山梨県甲府市黒平のアマゾナイト(天河石) その2

 山梨県甲府市黒平のアマゾナイト(天河石) その2

1. 初めに

   だいぶ古い話で恐縮だが、2002年6月、山梨県でのミニ採集会の第2日目は
  参加者の希望が多かった「黒平」にした。、女性や子どもでも比較的安全な「大
  株沢」に皆さんを案内した。
   黒平は、晶洞に当れば”大当たり”になるが、当らなければ”スカ”になる”賭け”
  の要素があることを承知していただいた上での採集となった。

   幸い、千葉県・Yさんの奥さんが電気石がついたアマゾナイトの美晶を表面採集し
  東京・Mさんが晶洞を開けるなど、まずまずの採集会だった、と思い返している。

   私のHPの愛読者、東京・Hさんを案内して4年ぶりに「大株沢」を訪れた。Hさんは
  関西の出身で、「田上山」で磨いた腕を遺憾なく発揮し、初めての黒平にもかかわ
  らず晶洞を2つも開け、「天河石」も採集した。
   ( お蔭で、私も小さいものながら、晶洞2つに巡り会えた )

   山梨県のO鉱山が採集禁止になり、ここをフィールドにしていた人たちが黒平に
  移動した、という噂を聞いたが、「天河石」を産する沢には、ここ数ヶ月人が入った
  形跡がなかった。
   『行っても採れる保証はないが、行かなければ絶対採れない』 くらいの気持ちで
  訪れれば、 ”幸運の女神が微笑む”こともあるだろう。

   三重県石榑(いしぐれ)の「アマゾナイト(天河石)」情報とサンプルを恵与していた
  だいた愛知県の石友・K夫妻に厚く御礼申し上げる。
  ( 2007年6月採集 )

2. 産地

   黒平について、多くの情報があるので、詳細は割愛する。コンピューター関係の
  仕事に従事しているHさんが、『Google マップ』を紹介してくれた。
   これは、「地図」「航空写真」「航空写真+地図」を切り替え表示でき、自分の歩
  いた跡をトレースすることもできる優れものである。

   
           黒平の「航空写真+地図」
           【Google マップから引用】

    ただ、航空写真を読んだ経験がほとんどない私にとって、どこが尾根で、どこが
   沢なのかの判別も付かず、慣れるまで時間がかかりそうである。
    慣れて、”ガレ場”などが読めるようになれば、”新産地”探索の効率は良くなり
   そうだ。

3. 産状と採集方法

   水晶や長石そして希元素鉱物などのペグマタイト鉱物は、ペグマタイトの晶洞
  (Pocket)とその周辺の石英、長石帯にある。
   ”ガレ場”の真砂の上に落ちている水晶、長石の破片や微晶を手がかりに上に
  登り、崖の表面を良く観察したり、積もっている真砂や表土を取り除き、ペグマタイ
  ト部分を探す。
   晶洞が崩落して、水晶などのペグマタイト鉱物が真砂の上や沢筋に落ちている
  こともあり、運が良ければ、表面採集でも美晶や興味深い標本を採集できること
  もある。
   今回の「天河石」は”表面採集品”だった。

      
           ガレ場                晶洞
                     採集風景

4. 産出鉱物

   「大株沢」を案内したのは、各種の水晶、長石、そして天河石がほぼ確実に採集
  でき、時に電気石、トパズそして「希元素鉱物」と、黒平を代表する鉱物が一通り
  採集できる可能性が高いからである。
   これらの鉱物の美晶は、晶洞(Pocket)の中に写真のような形で共生している。

     ペグマタイト鉱物【水晶+長石+鉄雲母】

 (1) アマゾナイト(天河石)/微斜長石【Amazonite/MICROCLINE:KAlSi3O8
     アマゾナイトあるいは天河石(てんがせき)は俗名で、鉱物種としては微斜長石に
    含まれ、あえて表現すれば『青緑色をした微斜長石(bluish-green MICROCLINE』
    となるらしい。

     長石と同じ質感で、青緑色をしているが、乾いていると”白っぽい”ので見逃す
    危険性がある。そこで、怪しい物は持参した飲み水や”唾液”で濡らして確認して
    いる。
     Hさんは、短柱状結晶を採集したが、私の採集品は、へき開片がほとんどだった。

