11月末、長野県の石友・Yさんから、『 川上村の坑道の中から10cmの日本式双
晶が出ているから、行かザ 』、と誘いの電話をいただいた。日本式双晶と聞いては
黙っておれず、二つ返事で飛びついた。
Yさんと坑道内の土砂(ガマ粘土?)を掻き出しながら選別し、初日に私が8cmの
双晶、Yさんが持ち帰った群晶を洗ってみたら6cm余りの双晶が付いていた。
これに気をよくし、翌週もYさんと訪れたが、2日目はまるでダメだった。翌日、Yさん
の友人・M氏も加え、3人で行き、前日の続きを掘ったが芳しくなく、午前中でここに
ひとまず見切りをつけた。
午後、別な坑道に入り、私は坑道内のズリを掻き出して、不完全ながら13cmの双
晶(鎌形水晶)を出した。これを見たYさんは、持ち前の”本能的嗅覚”に物を言わせ
この近くの坑道壁をハンマとタガネで猛烈に叩きだした。すぐに、”ガマ(晶洞)だ!”
の声がでた。覗いて見ると、ガマ粘土がギッシリ詰まった、川上村としては珍しい
タイプの円筒状晶洞だった。中からは、”レーザーポイント”と呼ぶ最長30cmの細長
い水晶や平板そして両錐などの単晶・群晶、200本余りが、まるで”ごぼうを抜く”よう
うに掘り出された。それでも、まだ晶洞の底に達しなかった。
急遽、「湯沼鉱泉」に連泊する事にし、翌日、同じ顔ぶれで続きを掘ることにした。
前日と同じように続々と水晶が出て、晶洞を掘り進むと手が届かなくなり、入口を
広げるのに1時間もかかった。
午後、晶洞の底が見え始めたころ、Yさんが、「 残っているのは石英の盤(ばん:ゲ
ス板ともいう)だけだ。お前さんにやるから、採ってみろ 」、と言ってくれた。手を伸ば
すして”盤”を触って見ると”平らな板状”で、一端は”頭付水晶”になっていて長さが20
cmはある。未公開だが、この産地の双晶を20枚近く採集している私には”日本式
双晶だ!!”、と ” ピン ” と来た。
母岩付きで採りたいので、上半身を晶洞に突っ込んで、まるで”バンザイ”の形で
周辺の母岩をハンマとタガネで叩きながら、取り出そうとしたが、振動で途中から折
れてしまった。晶洞から取り出して、キャップランプに照らし出されたのは、紛れもな
い日本式双晶だった。左翼の水晶の頭部分が欠けていたが、今割れたものではな
いのは明らかだった。Yさんが、「変な平板があって、さっきM氏が外に運び出した
はずだ」、と言う。
3人で、坑道の外に出て、”パーツ探し”をすると、1つの平板水晶が”ピタリ”と合い
完成品は『 両翼22cm、厚さ27mm、しかも完全 』 な素晴らしい日本式双晶だ。
話の流れでお分かりのように、この日本式双晶は私のものだと思ったが、日本式
双晶、しかも20cmを超える巨晶と知ってYさんの態度が微妙に変化した。
私も、余りに立派な日本式双晶なので、個人で収蔵するよりも、”川上村の宝”と
して、「地元・湯沼鉱泉の天然水晶洞」に飾っておくべきだ、と決断するのにそう長い
時間はかからなかった。
こうして、この双晶は、公開に備え、湯沼鉱泉に大切に保管されている。社長に
頼めば出してきて見せてくれるはずだ。
川上村の双晶、とくに大きなものは「博物館」などでも眼にする事はほとんどない。
それを自分の手でガマ(晶洞)から取り出すことなど、ミネラル・ウオッチング人生で
2度とないかも知れない。
案内・同行の上、貴重な体験をさせていただいたYさん、M氏に厚く御礼申し上げる。
( 2007年11月採集 )
この産地の産状には、2つある。
@ 石英脈タイプ 時として厚さ1m近い石英脈に直径10cm以上の水晶が
入り組んだ形で成長している部分も観察できる。このよう
な部分の水晶は、表面に石英がひも状に付着していて
”味”がある。
群晶
A 晶洞タイプ 以前、晶洞を眼にする事は全くなかったが、このような晶
洞からは、両錐、平板など形状が面白く、しかも水晶表
面がやや綺麗なものも採れる。
日本式双晶は、どちらからも産出するようだ。
採集方法は、坑道内のズリを掘るか、石英脈を叩いて晶洞を開けるかのいずれか
