2009年8月 長野県甲武信鉱山の近況

       2009年8月 長野県甲武信鉱山の近況

1. 初めに

   2009年7月、奈良県の石友・Aさんから、「甲武信鉱山を案内して欲しい」、とメールがあっ
  た。滋賀県の石友・Oさん、Nさんも同行するとのことなので、日程調整の末、日曜日に案
  内することにした。

   約束の時間に皆さんが宿泊してくれた湯沼鉱泉に行くと、3人のほかに、愛知の石友・Iさ
  ん、滋賀のKさんもいた。皆さん、前日は「第4松茸産地」に行き、Aさんは『3度目の正直』
  満足の行く「松茸水晶」を採集できた、と喜んでいた。Iさんは、たまたま一緒になったそうで
  この日は、われわれとは別行動で「貯鉱場」を訪れる予定だ、と話していた。

   湯沼鉱泉の社長とお姐さんに挨拶に行くと2人とも元気で、6月末に訪れたとき”巣穴”に
  いた”モコモコ”の川上犬が足元にジャレついてきた。
   お姐さんに、入山料を払い(現金がないので、中川農園のスイカを物納)、お土産を渡した。

       
      お姐さんとスイカ        ”モコモコ”の川上犬
              湯沼鉱泉近況

   この後、湯沼鉱泉前で記念写真を撮ってから出発することにした。

     記念写真【撮影:Oさん】

    今回、皆さん(一部?)の希望をもとに、第1テラス→第2テラス→「ベスブ石」産地→
   「灰鉄輝石産地@」→「第4松茸産地」→「灰鉄輝石産地A」→「砒鉄鉱産地」のコースに
   した。

    帰りに第1テラスで、行きしなに冷やしておいた中川農園のスイカを皆さんに味わって
   いただき、16時前に無事下山できた。

    今回、初めて入った坑道で「氷長石」、「柱石」の良品、そして「砒鉄鉱」産地では今まで
   で一番の標本が採集でき、『情けは人のためならず』を実感したミネラル・ウオッチング
   だった。
    同行いただいた石友の皆さんに、厚く御礼申し上げます。
   ( 2009年7月採集 )

2. 産地

   甲武信鉱山は、懐(ふところ)が深く、初めての人は迷うことが多いようだ。産地の詳しい
  情報は、湯沼鉱泉に行き、入山料(1,000円)を払って、備え付けてある石友・小Yさんが
  作成した、「甲武信鉱山−国師鉱床 鉱物類観察・採集マップ」をもらい、これを持参すると
  良いだろう。
   社長に、新しく発見された産地の情報なども教えてもらえるはずだ。
   ( 多くの人が「第4松茸水晶産地」を訪れているようだ )

     観察・採集マップ【小Yさん作成】

3. 産状と採集方法

   甲武信鉱山は、「スカルン鉱床」とされ、水晶、柘榴石といった綺麗な”ビギナー
  向け”
から、灰重石、砒鉄鉱自形結晶という”玄人好み”まで、各種の鉱物の一流
  標本が入手できるチャンスがある。

   また、最近HPにアップした「第4松茸水晶」産地のように、今まで、幾百、幾千の訪山者
  が通り過ぎていた場所から、素晴らしい標本が続々と発見され、まだまだ眠っている産地
  (ズリ・坑道)も多いはずだ。
   次に訪れるあなたが新産地の発見者になることも、夢ではない。

   採集方法は、次の3通りである。
    @ 表面をよく探す【表面採集】
    A 鉱物が見つかったらその周りを掘ってみる。【ズリ採集】
    B その近く(通常は上)の露頭や坑道壁を叩く【露頭採集】

   晩春〜晩秋なら@、Aで、女性や子どもでも十分楽しめ、”パワフル○人組”が掘ったり
  露頭を叩いた後なら、@でも良品が採集できる。冬は、Bしか採集できる術がない。

 (1) 第1テラス
      ここには、古い坑道が残されているが、ここのズリには標本になるような鉱物が見ら
     れず、いつも小休止するだけの場所になっている。
      今回、湧き水を溜めた水場に、中川農園のスイカを冷やしておくことにした。

      湧き水で冷やすスイカ

 (2) 第2テラス
      第2テラスで「珪灰石」を採集したことは既報のとおりだ。滋賀県には「珪灰石」が掃
     いて捨てるほどあるようだが、Oさんなど何人かは持ち帰った。

