2011年5月 長野県甲武信鉱山の近況







       2011年5月 長野県甲武信鉱山の近況

1. 初めに

   2011年3月、長野県のMさんから、「甲武信鉱山を案内して欲しい」とのメールがあった。Mさんは
  既に2回ほど甲武信鉱山を訪れているが、採集ポイント相互の位置関係が今一つハッキリしない
  らしく、系統立てて案内してほしいとのリクエストだった。
   3月11日の大震災以来、本格的な鉱物採集に行くゆとりもなく、5月連休に案内することにした。
  10連休の予定が生産の関係で、6連休になってしまい、その後半に、湯沼鉱泉で落ち合い、甲武信
  鉱山の巡検コースを一通り案内する事にした。
   湯沼鉱泉を8時過ぎに出て

    第1テラス→「柘榴石サンクチュアリ」→第2テラス→ベスブ石産地(第3テラス)
    →(第1)松茸水晶ズリ→第3松茸産地(見学のみ)→緑水晶ズリ→砒鉄鉱産地
    →ミニツイン(灰重石)坑道

    で見学・採集し、帰り道に第4松茸水晶産地を見学し、湯沼鉱泉に18時前に戻った。

   第1松茸水晶ズリで、湯沼鉱泉に宿泊していたO・I夫妻に遭い、一緒に案内した。皆さん、それぞれ
  のポイントで甲武信鉱山の産状を実地に観察し、ここ特有の素晴らしい標本を多数採集でき、大満足
  で引き揚げた。
   ただ、本格的なミネラル・ウオッチングが初めてのO・I夫妻にとって、「ミニツイン坑道」までの登りと
  それにも増して急坂の下山はかなりシンドかったようだ。

   湯沼鉱泉の夜は、お姐さんが腕によりをかけた美味しい料理に舌鼓を打ちながら、冷えたビールを
  飲むと疲れが飛び去った。
   食後、大学の6年間を九州で過ごしたMさんから、九州の有名産地の1級標本を頂き、「母岩付き奈留島
  産日本式双晶」には、妻の眼が点になっていた。

   翌朝、6時過ぎに起き、宿泊客の皆さんを『湯沼水晶洞』に案内し、この地域の石灰岩は南の島の
  サンゴ礁がプレートにのって北上し、日本列島に衝突し、花崗岩の貫入で大理石(晶質石灰岩)に変
  わったことなどを話すと驚いていた。
   「水晶洞」を出ると、純白の花をつけた水芭蕉の群生地が広がっていた。社長の話では、「今年は
  遅霜(おそじも)にやられなかったんで、マアマアだ」、とのこと。

       湯沼鉱泉社長を囲んで

   この日は、Mさんの希望で、「砂金」産地を案内することにしていた。O・I夫妻も同行したいとのことな
  ので、ご一緒する事にした。社長を交えて記念写真を撮って出発。
   2010年に開拓したポイントに案内すると釣り人の姿が見え、遠慮がちにパンニングせざるを得なかっ
  た。そのせいだけではないが、それぞれ1粒の砂金を採集できただけで、「砂金」の貴重なことを思い
  知らされた。この日、私は千葉まで帰らなければならず、10時過ぎに解散させていただいた。

   1年半ぶりの甲武信鉱山だったが、期待に反せず素晴らしい標本が出迎えてくれた。いつに変わら
  ぬ暖かいもてなしをしていただいた湯沼鉱泉社長とお姐さん、そしてすばらしいミネラル・ウオッチング
  に同行していただいたMさん、O・I夫妻に厚く御礼申し上げる。
   ( 2011年5月採集 )

2. 第一日目

 (1) 湯沼鉱泉に集合
      Mさんと湯沼鉱泉で8時ごろお会いすることにしていた。余裕を持って自宅を出て、途中高速も
     利用し、朝食のためファミレスに入った。
      早朝なのに、お客がいつもの数倍はいる。駐車場の車のナンバーはほとんどが県外で、連休で
     首都圏から清里などの観光地を目指す人達のようだ。
      注文したものの、なかなか出てこない。ウェートレスが1人でてんてこ舞いしている。30分以上
     たったころようやく出てきた。急いで食べて終え、川上村を目指す。

      川上村に入ると、気温は8℃と、3月の時より4、5℃高い。そのせいか、桜や梅などが一斉に
     咲き誇っている。

       川上村の春

      8時15分過ぎに湯沼鉱泉に着くと、Mさんが既に到着し、私を待っていた。手短に挨拶の後、
     Mさんの車に乗せていただき、甲武信鉱山の登り口に到着した。
      ( 妻は、甲武信鉱山に恐れをなして、湯沼鉱泉で留守番 )

