甲武信鉱山貯鉱場の「ホセ鉱」と「自然金」











        甲武信鉱山貯鉱場の「ホセ鉱」と「自然金」

1. 初めに

   2009年6月末、長野県のMさんとミネラル・ウオッチングに初めてご一緒した。Mさんとは
  メールで何度かやりとりがあったものの、会うのはこの日が初めてだった。

   甲武信鉱山が初めてとのことなので、全容を知ってもらうため、湯沼鉱泉「水晶洞」を案
  内した。Mさんは、大学で鉱物関係を専攻しただけあって勉強している上に熱心で、「水晶
  洞」で1時間近く食い入るように標本に魅入っていた。
   見学し終わったのが10時近くで、これから甲武信鉱山に登るのには遅いし、Mさんの希
  望もあって、甲武信鉱山の鉱物が一通り採集できる「貯鉱場(ちょこうじょう)」を訪れた。

   Mさんは、パンニングで「自然金」や「灰重石」を採集し、私は、ズリ石を叩いて、「母岩付き
  ホセ鉱+自然金」を狙った。

   午前中で、Mさんは「緑簾石」の良品などを含め一通りの標本を採集した。一方、私の方
  は、ルーペサイズの「ホセ鉱」しか採れず、昼食後、甲武信鉱山に登ろうかとの迷いも生じ
  た。昼食直前になって、ようやく「肉眼サイズのホセ鉱」が出て、この日一日ここで頑張る
  決心がついた。

   昼食後、Mさんも「母岩付き」採集に加わり、堅いズリ石を手分けして叩き続けた。1時間
  も経ったころ、Mさんが「ありました!!」と持ってきた大人の頭大のズリ石の一角には、
  2cm近い葉片状、銀白色〜紫色の「ホセ鉱」があった。

     
                 全体                      ホセ鉱
             【タガネ長 20cm】
                       Mさん発見「ホセ鉱」+「自然金」

   この塊を解体すると、”黄金色に輝く10mm大”を筆頭に、「肉眼サイズの自然金」がいく
  つかあり、Mさんから分け前をいただいた。

   別な40kg大の大きなズリ石の表面に「ホセ鉱」があることがわかり、持ち帰るのは大き
  過ぎ、ひとまず隠しておくことにした。
   翌日、湯沼鉱泉社長と取りに行ったのは既報の通りだ。この塊には、3m先からでも判る
  2cm大の「自然金」と甲武信鉱山産で一番の「ホセ鉱」がついていて、湯沼鉱泉「水晶洞」
  に展示することになった。

     
                 全体                      拡大
                湯沼鉱泉「水晶洞」展示 「ホセ鉱」+「自然金」

   甲武信鉱山の金の産状は、『含金柘榴石』、と言われているが、今回の採集品をつぶさ
  に観察すると、「柘榴石」だけでなく、「硫砒鉄鉱」、「ホセ鉱」、「灰鉄輝石」、「褐鉄鉱(ゲー
  テ鉱)」などに伴うなど、いろいろな産状があることが明らかになった。
   また、この産地として珍しい「孔雀石」が採集でき、甲武信鉱山が多様な鉱物種に恵まれ
  ていることを再認識できたのも、大きな収穫だった。

   今回も、『 負うた子に教えられ 』 採集行だった。同行いただいた、Mさんに厚く御礼申
  し上げる。
  ( 2009年6月採集 )

2. 産地

   甲武信鉱山は、武田信玄が金を採掘したと言い伝えが残っている通り、金を採掘したと
  思われる坑道が数多く残されている。
   この地域には近世まで、いくつかの寺院があり、『梓千軒(あずさせんげん)』あるいは
  『川端下千軒(かわはけせんげん)』とも呼ばれた鉱山街を形づくっていた時期もあったらし
  い。今でも、この地域では、その頃の遺物として、鉱石を粉にした「石臼」などが発見されて
  いる。