である。
終り【長さ80cmのスコップがスッポリ入る】
今回開けた晶洞
区 分 | 説 明 | 標 本 例 | 備 考 | 日本式双晶 ( Japanese Law Twin) | 2つの水晶が84度33分 の角度で交差している双晶 その形状から、夫婦(めおと) 水晶、蝶形双晶(Butterfly Twin)あるいは鎌(形)水晶 等と呼ばれている。 その形状を”ハート形” ”軍配形”、”蝶形”など とも呼ぶ。 |
Yさんの採集品【両翼 22cm】
|
変形鎌形(?) 蝶形 (ハート?) 鎌形/鎌 【半完形品】 縫合部から 2cmほど残る |
平板 (ひらばん) |
”平板”とは 扁平な晶癖をもつ 水晶の俗称 |
| 両錐 | レーザー ポイント |
細長い水晶の 俗称 |
|
両錐も交じる |
緑水晶 |
緑泥石(?)と
思われる 内包物 (インクルージョン) のため緑色に 見える |
|
両錐 |
群晶 (ぐんしょう) |
水晶の結晶が 集合したもの |
群晶【最長 14.5cm】 |
細くて長い水晶が ”危うげな形”で群晶 になっているもの
”ガマ出し”ならでは
銘 |
このほか、曹柱石【MARIALITE:(Na,Ca)4[Al(Al,Si)Si2O8)]3(Cl,CO3,SO4)】と思わ
れる柱石の大きな群晶が採集できた。
曹柱石【横 20cm】
(1) 川上村の宝
日本で大きな「日本式双晶」産地というと、乙女鉱山が余りにも有名だが、以
前ここに永年通っている人から、『 10cm以上の巨晶を出すのが夢 』、と聞い
ことがあった。どうやら、”甘茶”が採集した10cm以上の双晶は巨晶と呼べる
ようだ。
乙女鉱山産のものは、全国の博物館や大学などに大きなものが収蔵されて
いて珍しくもないが、川上村産の双晶の大きなものは、山梨大学に”産地不詳”
として1点あるだけだと思う。それくらい貴重なものだ。
晶洞から取り出した私は、余りに立派な日本式双晶なので、個人で収蔵(死
蔵?)するよりも、”川上村の宝”として、「地元・湯沼鉱泉の天然水晶洞」に飾
っておくべきだ、と決断するのにそう長い時間はかからなかった。
もしこれが10cm以下で、既に「湯沼鉱泉・天然水晶洞」に飾ってあるものより
小さければ、私も強硬に所有権を主張しただろう。
(2) 【後日談】 『母岩付き双晶』
Yさんも私も、前日の30cmのレーザーポイントに”感動”し、この日の日本式
双晶に”興奮”していて、一刻も早く湯沼鉱泉に戻って報告したいと気が焦って
いた。
帰りの車の中で、私が掘り出した双晶の根元、つまり『母岩』部分がソックリ
取り残してあることを思い出した。あの様子だと、平タガネで今度こそ”石英盤”
を叩けば、ソックリ取れそうな雰囲気だった。
私が、母岩付き標本の価値を熱心に話したので、Yさんが、近日中にもう一度
行って回収することになった。したがって、公開するときには、『母岩付き日本式
双晶』 になっているはずだ。
(3) 鎌(形)水晶
この産地の日本式双晶は、”美しさ”という点では乙女鉱山のものに一歩譲るが
この産地独特の”顔”をしているので、鉱物を少しでもかじった人ならひと目でわか
るようだ。
湯沼鉱泉を訪れた無名会のT氏、K氏に、私が初日に採集した8cmの双晶を
お見せしたところ、すぐ産地を言い当てた。
湯沼鉱泉社長から、五無斎が「鎌形水晶」と呼んでいたものを、地元・川上村
の人たちは「鎌水晶」と呼んでいた、と教えていただいた。
(4) 氷と炎
産地のズリは、カチンカチンに凍り、日中でも日陰は0度くらいしかなく、ツラ
ラが融けない状態だ。坑道の中は、暖かく、ハンマを振るっていると汗ばむほど
で、坑内外の気温の差が激しい。
お昼ごはんを外で食べるときに寒くないように、と産地に着くと真っ先に焚き火
を起こすのが私の仕事になっている。
焚き火を囲みながら、持参したソーセージを焼いたりして、昼食を摂っていると
なぜか”ホッ”とした気分になる。
私にとって、”至福のひと時”である。