水晶で作られた石器 その5 − 水晶原産地考 −

             水晶で作られた石器 その5
               − 水晶原産地考 −

1. はじめに

    師走(しわす:12月)に入って、2013年も残すところ1ケ月を切った。甲府盆地でも朝は霜が下り
   氷が張ることもめずらしくなくなってきた。
    この時期の楽しみの一つは、『石器観察』だ。自宅から1時間ほどの長野県南牧村や川上村に
   は、古くは18,000年前の旧石器時代から縄文時代にかけての石器を観察できるポイントがいくつ
   かある。

     
               川上村の旧石器遺跡
              【1万8千〜1万6千年前】

    ミネラル・ウオッチングのベース・キャンプになっている「湯沼鉱泉」への通り道にも当るので、
   行き帰りに時間があれば立ち寄ることが多い。もっとも、この季節、朝8時ごろだと、川上村の気
   温は0℃以下のことも珍しくなく、畑は霜・氷で真っ白で観察どころではない。

    2013年11月、Nさん一行をミネラル・ウオッチングに案内した後、湯沼鉱泉に立ち寄り、その
   帰りに通りかかると、霜も溶け、暖かな陽射しに誘われ、石器を観察して回ると、チャートや頁岩
   などでできた石槍と、いくつかの水晶(石英)の剥片・塊があり、水晶も石器材料として使われて
   いたことを再確認した。

      石槍

    帰りしな、秋に子どもたちを連れて訪れた「南牧村美術民俗資料館」に、その時のお礼をと思い
   立ち寄った。Ms.Nが「今発掘している場所で水晶などがでている」、と耳寄りな情報を教えてくれ
   た。入口付近には、『発掘最前線!』と題して、Ms.Nも参加した発掘の模様が展示してある。出土
   した水晶の写真を見ると、六角柱状で透明感があり、立派なものだ。

        
               『発掘最前線!』                      水晶石器の写真
                         【南牧村美術民俗資料館の展示】

    Ms.Nが「T先生に頼めば出土品を見せてくれるはず」、と言うので場所を聞いて車を走らせた。
   発掘場所は遠目からでもわかり、T先生に御挨拶し、お願いして出土した水晶などの石器を見せ
   ていただいた。

      水晶出土地点

    以前から、南牧村や川上村で水晶石器(というより剥片)をいくつか観察しているが、これらの
   水晶がどこから来たかが私にとって大きな疑問だった。見せていただいた水晶の形・色の特徴
   などから、この水晶は、『川上村西股沢』のものだと確信した。

    当然、T先生も水晶の産地がどこかには興味を持っておられるので、遺跡と水晶産地の位置関
   係がわかる地図を作成し、『西股沢』の水晶に添えて送ることを約束し、お別れした。

    周りの高齢者の行動を見聞きすると、「外に出たがらない」、という人も多い。今回、Nさんを案内
   し、川上村の湯沼鉱泉を訪れた帰りに、Ms.Nにお会いし最新の情報を得て、T先生にお会いした
   からこそ”永年の疑問が氷解”したわけだ。まさに、『戌棒』だ。
    今週は、土地測量の立会で田舎に帰るので、ついでに(どっちが?)、「池袋ミネラル・ショー」や
   関東の古書市・骨董市を巡ってみる予定だ。
    ( 2013年11月 観察・調査 )

2. 産地

    ミネラル・ウオッチングで通ることが多い長野県川上村とその隣の南牧村のレタス畑や原野に
   は数多くの遺跡がある。旧石器時代や縄文時代だけでも、一万年以上の永きにわたって人々の
   生活が営まれた跡が残されている。

      石器観察地の1つ【2013年4月】

    以前は、耕作が放棄されたまま、雑草に覆われたり、収穫後に黒いビニールシートがそのまま
   になった畑が点々とあり、観察できる場所が限られていた。最近はレタス栽培が終わるとただち
   にビニールは撤去され、畑全面を掘り起こしてあるので、観察できるエリアが増えているのは喜
   ばしい。

3. 産状と採集方法

    畑を耕したときに掘り起こされた土が雨にあたったり、風に吹かれたりして、石器が表面に露出
   していることがある。これらを観察するのだ。
    畑の表面を見ながら、くまなく歩き回ると”キラリ”、と輝く石器に出会えることがある。

    この地域は、高原野菜、とりわけレタスの有名産地なので、野菜の栽培が終わった11月〜
   4月が適期だ。表面が雪で覆われてしまう12月〜2月は無理なので、11月と3月下旬〜4月がもっ
   とも適している。

4. 『水晶原産地考』

 4.1 観察水晶石器
  (1) 私の観察品
       今回、観察した水晶石器はつぎのようなものだ。最大44mmで、「柱面」や「錐面」などの
      結晶面が見えるものはなく、剥片や塊のようなものだ。

        私の観察水晶石器

       これらの水晶の特徴は、次の2点だ。
        1) 透明度が高い。(煙でなく、インクルージョンもない)
        2) 大きい。(太い)

