長野県大町市葛(くず)温泉の希元素鉱物

1. 初めに

   長島 乙吉・弘三両氏の「日本希元素鉱物」には、日本各地の希元素鉱物
  産地での採集記が記載されている。
   それらの中に、「大町市葛温泉と木曽谷」と題する章がある。昭和30年
  (1955年)7月12日に、葛温泉周辺で「鉄雲母」や希元素鉱物を父子揃って
  採集された時の様子を描き、その中に次のような一節がある。

   『 高瀬川の砂をパンニングしてジルコンと重砂の多いのには驚いた 』

   大町市は、新潟県糸魚川周辺でのミネラルウオッチングの往復の度に
  通るのだが、早朝や夜間であったり、しかも国道147号線から10km
  以上奥まった所にある葛温泉は寄り道になることもあって、訪れたことが
  なかった。
   2005年暮れ、石川県の石友・Yさんが山梨県北部のミネラルウオッチングに
  来訪されたとき、葛温泉の下を流れる高瀬川の白い砂をいただいた。何でも
  危険な急崖を下り、大岩の蔭に溜まった黒っぽい砂を選んで持参してくれた
  とのことであった。
   Yさんが帰られた後、自宅近くの川でパンニングをしたところ、長島先生の
  記述通り、著量の磁鉄鉱を主とする重砂が得られ、それを磁石で取り除くと
  「苗木石」「ジルコン」「褐簾石」そして「フェルグソン石」などの希元素鉱物が
  得られた。
   お蔭で、長島先生に因む希元素鉱物を得ることができ、Yさんのお心遣いに
  厚く感謝申し上げる。
  ( 2005年12月採集 )

2. 産地

    Yさんによると、『大町市街から「エネルギー博物館」を目指し、そこを通り過ぎ
   「葛温泉」に着く。「仙人閣」の隣に広い場所があるので、ここの邪魔にならない
   場所に駐車させてもらう。
    岩伝いに河原まで下りられるが、滑って危険なので、ロープを張るなどの安全
   策が望ましい 』とのことであった。

    葛温泉
        ↑ ダムの下流

3. 産状と採集方法

   「日本希元素鉱物」によれば、かつて葛温泉の奥「分渡沢」には海抜1,700mの位置に
  珪長石採掘場があり、1,700mのケーブルで蔦温泉まで1700トンの珪石を送った。この
  採掘跡の珪石を砕いてパンニングすると、苗木石がたくさん採れる、とある。
   田久保先生は、日本北アルプスに放射能鉱物を探求され、この近くの「温泉沢」で
  褐簾石を発見し、帰宅直後に逝去された、というエピソードも紹介されている。
   これらからもわかるように、この一帯のペグマタイト脈には各種の希元素
  鉱物が含まれており、それらが川砂に含まれる砂鉱(?)を形成してと思われる。
   大岩の蔭などに溜まっている黒っぽい砂を集め、パンニングすると希元素
  鉱物が得られる。
   ただし、希元素鉱物は小さなものがほとんどなので、パンニングで残った重砂を
  乾燥させ、磁石で磁鉄鉱を取り除いた後、実体顕微鏡の下で、濡らした楊枝でピック
  アップする。

4. 産出鉱物

 鉱 物 名
 (英語名)
  化 学 式   説    明 採 集 標 本 備  考
フェルグソン石
(Fergusonite)
YNbO4  漆黒の四角柱状で
徐々に尖り(細くなり)
頂上部には四角い
平坦面が見られる。
 強い放射能
ジルコン
(Zircon)
ZrSiO4  無色〜ピンク〜緑黒色
半透明〜透明の
ガラス光沢で四角柱面と
錐面からなる。
 やや強い
放射能
変種ジルコン
(Altered Zircon)

苗木石
 (Naegite)

(Zr,Hf,Y,etc)
(Si,Nb,Ta)O4
 緑褐色半透明柱状
結晶が平行連晶をなし
球顆状を示す
 サマルスキー石(?)と思われる
漆黒、樹脂光沢の鉱物が
嵌合しているものもある
 やや強い
放射能
褐簾石
(Allanite[)
(Ca,Ce,Y)2
(Al,Fe2+,Fe3+)3
(SiO4)3(OH)
 黒褐色亜金属〜樹脂光沢を
帯びた柱状結晶で産する。
 

5. おわりに 

 (1) 「苗木石」をはじめ「日本希元素鉱物」に記載された長島先生縁の希元素鉱物を
    いくつか採集でき、産地の砂を恵与してくれた石友・Yさんに厚く御礼申し上げます。

 (2) いつか、自分で「葛温泉」を訪れ、「日本希元素鉱物」に記載のある”鉄雲母”を
    採集してみたいと考えている。

 (3) 2005年夏から「苗木石」を追いかけ、アチコチで採集できることが判った。
    苗木地方の鉱物をメインに採集している愛知県の石友・Iさんが、「苗木石」を
    是非採集したいとのメールをいただいた。
     雪が融けたら、『パンニングによる希元素鉱物ウオッチング』 を皆さんと
    ご一緒できるのを楽しみにしてる。

6. 参考文献

 1)長島 乙吉、弘三:日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,1960年
 2)松原 聰:日本産鉱物種,鉱物情報,1992年
 3)柴田 秀賢、須藤 俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
inserted by FC2 system