鉱物写真の撮影法

鉱物写真の撮影法

1.初めに

 平沢の板チタン石を採集し、HPに掲載しようと標本を写真撮影したが
あまりに微細な結晶のため、実体顕微鏡では見えるのに、写真では何が
なんだか分からない代物になってしまった。
 Opto-Electronics応用技術で技術士の資格を取得した身として、余りにも
不甲斐なく、昔の知識を総動員して、鉱物写真の撮影技術の改良に取組んだ。
 まだ不満足ながら、何とかHPに掲載したレベルの写真は撮れるようになった
ので、「鉱物写真の撮影法」として、まとめてみた。
 なお、このページは、私が1993年に某鉱物同好会誌に寄稿した記事を
デジカメ時代にあわせて、編集しなおしたものです。
(2003年4月改編)

2.鉱物写真の特徴

 普通の風景、スナップ写真などと鉱物写真の違いは、次のような点にある。
(1)鉱物は掌(てのひら)大の標本が良いとされるくらい小さく、とりわけ
   稀産鉱物は微細なものが多い。
    鮮明に見せるためには、マクロ機能で拡大したり、実体顕微鏡を使って
   撮影するいわゆる”接写”技術をマスターする必要がある。
   ”掌の手相の皺一つひとつを鮮明に撮影する技術が要求される。”
(2)色の再現性
   色は鉱物鑑定の大きな決め手になっており、忠実に色を再現することが
   要求される。

3.鉱物写真撮影のポイント

 一般の写真でもそうですが、うまく写らない原因はいくつかあります。
(1)ピンボケ・・・・・・ピントが被写体に合っていない。
(2)露出過多・不足・・・絞りか露光時間(シャッター・スピード)の
             設定が悪く、暗かったり明るすぎたりする。
             いずれの場合も、色の忠実度が劣化する。
(3)手ブレ・・・・・・・カメラを持った手が”振れ”て、像が流れる。
             シャッター・スピードが遅い場合、顕著に起こる。
(4)影・・・・・・・・・照明が悪く、影ができてしまう。

 これらの原因が解れば、比較的容易に対策でき、キレイな鉱物写真が撮れます。

4.接写写真撮影の理論

4.1 写真撮影光学系
  カメラで写真を写す光学系を図1に示す。レンズによって被写体の像が
 従来のフイルム式であればフイルム上の感光層に投影され、光化学反応で
 記録され、最近のデジカメであれば撮像素子上の色・光の強弱が電気信号に
 変換され、メモリに”0””1”の状態で記憶される。
図1 写真光学系

  上図の光学系において、次の式が成り立ちます。
  1/a+1/b=1/f・・・・・・・・@式
  ここで
  a:被写体距離
  b:結像距離
  f:レンズの焦点距離

  また、結像の倍率 m は、次の式で表されます。
  m=b/a・・・・・・・・・・・A式
4.2 拡大撮影光学系
4.2.1 光学的拡大技術
  倍率を大きくして、接写するためには、結像距離 b を長くするか
 焦点距離 f を小さくするか、あるいは併用することになります。
(1)結像距離を変える。
   フイルム式の一眼レフカメラには、接写リングと称するものがオプションで
  売っています。これをつけた接写光学系は図2に示すようになり、@式、A式と
  同じように、次の式が成り立ちます。
図2 接写光学系