  (2) T先生発掘品
       T先生に見せていただいた出土品は下の写真の右上の4つだ。これらの内、いくつかは
      「柱面」や「錐面」が観察できる。

        T先生発掘品

       これらの水晶の特徴は、次の4点だ。
        1) 透明度が高い。(煙でなく、インクルージョンもない)
        2) 大きい(太い)。
        3) 結晶面は平滑
        4) 柱面は短く、錐面が発達している。
        5) 柱面には、隣の水晶の柱面の接触痕が残っている。(密集して群晶になっていた)

       1)と2)は、私の観察品と特徴が同じだ。私の観察品では見られなかった結晶面がある
      ことで、3)、4)、5)の特徴を知ることができた。

 4.2 水晶原産地はどこか?
     南牧村や川上村で水晶石器を観察できた場所と石器に使われる主たる石材の黒曜石、チャ
    ート、頁岩(粘板岩)、そして水晶の産地を地図の上にプロットしてみた。

       
                              石器と石器用石材産地

     南牧村や川上村で観察できる石器の80%以上が直線距離で約40km離れた和田峠や麦草峠
    産の黒曜石だ。チャートや頁岩は川上村内でも採集できる。もちろん、例外がないわけではなく、
    黒曜石に似た「下呂石」は岐阜県から運ばれ、黒曜石も神津島産のものもごく稀に使われてい
    る。
     例外はあるものの、石器として使われた水晶も半径50km以内から運ばれたと考えるのが妥
    当だろう。そうすると、長野県麻績村などは候補から外れるだろう。

     南牧村で水晶が産出することは聞いたこともないが、川上村なら10箇所前後の水晶産地が
    あり原産地の可能性が一番が高い。また、上の地図で見ればお判りのように、山梨県のほとん
    どの水晶産地まで直線距離で40km以内で、可能性は捨てきれない。

     黒曜石なら『蛍光X線』という科学的な手法で産地を特定できるのだが、水晶ではそのような
    技術はないようだ。仮にあったとしても、”甘茶”の私が自宅で使える手法ではないので、ないも
    同然だ。

     私ができるのは、石器に使われた水晶と長野県や山梨県で産出する水晶の特徴を比較して
    原産地を推定するという古典的な手法だ。
     比較した結果をまとめて下の表に示す。
     その産地のほとんどの水晶が該当する特徴を持っていれば、○、半々なら△、として、どちら
    かの水晶石器の特徴と合致する場合、○なら1点、△なら0.5点を与え、『水晶石器との合致』度
    の合計点が高い産地を原産地とする。

 区 分  小 区 分  産  地  名           特               徴 水晶
石器
との
合致

(点)
柱面
発達
(細長)
錐面
発達
表面
平滑
太い
(大)
松茸 透明 イン
クル
密集
して
族生
水晶石器 私の観察品 川上村        ○    ○        -
T先生発掘品 南牧村    ○  ○  ○    ○      ○  -
水晶原石 長野県 川上村・甲武信鉱山  ○      ○    ○        2
川上村・川端下  ○      ○  ○        ○  2
川上村・穴沢(赤面山)      ○    ○          1
川上村・小川山    ○  ○      △  △    ○  3.5
川上村・西股沢    ○  ○  ○    ○      ○  5
川上村・雨降山  ○    ○  ○            2
川上村・大深山  ○    ○      ○        2
南相木村  ○    ○          ○    1
北相木村  ○    ○      ○      ○  3
佐久穂町      ○      ○        2
山梨県 金峰山  ○          ○    ○    1
小尾八幡  ○          ○     ○  2
水晶峠  ○    ○          ○    1
乙女鉱山  ○    ○      ○      ○  3
黒平  ○    ○      △  △    ○  2.5
向山  ○  ○  ○  ○    ○        4
竹森  ○    ○          ○  ○  2

     合致度がもっとも高いのは、長野県川上村西股沢、ついで高いのが山梨県向山(むこうやま)
    だ。向山で水晶が採れる場所は、近世・近代になって水晶を採掘した坑道の中かズリで、旧石
    器時代には採集は難しかった、と思う。
     上の表に、「採集の容易性」を加えても良いが、距離(アクセスの容易性)、採集の容易性など
    からみても、同じ川上村西股沢の可能性が高いだろう。

 4.3 長野県川上村西股沢産の水晶
      T先生に贈るべく、長野県川上村西股沢産の水晶として、群晶1つと単晶2つを選び出した。
     同時に産状もお知らせすべく、産地で撮影した写真も探し出したので、まとめておく。

  (1) 産状と旧石器人の採集方法
       この産地は、山梨県北部から長野県川上村にかけて広がる花崗岩(閃緑岩)系の深成岩
      の割れ目(境界?)に生じた水晶だ。水晶ができたのは、今から1,200万年ほど前とされる。
       露頭をつぶさに観察すると、塊状(時として写真のような球状)花崗岩体と岩体の境界に
      石英が溜まり、そこに晶洞(ガマ)があるようだ。

