長野県甲武信鉱山の砒鉄鉱

      長野県甲武信鉱山の砒鉄鉱

1. 初めに

  お盆休みに、東京の石友・Mさんを誘って、「甲武信鉱山」周辺を回ってみる
 ことにした。鉱物同志会の会誌「水晶」に”砒鉄鉱”の情報が掲載されたのが
 記憶にあり、前々から採集したいと思い、湯沼鉱泉の山中社長に産地を教えて
 いただいた事があったが、今ひとつ産地にたどり着く自信がなかった。
  湯沼鉱泉に行くと、石友・KAさんがおり、砒鉄鉱の産地を案内していただける
 との事なので、渡りに船と、後をついて訪れた。
  産地に着いても、どのような産状なのかわからず、ウロウロしていたが、Mさんが
 ”砒鉄鉱”を含む層を見つけ出し、そこを叩いて、母岩付き自形結晶を採集できた。
  灰鉄輝石や灰鉄ザクロ石の間に葉片状で立っている”砒鉄鉱”は採集したときには
 茶褐色の褐鉄鉱(一部スコロド石?)に覆われていたが、帰宅後蓚酸液で処理すると
 白銀色の輝きを取り戻し、他の産地に例を見ない甲武信鉱山独特のもので
 非常に満足している。
  産地を教えていただいた湯沼鉱泉の山中社長、案内していただいた石友・KAさん
 そして同行いただいた石友・Mさんに厚く御礼申し上げます。
  (2005年8月採集)

2. 産地

   各種の採集記事に掲載されていますので、割愛します。それらの情報が入手でき
  ない場合、湯沼鉱泉に宿泊し、山中社長に場所を聞いて行くと良いでしょう。
   なお、産地は「キノコ山」になっており、”入山は有料(1人 1,000円)”ですので
  湯沼鉱泉で支払ってから訪れましょう。(湯沼鉱泉宿泊者は無料)

3. 産状と採集方法

   「日本鉱産誌」によれば、古生代砂質頁岩中の接触交代(スカルン)鉱床とあり
  灰鉄ザクロ石、灰鉄輝石、方解石、灰重石などを伴う。砒鉄鉱は、ほぼ水平に
  伸びた灰鉄輝石や灰鉄ザクロ石の晶洞部分に産する。
   タガネとハンマーで掻き採りますが、母岩は微細な柘榴石からなり、非常に堅く
  苦労します。

    産地

4. 産出鉱物

 (1)砒鉄鉱【Loellingite:FeAs2】
    鉄と砒素からなる銀白色の鉱物である。硫砒鉄鉱と似ているが、やや白っぽい
   ことや黄鉄鉱【Pyrite:FeS2】と共生しないことで鑑定できる。
    ここのものは、”葉片状”という独特の自形結晶を示すので、これが決め手となる。
   採集したときは、全て茶褐色の鉄錆び(褐鉄鉱+スコロド石?)に覆われていたが
   帰宅後薄い蓚酸液に1時間ほど浸けておくと、銀白色の輝きを取り戻した。
   ( 蓚酸に浸けてから、こまめに様子を見て、浸けすぎないように注意が必要)

       
            全体                拡大
                    砒鉄鉱

    実体顕微鏡で拡大して観察すると、”自形結晶”と思われたものは、多数の
   ”単結晶”が折り重なるように連晶していることがわかる。
    高田氏が「ペグマタイト」誌に、結晶形態を記載しているので引用させていただくと
   1つ、1つの結晶は、扁平な頭のそげたピラミッド状をしているようです。

    結晶図【参考「ペグマタイト」】

 (2)灰鉄ザクロ石【Andradite:Ca3Fe'''2(SiO4)3】
    茶褐色〜黒緑色〜黒色の斜方12面体、あるいは偏菱24面体結晶で産出する。
   結晶の大きなものは2cmを超える。

    灰鉄ザクロ石

 (3)灰鉄輝石【Hedenbergite:Ca(Fe,Mg)Si2O6】
    暗緑色の細柱状で産出するが、晶出後に鉱液(熱水?)の浸入によってか
   結晶面が侵され”骨粗しょう症”状態になった上に黄褐色〜真っ黒の錆びに
   覆われているものが多い。大きなものでは5cm近いものもあるが、採集する意慾は
   湧かない。
    これも蓚酸液に浸すと、一部は輝きを取り戻す。