 (2) ルートを選ぶ
      甲武信鉱山は、懐(ふところ)が深く、初めての人は迷うことが多いようだ。御多分に洩れず私も
     訪山5回目くらいで迷い、『死の彷徨(ほうこう)』一歩手前になったこともあるほどだ。
      産地の詳しい情報は、湯沼鉱泉に行き、入山料(1,000円)を払って、備え付けてある石友・小Y
     さんが作成した、「甲武信鉱山−国師鉱床 鉱物類観察・採集マップ」をもらい、これを持参すると
     良いだろう。
      社長に、新しく発見された産地の情報なども教えてもらえるはずだ。

       観察・採集マップ【小Yさん作成】

      甲武信鉱山が3回目のMさんにとって、以前この地図を見ているのだが、ポイント相互の位置
     関係がハッキリしていなく、一人で目的のポイントを訪れる自信が持てないようだ。

      そこで、Mさんの記憶を呼び戻す意味で、一番オーソドックスなコースを案内する事にした。その
     合間に、最近発見された産地をまじえて案内する事にした。こうして選んだコースは、下記の通り
     だ。

     第1テラス→「柘榴石サンクチュアリ」→第2テラス→ベスブ石産地(第3テラス)
     →(第1)松茸水晶ズリ→第3松茸産地(見学のみ)→緑水晶ズリ→砒鉄鉱産地
     →ミニツイン(灰重石)坑道

 (3) 第1テラスを目指す
      登山口から、第1テラスを目指す。九十九折れのコースでゆっくりと登り始める。50mほど登って
     「小休止!」
      毎日、往復5kmのウオーキング通勤の成果か、息も上がらず、脚の運びも軽い。
      ( 前日までの農作業の疲れが残っているはずなのだが・・・・・ )

      第1テラスで、リュックを下して、「小休止!」。 ここには、見るべきものもない。

 (4) 「柘榴石サンクチュアリ」
      第1テラスからやや右にルートをとり、「緑簾石」露頭を経由し、湯沼鉱泉社長が発見した、巨大
     なザクロ石を保存してある「柘榴石サンクチュアリ」に向かう。
      晶洞をのぞいて驚いた。巨大なザクロ石の姿が見えないのだ。ザクロ石があった辺りには、ド
     リルで開けた穴が4つ、5つ見える。ここには、「採集禁止」の表示をしておいたのだが、無視された
     ようだ。
      ドリルを使って採集するほどのベテランなら、ここをどれほど湯沼鉱泉社長が訪れる初心者のた
     めに大事に保存していたのを知っているはずだ。

 (5) 第2テラス
      サンクチュアリから、斜め左上に登り、露頭を下ると、第2テラスが近い。第2テラスの坑道では
     戦前(1940年ごろ)「磁鉄鉱」を採掘していたと聞いた。
      坑道前のズリで、20年ほど前に大きくても1cm足らずだが珍しい「緑水晶」が採れた。今では、
     更に標高の高いポイントで見事な「緑水晶」が採集できるので、忘れ去られている。

      ここでは、甲武信鉱山がスカルン鉱床と呼ばれる所以(ゆえん)の「珪灰石」や「灰礬ザクロ石」
     などが「磁鉄鉱」とともに観察できた。

       「灰礬ザクロ石」

 (6) 「ベスブ石」産地
      ここから、100mほど、急な斜面を九十九折れに登ると「ベスブ石」の産地に到着する。最近、”パ
     ワフル○人組”が露頭を崩した話もなく、ズリのベスブ石はメッキリ少なくなっていた。しかし、探
     せばあるもので、ズリ採集品では、今までで一番に近い「両錐ベスブ石」を採集できた。

       「ベスブ石」【平板両錐】

 (6) 「松茸水晶」産地
      ここは恒例のミネラル・ウオッチングで何回も訪れている。「松茸水晶」に縁のないと自称する
     奈良・Aさんや、人の足元から素晴らしい「松茸水晶」を拾う幸運な滋賀・Oさんなど、訪れるたびに
     ドラマが生まれている。
      Mさんは、一度も「松茸水晶」を採集したことがないとのこと。ズリに散らばって、30分だけ採集
     することにした。
      そろそろタイム・アップかと思ったころ、「ありました!!」、とMさんの歓声が響いた。見せていた
     だくと、緑水晶の軸の上に透明な笠が付いた立派な「松茸水晶」だ。久しぶりに佳品を拝見した。