   1/a+1/(b+l)=1/f・・・・・・・・B式
   m'=(b+l)/a ・・・・・・・・・・C式

  lとbが同じなら、倍率は接写リングをつけないときの2倍になる。
  実際には、接写リングは、長さの違う複数のリングからなり、それらの
  組み合わせで、lが段階的に変えられる。
  光学式ズーム機能のついたカメラでは、lの長さが連続的に変るように
  なっている。
(2)焦点距離を変える。
  カメラによっては、コンバージョン・レンズと称する変倍レンズをオプションで
  売っている機種があります。
  私のデジカメには、2倍と4倍の拡大レンズがあり、購入しました。
コンバージョン・レンズ
  私のHPにも書いたように、石友の一人、長野県のUさんは、安価な市販の
  虫眼鏡をデジカメのレンズの前に取付けて、コンバージョン・レンズとして
  充分活用しています。
  実際には、画像の4隅が真っ黒になる(俗に、けられる)のを防ぐために
 (1)(2)を組合わせて使います。
(3)実体顕微鏡を使う。
   拡大画像を見るのに、顕微鏡を使うのは常套手段ですが、生物の場合と違い
  鉱物を観察するのには、対物レンズ倍率が2倍〜4倍で接眼レンズが10倍
  つまり、総合倍率として、20〜40倍もあれば十分です。
  (これでも見えない標本をアマチュアが集めても・・・・・)
   実体顕微鏡の写真を撮影するには、実体顕微鏡とカメラの光軸を合致させた
  状態で固定する、”アダプタ”が必要になります。
 @市販アダプタ
   私は使っていないので、カタログを読んだ範囲での知識ですが
  市販アダプタは、一端が実体顕微鏡の鏡筒の外側にすっぽり入る筒で他端が
  デジカメのフイルタ取付けネジに嵌り合うようになっているようです。
  価格も、1万円前後するようです。
 A自作アダプタ
   私の場合、フイルタ取付けネジには、すでにコンバージョン・レンズを
  取付けているため、市販アダプタは使えません。
   そこで、水道などの径の違うビニール配管を接続するジョイント(120円)を
  購入し、追加工し、アダプタにしました。
  追加工作業は、
  ・接眼レンズを外して、鏡筒がスッポリ入るように、鏡筒側の内側を
   半丸ヤスリで削る。
  ・カメラ取り付け側に、120度間隔で3箇所にネジを切り、3本のネジで
   コンバージョン・レンズの外側を固定する。
   と比較的簡単で、費用も1000円チョットでした。
アダプタ取付け状態の実体顕微鏡
4.2.2 電子的拡大技術
   エレクトロニクス技術の進歩によって、”デジタル・ズーム”機能のついた
  デジカメも発売されています。
   私のデジカメは、旧式で、この機能がついていません。そこで、撮影した
  画像の一部を切出し(俗に、トリミング)することで、電子的に拡大させて
  います。このときに注意すべき点は、次の通りです。
  @デジカメは最も記録密度が高くなる設定で撮影する。
    昔、”Life"というアメリカの雑誌(最近廃刊になったと聞いた)のヌード
   写真をルーペで拡大してみたが、インキの”点”が見えるだけで、”肝心な”
   部分は全く見えなかった。
    このように、元の画像の情報量が少なければ、拡大しても、全く意味が
   ありませんので、最も記録密度が高くなる設定で撮影するわけです。この場合
   記録媒体(メディア)の容量が決まっていますので、撮影できる枚数は少なく
   なります。
  A切り出す画素サイズは、できるだけ大きくする。
    私のHPでは、表示画素サイズを横200ビット、縦160ビットに間引いていますが
   切出すサイズは、この2倍〜4倍にしています。
  B画像処理ソフト
    私は、フリーウエアの”ViX"をネット上で入手して使っていますが
   使いやすいソフトで重宝しています。
4.3 ピントについて
   接写の場合、手前から奥まで全体にピントが合わないという声を聞きます。
  一般に鉱物は立体ですので、平板なフイルム面や撮像素子面に結像した場合
  図3に示すように、ピンボケが起こってしまうのです。
図3 実際の撮影光学系