   昭和になってからの鉱山の様子は、湯沼鉱泉社長に教えていただいた内容や「日本鉱
  産誌」などの文献情報を総合すると、次の通りである。

    『 甲武信鉱山は、金峯金山とも呼ばれ、昭和10年前後から、有吉氏が金鉱石を現在
     「y字双晶坑(ミニツイン坑)」と呼んでいる坑道で採掘した。鉱石は鉄索(ケーブル)で
     梓川右岸の「第一選鉱場」(現在「貯鉱場」と呼んでいる)まで下ろした。
     ここで、選鉱した鉱石を、「精錬所」(現在の町田市休暇村附近)に送り、そこで精錬し
    た。
     社長から、今も精錬所の遺構があると聞いた。

     昭和15年(1940年)夏、桜井先生一行がここを訪れたときには「金峯金山」と「梓山鉄
    山」が稼動していて、それぞれに選鉱場があった。「金峯金山」の選鉱場では石榴石な
    どのスカルン鉱物が採集できた。
     ( 自然金、蒼鉛、テルル鉱物などの存在には気付かなかったらしい )

     その後、有吉氏から採掘を引き継いだ住友金属鉱山(株)は、金峯、梓山の2つの鉱
    山を合併し(甲武信鉱山として)、戦後も採掘を続けたが、1954年(昭和29年)ごろには
    採掘は休止し、探鉱中だった、と「日本鉱産誌」にある。                   』

   産地に行くには、梓川を渡る必要があり、肌を刺すような冷たい水が雨の後などは激流
  となっていて危険なので、湯沼鉱泉に立ち寄って、社長から場所や渡河の際の注意など
  を聞いて欲しい。

      梓川を渡る湯沼鉱泉社長【2009年6月】

3. 産状と採集方法

   甲武信鉱山周辺の地質は、古生代砂質頁岩、砂岩、チャート、石灰岩、花崗岩、石英斑
  岩からなり、金鉱石は砂質頁岩中の接触交代(スカルン)鉱床で、6鉱体あった、と「日本
  鉱産誌」にある。
   甲武信鉱山の金の産状は、一口で言えば”含金石榴石”で、石榴石、方解石を伴って産
  出する、とされていた。
   下記のように金銀品位は余り高くはなかったようだ。

    金(Au)       3〜4g/トン
    銀(Ag)       2〜4g/トン
    銅(Cu)       0.4%

   「貯鉱場」には、選鉱したズリ石が堆積していて、採集方法は次の通りである。

    @ ズリの表面採集
    A ズリを掘る
    B ズリ石を割る
    C ズリの土砂をパンニングする。

   「自然金」や「ホセ鉱A」を採集するならBかC、「日本式双晶」などは@またはA、
  「灰重石」はCが良いだろう。
   ここの鉱石は堅い(強靭な)ので、割るのには大きなハンマが欲しいし、眼を保護する
  ゴーグルなども忘れてはならない。

        
           ズリ石を叩く               パンニング
          【2009年6月】               【2007年9月】
                      採集方法

4. 採集鉱物

   今回のミネラル・ウオッチングでは、Mさんのお蔭で、大きな高品位鉱の塊がいくつか発見
  でき、それらを標本サイズに解体したところ、甲武信鉱山の「自然金」、「ホセ鉱」そして「銅
  鉱」にはいろいろな産状があることが明らかになったので、それらを紹介したい。

鉱物種名
    俗名
  【英名:組成】
 産 状   標 本 写 真  説    明
自然金
【GOLD:Au】
硫砒鉄鉱に
伴う
 硫砒鉄鉱の結晶
表面を薄い”箔状”や
”土状”の自然金が
覆う
褐鉄鉱に
伴う
 硫砒鉄鉱や灰鉄輝石が
錆びて茶褐色の褐鉄鉱
(ゲーテ鉱)になった中に
”箔状”〜”粒”〜”紐状”の
自然金が見られる。
 写真は”箔状”

 湯沼鉱泉「水晶洞」に展示
してあるものは”紐状”の代表

ホセ鉱表面を
覆う
 ホセ鉱表面を
メッキしたかのように
”箔状”で覆う
ホセ鉱上に
成長
 ホセ鉱の表面から
”粒状”自然金が飛び出し
残りの部分はホセ鉱に
埋もれている
灰鉄輝石に
挟まれ

