長野県甲武信鉱山「第3松茸」水晶産地の鉱物

   長野県甲武信鉱山「第3松茸」水晶産地の鉱物

1. 初めに

   日本の古い諺に『いつまでもあると思うな親と金』 というのがある。これをミネラル
  ウオッチングの世界に当てはめると『いつまでもあると思うな産地鉱物であろうか。
   その一方、数年前、いや数日前に知られていなかった産地や鉱物が突如として
  姿を現わすこともある。

   私が単身赴任から戻ってからの3ケ月間に、湯沼鉱泉社長と石友たちによって、
  まるで ”月替わりメニュー” のように、新産地が発見されている。

   4月・・・・・甲武信鉱山「第2松茸水晶」【既報】
   5月・・・・・甲武信鉱山「緑簾石」【既報】
   6月・・・・・山梨県水晶峠の「山入り水晶巨晶」【既報】

    これらの新産地発見に立ち会ったり、その跡を訪ねる度に、いつか、自分の手で
   新産地を探し出したいものだ、という想いが強くなっていた。

    甲武信鉱山の「松茸水晶」産地には私の主催するミネラルウオッチングや石友を
   案内して10回以上訪れているだろううか。ほぼそのたびに、”誰か”は、湯沼鉱泉の
   社長を唸らせる、素晴らしい標本を手にしている。
   ( 「 ”誰か”とは、お前ら夫婦だ!! 」・・・・・・・・ 石友・Yさん )

    この産地で、前々から気になっていることがあった。産地の西の端の方でだけ、
   「まりも入り水晶」が採集できるのである。2007年6月、兵庫県の石友・Nさん夫妻を
   ここに案内した時、「まりも入り水晶」が多産した。それらに混じって「松茸水晶」の
   頭、と思しき透明度が高い両錐を含む水晶が何個かあった。

     松茸水晶の頭

    それから1ケ月近くが経ったある日、妻と2人でここを訪れた。ズリを掘り進むと、
   「まりも入り水晶」がバラバラと落ち、「松茸水晶」がチラホラ混じっていた。その中に
   「松茸水晶」ズリのものより、一段と大きく存在感のある標本があった。

    これを湯沼鉱泉社長に見せると、「こりゃ〜、いいもんだ!!」と褒めてくれた。同時に
   この産地名は、「新々松茸か?」と聞かれ、今後も「松茸水晶」の産地が新しく発見される
   可能性が高いので、「第3松茸」にしよう、と2人で決めた。

    ここでは通常の「松茸水晶」のほか、「逆松茸」、途中で折れて再び接合した「食い違い
   水晶」、そして「曲がり松茸水晶」など形が面白いもの、そして、鮮やかな緑色の「まりも
   入り水晶」などインクルージョンが楽しめるものなどが産出した。
    翌週訪れた長野県の石友・Yさんから、私のより一回り大きな「松茸水晶」と「武石」を
   採集した、と電話があった。

    ”まりも”の正体が、単なる緑泥石なのか、それとも甲武信鉱山として新発見となる
   「クーク石」なのか、現在某所にお願いしている分析結果が待たれる。

    なお、この産地の詳しい情報は、湯沼鉱泉に泊まって、「水晶洞」の標本を見て社長に
   教えてもらうのが良いだろう。
   ( 2007年7月採集 )

2. 産地

   今まで1度でも甲武信鉱山を訪れたことがある人なら、『 あの辺りか 』、と思い当たる
  だろう。

3. 産状と採集方法

   ここは、陥没して跡形もない古い坑道のズリだと思われる。こぶし大から一抱えもあるズ
  リ石が30センチ〜1メートル積もっている。ここをつるはしや熊手で掘り崩しながら、採集す
  る。
   慣れてくると、どのような色、ねばり具合、そして粒の大きさのズリの中に水晶があるかが
  解ってくるはずだ。

     第3松茸水晶ズリ

4. 産出鉱物

 (1) 松茸水晶/石英【Scepter quartz/QUARTZ:SiO2
      松茸水晶は、鉱物学的には『平行連晶』の1種である。その産状(松茸水晶のでき
     方)は、基本的に2種類、そしてそれらが組合わさったものがある。

      @ もともとあった水晶の結晶軸と平行に元の水晶の先端に成長
         【 通常の松茸、”逆松茸( Tapered Quartz )” 】
      A もともとあった水晶の柱面(m面)に寄り添って成長
         【 寄生松茸 】
      B @とAの複合型

