山梨県甲府市黒平の煙水晶

         山梨県甲府市黒平の煙水晶

1. 初めに

   水晶が好きな石友、A・Sさんから、「黒平で巨晶が採れる場所に行きましょう」と
  メールをいただいたが行き先が問題だった。この日、長野県の大Yさんが、黒平の
  ○○に行くので合流しようかとも考えていた。( ○○なら、巨晶が採れる確率が
  高い )
   車を走らせてからも、合流か、△沢か、はたまた□□沢か、決まらなかった。黒平
  の集落に入った頃、ようやく□□沢で未探査部分を調査する決心をした。

   沢に入り、以前石川・Yさん、東京・Mさんが大きな美晶を”拾った”、気になって
  いた辺りを探査した。大きな露頭に晶洞がいくつかあったが、中の水晶は小さい。
   A・Sさんが、山肌を掘りはじめると、ペグマタイトの破片が出てすぐ、約4cm角の長石
  の完全結晶が出た。『 晶洞(ガマ)だ!! 』。交替しながら約4時間かけて掘り進む
  と直径60cmはある大きな晶洞だった。
   採集した水晶は最大10cmあまりで、色の薄い上品な煙水晶で、長石は5kgを超えて
  いた。いつものように、2人の名前をとって、ここを”黒平第3中澤晶洞”と名付けた。

    採集品

   昼食後、ひとまず採集品を隠して、さらに奥地の未探査エリアを片っ端から調べる
  ことにした。既に”ぼうず”の心配はなく、心には余裕がある。
   とある、枝沢の1つのガレ場で石英片を発見し、その急斜面を上に2人で追いかけ
  A・Sさんが6cmの水晶の完品を発見した。この上に晶洞があるのは間違いない。
   しかし、秋の日暮れは早く、採集品の山分け、帰路の難所を考えると、引上げの
  刻限だった。

   帰宅後、山分けしてもらった水晶を洗うと、薄い煙水晶の完品で、『今までで一番』
  の黒平産水晶だった。( A・Sさんも同じだ、と言っていた )
   10本以上水晶が生えた巨大な長石も、『なかなかのもの』だろう。煙水晶の
  表面やインクルージョンを観察すると、チタン鉱物の「鋭錐石」と「ルチル(金紅石)」
  があった。

   次回、目星をつけた範囲での本格採集を楽しみにしている。同行いただいた石友
  A・Sさんに、厚く御礼を申し上げる。
  ( 2007年10月採集 )

2. 産地

   黒平について、多くの情報があるので、詳細は割愛する。多くの人の採集記事を
  インターネット上で眼にする事も多い。
   今回、「未探査」としたエリアは、私にとって「未探査」なだけで、ビニール袋などの
  残留物から、先行者がいたことは間違いない。

3. 産状と採集方法

   水晶や長石そして希元素鉱物などのペグマタイト鉱物は、ペグマタイトの晶洞
  (Pocket)とその周辺の石英、長石帯にある。
   ”ガレ場”の真砂の上に落ちている水晶、長石の破片や微晶を手がかりに上に
  登り、崖の表面を良く観察したり、積もっている真砂や表土を取り除き、ペグマタイ
  ト部分を探す。
   晶洞が崩落して、水晶などのペグマタイト鉱物が真砂の上や沢筋に落ちている
  こともあり、運が良ければ、表面採集でも美晶や興味深い標本を採集できること
  もある。

   こうすれば確実、という採集方法はないが、石友のMさん、A・Sさんなどを見てい
  ると、広い範囲をくまなく探索する人が晶洞を開ける確率が高いようなので、私も
  見習っている。

   黒平には多くの人が入っており、”こんな所まで”、と思われる場所も掘られてい
  る。今回晶洞が出たのは、”常識的”には、誰も掘らない場所だった。

      
          掘りはじめ               終わり
                 黒平第3中沢晶洞

4. 産出鉱物

   黒平の晶洞は、「水晶」よりも「長石」が多い傾向がある。”第3晶洞”も重さで1:5
  と、長石が圧倒的に優位だった。
   以下、今回の採集品のごく一部を紹介する。

 (1) 煙水晶(石英)【Smokey QUARTZ(QUARTZ):SiO2
      向こう側が透けて見える、色の薄い上品な煙水晶で、同じ晶洞から出たの
     に個体によって色に濃淡がある。形状も、大きく分けて2通りある。

      @ ”太っちょ”・・・・・・・・・・長さに比べ直径が大きい、ことから名付けた。
                      ”メタボ”(?)
      A ”スマート”・・・・・・・・・・ほっそりと、径に比べ長い。

         
          ”太っちょ”【長さ85mm】        ”スマート”【長さ55mm】
                           煙水晶

      この晶洞の水晶に「インクルージョン」があるらしい事は採集した段階で気
     付いていたが、それが何かは現場ではわからなかった。
      帰宅後、洗浄して表面に付着した微細な粉末状の赤鉄鉱(ベンガラ)を取り
     除いた段階で、明らかになってきた。
      それらは、チタン鉱物の「鋭錐石」と「ルチル(金紅石)」だった。

