甲武信鉱山貯鉱場でミネラル・ウオッチング












        甲武信鉱山貯鉱場でミネラル・ウオッチング

1. はじめに

    2013年3月、毎年課外授業でフィールドを案内しているいくつかの私立一貫校の卒業式
   や発表会に出席した。式の後、先生方とお茶を飲みながら、1ケ月前に戻った南極の土産
   話などもさせていただいた。
    以前、同僚の先生と甲武信鉱山を案内したことがあるK先生から、「今年は夏休みに私の
   クラスがお世話になります」、と挨拶があった。4月になって、K先生から「GWに下見をした
   い」との電話をいただき、孫娘が帰る最終日に案内することにした。
    朝、孫娘を竜王駅始発の特急で見送り、少し間があって甲府駅でK先生を出迎えて、本
   番のコースと同じく、野辺山→川上村→甲武信鉱山「貯鉱場」→湯沼鉱泉「水晶洞」の順
   に案内し、18時に甲府駅でK先生をお見送りした。

        
               道の駅のコイノボリ               JR最高地点の高原列車

    貯鉱場は、甲武信鉱山のように厳しい山登りをしなくても代表的な鉱物が一通り採集でき
   る上に、甲武信鉱山そのものでは採集が難しい「自然金」や「ホセ鉱」などが比較的簡単に
   採集できるので、初心者だけでなくベテランの人々を案内しても好評だ。
    われわれが昼食を摂りおえて出かけようとしていると、関東地区のナンバーの車が停まり、
   話をすると「貯鉱場は初めて」、というので先導する形になった。
    訪れる人が多いが、K先生はズリの表面で「柘榴石」や「方解石」そして「緑水晶」などを
   採集できた。持参したパンニング皿でパンニングして重鉱物の「自然金」や「灰重石」なども
   採集でき、これならこどもたちも喜んでくれそうだ。

    湯沼鉱泉に行き、社長とお姐さんに挨拶し、お土産のお茶菓子を渡す。お茶をいただいて
   いるとほのかに”木の香”が漂ってくる。仕上げ段階にあるお風呂場からここまで風に乗っ
   て運ばれてくるのだ。

     
          完成間近の女湯【2015年GW】

    K先生を案内してして、「水晶洞」を見学させてもらう。兵庫県の石友・N夫妻と某所で採集
   して寄贈した方解石結晶がついた大きな塊も展示品の仲間に加わっている。
    外に出ると、例年だと茶色く薄汚くなってしまう水芭蕉の花が純白のまま清楚な姿をみせ
   てくれていた。

     
           湯沼鉱泉 「水芭蕉園」

    事務所に戻ってしばらくすると外が賑やかになった。風呂場の工事を請け負った”親方”
   が来たようだ。石仲間でもある”親方”は、この日某所で「日本式双晶」を掘り出したと言っ
   て見せてくれた。大きなのは両翼4センチはある。欲のない”親方”は気に入った一つだけ
   とり、残りは湯沼の関係者で分配していた。

    帰る前に風呂場を見せてもらうと、これから塗装などが残っているようだが、以前とは見
   違えるほど明るく綺麗になっていた。
    恒例の『月遅れGWミネラル・ウオッチング』は、2014年の『湯沼鉱泉雪害復興記念』として
   開催するので、全国の石友とお会いできるのを楽しみにしている。
    ( 2015年5月 情報 )

2. 産地

    甲武信鉱山は、16世紀に武田信玄が金を採掘したと言い伝えが残っている通り、金を
   採掘したと思われる坑道が数多く残されている。
    石友・Yさんによれば、この地域には近世まで、2つの寺院があり、『梓千軒(あずさせん
   げん)』、あるいは『川端下千軒(かわはけせんげん)』とも呼ばれた鉱山街を形づくって
   いた時期もあったらしい。今でも、この地域では、その頃の遺物として、鉱石を粉にした
   「石皿」や「磨石」などが発見されている。

    昭和になってからの鉱山の様子は、湯沼鉱泉社長に教えていただいた内容や「日本
   鉱産誌」などの文献情報を総合すると、次の通りである。

    『 甲武信鉱山は、金峯金山とも呼ばれ、昭和10年前後から、有吉氏が金鉱石を現在
     「y字双晶坑(ミニツイン坑)」と呼んでいる坑道で採掘した。鉱石は鉄索(ケーブル)で
     梓川右岸の「第一選鉱場」(現在「貯鉱場」と呼んでいる)まで下ろした。
      ミニツイン坑入口の左側や第1テラスの右下などに索道の礎石や支柱等の遺構が
     確認できる。
      ミニツイン坑の中で産出する、硫砒鉄鉱などの硫化鉱物を伴う石榴石や透緑閃石
     の入った草入り水晶など、現在同じ鉱物が貯鉱場で採集できる。
      ここで、選鉱した鉱石を、「精錬所」(現在の町田市休暇村附近)に送り、そこで精錬
     したので、この辺りには、今も精錬所の遺構がある、と湯沼鉱泉社長に聞いた。