 (3) 「ベスブ石」産地
      湯沼鉱泉に泊まった人が「前日に、露頭を掘ったから拾って行くように」、と言ってた
     らしいのだが、新しく掘ったような気配は全くなく、ズリに落ちている標本を探しただけ
     で早々に退散する。

 (4) 「灰鉄輝石産地@」
       Oさんの「讃岐うどんを食べる割り箸サイズの灰鉄輝石を採りたい」、とのたっての
      希望で、灰鉄輝石産地を採集できる(できた)ポイントに案内した。しかし、2、3cm
      のものはあるのだが、割り箸サイズは見当たらない。

 (5) 「第4松茸水晶産地」
       ここは、皆さん前の日に採集したとのことでパスする予定だったが、ズリのもとにな
      っている坑道を見たいというので案内した。
       坑道の前で氷長石の良品があり、皆さんその周辺を探索し始めた。私は、7月初旬
      長野・Mさんを案内したときに採集した「柱石」の出所が知りたくて、坑内をくまなく
      探査した。すると、坑道の一部に柱石の脈が走り、比較的”ピカピカ”なので皆さんに
      声を掛けて採集していただいた。

 (6) 「灰鉄輝石産地A」
       ここで、私が数年前に長さ20cm近い灰鉄輝石を含む群晶を採集したことがあり、
      皆んなで探査したのだが、大きなものはなかった。

 (7) 砒鉄鉱産地
       前日皆さんでここを探したのだが見つからなかったので、是非行きたいとの要望が
      あり案内した。
       砒鉄鉱は、露頭や坑道内の限られた場所にあるのだが、外観が褐鉄鉱に覆われ
      て見栄えがしないので、「これが砒鉄鉱です」、と説明しても「??」、という人が多か
      った。流石に、1cmを越える自形結晶を目にすると理解していただけたようだ。この
      手の鉱物に目のない、Oさん、Nさんは、Kさんが探してくれたポイントを夢中で叩き、
      充分満足できる標本を採集できたようで、”メデタシメデタシ”

        ”Vサイン”のOさん

   ここと目と鼻の先にある「灰重石坑道」や「ミニツイン坑道」まで行くかどうかを図ったところ
  奈良、滋賀までこの日のうちに帰るので、ここから下山することになった。時に14時だった。

 (8) 再び第1テラス
       皆さんの気がかりは第1テラスに残してきた”スイカ”だったようだ。この日、何組か
      が入山し、野生動物もいるので、食べられてしまわないかが心配だった。
       第1テラスに戻ると、食べごろに冷えたスイカが一行を待っていた。持参したナイフ
      で切り分け、塩を振って食べると、疲れも吹き飛んだようだ。

       掘った穴に食べカスを埋めようと、落ち葉をかき寄せていたOさんが、「火バサミ」を
      発見した。
      これは、この坑道を掘っていた坑夫達が使うタガネの先端を尖らしたり、焼入れなど
      の熱処理をするのに使ったもので、湯沼鉱泉「水晶洞」に産業遺物として飾ってもら
      うため、社長への良いお土産になった。
       ( 社長 「 こりゃ〜、良い(いい) もんだ 」 )

          
          スイカを食べる一行            火バサミ
            【撮影:Oさん】
                      第1テラスの収穫

4. 産出鉱物

    今回も訪れたポイントごとに、TPOで採集スタイルを変えた。、その結果、私にとって、
   今までで一番の「砒鉄鉱」や新しいポイントで「柱石」や「氷長石」などが採集できた。
    私の採集品の一部(大部分?)を紹介させていただく。

No    鉱物種名
    俗名
  【英名:組成】
   標  本  写  真     説       明
1砒鉄鉱
【LOELLINGITE
 :FeAs2

       部分【結晶横 13mm】


         全体【横 16cm】



           分離品



      Oさん採集品【撮影:Oさん】

 鉛色〜銀白色、葉片状結晶が
灰礬ざくろ石や灰鉄輝石の間に
立っている。

 採集したときは、茶色の
褐鉄鉱に覆われていたが
蓚酸液に約6時間浸漬して
置いたら白銀色を取り戻した。
 ( 時間は、標本や液の濃度で
  変わるので、1時間おきに見て
  最適なところで水槽に移す )

 Oさん、Nさんはパンニングで
分離結晶を採集するため
坑道内の土砂を持ち帰った。

 実体顕微鏡で拡大して観察すると
”自形結晶”と思われたものは、
多数の”単結晶”が折り重なるように
連晶していることがわかる。
 高田氏が「ペグマタイト」誌に
結晶形態を記載しているので
引用させていただくと、扁平な
頭のそげたピラミッド状をしている。

