20年ほど前山梨県に転勤し、湯沼鉱泉社長や多くの石友に案内していただき、HP
に書いたように、自分の手で30cmクラスの水晶を採集することが何回かあり、鉱物の
結晶はなぜ、どこまで大きくなるのだろうか、と常々疑問に思っていた。
2009年8月、千葉の石友・Mさんから、メキシコの鉱山で発見された巨大な石膏で
できた「結晶洞窟」がNHKで放映されると教えていただき、朝型人間で生放送は見ら
れなかったが録画したものを妻と一緒に見て『石膏の巨晶群がつくる奇観』に驚嘆し
た。
間もなく、栃木県の石友・Sさん一家の娘で高校生・Yさんから、「ニュートン」に特集
された「巨大結晶の迷宮」の記事を電子データで送っていただき、奇跡的に安定した
条件が長い間続いてできた『巨大石膏の成因』も良く理解できた。
おかげで、長年の疑問も解け、石友・Mさん、Sさん一家に厚く御礼申し上げる。
( 2009年9月 情報 )
人よりも大きな結晶【「ニュートン」から引用】
結晶は、石膏【GYPSUM:CaSO4・2H2O】で、長さ11m、幅1mを超える大きなものも
ある。
「石膏」は、モース硬度が2と軟らかく、石膏でできた塑像などはガラス製品よりも壊
れやいのに、なぜこのような巨大な結晶が壊れずに残っているのだろうか?
結晶洞窟の中では、太い石膏の結晶がさまざまな方向に伸びている。四方八方に
結晶が伸びているのは、水(熱水)の中で石膏が成長したことを示している。石膏の
比重は2.3と同じ体積の水の2倍以上重い。もし、空気中で横向きに結晶が成長する
と、自分自身の重さで折れてしまい大きく成長できない。
しかし、この洞窟は最近(1985年ごろ)まで、熱水で満たされていたので、結晶の柱
は熱水(カルシウムや硫酸イオンを含むため普通の水より比重が大きい)中で成長し
たため、下から抱きかかえられるようにより大きな浮力で支えられていた。
四方八方に伸びる結晶【「ニュートン」から引用】
折れずに残ったもう1つの理由は、結晶同士が支えあっていることだ。2つの結晶が
衝突した後も成長を続け、石膏に多い透入双晶をなして、お互いに支えあっている。
『3本の矢は強し』 である。
( ニュートン誌に「衝突したため成長は止まってしまった」、とあるが? )
支えあう大きな結晶【「ニュートン」から引用】
上の写真の天井部分に見られる茶褐色の部分は、「酸化鉄」や「天青石」で覆われ
ているようだ。
下の写真の左は「結晶洞窟」、右はナイカ鉱山の別な場所にある「剣(つるぎ)の洞
窟」と呼ばれる場所の写真だ。一目で、結晶の数と大きさに違いがあるのが判るだろ
う。
「剣の洞窟」では壁一面が小さい(われわれのスケールでは十分巨大)な石膏の結
晶で覆われているが、「結晶洞窟」では結晶の数が少なく、1つひとつが巨大化して
いる。この違いは、どのようにして生まれるのだろう?
「結晶洞窟」 「剣(つるぎ)の洞窟」
結晶の大きさ、数の違い【「ニュートン」から引用】
結晶ができるためには、まず微小な結晶(結晶の”種”)が生まれる必要がある。
結晶を作る原子がこの”種”に次々と結びついて、結晶は成長していく。
結晶の大きさは、この『”種”がいくつできるか』によるところが大きい。はじめに結
晶の”種”がたくさんでき過ぎると、結晶は大ききなれない。つまり、そこかしこで結
晶の成長が始まり、互いにぶつかり成長を邪魔しあうからだ。
一方、結晶の”種”が少ししかないと、結晶同士があまりぶつからないため、巨大
な結晶に成長する。「結晶洞窟」は、結晶の”種”がまばらにしかできない「特殊な
環境」が保たれていたようだ。
4.2 巨大結晶ができた「限られた環境」とは
(1) 温度
(2) 地殻変動などの外乱
(3) 時間
国立科学博物館の松原先生は、ニュートン誌の中で、「巨大な結晶は、自然だけ
一生に一度で良いから、”身体がスッポリ入る晶洞を開けたい”と念じている石
@ 石灰岩の地層に断層が生じる。
A 地下深くのマグマだまりから、熱水が
吹き上がった。
熱水は、石灰岩の断層を押し広げながら
上昇し、徐々に冷えてくる。
溶けていた金属の元素が溶けきれない
温度・圧力になると固体になり、鉱脈が
でき、石膏のもとになる硬石膏(CaSO4)
もできた。
B 鉱脈ができなかった断層の割れ目が熱水
で満たされ、熱水に硬石膏が溶け始めた。
熱水に溶けた硬石膏から、石膏の”種”が
でき、この”種”から結晶が成長した。
C 1985年ごろ、鉱山開発で地下水が汲み上げ
られ、地下水面が ↓ のように下がり、成長が
止まった。
明礬や食塩の溶液から結晶を成長させた経験がある読者もおられると思う。結
晶の成長には、溶液の濃度、温度、時間、振動などの外乱の有無などが影響しそ
うだ。
テレビでもニュートン誌でも、ナイカ鉱山で巨大な石膏が成長できた理由を次の
ように説明している。
石膏は硬石膏(CaSO4)の成分が溶けた熱水の中で成長した、と考えられてい
る。熱水の温度が低いと結晶の”種”がたくさんでき、大きく成長できない。水温
が高いほど”種”はまばらにしかできず、大きく成長できる。ただし、58℃を超え
ると結晶の”種”は全くできなくなる。
「結晶洞窟」では、熱水温が58℃よりもわずかに低く保たれて、巨大な結晶が
できる最適な条件が維持されていたと考えられる。
食塩の結晶を作るときに、急に水を蒸発(溶液の濃度を変化)させたり、水に衝
撃(地震などの地殻変動)を与えると、結晶の”種”がたくさんできる。そうすると、
微細な結晶だけが無数にできるらしい。
これだけ巨大な結晶が成長する間、地殻変動がなかったと考えられる。
これだけ大きな結晶が成長するのに、どのくらいの時間がかかったのだろうか?
ニュートン誌には書かれていないが、テレビのナレーションでは5万年だか50万
年、と言っていたと記憶している。いずれにしても永い時間だ。
この間、温度や濃度が一定に保たれ、地震による断層などの地殻変動もなか
った、となると『奇跡的』なのかも知れない。
がつくりだせるもので、地中の結晶は、自然が元素を分類し、より分けた結果だ」、
と述べている。
5. おわりに
(1) 「晶洞」
「晶洞」の英語として、”Pocket”が使われているようだ。貴重なものや小物を入
れる洋服の”ポケット”とおなじだ。
だが、NHKの映像とニュートン誌の写真を見てこの手の「晶洞」には、”Hall(ホー
ル)”あるいは”Dome(ドーム)”とでも呼ぶべきだと思っている。
友が多いが、この映像には驚きを通り越して、別世界のように写ったのではない
だろうか。
6. 参考文献
1) 草下 英明:鉱物採集フィールド・ガイド,草思社,1988年
2) ニュートン編集部編:巨大結晶の迷宮 世界最大の結晶群がつくる奇観,
ニュートン,2009年