      昭和15年(1940年)夏、桜井先生一行がここを訪れたときには「金峯金山」と「梓山
     鉄山」が稼動していて、それぞれに選鉱場があった。「金峯金山」の選鉱場では石榴
     石などのスカルン鉱物が採集できた。
      ( 自然金、蒼鉛、テルル鉱物などの存在には気付かなかったらしい )

      その後、有吉氏から採掘を引き継いだ住友金属鉱山(株)は、金峯、梓山の2つの
     鉱山を合併し(甲武信鉱山として)、戦後も採掘を続けたが、1954年(昭和29年)ごろ
     には採掘は休止し、探鉱中だった、と「日本鉱産誌」にある。               』

    産地に行くには、梓川を渡る必要がある。肌を刺すような冷たい水が雨の後などは激
   流になっていて危険なので、湯沼鉱泉に立ち寄って、社長から場所や渡河の際の注意
   などを聞いて欲しい。

3. 産状と採集方法

    甲武信鉱山周辺の地質は、古生代砂質頁岩、砂岩、チャート、石灰岩、花崗岩、石英
   斑岩からなり、金鉱石は砂質頁岩中の接触交代(スカルン)鉱床で、6鉱体あった、と
   「日本鉱産誌」にある。
    甲武信鉱山の金の産状は、一口で言えば”含金石榴石”で、灰礬石榴石、方解石を
   伴って産出する、とされていた。
    下記のように金銀品位は余り高くはなかったようだ。

    金(Au)       3〜4g/トン
    銀(Ag)       2〜4g/トン
    銅(Cu)       0.4%

   「貯鉱場」には、選鉱前の富鉱と選鉱後のズリ石が堆積している。

      「貯鉱場」

    ここでの採集方法は次の通りだ。

     @ ズリの表面採集
     A ズリを掘る
     B ズリ石を割る
     C ズリの土砂をパンニングする。

    「自然金」や「ホセ鉱A」を採集するならBかC、「日本式双晶」などは@またはA、
   「灰重石」はCが良いだろう。
    ここの鉱石は堅い(強靭な)ので、割るのには大きなハンマが欲しいし、眼を保護する
   ゴーグルなども忘れてはならない。

        
                 ズリ石を叩く                 パンニング
                 【2009年6月】               【2015年5月】
                             採集方法

4. 採集鉱物

   鉱物種名
     俗名
  【英名:組成】
  産  状     標 本 写 真       説       明
自然金
【GOLD:Au】
硫砒鉄鉱に
伴う
 硫砒鉄鉱の結晶
表面を薄い”箔状”や
”土状”の自然金が
覆う
褐鉄鉱に
伴う
 硫砒鉄鉱や灰鉄輝石が
錆びて茶褐色の褐鉄鉱
(ゲーテ鉱)になった中に
”箔状”〜”粒”〜”紐状”の
自然金が見られる。
 写真は”箔状”

 湯沼鉱泉「水晶洞」に展示
してあるものは”紐状”の代表

ホセ鉱表面を
覆う
 ホセ鉱表面を
メッキしたかのように
”箔状”で覆う
ホセ鉱上に
成長
 ホセ鉱の表面から
”粒状”自然金が飛び出し
残りの部分はホセ鉱に
埋もれている
灰鉄輝石に
挟まれ

             箔状
 一方向に並んだ
灰鉄輝石の結晶の間に
挟まれている。
 長手方向には”箔状”
直角方向の破面には”粒状”で
見られる
方解石や
柘榴石に
伴う

 白い方解石と塊状の
柘榴石の間に”箔状”で
見られる。

 上部の粒状結晶は
灰礬柘榴石

分離品  粒状の分離結晶

 高品位鉱塊を解体した際に
出た細かい鉱石をパンニングして
得られた

ホセ鉱A(?)
【JOSEITE-A
 :Bi4TeS2
葉片状  平坦なへき開面を示し
表面が銀白色〜赤紫色に
なっていることや”箔状”で
薄く剥がれるのが特徴
球状
              母岩付き


               分離品

 真ん丸い球状を示し
灰鉄輝石の塊の中に
見られる。
 分離品は高品位鉱塊を
解体した際に出た細かい
鉱石をパンニングして
得られた
 右下の球の黄色い部分は
食い込んだ「自然金」

