新潟県岩室村間瀬海岸の沸石族

       新潟県岩室村間瀬海岸の沸石族

1. 初めに

   2005年の夏、新潟県の石友・Kさん(中学2年生)から夏休みの宿題の相談を受けた。
  「新潟の鉱物採集地」と題するテーマで、県内の鉱物産地を訪れ、産出する鉱物を
  まとめて見たいが、産地に関する情報が全くないので教えて欲しい、とのことであった。
   訪れて見たい産地として

   @間瀬海岸
   A赤谷鉱山
   B三川鉱山
   C楢山
    とあった。

   しかし、HPを見ての通り、私自身が新潟県には県南、富山県との県境の糸魚川周辺に
  何回か行ったことがある程度で、@〜Cのどれも知らない産地ばかりであった。

   産地情報に詳しい東京の石友・Mさんから頂いたB関連資料や相談を頂く直前に入手
  した地学ガイドブック「新潟地学ハイキング」の中から@、Aに関連する部分を抜粋し、
  また、私のHP 「あなたは行きましたか?」 にある文献からC関連の部分をコピーして
  お送りした。

   暑かった夏も終わりを告げ、鉱物採集に最適の時期になり、今回、「栃木・福島・新潟
  鉱物採集の旅」の途上、上記@〜Cの中のいくつかの産地を訪れた。
   間瀬銅山の次に訪れたのが方沸石で有名な「間瀬海岸」であった。ほぼ半日海岸沿いを
  歩き回り、「方沸石」「青い魚眼石」など代表的な鉱物を一通り採集できた。
   帰宅後、明治34年(1901年)2月、東京帝国大学理科大学が地質学教室に所蔵する
  鉱物標本を調べた「日本礦物標品目録」を読み直してみると、間瀬石切場とその周辺で
  産した鉱物として次のようなものが記載されており、今から100年以上昔に、間瀬は中央
  (東京)でも良く知られた有名産地であったことに、改めて思い至った。

 國 郡 産出場所 産出鉱物  備考
越後  間瀬石切場方解石(Calcite)   
越後  間瀬石切場曹達沸石(Natrolite)  
越後  間瀬石切場曹達沸石(Natrolite)上とは違う産状のものか
越後  間瀬石切場方沸石(Analcime)   
越後  間瀬石切場魚眼石(Apophyllite)   
越後  間瀬石切場魚眼石(Apophyllite)上とは違う産状のものか
越後  間瀬・弁天剥沸石(Heulandite)和名は剥沸石なのに、英文は
輝沸石を表すHeulandite。
剥沸石か輝沸石か?
越後  間瀬・弁天剥沸石(Heulandite)     同上
上とは違う産状のものか

   ただ間瀬・弁天(現弁天岩?)の剥沸石【Epistilbite:3Ca[Al2Si6O16]・16H2O】を採集し
  そこねたのは残念であったが、秋晴れの下、穏やかな海の向こうに佐渡島を見ながら
  採集するのは何とも気持ちの良いものであった。
  (2005年10月採集)

2. 産地

   地学団体研究会高田支部が昭和53年(1978年)に編纂した「新潟地学ハイキング」に
  記述してある産地と産出鉱物の状況は30年近く経った今でも充分通用し、大いに参考に
  なった。
   間瀬港から北の弁天岩に至る約2kmの海岸一帯や古い石切り場跡などが産地です。
   ここは、超有名産地ですので、産地の詳細は控えさせていただきます。

       
     産地地図【「新潟地学ハイキング」の図に最新情報を加え改訂】

3. 産状と採集方法

   このあたり一帯は、共に、海底火山の噴火で、玄武岩が海水中に流れたときにできた
  枕状溶岩の下部にハイアロクラスタイトと呼ばれる細かく砕かれた岩石が積み重なっている。
   場所によっては、茶褐色〜灰褐色の凝灰岩質細粒の比較的軟らかい岩石が層をなしている
  個所もある。
   枕状溶岩(Pillow Lava) は、海底で噴出したマグマ(1200℃くらいの高温)の先端は
  表面張力で丸くなり、周りの海水で表面は急激に冷やされ黒くて硬いガラス状の皮ができますが
  内部はまだ熱くて液体状態なので、ちぎれて海底の斜面を転がり落ちて堆積したものと考えられる。
  ( いわば、餅をちぎっては投げ、ちぎっては投げ 状態でしょう )
   現在でもハワイ島の火山から流れ出た溶岩が海中に落ちて”まくら状”の塊が形成される
  様子をテレビなどでみることがあります。
   ハイアロクラスタイト(Hyaloclastite) は、溶岩が海底から噴出するとき、海水中で爆発し
  粉々になって堆積したものとされています。
   間瀬の沸石類は、枕状溶岩やハイアロクラスタイトなどの玄武岩ができた直後に、地下に
  あったマグマの中から熱水(200〜300℃)が昇ってきて、まだ熱い玄武岩と反応してできた
  と考えられています。
   真っ黒〜茶褐色の崖を眺めると、真っ白い沸石鉱物が含まれている部分があり、ここから
  標本を採集します。
   この一帯の露頭や転石は、ペグマタイト産地などに比べ何倍も軟らかく、採集は楽です。

