鉱物採集の技(8) 電気的特性による鉱物鑑定







    鉱物採集の技(8) 電気的特性による鉱物鑑定

1. 初めに

    2012年7月、会社の第1回目の夏休みを利用し、兵庫・N夫妻とミネラル・ウオッチングで新潟・
   富山・岐阜を訪れたのは既報の通りだ。
    2日目、『奥飛騨の赤い○○○を訪ねて』、では『赤いスイカ』を食べ、「方解石」と「輝水鉛鉱」
   を採集した、とHPに掲載した。

    ・奥飛騨の赤い○○○を訪ねて
    ( Visiting Red ○○○ in Okuhida , Gifu Pref. )

    アップして間もなく、「掲示板」に、Sさんから、『輝水鉛鉱でなく、石墨では?』、との書き込み
   があった。
    実は、「結晶質石灰岩」に輝水鉛鉱はおかしいと思い、今まで似たような産状の鉱物として
   「秩父鉱山の葉片状磁鉄鉱」を採集したことがあったので、磁石で磁性のチェックをしたが反
   応しないので、「輝水鉛鉱」としてアップした次第だ。

    さて、こうなれば、白黒ハッキリさせなければならない。Sさんから、『条痕(じょうこん)
   で確認できる』、と書き込みがあったが、それに従った昔乙女・N夫人は、『???』だったよ
   うだ。

    「輝水鉛鉱」と「石墨」とを鑑定できる確実な方法があるはずだと考えてみた。電気的な特性・
    電気抵抗が違うはずだと閃(ひらめ)いた。
     「輝水鉛鉱」はモリブデン(Mo)の硫化物【硫黄(S)との化合物】だ。硫化鉱物の「方鉛鉱」
    や「黄鉄鉱」は鉱石ラジオの検波器として使われるように、”半導体”の性質がある。同じ硫
    化鉱物の輝水鉛鉱の電気抵抗値は良導体と絶縁物の中間のはずだ。

     一方の「石墨」は、ダイヤモンドと同じ”炭素(C)”のみからできている元素鉱物で、炭素は
    乾電池の電極棒に使われることからも判るように、電気の良導体で電気抵抗は小さい。

     2012年8月、会社の2回目の夏休みに山梨に帰省した折、自宅にある『テスター』を引っ張り
    出した。ただ、比較対象となる「輝水鉛鉱」をエアコンがなく蒸し暑い自宅の2階で探すよりは
    採集した方が手っとり早いと1時間ほど車を走らせ、長野県との県境近く、白州町の「鳳来鉱
    山」跡の古いズリで採集できた。

     こうして材料は揃った。テスターで抵抗値を測定すると、「輝水鉛鉱」は、約35,000(35K)
    Ω(オーム)の抵抗値を示すのに、岐阜県で採集した鉱物は、ほとんど”ゼロ”Ω(オーム)
    だった。

     結論は、Sさんのご指摘の通り、「輝水鉛鉱」でなくて「石墨」だった。

     その後も「掲示板」には、Fさんなど、いろいろな鑑定方法を書き込んでいただいたが、誰
    でも簡単・安全にかつ間違いなく、という方法は少ないようだ。

     単身赴任先の会社では、その人のレベルに応じた教育訓練も行っているが、『深い専門
    的な知識や経験がない人でも間違いなく作業ができる』、のが基本だ。今回の鑑定は、そ
    の延長線上にある。
     「テスター」がどこの家にもあるとは思えないので、それに代わる道具を使った鑑定法も
    考えてみたい。
    ( 2012年8月 採集・鑑定 )

2. 電気的特性を利用した鉱物鑑定法

    鉱物の鑑定は、「測角」や「比重」など定量的な項目もあるが誰でもができるわけでもない。
   色・光沢など”主観”にたよる項目がほとんどで、鉱物鑑定を厄介なものにしている。

    今回、思いついたのは、電気的な特性を使った鑑定法だ。

    「輝水鉛鉱」はモリブデン(Mo)の硫化物【硫黄(S)との化合物】だ。硫化鉱物の「方鉛鉱」や
   「黄鉄鉱」が鉱石ラジオの検波器として使われる使われのは抵抗値が良導体と絶縁物の中
   間”を示す半導体”の性質があるからだ。同じ硫化鉱物の「輝水鉛鉱」の抵抗値は良導体と
   絶縁物の中間のはずだ、と思い至った。

    以前、「黄鉄鉱」や「方鉛鉱」が鉱石ラジオの検波器として使われることは、次のページで
   何回か紹介した。

     ・奈良県桜井市針道の鉱物
      (Minerals of Harimichi , Sakurai City , Nara Pref.)