 (2) 鋭錐石【ANATASE :TiO2
      真っ黒い金属光沢、板状、あるいはサイコロ状で、水晶に完全に埋もれたり
     半ば埋もれたり、あるいは表面の長石の上に見られる。
      鋭錐石は、反復双晶のためくびれがある錐面が発達した8面体(正方錐)とし
     て観察されることが多いが、ここの標本は底面(c面)が発達した”サイコロ状”
     の珍しい結晶をしている。
      色は、A・Sさんが採集したものには、オレンジ〜赤色のものもあったようだ。

       鋭錐石【白色:カリ長石】

      Danaの”System of Mineralogy ” を見ると、今回観察できたと同じものの結
     晶図も記載されており、珍しくはないようだ。( 乙女鉱山産も同じような結晶
     だった、と記憶している )

         
        8面体(正方錐)          サイコロ状
       鋭錐石結晶図【”System of Mineralogy ”から引用】

 (3) ルチル(金紅石)【RUTILE :TiO2
      真っ黒い金属光沢、細柱状結晶で、水晶に半ば埋もれて、鋭錐石と共に産
     出した。

       ルチル(金紅石)

      ご承知のように、ルチル、鋭錐石そして板チタン石【BROOKITE】は、”同質異
     像”
(最近の呼び名は、「多形」?)の関係があり、化学成分は同じだが結晶の
     形が違う。
      今回のように、2種が共生することは多いが、3種が揃って出た標本は未見で
     ある。

 (4) 微斜長石【MICROCLINE :KAlSi3O8
      白色、ガラス光沢の短柱〜長柱状結晶で、晶洞の内壁を埋めるように産出
     する。この地域では、長柱状のものは極めて希で、短柱状〜平板状にみえる
     ものがほとんどを占めている。微斜長石の上には、「波状連晶をなす長石」も
     観察できるものがある。
      下の写真の標本は、平行連晶をなす微斜長石の上に、10本あまりのごく薄い
     煙水晶が生えた素晴らしい標本である。
      益富先生の「鉱物」にある、『数個共生の煙水晶がすべて平行しているのに
     疑問をもちたい』
、の一文を思い出させる標本でもある。

       微斜長石と煙水晶【横10.5cm】

 (5) この他、別な枝沢では、「透明水晶」、「チタン鉄鉱(ルチル?)」なども採集でき
    た。

5. おわりに 

 (1) この日、○○を訪れた大Yさんにその日の成果を聞くと『 今ひとつだった 』らし
    い。もっとも、私と求めている標本のレベルが違うので、額面どおり受け取ること
    はできない。
     ( 次のページで紹介する向山鉱山で私が採集した20cmの頭付透明緑草入り
      水晶を一目見るなり、『 まあまあだな 』 、と言うくらいだから )

    ”もし、この日○○に行っていれば、このように立派な煙水晶に巡り会うこともな
    かった”
わけで、『一期一会』の要素があるのもミネラル・ウオッチングを楽しくし
    ている要因かも知れない。

 (2) 以前のページで”2C”の関係について、Collaboration(協同)とCompetition(競争)
    と書いてみた。
     Collaboration(協同)の一番望ましい形が、Complement(補完)ではないだろう
    か。
     つまり、同行する個々人の持ち味を生かし、最大の成果を上げられれば最高
    だろう。

     私は、××さんが巨晶を拾った、とかペグマタイトが落ちていた場所などをほと
    んど記憶しており『 産地近く 』 までは案内できる。後は、晶洞(ガマ)を発見
    する”嗅覚”と”忍耐力”が人並み以上に優れているA・Sさんの出番である。
     2人のComplement(補完)関係の成果の1つが、”黒平第3中澤晶洞”だろう。

 (3) 後日、某産地に案内した愛知・Dさんが、ネットオークションで「黒平の煙水晶」が
    5,000円で出ていたので入札したら、最高値がすぐに更新され、落札価格が6万円
    (8万円?)だった、と話してくれた。

    「黒平の煙水晶」には、それだけの魅力があるようだ。

6. 参考文献

 1) Edward S. Dana: A System of Mineralogy 6th Edition
               John Wiley & Sons, INC ,1920年
 2) 谷山 四方一:鉱物鑑識の実際と鉱山探検,厚生閣,昭和14年(1939年)
 3) 長島 乙吉・弘三:日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,1960年
 4) 山梨県・山梨県地質図編纂委員会編:山梨県地質誌 山梨県地質図説明書
                           同委員会,昭和45年(1970年)
 5) 益富 壽之助:鉱物  −やさしい鉱物学 -,保育社,昭和60年(1985年)
 6) 中川 清:山梨県の水晶 水晶Vol.11 No.1,鉱物同志会,1998年
 7) 松原 聡:日本の鉱物,滑w習研究社,2003年
 8) 加藤 昭:鉱物種一覧,小室宝飾,2005年
 9) 松原 聡、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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