           
        海岸の露頭             石切場跡         産状【白:沸石 青緑:魚眼石】
                            産地と産状

4. 採集鉱物

 (1)方沸石【Analcime:Na[AlSi2O6]・H2O】
     無色透明〜白色、ガラス光沢を示し、サイコロの角を落としたような偏菱24面体の結晶で
    現れることが普通。玄武岩や灰白色細粒の沸石岩の気孔中に産し、空隙を残す場合と
    残さない場合があり、前者の場合は、結晶面が発達し、良晶が得られることが多い。
     大きなものでは、直径1cmを超えるが、大きさ・形・色の3拍子が揃ったものは稀である。
     無色透明なものは、母岩との接合部にあるノントロン石・鉄サポー石のような褐色〜
    緑色の粘土鉱物が鮮やかに浮き上がって見えます。

           
       結晶図           曹達沸石を伴う               透明
                                   採集標本
                        方沸石

 (2)魚眼石【Apophyllite:KCa4[(F,OH)|Si8O20]・8H2O】
     無色透明〜淡青緑〜白色ででガラス光沢を示し、正方複錐や正方板状をなす。劈開明瞭で
    その面は特有の真珠光沢を示す。方沸石に伴って産出することが多く、晶洞の中に青緑色を
    示して点在する。
      F>OH:弗素魚眼石
      OH>F:水酸魚眼石
     間瀬のものは、弗素魚眼石とされている。間瀬で青緑色を示すガラス光沢の鉱物があれば
     魚眼石と思って間違いない。青緑色のものには、少量のV(バナジウム)が含まれていると
     されている。

       
        正方複錐         正方板状
                 結晶図

       
         自形                  他形
                 採集標本【青緑色】
                   魚眼石

 (3)曹達(ソーダ)沸石【Natrilite:Na2[Al2Si3O10]・2H2O】
     白色〜無色透明でガラス光沢を示す細長い柱状で産する。柱の断面は正方形で先端に
    錐面がでる。これらの結晶が放射状集合を形成して、玄武岩の気孔中に立っている。方沸石や
    トムソン沸石、方解石などと共生し、稀に方沸石やトムソン沸石の上に成長しているものもある。

    曹達沸石

 (4)トムソン沸石【Thomsonite:NaCa2[Al5Si5O20]・6H2O】
     白色〜淡い灰色、ガラス光沢を示し、白い玉として玄武岩の気孔の壁に張り付いていて
    玉の割れ口は、ルーペでのぞくと細い真っ直ぐな針状結晶が放射状に集合していることが
    わかる。

    トムソン沸石

 (5)エリオン沸石【Erionite:NaK2MgCa1.5[Al8Si28O72]・28H2O】
     白色、ガラス光沢で多くは毛状、針状、柱状で放射状集合体を作る場合もある。語源の
    エリオンとは、ギリシャ語で”羊毛”の意味で、羊毛状をなすこともある。

    エリオン沸石

 (6)モルデン沸石【Mordenite:(Ca,K2,Na2)[AlSi58O12]2・7H2O】
     白色、ガラス光沢の針状・細柱状・毛状の集合体で気孔中に産するはずだが
    今回採集できなかった。

    モルデン沸石【採集品なし】

 (7)菱沸石【Chabazite:Ca[Al2Si4O12]・6H2O】
     マッチ箱をひしゃげたような菱面体、白色〜無色透明の結晶で産するのだが、今回
    これも採集できなかった。

    菱沸石【採集品なし】

 (8)輝沸石【Heulandite:Ca[Al2Si7O18]・6H2O】
     正六角形を変形した六角形の板状、白色〜無色透明で晶洞の中に産する。ここでは、
    板状の沸石がでたら、輝沸石と考えてほぼ間違いない。今回得られた唯一の輝沸石
    標本は、母岩の空洞を埋める玉髄の晶洞の中に成長したもので、輝沸石は珪酸分に
    富んだ種と乏しい種の両方と共存するとあるように、これは前者の例です。

           ↓ この六角板状結晶
    輝沸石

 (9)方解石【Calcite:CaCO3】
     ガラス光沢、白色〜少量成分などの影響により着色する。劈開が明瞭。今回の採集品は
    母岩の空洞を埋める菱面体結晶の集合体で産し、「日本鉱物資料」の記述を裏付ける
    ように”飴色”を示している。