       
        へき開片【今回】           美晶【過去】
               アマゾナイト【微斜長石】

     アマゾナイトの青緑色の原因は、『微量の鉛』 とされている。しかし、黒平では
    鉛を含む「方鉛鉱」などを採集したこともなければ、そのような鉱物が産出した話すら
    聞いたこともない。

     私見だが、この謎をとく鍵は「希元素鉱物」であろう。「希元素鉱物」には、ウラニ
    ウム(単にウラン:U)やトリウム(Th)といった放射性元素を含むものがある。ウラ
    ンやトリウムは”徐々に”鉛(Pb)に変化する。下の表にある”半減期”とは、Uあるいは
    Th(これらを”親”元素と呼ぶ)原子の半分がPb(これを”娘”元素)に変化するまでに
    要する時間のことである。
     この過程(”壊変”あるいは”崩壊”と呼ぶ)で放射線【アルファ線】を放射し、これに
    よって石英や長石の結晶格子が破壊され薄く着色する。
     この影響は、透明水晶が煙水晶に変化したり、希元素鉱物の周囲数ミリが着色
    する”ハロ【Halo:放射性色暈(しきうん)】”と呼ぶ現象を引き起こす。

放射性元素崩壊後の元素半減期  備  考
ウラン238鉛206 45億年 黒平で採集できる
放射性元素を含む
代表的な希元素鉱物

@ガドリン石
A変種ジルコン
 (苗木石など)

ウラン235鉛207 7億年
トリウム232鉛208140億年

      「山梨県地質誌」によれば、黒平などにある「御岳昇仙峡花崗岩」は、誕生した
     のが、約1,100万年前とされている。半減期が7億年(7×108年)と比較的短い(!)
     ウラン235について、どのくらいが鉛(Pb)に変化したかを考えるみる。

      N=N0e-λt ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・式1)

      ここで、
        N:現在のウラン235の原子数(ケ)
        N0:もともとあったウラン235の原子数(ケ)
        λ:壊変あるいは崩壊常数( /年)
           式1)を用い、ウラン235の半減期から
           N/N0=1/2=e-λ・7×108
           両辺の自然対数をとり
           ln1/2=-λ×7×108
           λ=0.6931/(7×108)≒10-9
        t:花崗岩が生まれてからの経過年数=11×106 (年)

      式1)を変化した割合を求めるように変形し、これらの数値を代入すると

       N/N0=e-0.01≒0.99

      つまり、99%がウラン235のままで、約1%が鉛(Pb)に変化したと考えられる。
     この極めて少量の鉛(Pb)が、発色の原因になっていると考えられる。

     ( ここで、素朴な疑問が湧いてきた。この花崗岩ができたばかりのとき、つまり
      t=0のとき、N/N0=1、つまり鉛は全くなかったことになり、アマゾナイトも存在
      しなかったのだろうか?
       今後、時間が経つにつれ鉛(Pb)の濃度が高くなり、色が濃くなるのだろうか?

       岐阜県中津川市周辺のいわゆる『苗木地方』で産出する「煙水晶」は、黒平の
      薄っすらと色付いたものに比べ、”真っ黒不透明”が多い。これは、苗木地方の
      花崗岩ができたのが6,000万年前、と黒平のものに比べ、5倍以上古い(老齢)
      とされていることと関係あるのだろうか?

       黒平の「煙水晶」も”真っ黒不透明”になるときが来るのだろうか?

       もっともこれは、数千万年、あるいは数億年単位の話で、私が確認できる
      はずもないのだが・・・・・・・  )

       さて、賢明な読者の皆さんはお気づきと思うが、上の仮説が成り立つためには
      次のような条件が満たされなければならない。

       必要条件・・・・・・・ウランなどの放射性元素を含む「希元素鉱物」が近くで
                  発見できる。
       十分条件・・・・・・・”ハロ”など放射性元素の崩壊を立証する標本がある。

 (2) 変種ジルコン/ジルコン【Altered Zircon/ZIRCON:ZrSiO4
      青緑色、ガラス〜脂ぎった油脂光沢、四角柱状の頭がそげた、「苗木石」
     【naegite:(Zr,Hf,Yetc)(Si,Nb,Ta)O4】タイプの変種ジルコンである。
      福島県石川地方、岐阜県苗木地方、滋賀県田上山などペグマタイト産地の「苗木
     石」には、UO2またはU3O8が0.7〜4.9%、ThO2が0.4〜4.26%含まれている、との
     分析結果が「日本希元素鉱物」に記載されている。黒平産のものについての分析
     データはないが、同程度含まれていると考えられる。
      今回採集した「苗木石」は1ケだけでなく、2個体だったことから、”偶然”生まれた
     のではなく、かなり放射性元素の濃度が高かったことがうかがえる。