      Mさんが、「下から人が来ます」、と教えてくれた。見ると、湯沼鉱泉に宿泊する夫婦連れが古い
     石人・Iさんに案内されて登ってきた。
      下山後社長の話から、湯沼鉱泉を出発した私たちを追いかけるように出発し、Iさんの先導で追
     いかけ、「松茸水晶」産地で追いついたらしい。
      Iさんが、「MHは面倒見が良いから」と2人の案内を頼まれては断ることもできずに同行する事に
     した。自己紹介して神奈川から来たO・I夫妻で、甲武信鉱山どころか、ミネラル・ウオッチングその
     ものが初めてだと知った。
      ( 湯沼鉱泉で貰った地図一枚を頼りに登ろうとするのは、”無謀”、としか言いようがないのだ
       が・・・・、昔の自分が「フィールド・ガイド」のアバウトな地図だけを頼りに山野をうろつき
       回ったのを思えば、因果応報か )

 (7) 「緑水晶」”ザクザク”
      『同行4人』になり、「第3松茸」→「第2松茸」産地を経て、『見晴らし台』で昼食とする。見上げる
     位置にあった「五郎山」などの頂きが目の高さに近くなっている。
      ここから、尾根を200mも進むと、奈良・Aさんが”トイレ・タイム”に発見した「緑水晶」ズリがある。
      大勢の人が訪れているのもかかわらず、まだまだ3、4cmのものなら見つかる。
      Mさんは、この産地は初めてのようだ。O・I夫妻に熊手を貸して、ズリを掘ってもらうと、「面白い
     ように出てくる!!」、と感激していた。
      O・Iさんは、両錐の5cmクラスを採集し、”ビギナーズ・ラック”を祝福される。

         
              採集風景【O・I夫妻】                    産状
                            「緑水晶」産地

      皆さんから少し離れたポイントをバールでほじくっていると、まっ黒いガマ粘土の中に、キラリと
     光る5cmクラスが見えた。まっ黒いドロをぬぐうと、鮮緑色の柱面が見えた。今までで、一番の緑
     水晶だ。
      いつもながら、『 古泉に水涸れず 』、を実感する瞬間だ。

       「緑水晶」【全長 5cm】

 (8) 『フカヒレ』を求めて
      ここから、尾根の北側に下るとアチコチに雪が残っている。そこをトラバースするように高さを稼
     ぐと、「砒鉄鉱」の露頭が見える。

       砒鉄鉱産地を目指して【雪が残っている】

      O・I夫妻には下で「ザクロ石」を採集して頂いている間に、Mさんと「砒鉄鉱」の露頭を目指す。
     喘(あえ)ぐように、路頭に到着すると、掘りこまれた跡がある。その辺りのズリ石を見ると、「褐鉄
     鉱」に覆われた『フカヒレ』がザクロ石を伴って見える。「砒鉄鉱」が初めてのMさんには、どれなの
     か理解するまでやや間があった。
      蓚酸に一晩も漬けておけば、”銀白色”の『フカヒレ』が姿をみせるはずだ。

       「砒鉄鉱」【蓚酸でクリーニング後】

 (9) 「ミニ・ツイン」坑道
      この日最後の目的地、「ミニ・ツイン」坑道を目指して最後の力を振り絞っていただく。坑道前に
     到着し中をのぞくと、雪が吹き込んでいる。ライトを持って中に入ると厚い氷が少し解け始めていて
     春の訪れを感じる。

       「ミニ・ツイン」坑道【雪が残っている】

      ミニ・ツインが採集できるポイントに潜り込み、脈を追うと、小さなツイン(日本式双晶)がアチコチ
     に観察でき、できるだけ大きくハンマとタガネで欠き採り、Mさんが坑道の外に運ぶ。
      O・I夫妻は、キラキラと輝く「方解石」に感嘆している。「方解石」の露頭全面を小さな氷の結晶
     が覆い、「アイス・パレス(氷の宮殿)」のようだ。
      ( 「氷【ICE:H2O】 は、立派な鉱物です。 )

