甲武信鉱山が初めてとのことなので、全容を知ってもらうため、湯沼鉱泉「水晶洞」を案
内した。Mさんは、大学で鉱物関係を専攻しただけあって勉強している上に熱心で、「水晶
洞」で1時間近く食い入るように標本に魅入っていた。
見学し終わったのが10時近くで、これから甲武信鉱山に登るのには遅いし、Mさんの希
望もあって、甲武信鉱山の鉱物が一通り採集できる「貯鉱場(ちょこうじょう)」を訪れた。
Mさんは、パンニングで「自然金」や「灰重石」を採集し、私は、ズリ石を叩いて、「母岩付き
ホセ鉱+自然金」を狙った。
午前中で、Mさんは「緑簾石」の良品などを含め一通りの標本を採集した。一方、私の方
は、ルーペサイズの「ホセ鉱」しか採れず、昼食後、甲武信鉱山に登ろうかとの迷いも生じ
た。昼食直前になって、ようやく「肉眼サイズのホセ鉱」が出て、この日一日ここで頑張る
決心がついた。
昼食後、Mさんも「母岩付き」採集に加わり、堅いズリ石を手分けして叩き続けた。1時間
も経ったころ、Mさんが「ありました!!」と持ってきた大人の頭大のズリ石の一角には、
2cm近い葉片状、銀白色〜紫色の「ホセ鉱」があった。
この塊を解体すると、”黄金色に輝く10mm大”を筆頭に、「肉眼サイズの自然金」がいく
つかあり、Mさんから分け前をいただいた。
別な40kg大の大きなズリ石の表面に「ホセ鉱」があることがわかり、持ち帰るのは大き
過ぎ、ひとまず隠しておくことにした。
翌日、湯沼鉱泉社長と取りに行ったのは既報の通りだ。この塊には、3m先からでも判る
2cm大の「自然金」と甲武信鉱山産で一番の「ホセ鉱」がついていて、湯沼鉱泉「水晶洞」
に展示することになった。
甲武信鉱山の金の産状は、『含金柘榴石』、と言われているが、今回の採集品をつぶさ
に観察すると、「柘榴石」だけでなく、「硫砒鉄鉱」、「ホセ鉱」、「灰鉄輝石」、「褐鉄鉱(ゲー
テ鉱)」などに伴うなど、いろいろな産状があることが明らかになった。
また、この産地として珍しい「孔雀石」が採集でき、甲武信鉱山が多様な鉱物種に恵まれ
ていることを再認識できたのも、大きな収穫だった。
今回も、『 負うた子に教えられ 』 採集行だった。同行いただいた、Mさんに厚く御礼申
し上げる。
( 2009年6月採集 )
昭和になってからの鉱山の様子は、湯沼鉱泉社長に教えていただいた内容や「日本鉱
産誌」などの文献情報を総合すると、次の通りである。
『 甲武信鉱山は、金峯金山とも呼ばれ、昭和10年前後から、有吉氏が金鉱石を現在
昭和15年(1940年)夏、桜井先生一行がここを訪れたときには「金峯金山」と「梓山鉄
「y字双晶坑(ミニツイン坑)」と呼んでいる坑道で採掘した。鉱石は鉄索(ケーブル)で
梓川右岸の「第一選鉱場」(現在「貯鉱場」と呼んでいる)まで下ろした。
ここで、選鉱した鉱石を、「精錬所」(現在の町田市休暇村附近)に送り、そこで精錬し
た。
社長から、今も精錬所の遺構があると聞いた。
山」が稼動していて、それぞれに選鉱場があった。「金峯金山」の選鉱場では石榴石な
どのスカルン鉱物が採集できた。
その後、有吉氏から採掘を引き継いだ住友金属鉱山(株)は、金峯、梓山の2つの鉱
山を合併し(甲武信鉱山として)、戦後も採掘を続けたが、1954年(昭和29年)ごろには
採掘は休止し、探鉱中だった、と「日本鉱産誌」にある。 』
産地に行くには、梓川を渡る必要があり、肌を刺すような冷たい水が雨の後などは激流
となっていて危険なので、湯沼鉱泉に立ち寄って、社長から場所や渡河の際の注意など
を聞いて欲しい。
金(Au) 3〜4g/トン
銀(Ag) 2〜4g/トン