 
 結晶図【「ペグマタイト」より引用】

2灰曹柱石
【Mizzonite
 :(Na,Ca)4[(Cl,CO3
 |((Si,Al)4O8)3
   
        灰曹柱石【縦 60mm】
 透明〜白色、ガラス光沢の
柱状結晶が平行連晶をなして
集合している。
 甲武信鉱山や川端下では
柱石は珍しくないのだが
表面が風化しているものや
雲母化しているものがほとんどで
写真のように新鮮なものは
少なく、貴重

 「鉱物型録」には亜種名 dipyre
 「鉱物分類別一覧」には、独立種
 Mizzonite、とあり「一覧」に従った。

5. おわりに

 (1) 「 情けは人のためならず 」
       この諺を最近の若い人の多くが ”情け(親切)は、その人のために良くない”、と
      誤解しているのは有名な話だ。( 首相があの程度なのだから、当然か )

       以前も書いたが、大勢の人を案内すると中には私なら絶対やらないような場所を
      掘ったり、叩いたりする人がいる。このような場所から思いがけない良品が飛び出
      したことが1度や2度ではないから、”初心者”(その産地が初めての人)は恐ろしい。

       結果として、私も良標本に巡り合えることになるのだから、まさに、「 情けは人の
      ためならず 」、である。

       今回も、素晴らしい「砒鉄鉱群晶」に巡り合えて、2日連荘での産地案内の疲れも
      吹き飛んだ。

 (2) 甲武信鉱山の魅力と怖さ

  a) 魅力
      これについては、折に触れ、私のHPでも記述している。私は、”豊かな鉱物種と
     スケールの大きさ” だと思う。
      以前のページにも書いたことなので、詳細は割愛する。

  b) 怖さ
      登山口で一行と別れた私は、社長へのお土産を持って湯沼鉱泉に報告に行った。
     社長や石友・小Yさんと雑談をしていると、突然、「川端下の○○さんから電話です」、
     と社長がお姐さんに呼ばれた。

      何でも、この日入山した1グループが、梓川側に駐車して「川端下」を目ざしたのに
     梓川側の車に戻らず反対側にある川端下集落に下山してしまって救援要請があった
     ようだ。慌てて、社長が迎えに行った。

      マクロには、長峰から北に延びる稜線の東西に「甲武信鉱山」と「川端下」の産地が
     ある。”尾根の反対側”と思い込んでいると、支尾根を1つ越えただけで、元に戻ったと
     錯覚してしまう。
      特に、この日のように雲海が垂れ込め、周囲の景色が全く見えない場合、なお更だ。

      この季節、遭難することはないにしても、関係者に迷惑がかかるので、充分注意し
     たい。( 昔、私も迷って”彷徨”したことがあり、自戒を込めて )
      甲武信・川端下を10回前後訪れている奈良・Aさんが、「 最近ようやくポイントの位
     置関係が飲み込めました 」、というくらい奥が深い(=魅力ある)産地なのだ。

 (3) 技術士「農業部門」挑戦!?
      今年の夏は、梅雨明け宣言がとうに出された甲府地方だが、8月になっても梅雨空の
     日が多く、農作物、特にスイカの出来が心配だったが、皆さんから”美味しい”、と
     好評をいただいた。( 単に、腹が減っていたので何でも美味しいだけ・・・・蔭の声 )
      何となく、スイカ作りの”コツ”もマスターできつつあるようだ。(農作業も仕事と同じ)

      同じ技術士仲間で、古い石友の1人、千葉のTさんに家庭農園の写真を載せた暑中
     見舞いを送ったところ、「頑張って、技術士(農業部門)を取得してください。(実地は
     OK)」
、との返信をいただいた。

      その気になりかかっている Mineralhunters であった。

6. 参考文献

 1) 草下 英明:鉱物採集フィールド・ガイド,草思社,1988年
 2) 塩澤 勝・渡辺 克巳:甲武信鉱山の砒鉄鉱について 水晶No13,鉱物同志会,2000年
 3) 高田 雅介:砒鉄鉱の結晶形態について,ペグマタイト 第48号,2001年
 4) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
 5) 加藤 昭:日本産鉱物分類別一覧 −無名会七十五周年記念 − ,無名会,2008年
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