      変種ジルコン【苗木石】

      ( 既に、「苗木石」は黒平の同じ場所や○○沢でも確認しており、特段珍しくも
       ないのだが、写真の柱面に寄り添っている微細・細柱状・透明結晶が気になっ
       ている )

 (3) 鉄コルンブ石【FERROCOLUMBITE:FeNb2O6
      黒色、亜金属〜ガラス光沢の薄板状、先端が尖っている。この標本は、鉄
     雲母(従来の黒雲母)と共生している。
      ニオブ(Nb)を含む「苗木石」があることや、この一帯の花崗岩とペグマタイト
     鉱物が”赤い紅殻/弁柄(べんがら:Fe2O3)色”に染まっていること事などを
     考え合わせると、産出して当然かもしれない。

      鉄コルンブ石

 (4) 水晶/石英【Rock Crystal/QUARTZ:SiO2
     大株沢の水晶は透明度、屈折率が高く、やや煙水晶かかったものが多い。
    それらの中に、黒色、粒状のインクルージョンの周囲に”ハロ【Halo:放射性色暈
    (しきうん)】”
を示すものがあり、放射性元素の崩壊があったことを物語っている。

         
          やや煙           水晶内部の”ハロ”
                    水晶

 (5) 微斜長石【MICROCLINE:KAlSi3O8
     カリ長石の一種で、白色、ガラス光沢の短柱状結晶で産する。単晶以外に
    各種の双晶も見られる。
     双晶には、カールスバット式(Carlsbad)、マネバッハ式(Manebach)、バベノ式
    (Baveno)が知られており、バべノ式は希、と文献にある。

5. おわりに 

 (1) 黒平は、晶洞に当れば”大当たり”になるが、当らなければ”スカ”になる”賭け”
    の要素が強いのだが、”高望み”しなければ、ほぼ確実に、水晶や長石は採れ
    る。
     『行っても採れる保証はないが、行かなければ絶対採れない』 くらいの気持ちで
    訪れれば、 ”幸運の女神が微笑む”こともあるだろう。

 (2) 「アマゾナイト(天河石)」の産地として、長野県田立(ただち)が有名で、過去に
    3回ほど訪れたが、”ガマ”を開けての採集は難しそうだった。黒平の方が10倍
    以上、晶洞(ガマ)を開けられる確率が高そうな印象だ。

 (3) 愛知県の石友・Kさん夫妻が開設したブログ『 GO GO ヘナK小隊!!』
    三重県石榑(いしぐれ)で、”青緑色の石”の露頭を発見した、とある。

      石榑アマゾナイト露頭【発見、撮影:愛知県・K夫妻】

     サンプルをいただいたが、紛れもない「アマゾナイト」だった。産地は”吸血鬼”
    が出没する危険地帯で、彼らの休眠期になったら案内してもらうのを楽しみに
    している。

 (4) 黒平には、険しい絶壁もあり、滑落事故など起こさないよう、安全確保には充分
    注意したい。
     上の写真に示す”ガレ場”は一見何でもないように見えるが、先のほうで急な
    崖になっている。急傾斜の岩床に真砂(砂粒)が浅く積もっていると、砂粒がコロ
    の働きをして、ズリ落ちて急崖に吸い込まれるようで、大きく迂回せざるを得な
    かった。

    ( 静止摩擦係数 >> 動摩擦係数  -------> ♪ どうにも〜止まらない ♪ )

6. 参考文献

 1) 長島 乙吉・弘三:日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,1960年
 2) 山梨県・山梨県地質図編纂委員会編:山梨県地質誌 山梨県地質図説明書
                           同委員会,昭和45年
 3) 益富 壽之助:鉱物  −やさしい鉱物学 -,保育社,昭和60年
 4) 中川 清:山梨県の水晶 水晶Vol.11 No.1,鉱物同志会,1998年
 5) 松原 聡:日本の鉱物,滑w習研究社,2003年
 6) 松原 聡、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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