甲武信鉱山貯鉱場(ちょこうじょう)の「自然金」











    甲武信鉱山貯鉱場(ちょこうじょう)の「自然金」

1. 初めに

   私のHPを読んだ方から、産地情報を教えて欲しい、とメールをいただくことが
  ある。つい先日も、紫水晶でにわかに有名になった『△△の産地を教えて欲しい』
  とメールをいただいた。
   しかし、△△は、”他言しない”ことを前提に石友から教えていただいた産地である
  旨を伝え、お断りせざるを得なかった。

   このように、お教えできないだけでなく、HPにすら記載できない産地も多い。

   @ ○○の巨晶ベスブ石・・・・・・・湯沼鉱泉社長から『 俺が、ヨレヨレになるまで
                       公開禁止 』(2007年9月)
                       ( 後、50年はダメかな。その前に私が・・・・・ )
   A △△△沢の松茸紫水晶・・・・・案内していただいた、埼玉の石友・Aさん親子
                       から『公開は待って欲しい』(2007年9月)

    などなど、この1ケ月分だけでもこれだけある。

        
          巨晶ベスブ石           松茸紫水晶
                 未公開産地標本の一例

   石友に甲武信鉱山貯鉱場を案内してもらったのは、知り合って間もない2001、2年
  ごろだった、と思う。
   その時、石榴石、方解石そして灰鉄輝石などが混じった母岩に「ホセ鉱A」と「自然
  金」が付いた標本を採集したが、石友からこの産地は公開しないで欲しいと言われ、
  HPは無論、これらの希少鉱物の産出も口外しなかった。

   その後、ここは、鉱物同志会員が「ホセ鉱A」を採集したことが会誌「水晶」にカラー
  写真入りで掲載されたり、簡単にアクセスできるので初心者の方も含め大勢が訪れ
  る産地に変貌した。今回、石友の了解も得られ、HPに記載させていただいた。

   母岩付きの「ホセ鉱A」や「自然金」を採集するのは以前より厳しくなっているが、
  パンニングで、両方を採集できた。このことを湯沼鉱泉社長に報告すると、 『 金山
  があったことが改めて証明できた 』 
、と喜んでくれた。
   また、金(Au)だけでなく、蒼鉛(ビスマス:Bi)やテルル(Te)などの鉱物も採集でき
  甲武信鉱山の奥の深さを再度認識させられた。

   このほか、「灰重石」や「石榴石」、そして「日本式双晶」など「y字双晶坑」と同じ
  鉱物が一通り採集でき、あそこまで登るのが厳しい人々向けの産地である。

   甲武信鉱山についてご教示いただいた湯沼鉱泉社長とここを案内してくれた石友
  に厚く御礼申し上げる。
  ( 2007年9月採集 )

2. 産地

   甲武信鉱山は、武田信玄が金を採掘したと言い伝えが残っている通り、金を採掘
  したと思われる坑道が数多く残されている。
   この地域には近世まで、いくつかの寺院があり、『梓千軒(あずさせんげん)』
  呼ばれた鉱山街を形づくっていた時期もあったらしい。今でも、この地域では、その
  頃の遺物として、鉱石を粉にした「石臼」などが発見されている。

   昭和になってからの鉱山の様子は、湯沼鉱泉社長に教えていただいた内容や
  「日本鉱産誌」などの文献情報を総合すると、次の通りである。

   『 甲武信鉱山は、金峯金山とも呼ばれ、昭和10年前後から、有吉氏が金鉱石
    を現在「y字双晶坑」と呼んでいる坑道で採掘した。鉱石は鉄索(ケーブル)で
    梓川右岸の「第一選鉱場」(現在「貯鉱場」と呼んでいる)まで下ろした。
     ここで、選鉱した鉱石を、「精錬所」(現在の町田市休暇村附近)に送り、そこ
    で精錬した。社長から、今も精錬所の遺構があると聞いた。

     昭和15年(1940年)夏、桜井先生一行がここを訪れたときには「金峯金山」と
    「梓山鉄山」が稼動していて、それぞれに選鉱場があった。「金峯金山」の選鉱
    場では石榴石などのスカルン鉱物が採集できた。
    ( 自然金、蒼鉛、テルル鉱物などの存在には気付かなかったらしい )

     その後、有吉氏から採掘を引き継いだ住友金属鉱山(株)は、金峯、梓山の
    2つの鉱山を合併し、戦後も採掘を続けたが、1954年(昭和29年)ごろには
    採掘は休止し、探鉱中だった、と「日本鉱産誌」にある。             』

     産地に行くには、梓川を渡る必要があり、肌を刺すような冷たい水が雨の後
    などは激流となっていて危険なので、湯沼鉱泉に立ち寄って、社長から場所や
    渡河の際の注意などを聞いて欲しい。

      貯鉱場【梓川の対岸】

3. 産状と採集方法

   甲武信鉱山周辺の地質は、古生代砂質頁岩、砂岩、チャート、石灰岩、花崗岩
  石英斑岩からなり、金鉱石は砂質頁岩中の接触交代(スカルン)鉱床で、6鉱体
  あった、と「日本鉱産誌」にある。
   甲武信鉱山の金の産状は、一口で言えば”含金石榴石”で、石榴石、方解石を
  伴って産出する。
   しかし、下記のように金銀品位は余り高くはなかったようだ。