             箔状
 一方向に並んだ
灰鉄輝石の結晶の間に
挟まれている。
 長手方向には”箔状”
直角方向の破面には”粒状”で
見られる
方解石や
柘榴石に
伴う

 白い方解石と塊状の
柘榴石の間に”箔状”で
見られる。

 上部の粒状結晶は
灰礬柘榴石

分離品  粒状の分離結晶

 高品位鉱塊を解体した際に
出た細かい鉱石をパンニングして
得られた

ホセ鉱A(?)
【JOSEITE-A
 :Bi4TeS2
葉片状  平坦なへき開面を示し
表面が銀白色〜赤紫色に
なっていることや”箔状”で
薄く剥がれるのが特徴
球状
              母岩付き


               分離品

 真ん丸い球状を示し
灰鉄輝石の塊の中に
見られる。
 分離品は高品位鉱塊を
解体した際に出た細かい
鉱石をパンニングして
得られた
 右下の球の黄色い部分は
食い込んだ「自然金」

 渡辺万次郎の「金銀読本」に
『 テルル性金鉱を熱して出来た
 テルル金鉱の大球とそれを熱して
 出来た金粒』
の記述と写真がある。

 採集品が「テルル性金鉱」の
可能性もある

孔雀石
【MALACHITE
 :Cu2(CO3)(OH)2
皮膜状  緑色、皮膜状の微細なもの

 上に紹介した、甲武信鉱山の
金鉱石品位に銅(Cu)0.4%とあり
銅鉱石にはならなかったが
2次鉱物を生成

5. おわりに

 (1) A、BそれともC
      ここで今回大きな「ホセ鉱」を採集できた。ホセ鉱には、A、BそしてCがあるようだ。
     外観(見た目)、モース硬度などに差がなく、肉眼での鑑定は無理なので、上の表では
     ホセ鉱A(?)とした。

鉱物種名
(英名)
  組  成 備   考
ホセ鉱A
(JOSEITE-A)
Bi4TeS2 
ホセ鉱B
(JOSEITE-B)
Bi4Te2S 
ホセ鉱C
(JOSEITE-C)
Bi16Te3S9  未承認
ホセ鉱A と同じか?

 (2) 「テルル性金鉱」
      ホセ鉱A(?)としておいたが、今回、”球状のホセ鉱”を採集できた。渡邊萬次郎の
     「金銀読本」に、「テルル性金鉱」を加熱すると球状になる、とある。

      読者の中に、半田付けをしたときに、溶けた半田(鉛(Pb)+錫(Sn))が木や紙の上
     に落ちると球状になることを体験した方もいるだろう。溶けた鉛は、表面張力が大きく
     球状になりやすいのだ。
      鉛(Pb)と似た物性をもつビスマス(Bi)などを含む、甲武信鉱山のホセ鉱(?)は、
     成長する過程で、加熱された時期があり、”球状”になったのだろう。

      このような”球状”でのビスマス系の鉱物の産出は、初めての報告になるのでは
     ないだろうか。

      「テルル性金鉱」となると、”金を含むテルル鉱物”なのか”テルルを含む金鉱物”なの
     だろう。

 (3) 「孔雀石」
      銅系鉱石を産出する鉱山なら掃いて捨てるほどある「孔雀石」だが、甲武信鉱山で
     目にすることは極めて稀だ。

      湯沼鉱泉社長によれば、「ミニツイン鉱」が川端下側に抜けていて、その近くで銅鉱
     物が採集できるようなので、今度こそ、探し出してみたいと思っている。

6. 参考文献

 1) 渡邊 萬次郎:金銀読本,日本評論社,昭和9年
 2) 小出 五郎:長野縣川上村川端下附近の鑛物,我等の鑛物,昭和16年
 3) 地質調査所編纂:日本鉱産誌 I-a 主として金属原料となる鉱石
               東京地学協会,昭和30年
 4) 加藤 昭:硫化鉱物読本,関東鉱物同好会,1999年
 5) 鉱物同志会編:水晶 15号,同会,2002年12月
 6) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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