「人国記・新人国記」にみる「水晶・石英」名考

1. 初めに

    産地情報を差し上げたり、フィールドを案内した私のHPの読者とミネラル・ウオッチングを
   開催するようになって10年目を迎えようとしている。
    開催を楽しみにしてくれている、北は北海道から西は兵庫県の常連さんも多い。参加者の
   行動や発言を観察していると、何となく地域性・県民性が感じられる。それを自覚しているのか
   兵庫のNさんの口から『関西のオバハンは、・・・・・』、なる発言を聞いたことがある。

    ストーブ・リーグの徒然に古書店をのぞくと、「人国記」なる本が眼についた。この本は、天文・
   永禄(1532年〜1569年)ごろに成立したものとされ、作者は不詳である。武田信玄も家来の
   教育にたびたび引用した、とも伝えられている。

    この本の内容は、日本六十六国二島ごとの「情・土」を簡潔に記述したもので、さしずめ
   「県民性の研究書」で、各地の石友の顔を思い浮かべながら読むと、符合する箇所が少なか
   らずあり、思わず”ニヤリ”とさせられる。

    東山道八国の内、美濃国(現岐阜県南部)の章を読むと、『美濃の国の風俗、その意地綺麗
   にして、譬(たと)へば水精の如し。』
、とあるではないか。
    『水精』が現在の<水晶>を指していることは明らかで、16世紀には既に現在と同じ意味に用
   いられていたことが判り、「水晶・石英」名考にさらなる肉付けをすることができた。

    さらに、この本には『武士道』、『士農工商』など今でも見聞きする単語が多数登場する。なん
   でも『武士道』という語が使われたのは、この「人国記」が初めてらしい。

    私は、九州(肥前国)で生まれ、東北地方(陸奥国)で幼少期を過ごし、北関東(常陸国)で
   育ち、首都(武蔵国)で結婚し、平成元年(1989年)に山梨県(甲斐国)に来て20年余りが過ぎ
   た。甲斐国が一番長く住んだ街になるだろう。
    どこで、私の”県民性”は培われたのだろうか。来し方を振り返り、”Heimatlos”というドイツ語
   が頭をよぎる。
    『住めば都』、と心を決めて、甲斐国で『晴鉱(耕)雨読』の日々を楽しむ ” Mineralhunters ” だ。
    ( 2010年2月 情報 )
 

2. 「人国記・新人国記」とは

    私が入手した岩波文庫本には、「人国記」と「新人国記」が1冊にまとめてあり、価格は400円
   と求めやすかった。
    それぞれの本の成立年代、著者、概要などを下の一覧表に比較して示す。

 項  目           人 国 記          新 人 国 記
成立年代 天文・永禄
(1532年〜1569年)
元禄14年
(1701年)
著 者 不詳

 「新人国記」に、「武田信玄公の曰く、
最明寺殿の人国記を見るに」とあり、
北条時頼の作とも考えられた。
 下のダイジェストを読んでいただけば
お分かりのように「信濃国」を「武士の風俗
天下一なり」とベタ誉めだ。そんな
ところから、司馬江漢が『人国志(ママ)
と云う書あり。・・・信濃を以て美国と称し
・・・此の書を作る者、信州の人ならんか』、
と述べているのもうなずける。

関 祖衡
(せき そこう)
概 要 日本六十六国二島を8つの地域に
別け、その各国ごとに人情・風俗・気質・性格を
指摘し、それに他国と比較した論評を
加えた一種の地誌だ。
 その国の住人の性格を把握した上で
統治する対策を述べていることから、
「軍政学書」とする学者もいる。
「人国記」の本文を要約し、地図を加え、
さらに、郷土性(国ごとの特徴:現在の
県民性)が存在することを確認し、なぜ郷土
民情の違いが生じたかを考察し、
『気候・風土』の影響が大きいと結論づけた。
 関 祖衡を「風土心理学」の先駆者(祖)
とする学者もいる。

