水晶で作られた石器 その3

             水晶で作られた石器 その3

1. 初めに

    2013年3月末、3年ぶりに千葉県の単身赴任先から山梨県に戻った。その直前、次のような
   転居挨拶メールを石友に送った。

    『・・・・・石なし県(千葉県)で3年間を過ごし、採集力、鑑定眼力も衰え、当分の間、リハビリが
      必要です・・・・・・・                                           』

    リハビリに何が一番かというと、まずは歩くことだと思った。単身赴任先でも、片道2.5kmを30分
   弱かけて歩いて通勤していたが、帰りは会社の通勤バスに頼ることも多くなっており、メールに
   書いたような状態だった。

    山梨に戻り、自動車運転免許やパスポートの書き換えを終わらせ一段落したので、長野県川上
   村の石友・Yさんのお見舞いと湯沼鉱泉に帰任の挨拶に行った。不慮の事故に遭ったYさんは、
   ”超人”的な回復力を示していて一安心した。湯沼鉱泉の社長とお姐さんも元気で、少し先になる
   が、今年も東京の私立小中一貫校の一泊二日の野外授業の予約をお願いした。
    お姐さんの話では、この前の週から甲武信鉱山にはいる石人も訪れるようになり、ミネラル・
   ウオッチングのシーズン到来も間近なようだ。

    川上村のレタス畑脇を走ると、去年まで休耕畑が見られたのだが、この春は残さず全面が掘り
   起こされた状態になっている。しかも、例年より寒暖の差が激しく、寒の戻りを恐れてか、レタスの
   植え付け準備もしていない。これは、石器観察のチャンスだと思い、翌日、以前から気になって
   いた場所を何箇所か訪れた。
    眼を皿のようにして、畑の隅から隅まで歩き回り、観察できた石器は次のとおりだ。

    @ 結晶面の見える水晶原石と水晶製「石刃」
    A 尖頭器(Point)、とも呼ばれる”石槍”
    B 細石刃(Micro-blade)と石核(Core)
    C 石鏃(やじり)
    D 黒曜石製の掻器(スクレーパー)

    以前からこの地域のKK遺跡では水晶製の石器を確認していたのだが、KD、YK、YS、などの遺
   跡でも水晶の塊や剥片を観察でき、広い範囲で水晶が石器の材料として利用されていたことを
   確認できた。それだけ、この地域が水晶原石が豊富だった証(あかし)だろう。

    肝心なこの日歩いた歩数は、本来の使い途よりも万歩計として重宝している携帯電話の表示
   には、14,493歩とあり、1万歩を大きく超えていた。”リハビリ”の最初としては、まずまずの成果だ。

      万歩計

    2010年に、この地域の一部を案内、石器観察の手ほどきをしていただいた石友・Yさんに厚く
   御礼申し上げる。
   ( 2013年4月 観察 )

2. 産地

    日本で指折りの蝶と石器そして鉱物のコレクター・Yさんが、「長野県南佐久郡川上村や南牧
   (みなみまき)村は旧石器時代から縄文時代の遺跡が他に見られないほど集中している」、と
   以前案内に先だって話してくれた。
    ミネラル・ウオッチングで通っている道路脇のレタス畑や原野に数多くの遺跡がある。もちろ
   ん、遺跡に指定されている範囲での採集はできないが、そこを外れた場所が採集ポイントだ。
    今回、気づいたのは、遺跡の多くの近くに沢水や川が流れていることだ。当たり前のことだが、
   古代人は水辺に生活していたのだ。

        
        八ヶ岳の見えるレタス畑                     沢
                           石器観察地

3. 産状と採集方法

    畑を耕したときに掘り起こされた土が雨にあたったり、風に吹かれたりして、石器が表面に
   露出していることがある。これらを観察するのだ。
    畑の表面を見ながら、くまなく歩き回ると”キラリ”、と輝く石器に出会えることがある。

    この地域は、高原野菜、とりわけレタスの有名産地なので、野菜の栽培が終わった11月〜
   3月が適期だ。

     

 麓の雪は消え、中腹以高にだけ
雪を被った八ヶ岳連峰を遠くに見て
ひたすら畑の表面を見ながら探す。

 前回、2010年3月に訪れたときは
朝は凍って”カチカチ”で陽が当たると
あたると”ドロドロ”に溶けて始末に
負えなかったが、今回は”パサパサ”に
乾燥していたので、歩きやすく探し
やすかった。

              採集風景

4. 観察標本

 4.1 水晶製石器の産出状況
      Yさんに教えていただいた水晶石器の産地は、旧石器時代のKK遺跡だった。文献やネット
     の情報も加え、今回、さらに広い範囲を探索した。

      今回訪れた産地で確認できた水晶製石器の状況を一覧表に示す。

                        ◎:数個確認    ○:産出確認     ×:産出未確認
 区 分          遺   跡 (時代)    備考
YD(旧石器) KD(旧石器) KK(旧石器) YK(縄文) YS(旧石器)  
水晶製石器   ×   ×   ○   ×   ×  
水晶塊   ×   ×   ○   ×   ○  
水晶剥片   ×   ◎   ○   ○   ○  
結晶面が見える水晶   ×   ×   ×   ×   ○ 
備      考        2010年に訪問今回、初訪問 