    灰鉄輝石

 (4)氷長石【Aduralia:KAlSi3O8】
    正長石の一種で、灰鉄輝石や灰鉄柘榴石の晶洞部には白色半透明の菱面体結晶も
   見られる。

    氷長石

 (5)へスティング閃石【Hastingsite:NaCa2(Fe'',Mg)4Fe'''Si6Al2O22(OH)2】
    黒褐色繊維状の集合体として産する。”カールした毛髪状”で先に晶出した鉱物の
   表面にベットリと張り付いたように産出するので、末期の生成物と推測されている。

    へスティング閃石
 (6)水晶【Rock Crystal:SiO2】
    塊状の石英として産したり、灰鉄輝石や灰鉄柘榴石の晶洞部に半透明六角柱状頭付きの
   水晶として産する。

    水晶

 (7)灰重石【Scheelite:CaWO4】
    灰鉄輝石の脈の中に、塊状で産し、まれに八面体の自形結晶も見られ、大きなものは
   3cmを超えている。
    白色(太陽)光の下では、やや黄色味をおびた白色で、ミネラライトによる紫外線では
   青白い蛍光を発するので、簡単に識別できます。

       
         太陽光            ミネラライト(紫外線)
                   灰重石

 (8)方解石【Calcite:CaCO3】
    白色塊状で産する。特有の3方向の劈開がある。ここでは、方解石より灰重石の
   ほうが多く見られた。

   

5. おわりに

 (1)硫砒鉄鉱は珍しくありませんが、砒鉄鉱は日本国内でも産出する場所が限られて
    います。「日本鉱物誌」初版〜第3版、「信濃鉱物誌」には砒鉄鉱の記述がなく
    いかに産出がまれであるかを物語っている。
     「鉱物採集の旅 東海地方をたずねて」に、『自形結晶で出る砒鉄鉱はまずない』
    書かれていますが、長野県川上村甲武信鉱山産のものは、”葉片状の自形結晶”であり
    貴重な産状だと思います。

   地  域  産  地産 状   成  因    備  考
長野県川上村甲武信鉱山葉片状の自形結晶接触交代(スカルン)鉱床   
岐阜県恵那地方遠ケ根鉱山塊状、柱状結晶集合気成鉱床「東海地方を
たずねて」記載
恵比寿鉱山塊状気成鉱床
一柳鉱山塊状気成鉱床
岡山県地方梅木鉱山塊状接触交代(スカルン)鉱床    
山宝鉱山塊状接触交代(スカルン)鉱床「岡山の地学」記載
大分県地方木浦鉱山塊状接触交代(スカルン)鉱床   
尾平鉱山塊状接触交代(スカルン)鉱床「日本の鉱物」記載

 (2)「水晶」誌によれば、砒鉄鉱の中に、自然蒼鉛と思われるビスマス(Bi)のみからなる部分や
    Bi-Te-S系の鉱物も観察できるとあります。
     この産地の近くでは、柘榴石に伴う金を採掘した坑道が残り、ホセ鉱【JoseiteA/B:Bi4TeS2
    /Bi4Te2S】を過去に採集しており、ビスマス―テルル系の鉱物が産出してもおかしくない
    状況です。

 (3)甲武信鉱山は、産地が広く、坑道やズリが沢山あります。また、新たな発見がある事でしょう。

6. 参考文献

1)塩澤 勝・渡辺 克巳:甲武信鉱山の砒鉄鉱について 水晶No13,鉱物同志会,2000年
2)地質調査所編:日本鉱産誌 (BI-a) 金:銀その他,東京地学協会,昭和30年
3)松原 聰:日本産鉱物種,鉱物情報,1992年
4)益富地学会館監修:日本の鉱物,成美堂出版,1994年
5)光野 千春・沼野 忠之・高橋 達郎解説:岡山の地学,山陽新聞社,平成4年
6)加藤 昭・松原 聰・野村 松光:鉱物採集の旅 東海地方をたずねて,築地書館,1983年
7)高田 雅介:砒鉄鉱の結晶形態について,ペグマタイト 第48号,2001年
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