湯沼鉱泉社長から「ミニ・ツイン坑道は川端下(かわはけ)側まで抜けていて、昔ここで
立派な日本式双晶が採れた」と幾度となく聞いてはいたが訪れたことはなかった。2015年冬、
静岡の石友・Kさんから「この坑道を調べているので教えて欲しい」と聞かれ、雪が消えて入
山できるようになったら探査してみる気になっていた。
2015年5月末、湯沼鉱泉社長に案内してもらうことにした。登山口から九十九折れの「鉱山
道」をユックリ、しかも休み休み登る。休んでいると、青紫色の「ミツバツツジ」の花が満開
だ。4月に能登半島にミネラル・ウオッチングに行ったときに満開だったから、1ケ月以上春の
訪れが遅いことになる。
2時間半かけてミニ・ツイン坑道についた。例年だとこの時期でも坑道内には吹き込んだ雪が
氷になって残っているのだが、今年はすっかり消えてなくなっていた。それでも坑口から吹き
出す風は”真冬”の寒さだ。
坑道内のいつものポイントで『月遅れGWミネラル・ウオッチング』の「玉手箱」用にと、
母岩付の「ミニ・ツイン」を短時間のうちにいくつか採集した。
坑口脇から急斜面をよじ登り尾根を越えると川端下側だ。岸壁に点々と坑口が開いている。
その一つが目的の坑道だ。例の日本式双晶が出た場所を教えてもらうと、用事のある社長は下
山していった。
坑道に入ると、かなり急に下る斜坑だ。「灰重石坑道」をご存知の方はわかると思うが、あ
れと同じくらい大きなホールがある。その先坑道は枝分かれし、その内の一つを下ると坑道は
『狸掘』くらいの幅・高さに狭まり、しかも一段と急になっていて、社長の話の通りだ。
一人でこの先に進む気になれず、ここから引き返して坑道内で採集だ。初めての産地なので
夢中になってしまった。お腹が空(す)いたので外に出てみると14時過ぎだ。2時間以上も穴
の中にいたことになる。
遅い昼食の後、もう一度坑道に入り別なポイントを攻めてみると、平板(ヒラバン)や両錐
(りょうすい)、そして針状の鉱物が入ったインクル水晶がでてくる。
16時半に下山を始め、車に着いたのは17時半だった。湯沼に立ち寄り、採集品を見せると、
いつもは辛口の社長が「こりゃ好いもんだ。儲けたな」と平板と六角柱の2組の双晶が合体し
た標本を褒めてくれた。
坑道は広く、まだまだ手つかずのポイントがありそうな雰囲気だし、ミニ・ツイン坑に抜け
てもみたいので、引き続き探査してみるつもりだ。案内していただいた、湯沼鉱泉社長に厚く
御礼申し上げる。
( 2015年5月 採集 )
甲武信鉱山は、武田信玄時代に金を採掘したのが始まりとされ、江戸時代には川端下集落の
人々が金や銅などを採掘したと伝えられ、家康から下賜された旗なども残っている。昭和にな
って、有吉氏が金を採掘したが、それほど産出しなかったようだ。この日登ったルートは、有
吉氏が馬で坑口まで通った「鉱山道」の名残らしい。
昭和15、6年ごろ、有吉氏から鉱区を買った住友が本格的な探査・採掘を開始し、昭和25年
ごろまで、延べ10年くらい稼行した。
鉱石は、坑口から現在「貯鉱場(ちょこうじょう)」と呼んでいるあたりまで鉄索(ケーブ
ル)で運ばれていた。昭和15年、桜井先生一行が「貯鉱場」を訪れたのは、このころなのだろ
う。
・長野県川上村川端下(かわはけ)附近の鉱物
( Minerals around Kawahake , Kawakami Village , Nagano Pref. )
ミニ・ツイン坑口の直下に、その当時鉱石を運んだ”バケット”が赤さびて落ちていたので
写真におさめておいた。
ミニ・ツイン坑の上の尾根を越えると、岩壁が連続している。そのところどころに坑口や途
中まで掘りかけた試掘坑がいくつかある。ここは、川上村秋山地区の人たちが掘った坑道で、
坑道には掘り始めた順に1番から呼び名があり、案内してもらったのは4番目なので、『四坑
(しこう)』と呼ばれていた。
・長野県川上村湯沼『朝飯前』の鉱物
( Minerals from Yunuma " Asameshimae " , Kawakami Village , Nagano Pref. )
下の写真の双晶は、六角柱状の水晶からなる「日本式双晶」で、すぐ近くのミニ・ツイ
ン坑で採集できる双晶がすべて薄べったい「平板(ひらばん)水晶」からできているのと
大違いだ。緑色の「緑閃石」を含み、表面に「緑泥石」を被っている点だけは、ミニ・ツ
イン坑の水晶と似ている。
下の写真の双晶は、表から見ると平板水晶からなる「日本式双晶」で、高さが40oあり、
ミニ・ツインでなく立派な日本式双晶だ。裏から見ると、六角柱状の水晶からなる「日本式
双晶」もあり、2つの双晶が背中合わせになっていて、湯沼鉱泉社長をして、「こりゃ、
好いもんだ」、と言わしめた標本だ。
坑の違うポイントでは、「緑閃石」などのインクルージョンを含まず透明〜白い水晶で
構成する双晶が見られる。
下の写真は、「角閃石」の針状結晶を含む「平板水晶」だ。表面にある球状結晶は「緑
泥石」だ。
最後に紹介するのは、「インターラプテドクオーツ」と呼ぶ水晶だ。湯沼朝飯前産地で
比較的多く見られ、その成因などは、次のページに詳しく記しておいた。
(2) 氷長石【Adularia:KAlSi3O8】
三斜晶系特有の、クサビ型に尖った真っ白い結晶なので、一度見ておけばほかの鉱物と
間違うことはない。甲武信鉱山は「氷長石」の大きくて立派な結晶が産出することでも有
名だ。
これほど通っているのに、今回社長に案内してもらった『四坑』は話には聞いていたが、訪
れ訪れるのは初めてだった。社長には、「あそこはおっかねえから、オラはへえらねえぞ」、
と言われ、坑口まで案内してくれると、「用事がある」と先に下山して行った。
坑道の中は、斜坑になっていて、いくつもの坑道に分岐していて、狭い個所もあり、浮き石
が動いて落ち当たれば・・・・・・と思うと先に進むのを躊躇してしまうMHだった。
湯沼鉱泉に、18時過ぎに戻ると、社長が「あんましおせえから、探しに行かなかちゃなんね
えかと心配していた」、というのも大袈裟ではない。
甲武信鉱山には、誰も入ったことのないような坑道が、まだまだたくさんありそうだ。