      ミニ・ツインを産出する晶洞(脈)には、太い方解石脈を伴っていて、そこを叩くと、マッチ箱を
     潰(つぶ)したような透明なへき開片が得られる。へき開片を通して紙の上の1本の線を見ると2本に
     見える、いわゆる”複屈折”を示す、立派なアイスランド・スパー(氷州石)だ。
      ミニ・ツインを含む水晶の群晶の中には、小さな方解石の自形結晶が見られ、原因は不明だが希に
     写真の標本のように、紫色に色づいていることもある。

         
                ”複屈折”                   自形結晶
                                   【左側に軍配型のミニ・ツイン】
                             「方解石」

      Mさんは持参したミネラ・ライトを手にして、上部坑道に進み、「灰重石」が”蛍”のように光るのに
     感銘を受けたようだ。
      15時30分過ぎ、坑道の外に出て、ジャンケンで勝ったMさん、O・I夫妻の順に採集品を選んで
     いただいた。皆さん、数個のツイン(日本式双晶)を手にできたはずだ。

3. 湯沼鉱泉の夜は更けて

 (1) 無事下山
      16時に下山を開始。「第4松茸」産地を経て、「ベスブ石」露頭に戻ると、後はまっすぐ下るだけ
     だ。皆さん、「登りより下りがキツイ」、とおっしゃる。
      俗に”膝が笑う”状態のようだ。1時間30分掛けて、全員無事下山した。

 (2) 湯沼鉱泉の夜は更けて
      18時ごろ湯沼鉱泉に戻ると、社長がわれわれの帰りの遅いのを心配してくれていた。遅くなる
     のは、”事故”か”良いものが採れたとき”のどちらかだからだ。妻の話では、石友・小Yさんも来
     て、話しこんでいたようだが、会えず仕舞いだった。
      浴槽につかり、脚のふくらはぎの筋肉を揉(も)んでみると軟らかい。さほど筋肉は疲れていな
     いようだ。

      19時ごろから、いろりを囲んで、宴会がスタートした。先ずは、冷たいビールで乾杯する。今日
     一日の疲れが飛び去るようだ。
      目の前には、お姐さんが腕によりをかけた、「岩魚(いわな)の刺身」、「岩魚の塩焼き」、「てん
     ぷら」、「酢の物」、「蕎麦(そば)」など地元の食材を生かした料理が10点以上並んでいる。Mさん
     が、「これで採算がとれるのだろうか」、と心配するほどだ。
      最後に軽く「炊きこみご飯」を頂く。

 (3) 『大人の時間』
      食後、私たちの部屋にMさんに来ていただき、3人だけの大人の時間を過ごすことにした。昭和
     50年代に九州の医科大学で6年間を過ごしたMさんは、九州各地の有名鉱物産地を訪れたとの
     こと。その頃は、鉱物採集がブームになる前だったので、「奈留島の日本式双晶」はじめ、採集
     禁止などもなく、良品を多数採集でき、コレクションは数百点を越える、とのこと。

      私へのお土産として持参した標本の包みを開けて頂くと、どれも九州産一級標本だ!!
      ( 新聞紙を使ったMさんの標本の包み方も教科書通りだ )

      大ぶりの日本式双晶が2組も母岩についた標本には、妻の目が点になっていた。図鑑でしかお
     目にかかれない『長垂(ながたれ)の紅リチア電気石』、オークションなどに出る品と比べものにな
     らない大きな結晶の『尾平(おびら)の斧石』、すでに産地そのものがゴルフ場になって消滅して
     入手ができない『杉山の緑柱石(アクアマリーン)』、など九州の第一級鉱物標本だ。

         
               奈留島の日本式双晶               杉山の緑柱石

         
               尾平鉱山の斧石                 ランタン弘三石

         
                   木村石                   長垂の紅電気石

                          九州の第一級鉱物標本
                          【Mさんの恵与品の一部】

        私がまだ訪れたことのない九州の産地の当時の様子を聞くと、『 君、鉱物採集を始めるのが
     30年遅かったよ 』、という先人の声が聞こえてきそうだ。

      私が持参したお酒を飲みながら、話は尽きないが、22時前にお開きとなった。

4. 第二日目

 (1) 朝飯前
      恒例のミネラル・ウオッチングでは、朝飯前のミネラル・ウオッチングが定番になっているのだが
     今回は少人数と言うこともあって、自由行動とした。
      私は、6時過ぎに起き、妻が素晴らしいから見に行こうと誘ってくれた『湯沼鉱泉の水芭蕉』
     見て回った。朝日を浴びて、純白の水芭蕉の花が、沢沿いに群がって咲いている。恒例の「月遅
     れGWミネラル・ウオッチング」よりも1ケ月早いおかげで、花は新鮮そのものだ。