    方解石

     伊藤 貞市が昭和12年(1937年)に編輯した「日本鉱物資料 "Beitraege zur Mineralogie
    von Japan"」の「方解石」の項は、新潟県間瀬産の方解石について、栃木県足尾鉱山産と
    比較しながら、結晶学的に詳しく解説してある。以下、引用してみる。

     『 新潟縣西蒲原郡間瀬は沸石及び方解石の産地として著名である。・・・・・・・
      結晶は (1)偏三角面体のみよりなるもの と (2)菱面体を主とするものあり。前者は
      無色、後者は淡黄色叉は飴色である。 』

      結晶面として、9種が掲載されているが、代表的な例は、上記の(1)、(2)に対応する
     次の2つである。今回、菱面体は採集できたが、どこにでもありそうな犬牙状のものは
     見当たらなかった。

       
    偏三角面体(犬牙状)        菱面体
    方解石結晶図【 「日本鉱物資料」より引用 】

 (10)このほか、玉髄などが採集できます。しかし、このような産地につきものの”セラドン石”は
   見かけなかった。
    千葉県の石友・Mさんから、間瀬で採集できる沸石類として、灰十字沸石とゴナルド沸石が
   あるとの情報をいただいた。

5. おわりに

 (1)鉱物採集を始めた20年近く前、図鑑に載っている晶洞の中に”チョコン”と鎮座する
   「間瀬の方沸石」を見て、いつか採集したいと思いつつ、今日まで訪れる機会がなかった。
    今回、古い文献をもとに産地を訪れ、産状を自分の目で確認し、一通りの沸石族
   標本が採集でき、念願が叶った。

 (2)間瀬は関東方面で有名な静岡県河津町の”やんだ”と似たように海岸の火山起因岩に産する
   沸石産地であるが、”やんだ”ではいくらでも出る「モルデン沸石」や「菱沸石」が極めて少な
   かった。(採集できなかった)
    逆に、「方沸石」「青緑色の魚眼石」「ソーダ沸石」は、大きさや状態(自形・他形など)を
   問わなければいくらでもある という状態である。
    それぞれの産地のでき方の違いがどこにあるのか、興味を覚えます。

 (3)この日は、、久々の秋晴れで、穏やかな海の向こうに佐渡島を見ながら採集するのは何とも
   気持ちの良いものであった。

    間瀬海岸から見た佐渡島

 (4)HP公開後、千葉県の石友・Mさんから英文スペルや化学式の間違いとともに、間瀬で
    産する沸石類として、灰十字沸石そしてゴナルド沸石がある、とご教示いただいた。
     早速訂正すると共に、厚く御礼申し上げます。

    「日本礦物標品目録」にある剥沸石の英文が ”Heulandite” とあるが、これは輝沸石である。
    今となっては、日本語が正しいのか、英文が正しいのか判然としない。「日本鉱物誌」には
    間瀬産として「輝沸石」はあるが、「剥沸石」はない。従って、英文の方が正しく「輝沸石」で
    「剥沸石」は産出しないと考えると、今回「剥沸石」を採集できなかったことも納得できる。
    ( 私に都合の良い解釈です )
     「輝沸石」は今回1個体だが採集でき、産出が証明されたが、剥沸石が出ないことを
    証明するのは、極めて難しい。頭が痛い。

     しからば、他の手段で証明することはできないだろうかと考え、「日本産鉱物文献集」を
    紐解くと、本邦で「輝沸石」が初めて紹介されたのは、1893年(明治28年)であるのに対し
    「剥沸石」は、大築 洋之助氏によって、伊豆産のものが1900年(明治33年)に公表されて
    いるのが嚆矢で、比較的新しい。
     明治37年(1904年)の「日本鉱物誌」「剥沸石」の項に、『 ・・・・大築氏に依れば
    伊豆天城に産し・・・・・』 と天城産のものだけが紹介されており、”間瀬”の名前はない。

     以上のことから、「日本礦物標品目録」にある「剥沸石」は間違いで、「輝沸石」が正しい
    と考えるのが妥当であろう。

6. 参考文献

 1)柴田秀賢、須藤俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
 2)加藤 昭:沸石読本,関東鉱物同好会,1997年
 3)東京帝国大学・理科大学地質学教室調:日本礦物標品目録,同大学,明治34年
 4)松原 聡:日本の鉱物,滑w習研究社,2003年
 5)地学団体研究会高田支部編:新潟地学ハイキング,新潟日報事業社,昭和53年
 6)地学団体研究会地学辞典編集委員会編:地学事典,平凡社,昭和45年
 7)伊藤 貞市編輯:日本鉱物資料,東京帝国大学理学部地質学教室内 鉱物会,昭和12年
 8)原田 準平監修:日本産鉱物文献集,北海道大学理学部 地質学教室内
              日本産鉱物文献集編集委員会,1959年
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