”には堪
    える。
     今回から割ってみて”ピンク色”を含む石はそのまま持ち帰り、暖房の効い
    た部屋で、実体顕微鏡下でジックリ鑑定することにした。
     これがなかなか良い結果を生んでいるようだ。

 (2) 今まで『茂倉沢』の読みは、『もくらさわ』だとばかり思って、石友にもそう
    話していたが、最近『もぐらさわ』だと知った。
     何歳(いくつ)になっても、新しい発見はあるものである。

6. 参考文献

 1)日下 英昭:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 2)加藤 昭:マンガン鉱物読本,関東鉱物同好会編,1998年
 3)松原 聰:日本産鉱物種,鉱物情報編,1992年
 4)益富地学会館監修:日本の鉱物,成美堂出版,1994年
 5)松原 聡・宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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