3. 「人国記」

    「人国記」にある国別(都府県別)の人情・風俗などの記述を抜き書きして下の表にまとめて
   みた。

地域 国名 現在の都府県・地方          記    述         補    足
畿内五国 山城国 京都府 男女ともにその言葉、自然と清濁分りよく・・・・
 然れども武士の風俗、好ましからざること、中々仔細に及ばざるなり。その所以を考ふるに、王城の地にして常に管弦の楽を翫(もてあそ)ぶことを見馴れ・・・・・。常に実を忘れて虚を談ずるを以て、世を渡るを本とす。
 
大和国 奈良県 この国の人は大体(たいてい)山城の国人に風俗似たる処多し。
 
河内国 大阪府東部 風俗上下男女ともに気柔らかにして、譬(たと)へば雪の朝(あした)に庭前を見れば、一柳(ひとつやなぎ)の枝を撓(たおます)といえども、折れざるが如し。
 
和泉国 大阪府南部 風俗曾(かつ)て実儀なく・・・・・・
されば、此の国は、唯(ただ)野狐に衣服をしたるに似たり。
 
摂津国 大阪府西北部
兵庫県南東部
風俗、山城の国に似たり。・・・・・・
百貫の身代(しんだい)の者は、千貫・万貫も持ちたるやうに有徳(うとく)顔して・・・・・。
有徳:金持ち  
東海道十五国 伊賀国 三重県北西部 風俗、一円実を失い欲心深し。
 
伊勢国 三重県中央部 南伊勢の作法は、・・・・物ごとに詞(ことば)の躰(てい)はしをらしく、・・・・心底は飽くまで欲深く、・・・・・
北伊勢の人の風儀は、南伊勢とは替りて、人の心能(よ)き所も多し。・・・・・
 
志摩国 三重県志摩地方 風俗、凡(およ)そ伊賀・伊勢に替ることなく、・・・・奢(おご)りの気を内に含み、人をさげすみ我を亢(たか)ぶること、上下ともに皆かくの如し。・・・・・
亢(たか)ぶる:自慢する  
尾張国 愛知県北西部 風俗は、進み走るの気強くして、善を見れば善に進み、悪に馴(なるれ)るれば悪に染(そ)み、・・・・・・
邪知・我慢第一強く、人を足下(そっか)に見なし・・・・・
邪知:悪知恵
我慢:我意を張ること
参河国 愛知県東部 我が言(こと)を先とし、人の述(の)ぶる所を待たずしてこれを談じ、・・・・・・
 
遠江国 静岡県西部 風俗、三河(参河)に異ならずして、人の気何事に付きても怯(ひる)む気なし。・・・・  
駿河国 静岡県中央部 風俗、遠州に替り、人の気狭(せば)くして、しかも実少なし。・・・・・・
然りといへども常に諂(へつら)ふ事なくして、物ごとに気をつけ、思慮深くしてぬきんづる者少なく、人に従う心大分ありて、義を思ひつめて立つる人は小分なり。
 
甲斐国 山梨県 風俗は、人の気質尖(するど)にかたくへなり。意地余国を五か国合せたる程好ましからざる国にして、死する事を厭はずして、傍若無人の事多し。
かたくへ:かたくな
傍若無人:自分本位
伊豆国 静岡県伊豆半島
東京都伊豆七島
風俗、強中の強にして、その気に乗る時は強し。その気に乗らざる時も強し。然りと雖も一花(いっか)の気にして、今日は互ひに命を投げうたんと約する所の人にても、少しも違ひあるときんば、数日の約を一時に忘れて、俄(にわか)にまた遺恨甚だ強くして、大敵となって、仇を施さん事を常に巧みにする風俗なり。 一花:ほんの一時の 
相模国 神奈川県の大部分 人の気転変し安き所なり。栄ゆる人には縁を以て親しみ、今日まで馴れし人にも、時を得ずして蟄居(ちっきょ)すると見るときんば遠ざかり、科(とが)なき人にも科を付けて謗(そし)りをなし、非有る人にも、時めく人をば馳走してこれを褒美し、常に栄花を好み、好味(こうみ)を求めて酒色を玩ぶ・・・・・
 