 渡辺万次郎の「金銀読本」に
『 テルル性金鉱を熱して出来た
 テルル金鉱の大球とそれを熱して
 出来た金粒』
の記述と写真がある。

 採集品が「テルル性金鉱」の
可能性もある

方解石
【CALCITE
 :CaCO3
板状
自形結晶

          自形結晶
 大きな塊のへき開片や
自形結晶が産出する。
 透明な大きな塊を割ると
複屈折を示す『アイスランド・
スパー』
と呼べる標本も
得られる。
灰礬柘榴石
【GROSSULAR
 :Ca3Al2(SiO4)3】
 茶褐色透明感の
ある結晶が真っ白い
方解石に埋もれて
産出する。
 塩酸で方解石を
溶かせば綺麗な
群晶になる。
 ズリにあるものは
方解石が溶けたもの
も多い。
灰重石
【SCHEELITE
:CaWO4
分離結晶

             白色光(太陽光)

           紫外光(ミネラライト)
 白色で、外観だけでは
石英や方解石のカケラと
区別が難しい。
 慣れると、ギラギラと輝く
油脂状光沢や細かいひび
割れで区別できる。
 比重が6.1と金属鉱物と
ほぼ同じで、パンニング皿に
最後まで残る。
 ミネラライト(紫外光)を
照射すると”青白く”光るので
簡単に識別できる。
水晶(石英)
【QUARTZ
:SiO2
分離結晶
母岩付き

        y字双晶
 透明〜緑など六角柱状の結晶が
スリの表面で採集できる。
 パンニングすると、表面の泥が落ち
より簡単にみつけることができる。
 両端に頭がついた「両錐:両錐
(ダブルポイント)」も採集できる。

 「y字双晶」はじめ、500mくらい上の
「ミニツイン坑道」で採集できるのと同じ
双晶も分離結晶や母岩付で採集できる。
 ということは、ここの鉱石はそこで
採掘したものだ。

 川上村在住の某氏がここで採集した、
両翼5cm余りの「緑草(緑閃石)入り
日本式双晶」
を見せてもらった
ことがあるが、”素晴らしい”ものだ。

灰鉄輝石
【HEDENBERGITE
:Ca(Fe,Mg)Si2O6
母岩付き

 暗緑色の細柱状で
母岩付きで産出する。
 山の上のズリや露頭で
採集できる大きな結晶は
できた後に鉱液(熱水?)の
浸入によってか結晶面が侵され
”骨粗しょう症”状態になった
ものが多い。
 ここにある、方解石に覆われて
いた小さな結晶は美しい。
硫砒鉄鉱
【ARSENOPYRITE
:FeAsS】
母岩付き
分離結晶

 新鮮なものは金属光沢で
”ピカピカ”で「ホセ鉱A」と間違い
やすい。
 だが、表面が錆びたものは
金色〜赤褐色の皮膜が
ついていて、”自然金”と
間違いやすい。

 表面を針で突っつくと硬いので
針先が”滑る”ので区別できる。

5. おわりに

 (1) 『湯沼鉱泉雪害復興記念 ミネラル・ウオッチング』

      2014年2月、山梨県や長野県は記録的な大雪に見舞われた。私が住む甲府市内でも
     114センチ(1メートル14センチ)という、甲府気象台始まって以来の大雪だった。
      甲府盆地では、ブドウや桃を栽培するビニールハウスのほとんどが倒壊するという農
     家にとって深刻な被害をもたらした。

      湯沼鉱泉では、風呂場の屋根が雪の重みで崩落し、かろうじて残った女湯だけを使っ
     て営業していた。

      風呂場復旧資金のめどが立ち、3月から工事に着手し、今は塗装などを残すだけにな
     り、お姐さんの話では、「2、3日前に試しに入ってみた」、とのことで完成も間近だ。
      気になっていた風呂場の復旧もめどが立ち、社長の表情にも安堵の色が読み取れ、
     K先生も「3年前にお会いしたときより元気でしたね」、と感想を車の中でもらしていた。

        
             2014年2月崩落直後                 2015年GW
                           男湯から女湯方向

        
          2014年2月崩落直後               2015年GW
                      男湯入り口付近

      毎年恒例になっている『月遅れGWミネラル・ウオッチング』は、『湯沼鉱泉雪害復興記
     念 ミネラル・ウオッチング』
として開催したい。
      社長、お姐さんともども、全国の石友とお会いできるのを楽しみにしている。

6. 参考文献

 1) 渡邊 萬次郎:金銀読本,日本評論社,昭和9年
 2) 小出 五郎:長野縣川上村川端下附近の鑛物,我等の鑛物,昭和16年
 3) 地質調査所編纂:日本鉱産誌 I-a 主として金属原料となる鉱石
               東京地学協会,昭和30年
 4) 加藤 昭:硫化鉱物読本,関東鉱物同好会,1999年
 5) 鉱物同志会編:水晶 15号,同会,2002年12月
 6) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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