 ピントが合う焦点深度(正しくは被写界深度)δは、次式で表されます。

   δ∝F∝1/f・・・・・・・・・・D式
  結像位置が δ だけずれた場合、ピンボケの量を表す錯乱円の径は絞りを開放
  (Fナンバが小さくなる)時に比べ、絞りを絞り込んだ時の方が小さくことが
  分かるでしょう。
図4 焦点深度
     私のデジカメでは、絞りを設定すことはできませんが、設定できる機種の場合
 できるだけ絞り込んだ方がシャープな像が得られることになります。
 フイルム式一眼レフの場合、”F16”に絞り込んでいました。
  最近のデジカメでは、自動的にピントを合わせますので1枚撮って、次に1段
 シャッタを押すと、自動的にピントを合わせますが、このままカメラの位置を
 標本に近づけて1枚、離して1枚、合計3枚の中からベストのものを使えば
 良いでしょう。
  フイルムの枚数を余り気にせず(=経済的)に、自宅でスピーディにこれらの
 処理ができることが、デジカメが普及した1つの要因でしょう。
  4.4 露出について
  露光量は、絞りを通過する光の量で決まり、直径の二乗に比例します。
  焦点深度を深くするため、絞りを絞り込めば、光の量が減り、暗くなって
  しまいます。
  この対策として、照明を明るくするか、フイルム式の場合感度の良い
 フイルムを使うなどの手がありますが、手間と金が余分にかかります。
 一番安直なのは、露光時間(シャッター・スピード)を長くすることです。

   露光量∝シャッタースピード/f・・・・・・・・・・E式
  ただ、最近のデジカメの場合、カメラ自身で測光し、露出時間を自動的に
 決めてしまいます。

4.5 手ブレ
   手ブレを起さない露光時間は1/30秒以下と言われ、鉱物写真撮影では
  これよりもはるかに長い露光時間になり、動かずにカメラを手で持って
  いることは、不可能です。
   そこで、カメラのスタンドや三脚を使います。簡単には、箱や本を重ねて
  間に合わせることもできますが、懐が狭く扱いにくいものです。
カメラ・スタンド
     標本を手で支えて撮影するのでは、”ブレ”を起こす要素が1つ増えて
  しまいますので、固定しておく必要があります。
   小さな標本の場合、標本マウントの上に、油粘土で固定すると、両手が
  自由になり、ピント合わせの芸当なども容易にできます。
    標本マウント
     また、最近のデジカメはプラスチック製で軽量なため、ドッシリした感じが
  なく、シャッターを押す瞬間に、カメラが動き、不安なのでセルフタイマーで
  シャッターが落ちるようにすると、”手ブレ”の危険性を減らすことができます。
  4.6 照明
  商品サンプルなどの写真撮影用に、背景幕とステレオ式の照明器具がセットに
 なったものが売り出されていますが、私にとっては高価なものです。
  私は、太陽光を使った自然照明か実体顕微鏡やカメラ・スタンド付属の照明装置に
 読書用の電気スタンドを補助的に使う場合があります。
  自然光の場合、光が強すぎると影ができやすくなりますので、撮影場所を選ぶ
 必要がある。
図5 照明
   自然光を使った場合、太陽の反対側に”薄っすら”と影ができますので
 図6に示すように、真っ白い紙や鏡を置いて反射した光で、打ち消してやります。
図6 影の処理
 

5.おわりに

(1)以上説明した、鉱物写真撮影のポイントを整理すると、次のようになります。
項  目良い撮影のためのポイント
ピント@絞りを絞る
Aピント位置を変えて何枚か撮影しベストのものを選ぶ。
手ブレ@三脚やスタンドを使う。
Aセルフ・タイマーを使う。
B標本を固定する。
@直射日光を避け、間接照明を使う。
A真っ白い紙などで影を打ち消す。
(2)私は、デジタルを購入する際に、鉱物写真を撮影することを考えて
   その当時としては、ベストと思われる機種を選定しました。
   ・画素数 130万(購入当時は、最高)
   ・光学ズーム 3倍
   ・コンバージョン・レンズ(2倍、4倍)がオプション
   ・照明付き撮影スタンドがオプション
   もし、これから買うとしたら
   ・画素数 3〜400万
   ・光学ズーム 12倍
   ・絞り/シャッタースピード優先機能付き
    を選びます。
(3)まだまだ、色の再現性や影の処理など照明系に改善の余地が
   残されており、今後の課題です。

6.参考文献

1)オリンパス:デジカメカタログ,同社,2000年
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