武蔵国 東京都の大部分
埼玉・神奈川県の一部
風俗、闊達(かったつ)にして、気広し。・・・・・・・この国風は、最も潔(いさぎよ)き風俗なり。次に、気広きを以て驕(おご)る気強し。
 
安房国 千葉県の南部 風俗は、人の気尖(するど)なること、刃(やいば)の如く和(か)すること寡(すくの)うして、常の行作(ぎょうさ)もかたくへなり。 行作:行動・挙動 
上総国 千葉県房総半島中央部 風俗、大体(たいてい)安房に替ることなし。然りと雖も、この国の人は別して気質偏屈にして、その勤むるところ諸民ともに、常に山賊・夜討を本(もと)と覚えて、正道(しょうどう)を知る人、百人に九十人これ無し。
 
下総国 千葉県北部
茨城県西部
風俗、上総に同じ
然れども結城の人は律儀(りつぎ)にして、一国の内にも珍しき事なり。
結城:茨城県西部
律儀:実直
常陸国 茨城県の大部分 風俗、形の如く然るべからずして、ただ盗賊多くして、夜討・押込・辻斬等をして、その悪事顕(あら)はれ、罪科に行はるるといへども、恥辱とも曾て思わず。・・・・・・常陸国を指して全(まった)き人なき国と呼(よば)はり、・・・・・・若し国風の垢をけずる人あらば、天下に名を呼ぶほどの者なるべし。
全き人:道徳完備の人
東山道八国 近江国 滋賀県 風俗は、賢佞(けんねい)の間を兼ねたる風儀なり。然りと雖も賢智の人を聞くことなし。佞人多かるべきなり。
身持上手にして、人に非を打たるべき事を言葉に顕(あら)はさずして、非を隠して善を説く。
・・・・・・これを例へを以て論ずるに、金(かね)に同じ。金には、金(こがね)あり、銀(しろかね)あり、銅(あかがね)あり、チ(なまり)あり、錫(すず)あり。皆金にして皆別格なり。さればこの国の風、金といへば結構のやうなれども、金(こがね)にあらず、銀(しろかね)にあらず、ただ、銅・チ(なまり)・錫の内なり。
賢:賢い
佞:口先が上手で心が
邪(よこしま)なこと
チ(なまり):鉛
美濃国 岐阜県南部 風俗、その意地綺麗にして、譬(たと)へば水精の如し。されば、水精も磨かざれば、光出づること能はず。然れども根性をよく生れつきたる風俗は、必ず垢を削ること早くして、よく道理に従ふ。 『水精:水晶』
飛騨国 岐阜県北部 風俗は律儀にして愚かなり。その愚かとは日本は広しといへども、この国を越えたるはなきと覚ゆる人、百人に九十人はかくの如し。・・・・・・但し生得(しょうとく)は石鉄(せきてつ)の性(しょう)とも謂ふべきなり。
石鉄の性:頑固一徹で挫けない性格
信濃国 長野県 風俗は、武士の風俗天下一なり。尤(もっと)も百姓・町人の風儀もその律儀なること、伊賀・伊勢・志摩の風俗に五畿内を添へたるよりも猶(なお)上なり。
 
上野国 群馬県 碓氷・吾妻・利根の三郡は、人の形儀(かたぎ)信州に似たり。また勢田・佐位・新田・片岡四郡は、風儀信州より上分の風俗なり。然れども詰まるところの意地少なく、信濃よりは足らざるなり。・・・・・・・・・・・また、邑楽・群馬・甘羅・多胡・緑野・那波・山田等の郡の風俗は一気勢にして、一人気を励ませば、諸人気を一にして一同し、又一人気を縮(ちぢ)め気を挫(くじ)かして退く時は、諸人その気に同ずるの類(たぐい)の風儀なり。
佐位:佐波郡
片岡:県西南にあった小郡
甘羅:甘楽
多胡・緑野:多野郡の一部
那波:佐波郡の一部
下野国 栃木県 風俗、多くは気質に清(きよき)の内の濁(にごり)を得たる人多くして、その清濁流通することなくして邪気甚だしく、傍若無人にして、常に業とする事とては、辻切・強盗の類にて少しも恥づる事なく、欲心ありて・・・・・・。然れどもその勇気の強き事は、上方の国五か国七か国合はせたるよりは猶も上なるべけれども、・・・・・・  
陸奥国 白河以北の東北地方 風俗は、日本の偏鄙(へんぴ)なる故に、人の気のいきつまりて、気質の偏りその尖なること、万丈の岩壁を見る如くにして・・・・・・。この国の人は日の本の故にや、色白くして眼(まなこ)の色青きこと多し。・・・・・・
 
