渡邊萬次郎著「鉱物と国運」

渡邊萬次郎著「鉱物と国運」

1.初めに

 私のHPの「掲示板」に『今年(2004年)は日露戦争開戦から100年目にあたり・・・・』との
書き込みがあった。
 2003年には、米英軍によるイラク侵攻があり、それらに反対するアメリカ市民の持つ
プラカードに”No Blood for Oil(石油のために血を流すのは御免)"とあったのを
鮮明に思い出しています。
 「万次郎鉱」で知られる鉱物学者の渡邊萬次郎博士が太平洋戦争真っ只中の昭和18年
(1943年)に著わした「鉱物と国運」を古書店で入手した。この本を読むと、今回の
イラク侵攻は、第1次世界大戦(1914-1918)開戦前後のイラク石油争奪戦の第2幕であり
何故米英がイラクに侵攻し、トルコが国境まで兵を進めたか。そしてフランス、ドイツは
なぜ反対したかその背景がよく理解できます。
 アフガニスタン侵攻や数日前に発表された日本とイランの石油採掘合意にアメリカが
懸念を示したりするのも、「アメリカ資本による石油資源の独占」の思惑が感じられます。
 この本の中にある『「石油の一滴は血の一滴よりも尊い」と言われる現代(1943年当時)
でも、石油を産するがために却って国の独立を失い、民族の平和を阻害している場合も
多い。』
は、石油を他の鉱物に置き換えても、現在でも十分あてはまります。
(2004年2月情報)

2. 渡邊萬次郎博士の足跡

   渡邊萬次郎博士【日本の新鉱物より】

  1891年     福島県に生まれる。
  1916年     東北大学理学部岩石鉱物鉱床学科卒業
  1923年     東北大学教授
  1956-1966年  秋田大学学長
  1980年     88歳で逝去

3. 万次郎鉱

   渡邊萬次郎博士に献名された「万次郎鉱(Manjiroite)」は、東北大学の南部松夫先生と
  谷田勝俊先生によって1967年に報告されたクリプトメレン(Cryptomelane)のナトリウム
  置換体で化学式は、【NaMn8O16・nH2O】である。
   岩手県九戸郡軽米町大沢小晴鉱山産のものが原産地標本である。

   万次郎鉱【日本の新鉱物より】

4. 渡邊萬次郎著「鉱物と国運」

   この本は、第1章から第21章で構成されている。第1章の「人類生活と鉱物」では
   『金銀が泰平の代にいかに大なる威力を振い、鉄と石炭或は石油が、如何に戦時の
    国運を支配し、・・・・・』と、この本が書かれた時代背景を写している。
     第2章「原始人類と鉱物」から第20章「大東亜戦争と鉱物」まで、人類の歴史の
   それぞれの場面における、鉱物との関わりを説いている。
    最終章第21章「鉱物資源開発の将来」では、アルミなど軽金属の時代の到来や
   鉄鋼への微量元素(不純物)の影響などにも言及している。さらに、元素崩壊
   (核エネルギー)の利用も見通している。

    第13章「石油の争奪と小国の運命」に、イラック(イラク)の石油争奪に加わった
   列強(2003年のイラク侵攻にも登場する国々)の様子が次のように、記述されている。

    『当時(第一次世界大戦開戦前)は既にドイツやアメリカも石油に対する意義を知り
     米國の如きは、トルコ王ハミッドに対する借款を好餌に、ペルシャの隣国メソポタミア
     即ち現在のイラック油田を獲得しようと狂奔し、ドイツが3B政策の下に、ベルリン
     ビザンチン(現在のイスタンブール)、バグダットを連ねる鉄道の建設を企てたのも
     この油田のためであった。・・・・・・
      第一次世界大戦開戦後、イギリス政府が・・・・メソポタミア遠征軍を上陸させ
     たのも、イラック油田の・・・・・・ためであった。当時、トルコはドイツと結んで
     ・・・。イギリス軍は一度ならず全滅した。
      第一次世界大戦が終わると、フランスはイラック油田に対する四分の一の権利を得た
     ・・・・・だけだあった。
      かくて老獪なイギリスは、ペルシャ油田とイラック油田の大部を独占するを得た上
     戦後一時はバクー油田をもその手中に収めた。
      ここに憤懣に耐えぬのは、米国政府であった。多額の資金をつぎ込んでいたイラック
     油田は、そのままイギリスのものとなり、ペルシャ油田も遂にその手に渡ってしまった。
      トルコにケマル・パシャが立って、旧領奪還を叫んだとき、まず第一に彼を助け
     イラックを占領させたものは、米国の覆面冠者であった。これに対して、あくまでも
     老獪なイギリスはギリシャを唆し、トルコに戦端を開かしめた。トルコの蔭には米国が
     あり、ギリシャは敗北した。
      その後、イラックの新王フェイザルがイギリス兵に擁護せられてバグダット一帯に
     臨むに及んで、トルコも手を引き、アメリカも遂に手をあげた。』

     この部分を読むと、今回のイラク侵攻の遠因が、100年近く前にあったことが分かります。

5.おわりに 

(1)私が物心ついてからでも、鉱物資源を巡る内戦、侵略は「ベルギー領コンゴの銅・ウラン」
   から最近のシェラレオネのダイヤモンドまで、飽くことなく続いています。
   渡邊博士の
   『「石油の一滴は血の一滴よりも尊い」と言われる現代(1943年当時)でも、石油を
    産するがために却って国の独立を失い、民族の平和を阻害している場合も多い。』

    人類にとって、永遠の真理なのかも知れません。
(2)古書店で入手した大正10年(1921年)発行の「誌上鉱物展覧会」の表紙には、”石油”を
   奪い合うありさまが描かれ、”今にかうなりはしないだろうか”と、石油を巡る争いの
   起こることを暗示しています。

  「誌上鉱物展覧会」の表紙

6.参考文献 

1)松原 聰監修・宮島 宏著:日本の新鉱物,フォッサマグナミュージアム,2001年
2)渡邊 萬次郎:鉱物と国運,誠文堂新光社,昭和18年
3)内外教育資料調査会編集:誌上鉱物展覧会,南光社,大正10年
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