    金(Au)       3〜4g/トン
    銀(Ag)       2〜4g/トン
    銅(Cu)       0.4%

   「貯鉱場」には、選鉱したズリ石が堆積していて、採集方法は次の通りである。

    @ ズリの表面採集
    A ズリを掘る
    B ズリ石を割る
    C ズリの土砂をパンニングする。

   「自然金」や「ホセ鉱A」を採集するならBかC、「日本式双晶」などは@または
  A、 「灰重石」はCが良いだろう。
   ここの鉱石は硬い(強靭な)ので、割るのには大きなハンマが欲しいし、眼を保護
  するゴーグルなども忘れてはならない。

        
            「選鉱場跡」            パンニング
                    産状と採集方法

4. 採集鉱物

 (1) 自然金【NATIVE GOLD:Au】
      黄金色で、比重が19.3とその他の金属鉱物に比べ3倍以上あり、パン
     ニング皿に最後まで残る。
      形状は、全く摩滅が見られない”錐状”やそれらがつながった”樹枝状”
     あるいは”箔状”を示し、坑道から出た”山金(やまきん)”の特徴を示す。
      ”錆びた硫砒鉄鉱”が同じような色合いを示すことがあるが、色がやや
     薄く、くすんでいたり、角の尖った形なので慣れれば簡単に区別でき
     だろう。

        
        自然金【最大2mm】           硫砒鉄鉱

 (2) ホセ鉱A【JOSEITE-A:Bi4TeS2
      平坦なへき開面を示し、表面が酸化し、赤紫色となっていることや
     ”箔状”で薄く剥がれるのが特徴
      モース硬度2と軟らかく、針先で突っつくと、簡単にキズが付く。

      ホセ鉱A【5mm】

 (3) 灰重石【SCHEELITE:CaWO4
      白色で、外観だけでは慣れないと石英や方解石のカケラと区別が
     難しい。慣れると、キラキラ輝く油脂状光沢や細かいひび割れで区別
     できる。
      比重が6.1と金属鉱物とほぼ同じで、パンニング皿に最後まで残る。
      ミネラライト(紫外光)を照射すると”青白く”光るので簡単に識別で
     きる。

        
             白色光              紫外光
                     灰重石

 (4) 灰鉄輝石【HEDENBERGITE:CaFeSi2O6
      晶洞を充填している方解石を塩酸で溶かすと、緑色、透明、細柱状結晶が
     現れた。
      甲武信鉱山の灰鉄輝石は、10cmもある巨晶も産出するが、表面が触像
     で凹凸だったり、鉄錆びに覆われていて、美しいものは少ない。
      この標本は、鮮やかな緑色、透明、ガラス光沢で、宝石を思わせる。
      灰鉄輝石、としたが、甲武信鉱山の灰鉄輝石は頭が平坦(フラット)である。
     この標本は、頭が屋根型に尖っており、「透輝石【EPIDOTE:CaMg Si2O6
     の可能性もある。

      灰鉄輝石(透輝石?)

 (5) 水晶(石英)【QUARTZ:SiO2
      「y字双晶」はじめ、上の双晶坑道で採集できると同じ水晶が分離結晶や
     母岩付で採集できる。
      川上村在住の某氏がここで採集した、両翼5cm余りの「緑草(緑閃石)入り
     日本式双晶」
を見せてもらったことがあるが、”素晴らしい”ものである。

      y字双晶

     このほか、「灰鉄石榴石」や複屈折を示す「方解石」などがズリの表面でも
    採集できる。

5. おわりに

 (1) ここは、ほぼ平坦な道を300m足らず歩くと到着し、女性や子どもをはじめ、初心
    者でも十分楽しめる産地である。当然、ベテランにとっても、「自然金」「蒼鉛−テ
    ルル硫化鉱物」など、挑戦のし甲斐もある。
     この日、私たち夫婦以外に、前夜湯沼鉱泉に宿泊した親子連れも訪れていた。

     ここは、「梓川」を渡るため、雨の後などは激流となっているので安全には
    十分注意して欲しい。

 (2) 5、6年ぶりに、2度目の訪問だったが、パンニングで「自然金」、「ホセ鉱A」
    など甲武信鉱山の希産鉱物がまだまだ健在なことを確認できた。

     最初に訪れたときに採集した、”母岩付”の「自然金」と「ホセ鉱A」の標本がある
    はずだが、しまい込んだままになっており、採集のオフシーズンになったら、探し
    出そうと思っている。

 (3) この季節、この近くの山は『松茸山』のため、あちこちに”入山禁止”の標識
    が掲示されたり、カラフルなテープが張り巡らされている。
     貯鉱場周辺は、入山禁止になっておらず、「またたび」や「猿梨」などが果実を
    たわわに実らせている。「猿梨」は2、3cmの楕円体の果実で、熟したものは
    ”キウイ”に似た甘酸っぱい味がする。これを採集し、『猿梨酒』を漬け込んだので
    熟成するのが楽しみだ。
     ( 2004年秋に石友・Nさん夫妻と小来川鉱山を訪れた時に漬けた『猿梨酒』を
      まだ、飲んでいないことを思い出した )

        
           結実の様子            果実酒
                      猿梨

6. 参考文献

 1) 小出 五郎:長野縣川上村川端下附近の鑛物,我等の鑛物,昭和16年
 2) 地質調査所編纂:日本鉱産誌 I-a 主として金属原料となる鉱石
               東京地学協会,昭和30年
 3) 益富地学会館監修:日本の鉱物,成美堂,1994年
 4) 加藤 昭:硫化鉱物読本,関東鉱物同好会,1999年
 5) 鉱物同志会編:水晶 15号,同会,2002年12月
 6) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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