鉱物の保存法 酸素の除去

        鉱物の保存法 酸素の除去

1. 初めに

   2006年、奈良県にある高松塚古墳の壁画の保存問題が騒がれた時期があっ
  た。長い間、外気との接触が極めて少なかった壁画を人工的に環境を整備した
  とはいえ、温度、酸素、バクテリアなどの影響を受けずに保存することがいかに
  難しかは、自然科学を少しかじったものなら理解できるだろう。

   われわれ、鉱物を採集・収集するものにとって、標本をいかに新鮮な状態で
  永い間保存するかは、大きな関心事である。

   2007年2月、群馬県の茂倉沢鉱山で、「鈴木さん」「長島さん」を探しに行っ
  た時、”外道”で、「緑マンガン鉱」を採集した。
   割った直後は、鮮やかな緑色だが、何ケ月か後には、真っ黒な2酸化マンガン
  に変質してしまう宿命であった。延命措置として、透明マニキュアを塗ろうか、
  とも考えたが、最近届いた「ペグマタイト誌」に『ホッカイロを使った藍鉄鉱の
  保存方法』という記事があったので、それを試してみることにした。

   割った一方をホッカイロを入れた密閉ガラス瓶に収め、他方は比較のため空気
  中に保管する実験をスタートし、2週間あまりが過ぎた。
   今のところ、緑色の鮮やかさには目立った差が見られないが、今後定期的に
  観察し記録を残す予定である。
  ( 2007年2月作成 )

2. 鉱物標本保存の難しさ

   ペットや盆栽など、動植物の趣味に比べ、鉱物の趣味は世話がかからない、と
  いう点で、忙しい人、面倒くさがりの人向きではある。
   しかし、採集、あるいは購入したときと同じ状態に長期間保つのは、極めて
  難しい。
   私が入手した「荒川鉱山の三角黄銅鉱」は、採集されて既に1世紀以上が過ぎ
  時代相応の古びが出ている。

   このように、標本の変質は避けられない。とりわけ保存が難しいとされる
  鉱物種は、次のようなものとされている。

鉱物名
(英語名)
組成(化学式)保存の難しさ備考・主な産地など
濁沸石
(LAUMONTITE)
Ca(Al2Si4O12)・4H2O 結晶内部の水分が
なくなり、半透明結晶が
白濁、もろくなり粉末状に
変化する
山梨・妙法
オパール
(OPAL)
SiO2・H2O 内部の水分がなくなり
遊色を示すものが
白濁、ひび割れを生じる
福島県・宝坂
藍鉄鉱
(VIVIANITE)
Fe3(PO4)2・8H2O 空気中の酸素と鉄が反応し
透明・緑色の結晶が
不透明・黒色に変化
メタ藍鉄鉱
栃木県・足尾など
磁硫鉄鉱
(PYRRHOTITE)
Fe1-xS 空気中の酸素と硫黄が反応し
(亜)硫酸となり
ボロボロになる
埼玉県・秩父など
白鉄鉱
(MARCASITE)
FeS2 空気中の酸素と硫黄が反応し
(亜)硫酸となり
ボロボロになる
山梨県・宝など
緑マンガン鉱
(MANGANOSITE)
MnO 空気中の酸素とマンガンが
反応し、鮮緑色から黒色の
2酸化マンガンに変化
群馬県・茂倉沢など

3. 鉱物標本の保存法

   上の表を眺めてみると、鉱物が変質する原因は大きく、次の2点に集約されそ
  うである。

  (1) 鉱物内部の水分が抜ける
  (2) 空気中の酸素の影響を受ける

3.1 水分抜けの対策
    水分が抜ける問題については、『水中保管』という保存法が古くから知られ
   普及していると思われる。
    使用する水は、”沸騰水”が良いとか、言われているが、これについては別
   な機会に譲りたい。

3.2 酸素除去対策
    酸素との接触を断つ方法として、私が知っているのは、次の2つの方法であ
   る。

  (1) 水中に保管する
  (2) マニキュアなど透明な皮膜で覆う

    この中の「マニキュア法」は、緑マンガン鉱の保存方法として、私のHPでも
   紹介させていただいた。

3.3 使い捨てカイロによる酸素除去法
    ここでは、「ペグマタイト」誌に記載された、『密閉容器にホッカイロと一緒
   に保管』する方法を紹介させていただく。

