長野県甲武信鉱山『四坑(しこう)』の鉱物











       長野県甲武信鉱山『四坑(しこう)』の鉱物

1. はじめに

    長野県川上村にある甲武信鉱山は、山梨に転勤になった平成元年(1989年)ごろから通い
   はじめ、25年以上経った。ここは、古くは「柱石」、近いところでは「砒鉄鉱自形結晶」など
   国内初の鉱物が発見されるなど、豊富な鉱物種を産することでも有名だ。
    それだけでなく、地元で『鎌形水晶』と呼ばれる変わった形の日本式双晶や緑色の緑閃石
   が入った「ミニ・ツイン」まで、各種の「日本式双晶」が多産することでも知られている。
    さらに、きれいな「ベスブ石」や「灰鉄ざくろ石」など、宝石級の鉱物が手軽に採集でき
   ることから、女性やこどもにも人気だ。
    入山禁止など採集環境が厳しくなる昨今、「湯沼鉱泉」で入山料(大人1,000円)を払えば
   気兼ねすることなく思う存分採集できるのが何よりだ。

    湯沼鉱泉社長から「ミニ・ツイン坑道は川端下(かわはけ)側まで抜けていて、昔ここで
   立派な日本式双晶が採れた」と幾度となく聞いてはいたが訪れたことはなかった。2015年冬、
   静岡の石友・Kさんから「この坑道を調べているので教えて欲しい」と聞かれ、雪が消えて入
   山できるようになったら探査してみる気になっていた。

    2015年5月末、湯沼鉱泉社長に案内してもらうことにした。登山口から九十九折れの「鉱山
   道」をユックリ、しかも休み休み登る。休んでいると、青紫色の「ミツバツツジ」の花が満開
   だ。4月に能登半島にミネラル・ウオッチングに行ったときに満開だったから、1ケ月以上春の
   訪れが遅いことになる。

        
             鉱山主が馬で通った鉱山道               満開のミツバツツジ

    2時間半かけてミニ・ツイン坑道についた。例年だとこの時期でも坑道内には吹き込んだ雪が
   氷になって残っているのだが、今年はすっかり消えてなくなっていた。それでも坑口から吹き
   出す風は”真冬”の寒さだ。

    坑道内のいつものポイントで『月遅れGWミネラル・ウオッチング』の「玉手箱」用にと、
   母岩付の「ミニ・ツイン」を短時間のうちにいくつか採集した。

     
          日本式双晶「ミニ・ツイン」
               【Y字形】

    坑口脇から急斜面をよじ登り尾根を越えると川端下側だ。岸壁に点々と坑口が開いている。
   その一つが目的の坑道だ。例の日本式双晶が出た場所を教えてもらうと、用事のある社長は下
   山していった。

    坑道に入ると、かなり急に下る斜坑だ。「灰重石坑道」をご存知の方はわかると思うが、あ
   れと同じくらい大きなホールがある。その先坑道は枝分かれし、その内の一つを下ると坑道は
   『狸掘』くらいの幅・高さに狭まり、しかも一段と急になっていて、社長の話の通りだ。
    一人でこの先に進む気になれず、ここから引き返して坑道内で採集だ。初めての産地なので
   夢中になってしまった。お腹が空(す)いたので外に出てみると14時過ぎだ。2時間以上も穴
   の中にいたことになる。
    遅い昼食の後、もう一度坑道に入り別なポイントを攻めてみると、平板(ヒラバン)や両錐
   (りょうすい)、そして針状の鉱物が入ったインクル水晶がでてくる。
    16時半に下山を始め、車に着いたのは17時半だった。湯沼に立ち寄り、採集品を見せると、
   いつもは辛口の社長が「こりゃ好いもんだ。儲けたな」と平板と六角柱の2組の双晶が合体し
   た標本を褒めてくれた。

    坑道は広く、まだまだ手つかずのポイントがありそうな雰囲気だし、ミニ・ツイン坑に抜け
   てもみたいので、引き続き探査してみるつもりだ。案内していただいた、湯沼鉱泉社長に厚く
   御礼申し上げる。
    ( 2015年5月 採集 )

2. 産地

    産地の詳しい場所は、入山料を払いに湯沼鉱泉に寄って、社長から聞くのがよいだろう。以
   下、社長に聞いた話をまとめておく。

    甲武信鉱山は、武田信玄時代に金を採掘したのが始まりとされ、江戸時代には川端下集落の
   人々が金や銅などを採掘したと伝えられ、家康から下賜された旗なども残っている。昭和にな
   って、有吉氏が金を採掘したが、それほど産出しなかったようだ。この日登ったルートは、有
   吉氏が馬で坑口まで通った「鉱山道」の名残らしい。
    昭和15、6年ごろ、有吉氏から鉱区を買った住友が本格的な探査・採掘を開始し、昭和25年
   ごろまで、延べ10年くらい稼行した。
    鉱石は、坑口から現在「貯鉱場(ちょこうじょう)」と呼んでいるあたりまで鉄索(ケーブ
   ル)で運ばれていた。昭和15年、桜井先生一行が「貯鉱場」を訪れたのは、このころなのだろ
   う。

    ・長野県川上村川端下(かわはけ)附近の鉱物
    ( Minerals around Kawahake , Kawakami Village , Nagano Pref. )

