鉱物採集の技(7) 鉱物鑑定セット







        鉱物採集の技(7) 鉱物鑑定セット

1. 初めに

    フィールドやミネラル・ショーなどで採集あるいは購入した鉱物を必要に応じて整形(トリ
   ミング)、クリーニングし、鉱物種(名前)が何かを鑑定し、ラベルを作成し、保管するまでが
   ミネラル・ウオッチングの一連の楽しみだと思っている。
    産地の現状、観察できた鉱物などを写真とともに『電子フィールドノート』にまとめておく
   のも違った楽しみだ。
    クリーニングし実体顕微鏡で観察すると泥や錆(さび)あるいは苔(こけ)などに覆われて
   見えなかった小さな結晶がハッキリと姿をあらわすことも多い。

    鉱物種を決める「鑑定」では、鉱物のもつ特徴のある、なしやその程度から絞り込んでい
   くことになる。

    2005年5月、東京都内の骨董市を巡っていると、横27cm、縦21cm、高さ約9cmの木箱が
   置いてあった。
    蓋を開けてみると、「モース氏硬度計」の表が蓋の裏に貼ってあり、「接触測角器」、「条痕
   板」やビンに入った「希塩酸」などがあり、『鉱物鑑定セット』らしかった。石膏から鋼玉(コラン
   ダム)まで全部の鉱物も揃っており値段を聞くと△千円、ということで購入した。

    
              「鉱物鑑定セット」

    既に、鉱物鑑定のツールとして、「モース(氏)硬度計」については、HPに記載したが、今回
   入手した品の中に皆目使用目的が判らないものがある。また、私の眼からは「接触測角器」
   は、不良品ではないだろうかと思わせる代物だった。

    ・鉱物採集の技(6) モース硬度計
     ( Technology of Mineral Watching (6) Mohs Hardness Tester , Chiba Pref. )

    読者の皆様のご教示を乞う次第だ。
    ( 2012年5月 入手 )

2. 『鉱物鑑定セット』

    今回入手したセットの内容を下の写真に示す。

    
                  「鉱物鑑定セット」の中身

       @ 「接触測角器」
       A 標本ラベル
       B 磁石(2本)
       C モース硬度基準鉱物(9種)
       D ガラス管(6本)
       E 試薬(3種)
       F ガラス板(約10枚)
       G ガラス皿(5枚)
       H 拡大鏡
       I 条痕板

    このセットを入手した最初に考えたのは、いつごろのものかだ。品物を包んでいる新聞紙には、
   「・・・・・新売読」とあり、右書きのところから戦前だろうと思われる。木箱の大きさが、横27cm
   縦21cm、高さ9cmで、昔の尺貫法なら、9寸×7寸×3寸だ。

    「モース氏硬度」の表の右下に『大西標本部製』、とあり、大西という会社で製造したものら
   しいが、ネットでしらべてもこの名前の標本屋さんは探せなかった。

3. 『鉱物鑑定』用具

    以下、『鉱物鑑定セット』に入っていた鑑定、整理用品1点1点について紹介する。冒頭にも
   述べたように、用途不明なものが何点かあるので、ご教示いただければ幸甚だ。

 (1) 「接触測角器」
      以前、接触測角器ついては、詳しく紹介したあるので、次のページを参照してほしい。

     ・接触測角器 −結晶形態学入門(1)−
      ( Contact Gomiometer - Introduction to Crystal Morphology (1) - , Yamanashi Pref. )

      今回入手した接触測角器の写真を示す。

       接触測角器

      この写真を見て、「この測角器はおかしい」、と思われた読者もおられるはずだ。私は、
     硬度の基準として付いている水晶の面角を試しに測定しようとして、おかしいのに気付い
     た次第だ。
      それは、『ハサミ』と呼ぶ、2本のアームの内の1つ、角度を測定する側のアームのエッジ
     (縁)は、ねじの中心を通る直線上になければならないのに平行にずれているのだ。これ
     では正確な面角は測定できない。

 (2) 標本ラベル
      接触測角器の下に、標本ラベルが10枚近く隠れていた。用紙の大きさが、横95mm
     (3.1寸)、縦63mm(2.1寸)である。

       標本ラベル

 (3) 磁石(2本)
      幅12.5mm、厚さ6.5mm、長さ121mmの金属棒が2本ある。棒の表面に「S]と「N」とあり
     2本の棒が引きつけ合うところから棒磁石だろうと判断した。

       棒磁石

 (4) モース硬度基準鉱物(9種)
      モース硬度の基準となっている9種の鉱物が、3×3のマスの中にランダムに納められて
     いた。これを並べ直して写真に撮った。左上が硬度1の滑石、右下が硬度9の鋼玉である。
      鉱物には、たとえばCのように、硬度を示す丸つき数字の小さなラベルが貼ってある。

       モース硬度基準鉱物(9種)

 (5) ガラス管(6本)
      ガラス管が入っているが、両端が開口している。片側が閉管になった「試験管」なら重鉱
     などの標本を納める管かと思ったが、そうではなさそうだ。
      まずこれが用途不明の品物だ。

       ガラス管

 (6) 試薬(3種)
      ガラス瓶に入った試薬が3種類ある。それらの中の「希塩酸」の用途はほとんどの方が
     御承知だと思うが、次の2種の試薬の用途が皆目思い浮かばない。

      『丁子油』・・・・・・・これは、”ちょうじゆ”と呼ばれ、日本刀の錆止め用の油であることは
                 体験上知っているのだ鉱物を対象にした場合、どのような用途がある
                 のか、とんと見当がつかない。