      この産地でも、「松茸水晶ズリ」と同じように、@〜Bの産状のものが観察できる。

         
            通常【両錐】                逆【両錐】

         
            寄生【両錐】            複合【全長63mm】
                       松茸水晶

 (2) まりも入り水晶/星入り水晶/石英【QUARTZ:SiO2
      ここでは、白色〜緑色〜黒色、球状結晶が入った「まりも入り水晶」が多産した。
     ”まりも”の正体には、2通りある。

      @ 「角閃石」と思われる微細・針状結晶が球状に集合したもの
      A 「白雲母」あるいは「緑泥石」に似た、カールした葉片状結晶が球状に集合し
         たもの
         これが、単なる「白雲母」や「緑泥石」なのか、あるいは甲武信鉱山としては
        新発見になる「クーク石」なのかは、分析結果を待たなければならない。

      ”まりも”や”雲”は「まりも入り水晶」の根元部分に集中し、先端部分はほとんどが
     透明になっている。
      この産状は、「まりも入り水晶」産地として有名な大分県尾平鉱山こうもり坑のもの
     と全く同じであり、同じような成長過程をたどった、と考えられる。

         
             まりも入り                 星入り
                    まりも/星入り水晶

       元来、毬藻(まりも)の色は、”緑”と相場が決まっているのだが、尾平鉱山の
      ”真っ白い”球状鉱物入りを「まりも水晶」と呼ぶようになって、話がおかしくなっ
      てしまった。
       益富先生の「鉱物」では、尾平のものを『星入り』と呼んでいるので、写真の
      キャプションはそれにならっている。

 (3) 雲入り水晶/石英【QUARTZ:SiO2
      白あるいは黒色、繊維状〜針状結晶の集合を内包するため、まるで”雲”が入って
     いるように見えることから一般的に「雲入り水晶」と呼ばれている。
      白色のものの一部は、”石綿”を思わせる繊維状をしており角閃石だと思われるが
     黒色のものは不明である。微細な気泡(ガス)や液体(水)などが”雲”の正体のケース
     もあるようだ。

     雲入り水晶

 (4) 食い違い水晶/石英【QUARTZ:SiO2
      途中で折れた水晶が再度接合したものである。尾平鉱山では、同じような食い違い
     水晶の接合面には、「方解石/クトナホラ石」が介在する、とされているが、ここのものは
     単純に珪酸だけなのか、調べきれていない。
     ( ここでは、大きな「方解石」の塊が出ているのを確認している )
     

     食い違い水晶

 (5) 曲がり水晶/石英【Bent quartz /QUARTZ:SiO2
      水晶の軸が徐々に曲がった松茸水晶である。まるで、寄生する傘の重さで傾いた
     かのような、ユーモラスな形である。

     曲がり水晶

5. おわりに

 (1) 単身赴任から戻って、この3ケ月間、湯沼鉱泉社長や多くの石友とあちこちの
    産地をご一緒させていただいている。

     『金魚の糞』のように、人の後にくっ付いて行く場合が多く、忸怩(じくじ)たる
    思いもあり、何とか自分自身の手で、新しい産地を探してみたいものでと思っていた。

     今回、たまたま掘ったところから、素晴らしい標本が飛び出し、われながら驚い
    ている。別に確信があって掘った訳ではなく、”偶然、当たった”、感じである。甲武信
    鉱山には、まだまだ、知られていない産地、鉱物が眠っている、と言えるだろう。

     『 戌(私の干支)も歩けば、水晶にあたる 』

 (2) 「まりも入り水晶」の中の球状鉱物は、尾平鉱山と同じだとすればリチウム(Li)を
    含む「クーク石【COOKEITE:LiAl4(Si3Al)O10(OH)8】」の可能性も捨てきれない。
    この近くで、「緑黒色の雲母」を採集しており、「鉄リチア雲母」とすれば「クーク石」
    が来ても不思議はない。
     現在某所にお願いしている、分析結果が楽しみである。

 (3) 私自身は、大分県尾平鉱山を訪れたことはないが、石友からいただいた良標本や
    文献の情報などを総合すると、この産地との類似性が認められる。

     a) 球状の「まりも入り」が多数見られる。
     b) 角閃石入りも多い。
     c) ランダムに抜き取った頭付き水晶の約30%が両錐
     d) 食い違いもある【3例】

     このページは『速報』に終わってしまったが、いつか両者の産状(でき方)などを
    比較してみたいと考えている。

6. 参考文献

 1)益富 寿之助:鉱物 −やさしい鉱物学−,保育社,昭和60年
 2)中川 清:山梨県の水晶 水晶Vol.11 No.1,鉱物同志会,1998年
 3)松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
inserted by FC2 system