長野県川上村の「輝水鉛鉱入り水晶」

          長野県川上村の「輝水鉛鉱入り水晶」

1. 初めに

   2009年3月末、単身赴任先から山梨に戻って、引越し荷物を解く暇も惜しんで長野県
  川上村にある湯沼鉱泉に挨拶に行き、1泊し、翌日甲武信鉱山を訪れ、今までで一番の
  「ベスブ石」を採集したのはHPに掲載したとおりである。

   翌週も訪れると、”モコモコ”の川上犬は貰われていっていなかったが、お腹が大き
  かった”熊子”は4匹の川上犬の母になっていた。

    川上犬・熊子と子犬たち【生後2日目】

   今回の目的は、湯沼鉱泉「天然水晶洞」に飾ってある川上村産の「輝水鉛鉱入り水晶」
  産地を小Yさんと訪れることだった。水晶には、各種のインクルージョンが入ることがあり
  「まりも入り」を初め各種の名前が付いているが、「輝水鉛鉱」が入ったものは川上村で
  しか採集できないだろう。それだけ、珍しいので何としても産地を訪れたかった。

   何日か前、社長がコースの途中まで下見をしてくれ、「倒木」や「岩」などの目印も教え
  てもらいそれに備えた装備を持参した。社長の教えてくれた通りに進むと、最後の目印
  熊が冬眠する「熊穴」があり、産地はこの近くだった。

   社長によれば、14、5年前、この付近で石英の転石を見つけ、それを追って小さな試掘
  坑を探し出したらしい。「この産地を知っているのは10人ばっかじゃネエか」、とのことで
  限られた人にしか知られていないようだ。

   産地は、堆積岩に挟まれた石英脈で、晶洞の中に水晶があるのだが、硬い上に狭くて
  採集しにくい。露頭派の小Yさん、ズリ派の私と、分かれて採集することにした。
   ズリを掘ると水晶が埋もれていて、その半分以上には「輝水鉛鉱」が入っていた。露頭
  の石英脈には、ところどころ小さな晶洞があり、中には水晶があるが壁に張り付いている
  ものが多かった。それでも「大きな輝水鉛鉱が入った良品があった!!」と小Yさんから
  翌日電話があった。

   こうして、永年念願の産地を訪れ、自分の手で貴重な標本を採集でき大満足で湯沼鉱
  泉に帰った。

   何よりも嬉しかったのは、この日社長に「産地が分からないから案内して欲しい」と頼むと
  「行かザ」と言ってくれたことである。(結局、お姐さんの『今日は買出しがあるからダメ』の
  一言で実現しなかった )
   社長と一緒のミネラル・ウオッチングをレポートできる日も近いと思う。

   貴重な産地を発見、教えてくれた湯沼鉱泉社長と同行・道案内してくれた小Yさんに
  厚く御礼申し上げる。
   ( 2009年4月採集 )

2. 産地

   水晶産地として有名な「川端下(かわはけ)」や「甲武信鉱山」の東側にある「五郎山」
  が産地である。
   物知りの小Yさんによれば、「岩がゴロゴロしているから、五郎山、と名付けた」らしい。

    産地遠望

   ここを訪れるのであれば、湯沼鉱泉に宿泊し、社長に道順・目印などを聞いてから行く
  のが良いだろう。産地近くには、「熊穴」、「絶壁」など危険な場所があるので、安全には
  十分注意して欲しい。

3. 産状と採集方法

   この一帯は、ほぼ水平に堆積した粘板岩が熱変成を受けホルンフェルス化している
  露頭が随所に見られる。ごく狭い範囲に、最大厚さ30cmの石英脈が南側に緩やかに
  傾斜して挟まれている。

      
          試掘坑             露頭の石英脈
                    産地

   石英脈のほぼ中央部に試掘坑と思われる高さ約80cm、深さ約1.5mの穴がある。坑と
  露頭前の斜面には薄くズリが形成されている。

   露頭派の小Yさんは、ハンマとタガネで石英脈を崩しながら晶洞を探し、ズリ派の私は
  熊手でズリを掘りながら水晶を探した。

      
           露頭               ズリ【開拓後】
                   採集方法

   以前、某氏がズリを漁ったことがあるらしく、掘り進むと”歯ブラシ”が出てきた。

4. 産出鉱物

 (1)  輝水鉛鉱入り水晶/石英【QUARTZ including MOLYBDENITE:SiO2
      石英脈が最大厚さ約30cmと薄いため、水晶が自由に成長するのに十分大きな
     晶洞が少ない。そのため、今回採集できた水晶は最大でも5cm前後で、湯沼鉱泉の
     「天然水晶洞」に飾ってある約10cmもある綺麗な水晶は、例外である。
      ( 社長によれば、「20回は通った」 成果らしい )

      水晶の中に、銀白色〜青紫色〜黒色、金属光沢の葉片(縮れた木の葉)状や薄
     板状のインクルージョンが見られることがある。これが、輝水鉛鉱である。

      輝水鉛鉱は、平面に並んだように存在したり、結晶の面や軸と無関係に成長して
     いる。前者は、水晶の成長過程で、水晶の軸や錐面上に生成したものが更に水晶の
     成長でインクルージョンになったと考えられ、後者は水晶の成長と一緒に成長したと
     考えられる。

         
             小             大
               輝水鉛鉱入り水晶

 (2)  輝水鉛鉱【MOLYBDENITE:MoS2
      インクルージョンが本当に「輝水鉛鉱」なのか、誰しもいだく疑問だろう。なぜなら
     巷間、乙女鉱山産の「硫砒鉄鉱」や「磁硫鉄鉱」が入った水晶が「輝水鉛鉱入り」
     として通っていることがあるらしいからだ。