         
                    群生                みずみずしい花
                          『湯沼鉱泉の水芭蕉』

      水芭蕉を見終えてから、『湯沼鉱泉の水晶洞』、を見ていると入り口付近で”ガヤガヤ”声がした。
     昨夜宿泊したお客さん達だった。どうやら、地学や鉱物に詳しくない人たちのようなので、案内人
     を買って出た。

     @ 湯沼鉱泉の地質
         湯沼鉱泉の浴槽には、巨大な大理石が据え付けてあり、その上からお湯が滝のように流
        れおちている。このことからも解るように、この地域は石灰岩が”やけど”して、大理石(晶質
        石灰岩)に変化した。しからば、石灰岩はどこから来たのかと問われれば、南の島のサンゴ
        礁がプレートに乗って日本列島に衝突したのだ。
         地下からマグマが上昇し、大理石や甲武信鉱山などのスカルン鉱床が生まれたのが、
        約1,200万年前のことだ。

     A 湯沼鉱泉水晶洞の見どころ
         私のお勧めの次の4点を重点に、解説して回った。
         ( 「 な〜んだ、お前が関わった標本が多いじゃないか 」・・・・・蔭の声 )

          「湯沼鉱泉水晶洞」

       1) 緑水晶の日本式双晶露頭
           湯沼鉱泉社長が「水晶洞」を作ろうと思い立ったキッカケが世界で唯一の緑水晶の日
          本式双晶が生まれたままの姿で保存してある露頭

       2) 川端下(かわはけ)の日本式双晶【鎌形水晶】
           湯沼鉱泉社長と私ともう一人が川端下の坑道を訪れ、社長が発見した晶洞の中から
          採集した両翼22cmの日本式双晶。五無斎は、「鎌形水晶」と呼んでいた。
           いつ、どこで、誰が、どのように採集したかがハッキリしている貴重な標本

          ・長野県川上村の日本式双晶 巨晶 その2
           ( Big Japanese Law Twins from Kawakami Village - Part 2 -
             Nagano Pref. )

          ・長野県川上村の日本式双晶 巨晶
           ( Big Japanese Law Twins from Kawakami Village , Nagano Pref. )

       3) 「穴沢の電気石」
           1900年にフランスで開催されたパリ万博に日本を代表する鉱物標本の1つとして出品
          された由緒ある「扁平な苦土電気石」(出品された標本そのものではない)
           社長が採集・展示してある標本は、母岩に付いたもので、産状が良く判る素晴らしい標本

          ・長野県川上村御所平穴沢の電気石 その3
           ( DRAVITE from Anazawa - Part 3 -, Gosyodaira , Kawakami Village
             Nagano Pref. )

          ・長野県川上村御所平穴沢の電気石 その2
           ( DRAVITE from Anazawa - Part 2 -, Gosyodaira , Kawakami Village
             Nagano Pref. )

          ・長野県川上村御所平穴沢の電気石
           ( DRAVITE from Anazawa , Gosyodaira , Kawakami Village , Nagano Pref. )

       4) 「甲武信鉱山の自然金」
           甲武信鉱山が武田信玄時代から金を採掘したと伝えられる金山だったことを示す、「ホ
          セ鉱」を伴う肉眼サイズの自然金が付いた大きな標本

          ・甲武信鉱山貯鉱場の「ホセ鉱」と「自然金」
           ( Joseite and GOLD from Ore Stockyard of Kobushi Mine , Kawakami Village , Nagano Pref. )

 (2) 「砂金を求めて」
      シッカリと朝食を摂った後、支払いを済ませ、出発前に社長を囲んで記念写真を撮る。今日も快
     晴のミネラル・ウオッチング日和だ。
      この日は、Mさんの希望で、「千曲川の砂金」を採集する事にした。O・I夫妻にこの事を話すと
     同行したいと意向だったのでご一緒した。

      千曲川の砂金は、梓川と金峰山川から流れ込んでいることが今までの探査で明らかになった。
     以前、大きな粒を採集した金峰山川のポイントを案内した。川に降りると、釣り人がアチコチにいる。
      できるだけ、釣りの邪魔にならないように、岸辺でパンニングする。MさんもO・I夫妻もパンニン
     グは初めてとのことで、簡単に説明するが、私の基本は『 習うより、慣れろ!! 』だ。