     ・茨城県自然博物館  『 鉱物、大好物展 』
      ( " I Love Minerals " , Ibaraki Nature Museum , Ibaraki Pref. )

    一方の「石墨」は、ダイヤモンドと同じ”炭素(C)”のみからできている元素鉱物で、炭素は
   乾電池の電極棒に使われることからも判るように、電気の良導体で電気抵抗は極めて小さい。

      乾電池の構造

    今回思いついたのは、テスター(サーキット・テスター:回路試験器)を用いて、抵抗値の
   違いから、鉱物種を鑑定しようというものだ。鉱脈の探査には、電磁気的な方法が採用され
   ことがあるようだが、鉱物種の鑑定に使う前例は少ないのではないだろうか。

    2012年8月、会社の2回目の夏休みに山梨に帰省した折、自宅にある『テスター』を引っ張り
   出した。無線機を自作していたころは、休みの度に使っていたが、最近では、何ヶ月かに
   1回、乾電池の寿命を調べるのに使うくらいで、出番がほとんどない。

      テスター

     テスターには、交直流電圧、電流、抵抗値そして乾電池の残電圧などを測定する機能が
    ついているものが一般的だ。
     赤と黒のリード線(導線)の先に、金属の棒がついていて、ここを測定対象に接触させて
    メーター部分の針が指す数値を読み取るもので、だれでもが同じ鑑定結果が得られるはず
    だ。

     ただ、鑑定対象の大きさが最大でも2mmくらしかないため、テスターに付属している直径
    3mmはあるテストリードでは測定不可能と判断し、妻の裁縫箱から木綿針を2本拝借し、針
    金でテストリードの先に固定した。これで、1mm以下の標本でも測定できる。

      木綿針をテストリードの先に固定

3. 鉱物鑑定まで

    岐阜県で採集した鉱物と比較対象となる「輝水鉛鉱」をエアコンがなく蒸し暑いわが家の
   2階で探すのは耐え難い。いっそ、採集してこようと言う気になった。山梨県では乙女鉱山で
   立派な標本が採集できたが、現在採集禁止だし、仮に採集できたとしても自宅からだと片道
   3時間はかかる。もっと近い長野県との県境近く、白州町にあった「鳳来鉱山」跡で採集でき
   たことを思い出した。

    ・山梨県白州町鳳来鉱山の鉱物
     (Minerals of Horai Mine , Hakusyu Town , Yamanashi Pref.)

    この近くには、甲斐駒ケ岳温泉「尾白の湯」があり、温泉巡りを兼ねて、妻を誘って出かけて
   みた。1時間ほどで鉱山跡に到着し、古いズリで、いくつかの「輝水鉛鉱」標本を探すことがで
   きた。

        
            「鳳来鉱山」跡                  輝水鉛鉱
         

4. 鉱物鑑定結果

     こうして材料は揃った。木綿針を取り付けたテストリードを岐阜県で採集した標本の小さな
    結晶部分に当ててみた。

      測定

    テスターで抵抗値を測定すると、「輝水鉛鉱」は、100倍のレンジで300と400の中間あたりを
   指し、350×100=約35,000(35K)Ω(オーム)の抵抗値を示すのに、岐阜県で採集した鉱物
   は、”ゼロ”Ω(オーム)で、抵抗がほとんどない”良導体”だった。

        
              輝水鉛鉱                  岐阜県で採集鉱物
                           抵抗値

     結論は、Sさんのご指摘の通り、「輝水鉛鉱」でなくて「石墨」だった。

5. おわりに

 (1) 『 鳳来鉱山 』 『流川(蓬莱)鉱山 』 今昔
     この産地が世に知られるようになったのは、「日本鉱物誌」に、『 本地の斧石は、花崗岩
    の赤鉄鉱鉱床にあり、絹雲母様の集合体中に孤独の結晶をなして産する』 とあるように
    「斧石」の産地としてだった。

     その後、小出五郎氏が昭和16年(1941年)6月10日付けで、『長野県川上村川端下附近
    の鉱物』と題して「我等の鉱物」に寄稿した。前年、昭和15年(1940年)8月15日〜16日に
    かけて、長野県川上村川端下(かわはけ)附近で鉱物採集した模様を記したものだ。
     同行者は、S氏(桜井欽一先生)など、当時のアマチュア鉱物界の泰斗4人だった。一行は
    川上村に入る前日、8月14日に、ここを訪れている。