      産出する水晶の約50%には、輝水鉛鉱が入っているのに、石英脈にはほとんど
     輝水鉛鉱が見られない。それでも、下の写真に示すような小さな晶洞部分に、葉片
     状結晶と六角柱状結晶が共生している標本があった。

         
            部分              晶洞部拡大
                         【中央が六角柱状結晶】
                  石英脈の輝水鉛鉱

       @ 六方晶系である。
       A 葉片状結晶は折れずに曲がる”可撓性”を示している。
       B 念のため、「輝水鉛鉱入り水晶」に糸付き磁石を近づけてみたが全く反応し
         ない。

      以上のことから、「輝水鉛鉱入り水晶」と判断した。

 (3)  ブルー石英【QUARTZ:SiO2
       石英脈の一部が”ブルー”に色づいているのが気になって、標本として1つだけ
      持ち帰った。玉髄やオパールなど、青色に色づいている石英は珍しくはないのだ
      が、「含ストロンチューム」(??)なのか、青色の原因が気になっている。

       ブルー石英

5. おわりに

 5.1 1週間の時間の流れ
      この時期、1週間の時間の差は自然や人間をはじめとする動物や植物にも大きな
     変化を与える。1週間前、川上村に入ると朝8時前の気温がマイナス1℃だったが
     この日は4℃と、5℃も高かった。

  (1) 川上犬
       1週間前、私が歩き回るとまとわり付き、歯茎がかゆいのか手を差し出すと生え
      たばかりの歯で軽く噛んできた愛くるしい生後2ケ月の”モコモコ”は貰われて行っ
      て既にいなかった。
       その代わりと言っては何だが、お腹の大きかった”熊子”に4匹の子犬が産まれ
      ていた。お姐さんによれば、未だ目が見えないらしく、4匹並んで”熊子”の乳首を
      吸っていた。
       GWや月遅れGWミネラル・ウオッチングで訪れる頃には、皆さんの周りを、”モコ
      モコ”が走り回ることだろう。

  (2) ズリ
       今回訪れた産地のズリは南斜面のせいか全く凍っていず、掘って採集するのに
      何の支障もなかった。
       しかし、100mも離れていない北側の斜面には雪が残っていて、”まだまだ冬”を
      思わせた。

       別な産地では、この1週間で雪の残っている線が100mも標高が高いところに
      移り、全山が緑に覆われるのも近いことを感じた。

  (3) 湯沼鉱泉社長の近況
       1週間前のHPでは、『冬眠中』、と伝えた社長だったが、今回訪れ、「産地が良く
      分からないから案内して欲しい」と頼むと「行かザ(行こう)」と言ってくれたこと
      が驚きと同時に一番嬉しかった。
       数日前には、産地近くまで下見もしてくれていて、小Yさんと私に細かい注意まで
      与えてくれた。
       この日は、お姐さんの『今日は今週の宴会の買出しがあるからダメ』の一言で
      案内してもらえなかったが、社長と一緒のミネラル・ウオッチングをレポートできる
      日も近いと思う。

       2008年11月のミネラル・ウオッチングの後、参加したある奥さんが「元気のない
      社長の姿を見るのは辛い」、と話していた。
       2009年6月の月遅れGWミネラル・ウオッチングでは元気な社長に会えるはずだ。

 5.2 「熊穴」
      この産地のすぐ近くに熊が越冬・冬眠する「熊穴」と呼ぶ自然にできた岩穴がある。
     何年も前、社長1人、飼い犬の川上犬を連れて、この産地を訪れ、社長が穴に入る
     脇をすり抜け川上犬が奥に入ったところ、”ギャン”という声がした。社長はとっさに
     『熊穴だ!!』、と思い慌てて逃げ出した、と聞いた。

       「熊穴」

      このとき連れて行った川上犬の顔面は、3本ある熊の爪でえぐられ、血だらけに
     なり、そのキズは後々まで残ったらしい。

      このように、主人の危険を察知し、敵に向っていく勇敢・忠実な川上犬の特性は
     川上村という厳しくも暖かい自然・人が育てたようだ。

      その後、この「熊穴」では、何年か置きに、2、3頭の月の輪熊が捕獲されたらしい。
     今回、ここを訪れる上で一番の心配は「熊がいるかいないか」だった。メス熊であれ
     ば、冬眠中に出産するので、一番危険な「子連れ熊」になっている可能性もある。
      このように危険な産地なので、訪れるならば、湯沼鉱泉に泊まって、社長から
     注意事項を良く聞いてからにすることをお奨めする。

     【後日談】

       このページをアップして間もなく、石友・Aさんから、社長と熊の出会いについて、
      当時の状況がメールで送られてきたので紹介する。

      『 さて、今回のHPを拝見して驚きました。
        実は、この”熊穴事件”の時に、私も社長と一緒にいました。
        川上犬が口から血を出して飛び出してきた時は、びっくりしました。

        事実を言うと、犬を入れる前に、私と、社長が穴の中を覗きました。
        なんせ社長は、懐中電灯を持って、上半身入り込んでいましたから。
        無事故で、良かったです。
        (熊のほうも、ひげもじゃの社長を見てお友達が来たと思ったかも・・・。)

        さて、ブルー石英ですが、試作跡の左側の岩盤に厚さ15cm程度で水平方向に
        走っています。私も少し採集しましたが、薄紫色でした。
        輝水鉛鉱入り水晶は、その薄紫石英脈の下側の脈に小さな晶洞中にもありま
        した。

        時間が有れば、薄紫石英脈を調査したかったけれど、熊穴事件がありすぐに
        退却しました。
        残念!!。                                          』

6. 参考文献

 1) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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