       愚考するに、花崗岩が固化する時に、抱えきれない成分が吐き出され、それらの塊の中に
      空洞(=晶洞)ができ、水晶などが成長したようだ。甲府市黒平などでは、カリ長石→水晶の
      順に生成するのだが、ここでは水晶(硫化鉱物)→長石→絹(白)雲母の順だったようで、
      水晶の上に長石や絹雲母が観察できる。

       水晶の成長も何回かに分けて行われたらしく、最初にできた水晶を覆って成長した水晶が
      剥がれた面には、薄い石英膜があるようで虹色の『イリデッセンス効果』を示している。
       一度でも乙女鉱山の露頭で晶洞開けを見たり、やったことがある人なら、あまりにも産状が
      似ているのに驚くはずだ。

          
              球状花崗閃緑岩を抱く露頭                   晶洞内の水晶
                               石器となる水晶の産状

       現在では、戦後、昭和20年から昭和30年ごろにかけて水晶を採掘した坑道跡とその前に
      ズリが残されているが、旧石器人が活躍した時代には、坑道やズリなど当然なかった。
       現代人が、鋼のタガネとハンマーをもってしても容易ではない露頭を崩しての採集などは
      不可能だったろう。

       花崗岩系の岩石は、石英、長石、雲母などから構成され、それぞれの熱膨張率の違いや、
      結晶粒の間に水が浸入すると”ポロポロ”に崩れ、”真砂(まさ)”と呼ぶ砂になってしまう。
       こうして、私が『自然崩落ガマ(晶洞)』、と呼ぶように、自然にガマ(晶洞)の中から落ちた
      水晶を拾ったのだろう。

  (2) 代表的な水晶
       この産地の代表的な水晶として、T先生に贈る標本を紹介する。

       
                    群晶
                【長さ 11.5cm】

       群晶を見ると、隣の水晶と柱面同士が接触していて、鉱物学的には『平行連晶』、と呼ぶ、
      のに近い、”密集して族生”している『西股沢』の産状がよく判る。

          
             錐面発達                   柱面に接触痕
           【長さ 5.5cm】                  【長さ 5.5cm】
                          単晶

       左の水晶は、柱面と錐面の長さほとんど同じで、錐面の発達が際立っている。右の水晶の
      柱面には隣の水晶の柱面の”条線”痕が残っていて、群晶から分離したものである。

5. おわりに

 5.1 ”やはり”
      川上村や南牧村で観察できた水晶製石器の水晶原産地がどこなのか、永い間気になって
     いた。ごくまれに、結晶面を持っている水晶剥片や塊を観察する事はあっても、産地を特定す
     るには至らなかった。
      今回、T先生が発掘した水晶を見せて頂き、その特徴から、川上村西股沢産のものだと確
     信した。

      西股沢を最初に訪れたのは、2012年6月に石友に案内してもらった時だった。産地には、大
     きな水晶の剥片が落ちていて、そのままでもナイフ形石器として使えるものがあった。
     事実、踏みわけ道の木々に巻きつけてある赤いビニールテープや縛り付けてあるビニール紐
     が目ざわりで、取り除こうとしたが素手では思うようにならず、ナイフ代わりに石英の剥片を使
     ったところ、簡単に取り除けた。

      ある時、黒曜石、チャート、水晶を使って「石器作りに挑戦」したことがあったが、黒曜石とチャ
     ートは川上村で拾ったもので、水晶は西股沢で拾った剥片だった。

      ・ 石器作りに挑戦
       ( Challenge Making Stone Implement , Yamanashi Pref. )

      ”やはり”、川上村などで観察できる水晶製石器は、同じ川上村の水晶を使ったのだ、という
     のが今の感想だ。

 (2) 『学際協力』
      現在では、黒曜石の原産地は「蛍光X線」、という科学的な分析方法を導入したことで、ほぼ
     100%の確度で特定できるらしい。
      考古学と自然科学のように、研究などがいくつかの異なる学問分野にまたがって関わる様子
     を、学際(がくさい、英語:interdisciplinary)というようだ。

      今回、考古学のT先生とお会いし、遺跡から出土した水晶の原産地を鉱物学(?)の観点
     から推定し、原産地と思われる産地の水晶標本を提供させていただいた。これなども学際協
     力の一つかもしれない。

      水晶などの鉱物を集めて個人や仲間内で楽しむのも悪くはないが、多少なりとも学問の
     進歩・発展に貢献できれば、採集してきた鉱物たちも喜ぶのではないだろうか。

6. 参考文献

 1) 堤 隆:黒曜石 3万年の旅,日本放送出版協会,2004年
 2) 山梨県立考古博物館編:第23回特別展 縄文時代の暮らし 山の民と海の民
                     同館,2005年
 3) ミュージアムパーク茨城県自然博物館編:第44回企画展 ザ・ストーンワールド
                               −人と石の自然史−,同館,2008年
 4) 国立歴史民族博物館編:企画展示 縄文はいつからか!?,同館,2009年


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