銅(Cu) 0.4%
「貯鉱場」には、選鉱したズリ石が堆積していて、採集方法は次の通りである。
@ ズリの表面採集
A ズリを掘る
B ズリ石を割る
C ズリの土砂をパンニングする。
「自然金」や「ホセ鉱A」を採集するならBかC、「日本式双晶」などは@またはA、
「灰重石」はCが良いだろう。
ここの鉱石は堅い(強靭な)ので、割るのには大きなハンマが欲しいし、眼を保護する
ゴーグルなども忘れてはならない。
鉱物種名 俗名 【英名:組成】 | 産 状 | 標 本 写 真 | 説 明 | 自然金 【GOLD:Au】 | 硫砒鉄鉱に 伴う |
硫砒鉄鉱の結晶 表面を薄い”箔状”や ”土状”の自然金が 覆う |
褐鉄鉱に 伴う |
硫砒鉄鉱や灰鉄輝石が 錆びて茶褐色の褐鉄鉱 (ゲーテ鉱)になった中に ”箔状”〜”粒”〜”紐状”の 自然金が見られる。 写真は”箔状”
湯沼鉱泉「水晶洞」に展示 |
ホセ鉱表面を 覆う |
ホセ鉱表面を メッキしたかのように ”箔状”で覆う |
ホセ鉱上に 成長 |
ホセ鉱の表面から ”粒状”自然金が飛び出し 残りの部分はホセ鉱に 埋もれている |
灰鉄輝石に 挟まれ |
箔状 |
一方向に並んだ 灰鉄輝石の結晶の間に 挟まれている。 長手方向には”箔状” 直角方向の破面には”粒状”で 見られる |
方解石や 柘榴石に 伴う |
|
白い方解石と塊状の 柘榴石の間に”箔状”で 見られる。
上部の粒状結晶は |
分離品 |
粒状の分離結晶
高品位鉱塊を解体した際に |
ホセ鉱A(?) 【JOSEITE-A :Bi4TeS2】 | 葉片状 |
平坦なへき開面を示し 表面が銀白色〜赤紫色に なっていることや”箔状”で 薄く剥がれるのが特徴 |
球状 |
母岩付き
|
真ん丸い球状を示し 灰鉄輝石の塊の中に 見られる。 分離品は高品位鉱塊を 解体した際に出た細かい 鉱石をパンニングして 得られた 右下の球の黄色い部分は 食い込んだ「自然金」
渡辺万次郎の「金銀読本」に
採集品が「テルル性金鉱」の |
孔雀石 【MALACHITE :Cu2(CO3)(OH)2】 | 皮膜状 |
緑色、皮膜状の微細なもの
上に紹介した、甲武信鉱山の |
鉱物種名 (英名) | 組 成 | 備 考 | ホセ鉱A (JOSEITE-A) | Bi4TeS2 | ホセ鉱B (JOSEITE-B) | Bi4Te2S | ホセ鉱C (JOSEITE-C) | Bi16Te3S9 |
未承認 ホセ鉱A と同じか? |
(2) 「テルル性金鉱」
ホセ鉱A(?)としておいたが、今回、”球状のホセ鉱”を採集できた。渡邊萬次郎の
「金銀読本」に、「テルル性金鉱」を加熱すると球状になる、とある。
読者の中に、半田付けをしたときに、溶けた半田(鉛(Pb)+錫(Sn))が木や紙の上
に落ちると球状になることを体験した方もいるだろう。溶けた鉛は、表面張力が大きく
球状になりやすいのだ。
鉛(Pb)と似た物性をもつビスマス(Bi)などを含む、甲武信鉱山のホセ鉱(?)は、
成長する過程で、加熱された時期があり、”球状”になったのだろう。
このような”球状”でのビスマス系の鉱物の産出は、初めての報告になるのでは
ないだろうか。
「テルル性金鉱」となると、”金を含むテルル鉱物”なのか”テルルを含む金鉱物”なの
だろう。
(3) 「孔雀石」
銅系鉱石を産出する鉱山なら掃いて捨てるほどある「孔雀石」だが、甲武信鉱山で
目にすることは極めて稀だ。
湯沼鉱泉社長によれば、「ミニツイン鉱」が川端下側に抜けていて、その近くで銅鉱
物が採集できるようなので、今度こそ、探し出してみたいと思っている。