    ミニ・ツイン坑口の直下に、その当時鉱石を運んだ”バケット”が赤さびて落ちていたので
   写真におさめておいた。

     
                   バケット

    ミニ・ツイン坑の上の尾根を越えると、岩壁が連続している。そのところどころに坑口や途
   中まで掘りかけた試掘坑がいくつかある。ここは、川上村秋山地区の人たちが掘った坑道で、
   坑道には掘り始めた順に1番から呼び名があり、案内してもらったのは4番目なので、『四坑
   (しこう)』と呼ばれていた。

     
                   坑口附近

3. 産状と採集方法

    古生代〜中生代の堆積岩の中に方解石の塊がみられ、変成を受けた際に石灰岩が再結晶した
   ようだ。堆積岩の割れ目に石英脈が走っていて、脈の太い部分に晶洞があり、水晶が成長して
   いる。
    鉱石は梓川方向に出したようで、坑道の外にはズリらしいものはほとんど見かけず、採集は
   坑道内の壁を叩くか、坑道内のズリ石を掘り返えすことになる。

        
                    入口                       坑内のドーム
                                            【支柱長さが1.5m】

4. 採集鉱物

 (1) 石英/水晶【QUARTZ:SiO2
      ここで採集できる水晶は、「日本式双晶」や「両錐(りょうすい)」そして、「インタ
     ーラプテド・クオーツ」と呼ぶ結晶形態や結晶成長過程に興味深いものが多い。
      また、「緑閃石」や「角閃石」をインクージョン(内包物)として含むものや、「緑泥
     石」が表面に成長したものなど、ミニツイン坑や湯沼朝飯前産地との共通性が見られる点
     でも興味深い。

     ・長野県川上村湯沼『朝飯前』の鉱物
     ( Minerals from Yunuma " Asameshimae " , Kawakami Village , Nagano Pref. )

      下の写真の双晶は、六角柱状の水晶からなる「日本式双晶」で、すぐ近くのミニ・ツイ
     ン坑で採集できる双晶がすべて薄べったい「平板(ひらばん)水晶」からできているのと
     大違いだ。緑色の「緑閃石」を含み、表面に「緑泥石」を被っている点だけは、ミニ・ツ
     イン坑の水晶と似ている。

      
          「緑閃石」入り日本式双晶

      下の写真の双晶は、表から見ると平板水晶からなる「日本式双晶」で、高さが40oあり、
     ミニ・ツインでなく立派な日本式双晶だ。裏から見ると、六角柱状の水晶からなる「日本式
     双晶」もあり、2つの双晶が背中合わせになっていて、湯沼鉱泉社長をして、「こりゃ、
     好いもんだ」
、と言わしめた標本だ。

         
                    表                            裏
                           隣り合う2組の日本式双晶

      坑の違うポイントでは、「緑閃石」などのインクルージョンを含まず透明〜白い水晶で
     構成する双晶が見られる。

      
            透明水晶からなる日本式双晶

      下の写真は、「角閃石」の針状結晶を含む「平板水晶」だ。表面にある球状結晶は「緑
     泥石」だ。

      
             「角閃石」入り平板水晶

      最後に紹介するのは、「インターラプテドクオーツ」と呼ぶ水晶だ。湯沼朝飯前産地で
     比較的多く見られ、その成因などは、次のページに詳しく記しておいた。

     ・長野県川上村湯沼『インターラプテド・クオーツ』の成因
     ( Process of Interrupted QUARTZ growth , from Yunuma " Asameshimae "
                          Kawakami Village , Nagano Pref. )

      
        「インターラプテドクオーツ」
           【「角閃石」入り】

 (2) 氷長石【Adularia:KAlSi3O8
      三斜晶系特有の、クサビ型に尖った真っ白い結晶なので、一度見ておけばほかの鉱物と
     間違うことはない。甲武信鉱山は「氷長石」の大きくて立派な結晶が産出することでも有
     名だ。

      
                「氷長石」

5. おわりに

 5.1 奥が深い甲武信鉱山
    甲武信鉱山を訪れるようになって25年以上が経つ。年に少なくても数回、多い年は10回以上
   訪れているから、平均年4回としても100回を超えている計算になる。

    これほど通っているのに、今回社長に案内してもらった『四坑』は話には聞いていたが、訪
   れ訪れるのは初めてだった。社長には、「あそこはおっかねえから、オラはへえらねえぞ」、
   と言われ、坑口まで案内してくれると、「用事がある」と先に下山して行った。
    坑道の中は、斜坑になっていて、いくつもの坑道に分岐していて、狭い個所もあり、浮き石
   が動いて落ち当たれば・・・・・・と思うと先に進むのを躊躇してしまうMHだった。

    湯沼鉱泉に、18時過ぎに戻ると、社長が「あんましおせえから、探しに行かなかちゃなんね
   えかと心配していた」、というのも大袈裟ではない。

    甲武信鉱山には、誰も入ったことのないような坑道が、まだまだたくさんありそうだ。

6. 参考文献

 1)佐久教育会編;五無斎 保科百助全集 全,信濃教育会出版部,昭和39年
 2)佐久教育会編;五無斎 保科百助評伝,同会,昭和44年
 3)草下英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 4)松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年



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