 (1)方法
     「ペグマタイト」の神谷氏の論文1) によれば、保存方法は次のように
     極めて簡単である。

     『 密閉ガラスビンの底に、使い捨てカイロを敷き、その上に、(マウントに
      固定した)「藍鉄鉱」を置く。1年〜3年に一度、ホッカイロを交換し
      8年間、新鮮な状態で保管できている 』

    保管方法【ペグマタイトから引用】

 (2)理論的裏付け
    「ペグマタイト」誌の同じ号で、高田氏が『使い捨てカイロの酸素吸収
    能力』と題して、実験を踏まえ、次のようなグラフを添えて、理論的考察を
    加えている。

     酸素吸収能力【ペグマタイトから引用】

     このグラフから、次のようなことが読み取れる。

     @ 初期速度は、1時間に440ml(0.45l(リットル))
       500mlくらいの容器なら、一時間ほどで酸素を吸収できる。
     A 累積吸収能力は、5l
       容器の大きさは、最大 5l(リットル)=17cm×17cm×17cm

4. 緑マンガン鉱の保存実験

 4.1 準備するもの
     小割りした標本の両面に同じようなサイズの緑マンガン鉱が付いていたので
    一方を保存する標本、他方を比較用標本とした。

     標本初期状態【採集した24時間後に撮影】

    100円ショップで下記の品を購入、費用合計200円
     @ 使い捨てカイロ(小サイズ)
     A 広口丸いガラスビン(容量500ml(リットル))

     ガラスビンは、コーヒー用クリームの茶色いガラスビンを再利用する手も
    あると後で思いついた。

 4.2 保存実験方法
     @ 使い捨てカイロのビニール包装を破り、中のホッカイロをビンに入れ
      る。
     A 洗浄・乾燥した標本をその上に置く。
     B ビンの蓋をキッチリと閉める。(密封)
     C ビンを直射日光の当たらない場所に保管
     D 比較用サンプルを蓋の上に置く(環境を合わせる)

      保存状態

    今後、定期的に、2つの標本の変質の状況を比較、観察する予定である。

5. おわりに

 (1) 学生時代、某先生から、「物質を変質させないで保存するための必要条件」
    なる命題を出されたことがあった。
     真空にする(酸素を断つ)、絶対零度にする、光を当てない、等々思いつく
    条件がたくさん上げられた。
     ニュートリノのように地球をも貫くような粒子があることや極高低温度の
    過酷な環境でも生存するバクテリアが存在するなどを考え合わせると、永久に
    変質させないのは不可能、というのが正解であろう。
     影響因子の中で、私たちが日常生活でも目にする”錆び”の例をみても
    酸素の影響は格段に大きいといえる。
     酸素を断つ、ことは私達の寿命のスパンで考えると、変質を抑える有効な
    手段といえるだろう。

 (2)神谷氏の論文には、緑マンガンやキミマンなど、空気中に放置しただけで
    変質する酸化速度の速い鉱物にこの方法は向かないかもしれない、との記述
    があるが、あえて「緑マンガン鉱」で試してみた。
    ( 効果の程度が短時間で評価できるメリットがある )

 (3) 一口に、「緑マンガン鉱」といっても、その変質の速さはまちまちで
    茂倉沢鉱山のものは、変質の速度が緩やかのような印象である。
     もし、変質しやすい標本を採集することが予想される産地を訪れる場合
    ビンとホッカイロを持参し、採集直後に密封・保存する手もある。

 (4) 割った一方をホッカイロを入れた密閉ガラス瓶に収め、他方は比較のため
    空気中に保管する実験をスタートし、2週間あまりが過ぎた。
     今のところ、緑色の鮮やかさには目立った差が見られないが、今後定期的
    に観察し記録を残す予定である。

 (5) この方法を「藍鉄鉱」にも早速適用した。

6. 参考文献

 1)神谷 俊昭:藍鉄鉱の保存方法(簡易法)
         ホッカイロ(使い捨てカイロ)による酸素除去
         ペグマタイト 第82号,2007年
 2)高田 雅介:使い捨てカイロの酸素吸収力について
         ペグマタイト 第82号,2007年
 3)松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
inserted by FC2 system