     終日、一行は 山梨県鳳来村(現白州町)教来石(きょうらいし)の花崗岩地帯で”斧石”を
    探したが”見出し得ず、再発見を期して”、中央線小淵沢駅から信濃川上駅を目指した、とあ
    る。このようなことから、戦後、櫻井先生が”幻の鉱物”のひとつとして取り上げたのだろう。

    ・長野県川上村川端下(かわはけ)附近の鉱物
     ( Minerals around Kawahake , Kawakami Village , Nagano Pref. )

      このたび、「輝水鉛鉱」の標本を求めて、鳳来鉱山を何年かぶりで訪れ、その変貌ぶりに
     は驚いた。
      昭和62年(1987年)に出版された「山梨県 地学のガイド」には、流川(ながれかわ)の
     流域の2箇所に鉱山の記号があり、「流れ川鉱山・鳳来鉱山の2鉱体がある」、との記述が
     あり、流川鉱山坑道図も掲載されている。

        
                    鉱山位置                    流川鉱山坑道図
                            「山梨県 地学のガイド」から引用

      しかし、未だに、どちらが鳳来でどちらが流川なのかが判らない。仮に北の方を鳳来、
     南の流川の本流左岸のを流川として話を進める。

      ここを、最初に訪れたのは、山梨に転勤になって間もなくの平成元年(1989年)だった。
     当時、鳳来鉱山には建物が残されてはいたが閉山して時間が経っている印象だった。
     流川鉱山跡にはズリがあるだけで、「絹雲母」の他に小さな水晶や黄鉄鉱などを採集した。

        
                 建物                  「ホーライマイカ」輸送箱
                        鳳来鉱山【1990年頃】

      平成2年、次男と3男を連れて流川鉱山を訪れると、東京の六倉研(むそうけん)株式会
     社が化粧品用の絹雲母を採掘するため新たな坑道を開削している最中だった。平成の世
     になって、新しく坑道を開削する現場に立ち会えたのは幸運だった。

      流川鉱山新坑道開削【平成2年】

      このとき小学校の1年生か2年生だった3男が、一児の父親になっているのだから、私も
     歳をとるわけだ。

      ここで働いていた人から聞いた話や建物の掲示物などを見た記憶を書き留めて置く。

      @ 坑道を掘ってみたら、昔の坑道跡がアチコチにあって、それらに新しく掘った坑道が
        ぶつかってしまって、新たな鉱脈に着脈するのが難しい口ぶりだった。
      A ここでは、「山金」(自然金)が時々出るという話だった。
        ( 作業員が、黄鉄鉱を自然金と間違えたのか、こちらが子ども連れと見て、作り話を
         したのか、今となっては知る術もない )
      B 水簸(すいは)のための作業小屋の柱に、始業 ○:○○ など「就業規則」のような
        ものが貼ってあった。そこには、『蓬莱(ほうらい)鉱山』 とあったと記憶している。
        ( これが私の頭の中で、どこが鳳来、流川そして蓬莱鉱山なのか混乱している原因
         の一つだ )

      平成4(1992年)年8月に訪れると、坑道は閉じられ、もとの荒れたズリに戻っていた。

      今から10年前の2002年に訪れると、水簸(すいは)のための作業小屋が建てられ、つい
     さっきまで作業が行われていたような雰囲気で、製品の絹雲母が山積みになっていたが
     誰もいなかった。

      蓬莱鉱山 水簸作業小屋【2002年】

      今回、2012年に訪れると、「鳳来鉱山」は建物が全て倒壊し、朽ちるにまかせ、「流川
     (蓬莱)鉱山」の建物群はきれいに撤去されていた。

        
             鳳来鉱山跡                    流川(蓬莱)鉱山跡

     鳳来鉱山への入口、国道20号線に「下教来石(しもきょうらいし」の信号があり、近くに
    鳳来郵便局がある。局名は、この地が鳳来村だったことに由来するようだ。
     教来石は、国境(くにざかい)に埋めた神聖な石(聖石:きよらいし)が語源とされる。ここか
    ら、3kmも走れば、信濃国(長野県)だ。
     いつもの郵便趣味から、「鳳来郵便局」の消印を押して、温泉に向かった。

      「鳳来郵便局」消印

6. 参考文献

 1) W.E.Ford:DANA'S MANUAL OF MINERALOGY,JHON WILER & SONS ,INC,1912年
 2) 小出 五郎:長野県川上村川端下附近の鉱物 我等の鉱物,昭和16年
 3) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 4) 日本岩石鉱物鉱床学会編:岩石鉱物鉱床学会誌 総目録
                    第1巻(昭和4年)−第42巻(昭和33年),同学会,昭和34年
 5) 益富 壽之助:鉱物 −やさしい鉱物学− ,保育社,昭和60年
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