       パンニング風景

      2010年に開拓した良品が簡単に採集できたポイントなのだが、釣り人に遠慮しながらパンニング
     せざるを得なかっ
      そのせいだけではないが、Mさん、O・I夫妻がそれぞれ1粒の砂金を採集できただけで、「砂金」が
     貴重なことを思い知らされた。
      この日、私は千葉まで帰らなければならず、10時過ぎに現地解散させていただいた。

      途中で「骨董市」をのぞいたせいで、高速に乗ったのが14時半だった。東京に向かう上り線はUタ
     ーンの車で渋滞していた。それでも、単身赴任先近くに住む3男の家に18時過ぎに到着し、孫と夕
     食を一緒に摂ることができた。

5. おわりに

 5.1 甲武信鉱山の魅力
      甲武信鉱山をご一緒したMさん、O・I夫妻から、異口同音に「MHは甲武信鉱山に何回くらい
     登りましたか?」、という質問を受けた。
      「数えたことはないが、30回くらいでしょう」、と答えた。年に数回にしても、通い始めてから20年
     くらいになるので、50回を越えるかもしれない。
      これほどまでに、惹きつけられるのは何故なのか、改めて考えてみた。

  (1) 豊富な鉱物種
       「自然金」などの元素鉱物から、「ベスブ石」などのスカルン鉱物まで、豊富な鉱物種がある。
      桜井先生が、昭和15年に採集し、翌年発表した「柱石」はじめ、日本で最初に産出が報告され
      た鉱物種も多い。

       万人が好む水晶1つを取り上げても、「松茸」、「日本式双晶」、「緑」、「まりも入り」、「水入り」
      など、各種の形態とインクルージョンが楽しめる。

  (2) 大きい、綺麗な結晶
       珍しい鉱物種であっても、ルーペを使わなければ識別できないような標本は万人好みと言いか
      ねる。その点、甲武信鉱山の標本は、”大きい”、”綺麗”な結晶が多いのだ。
       しかも、今まで、数百、数千の訪山者が歩いていた足元から新産地が発見されることも再三で
      今でも、人知れず眠っているポイントがあるかと思うと夢が広がる。

  (3) 「湯沼鉱泉」
       私たち夫婦をはじめ、甲武信鉱山を訪れる石人の多くが、湯沼鉱泉に宿泊し、社長と鉱物談義
      をするのと、お姐さんの工夫とおもてなしの心が一杯詰まった美味しい食事を楽しみにしている。

       私には、湯沼鉱泉社長と「五無斎」の姿がだぶっている。2011年に没後100年になる五無斎に
      私は当然会ったことはないのだが、写真や著作物を通じて描くイメージが湯沼鉱泉社長と重なる
      のだ。
       社長に会ったことのある人なら、下の五無斎の鉱物採集のいでたちを見れば、”似ている”、
      という感想を漏らすだろう。
       ( 社長には、「 おらア、こんなにゴムサクねえゾ 」、と言われるだろうが )

      
        五無斎の鉱物採集姿
         【評伝から引用】

 5.2 2011年月遅れGWミネラル・ウオッチング
      横浜の石友・T夫妻からメールをいただいた。
     『 ご無沙汰しております、・・・・・・・
      ところで・・・月遅れGWミネラル・ウオッチングは、いかがなものでしょうか?
      今か今かと連絡を待っていまして(参加したくてしょうがないもので)。去年は、今頃にはもうメー
     ルが来ていたなぁと思うと、気になって・・・                                 』

      兵庫の石友・N夫妻からも、開催に期待を匂わせるメールをいただいた。

      T夫妻に、次のように返信した。
     「 月遅れGW ミネラル・ウオッチングを心待ちにしてくれておられるようで、ありがとうございます。
      夏場の節電対策で、7月、8月に休みを増やすため5月、6月の土曜日はすべて出勤にして作り
      溜めします。
       そんなわけで、まだ日取りを決めかねていますが、6月中には開催しようと思っています。

       今年は、保科五無斎の没後100年なので五無斎ゆかりの産地を訪れてみようかと考えてい
      ます。                                                       」

      多くの石友に湯沼鉱泉でお会いできるのを楽しみにしています。湯沼鉱泉社長、お姐さん、そして
     川上犬も待っています。

      
               湯沼鉱泉の川上犬
             「がんばろう日本!!」

6. 参考文献

 1)佐久教育会編;五無斎 保科百助全集 全,信濃教育会出版部,昭和39年
 2)佐久教育会編;五無斎 保科百助評伝,同会,昭和44年
 3)草下英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 4)松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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