      この結果から、水晶の塊や剥片は広い範囲で観察できることが明らかになった。しかし、
     「水晶製石器」と呼べそうなものは、KK遺跡でしか確認できなかったし、確認できた数も少なく
     なった。

         
          結晶面が見える水晶              剥片石器
                       水晶製石器

 4.2 観察石器

      今回、観察できた石器の一部を紹介する。

区分 観察地
(時代)
 材 質      写    真   説       明    備考
スクレーパー
(掻器)
  KD
(旧石器)
黒曜石
    肉などを剥がしたり
革をなめした
今回、多数観察
  YK
(縄文)
黒曜石
    完形品
石槍
(ポイント)
  KD
(旧石器)
黒曜石
頁岩
   
           黒曜石製

   
            頁岩製

石槍  
細石刃
(Micro-blade)
  YD
(旧石器)
黒曜石
       
ナイフ
  YS
(旧石器)
チャート
    石鏃か石槍にも
見えるが
 
石鏃   YK
(縄文)
黒曜石
   

      スクレーパーを旧石器時代(約14,000年前)と縄文時代(約4,000年前)とで比較してみると、旧石器時代のもの
     は大ぶりでガッシリした作りになっている。一方、縄文時代になると、小型になり、細工も繊細さが感じられ、
     ”用の美”  を感じる。
      これから、次のようなことが想像できる。

      @ 約10,000年の間に加工技術が進歩した。さらに、石器の製作にあてる時間が十分にとれるまで、生活に
        余裕が生まれた。
      A 旧石器時代には、大型獣が多数生息していたので大ぶりの石器が必要だったが、縄文時代になるとそれら
        が減り、鳥などの小型動物が狩猟の対象になった。

 4.3 復元した狩猟具

      技術に携わる技術士として、石器がどのようにして使われていたのは興味があるところだ。「南牧村民俗資料館」
     には、細石刃を鹿の角に埋め込んだ槍先や石槍を棒の先に結えつけた槍などの狩猟具が展示してあったので、
     紹介する。

         
           細石刃の槍先                 石槍
                     復元した狩猟具
                【「南牧村民俗資料館」の展示品】

5. おわりに

 5.1 川上村の春
      3月末、千葉から山梨に戻ると、桜と桃が満開だった。わが家の庭にも春の訪れを知らせ
     る「山芍薬(しゃくやく)」と「シラネアオイ」が花開いていた。
      「山芍薬」は、5年ほど前、奈良県の某産地で採集したもので、種を播き、育ててここまで
     増えた。
      「シラネアオイ」は、2年前に長野県の山野草店で購入したもので、2輪も花をつけるとは
     予想以上に山梨の気候に合っているようだ。

        
               「山芍薬」               「シラネアオイ」
                          山梨の春

      4月初め、川上村を訪れると”梅は咲いたが桜の花はまだ” で、甲府盆地に比べ20日くら
     い春の訪れが遅い感じだ。
      それでも、国道141号線の野辺山あたりの朝9時の気温は11℃と、春はもうすぐそこまで
     来ている。

      気温表示

    お姐さんの話では、この前の週から甲武信鉱山にはいる石人も訪れるようになり、ミネラル・
   ウオッチングのシーズン到来も間近なようだ。
    来週あたり、甲武信鉱山は無理にしても、リハビリの第2ステップとして、里山でのミネラル・
   ウオッチングを予定している。

 5.2 『ハイエナ』
      ミネラル・ウオッチングの1つに、『ハイエナ採集』、別名『コバンザメ採集』がある。動物の
     死肉をあさるハイエナよろしく、人の尻についておこぼれを頂戴しようという、採集方法だ。
      しかし、「ハイエナ」の実物を間近で見たことがなかった。春のお彼岸の週末、3男の家族
     を連れてお墓参りに行った。3男の嫁さんと孫娘にとっては初めてのわが家の墓参りだった。
      墓参りの後、隣接する動物園に行くと、「ハイエナ」がいた。檻の中の1匹は休みなく動き
     回り、もう1匹は、ジッと寝たままだ。どちらが本来の習性なのか?

       
             墓参                  「ハイエナ」

6. 参考文献

 1) 戸沢 充則執筆:矢出川遺跡群,長野県考古学会 矢出川遺跡群保存委員会,1983年
 2) 柴田 直子他編:川上村先土器時代 −由井茂也先生に感謝をこめて−,同氏,1992年
 3) 山梨県立考古博物館編:第23回特別展 縄文時代の暮らし 山の民と海の民
                     同館,2005年
 4) ミュージアムパーク茨城県自然博物館編:第44回企画展 ザ・ストーンワールド
                               −人と石の自然史−,同館,2008年
 5) 国立歴史民族博物館編:企画展示 縄文はいつからか!?,同館,2009年


「鉱物採集」のホームに戻る


inserted by FC2 system