      『桂皮油』・・・・・・・これは、”けいひゆ”で、楠に似て葉や枝が芳香をもったシナモンの
                 木から精製した油らしい。
                  これも、鉱物を対象にした場合、どのような目的があるのか、見当が
                 つかない。

       試薬(3種)

 (7) ガラス板(約10枚)
      厚さ1mm、幅27.5mm、長さ46mmのガラス板だ。多分、岩石の薄片標本を張り付けるた
     めのスライドガラスだろうと想像している。

       ガラス板

 (8) ガラス皿(5枚)
      これは、正式名を「時計皿」、というらしい。簡単な検出反応や蒸発残留物を得る実験
     器具で、円形で凹んでいる。腕時計の文字盤のガラス蓋に似ているところから名づけら
     れたらしい。
      口径が6cmで、最も一般的なサイズの「時計皿」のようだ。

       「時計皿」

 (9) 拡大鏡
      据え置き型の拡大鏡である。実体顕微鏡とルーペの間の機能を持っている。レンズを
     回すことによって、レンズの位置が上下し、焦点位置(ピント)を変えることができ、ピント
     を合わせてしまえば、両手が自由な状態で標本を観察する事ができる。

       拡大鏡

 (10) 条痕板
      75mm角、厚さ7mm、白色の陶器製だ。使用目的は、説明するまでのないだろう。

       条痕板

4. 『鉱物鑑定セット』の使い道

    大枚、でもないか、△千円はたいて買った『鉱物鑑定セット』の使い道を考えたが、全く
   思い当らない。

       @ 「接触測角器」
           不良品では、正確な測角も覚束なく、使い物になりそうもない。
       A 標本ラベル
           自分流のラベルがあるのにわざわざ使う気にもならない。
       B 磁石(2本)
           ”気の抜けたビール”ではないが、経年変化で磁力がほとんどなくなっている
          ”単なる鉄の棒”(木偶の坊)
           鉱物の磁性の有無をチェックするのなら、糸付き磁石じゃないと。
       C モース硬度基準鉱物(9種)
           それぞれの鉱物は貴重なのかもしれないが、”産地”がわからない標本では
          ”鉱物”としての価値・魅力はほとんどない。
                   D ガラス管(6本)
          ”使い道”??
       E 試薬(3種)
          ”希塩酸”はともかく、「丁子油」と「桂皮油」の使い道は??
       F ガラス板(約10枚)
       G ガラス皿(5枚)
          この2点の使い道も??
       H 拡大鏡
          実用性は??
       I 条痕板
          既に何枚か持っているが、一度も使ったことがない。

    結局こうして購入品を眺めてみると、使えそうな、あるいは使ってみたい品物はほとんど
   ないことに気付いた。

    『 なぜ買った!! 』 ( 蔭の声、もしかしたら、妻の声 )

    強いて使えそうなものは、Hの拡大鏡だろうか。真鍮(しんちゅう)製なので、ピカピカに
   磨いて、机の片隅に置けば、老眼が進んで、読めない細かい字などを読むのに役立ちそう
   だ。

5. おわりに

 (1) 『 貧乏閑(ひま)あり 』
      皆さんが習った諺(ことわざ)は、『貧乏閑(ひま)なし』だろう。収入が少ないと寝る間も
     惜しんで働かなければ生活できず、閑(自由な時間)などない、という意味だ。
      数か月前に読んだ、新聞だか雑誌に、題記の記事があった。これから、第一線を退いた
     人々にとって、『 貧乏閑有り 』が一番望ましい、と述べていた。これまでの日本人は、
     『小金持ち』を目指して、『閑(自由な時間)』を犠牲にして働いてきたが、これからは、『お
     金をかけずに、タップリある自由な時間を楽しむ』ライフスタイルに変更すべき、という趣旨
     だったように記憶している。

      これを読んで、昔、漢文で習った陶淵明の「飲酒」の詩を思い出した。

       結廬在人境  廬(いおり)を結んで人境(じんきょう)に在り
       而無車馬喧  而(しか)も車馬の喧(かしま)しき無し
       問君何能爾  君に問ふ何ぞ能(よ)く爾(しか)るやと
       心遠地自偏  心遠ければ地自づから偏(たいら)なり
       採菊東籬下  菊を採る東籬(とうり)の下
       悠然見南山  悠然として南山を見る
       山氣日夕佳  山氣 日夕に佳(よ)く
       飛鳥相與還  飛鳥 相與(あい、とも)に還る
       此中有眞意  此の中に眞意有り
       欲辨已忘言  辨(べん)ぜんと欲して已(すで)に言を忘る

     『 晴(耕)雨読 』 の生活が私の理想なのだが、世の中は、なかなか儘(まま)ならない
    ものだ。

 (2) 『 月遅れGWミネラル・ウオッチング 』
     私が産地情報や案内して差し上げた石友の皆さんと、春秋、年2回お会いする季節が巡
    ってきた。
     長野県川上村湯沼鉱泉でお会いするよう呼びかけたところ、募集3日目には募集人員を
    大きくオーバーした32名の申し込みがあり、以降、お断りせざるを得なかった。
     当時、小中学生だった子どもたちも、大学生や立派な社会人になり、親御さんは、『定年
    退職』を迎えたり、間近になっているようだ。

     参加者の中には、「Yさんには5年ぶりにお会いする」、と楽しみにしている石友もおられる
    ので、楽しい出会いになればと願っている。

6. 参考文献

 1) W.E.Ford:DANA'S MANUAL OF MINERALOGY,JHON WILER & SONS ,INC,1912年
 2) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
inserted by FC2 system