出羽国 山形・秋田県 風俗は、奥州に大体替らざるなり。然れども奥州の風儀よりは律儀なる所ありて智も亦(また)上なり。  
北陸道七国 若狭国 福井県南西部 風俗、人の気十人は十人一和せずして、思ひ思ひの作法なり。・・・・・然れども取廻(とりまわ)し利発なる国風ゆゑに、差し当る問答などには形(かた)の如く弁舌よく、一花は気勢に随ひて振舞ふといへども、根を遂げて締まる意地これ無く、中途にして止むの類なり。
取廻:ものごとの処理
一花:一時的に【副詞】
越前国 福井県北東部 風俗、日本に双(なら)びなき知恵国と覚えたり。・・・・・・・・然(さ)るによって高慢にして、底意地悪(あ)しく、軽薄にこれ有り。・・・・・この国の人は知ありて、邪知多くして義理鮮(すくな)し。 義理:道義心
加賀国 石川県南部 風俗、上下ともに爪を隠して身を陰(ひそ)かに持つ。・・・・・・・・また、諸事の道につき、吾が国より外に差して替る道理もあるまじきなどと、他を求むる気これなき風俗にして、諸事に泥(なず)みやすく、いづれの道にてもこれに従ひて学ぶといへども、やがてその気退屈して、半途より捨つるの類多し。
爪:才能
能登国 石川県北部
能登半島地方
風俗は、別して人の心得狭(せば)くして、譬(たと)へば一足他へ踏み出だす時は、則ち渇命(かつめい)に及ぶと思ふの類多し。・・・・・・・偏国(へんこく)にして道理闇(くら)く、而も驕(おご)りの気これ有り。
渇命:命を落とす
偏国:辺鄙な土地
越中国 富山県 風俗、陰気の内に智あり、勇あり、佞なるところ多し。・・・・・佞を作ること、士農工商皆この風儀にして・・・・・・・・・。
陰気:環境や気分が暗いこと
『士農工商』
越後国 新潟県 風俗、千人が九百人は、人に負くる事を嫌ひて、勝つ事を好み、仮初(かりそめ)にも勇を嗜(たしな)み、痛きということをば痒きと云う。・・・・唯我が善悪を知りて道理に従ふ志あらば、無双国の風俗なるべきに、最も残り多きことなり。
 
佐渡国 新潟県佐渡島 風俗、越後に似て人の気狭くして、伸びやかなることを能(よ)くせずして、心愚かなり。武士の風俗一入(ひとしお)かたくへなく、意地強しといへども、善としがたし。
心愚か:かたくな
山陰道八国 丹波国 京都府の一部
兵庫県の一部
風俗は、人の気堕弱(だじゃく)、面々各々(めんめんかくかく)にして、十人は十様にして我が身を自慢し、人を謗(そし)り、人の誉れあるをは誉むべきとはせずして、余の人のそれより誉れ多きにた比べて、これを謗るの類にて、悉く皆女人の風俗に異ならず。
堕弱:気力が弱く、進取の気性に乏しいこと
丹後国 兵庫県北部 風俗は、上下・男女ともに千人・万人の内に過ぎて一人も好(よ)き人稀なり。・・・・・ただ隼・鷹のみよし。・・・・・兎角(とかく)挙げて用ひ難き国なり。
 
但馬国 兵庫県北部 風俗は、丹後・丹波よりは勝れり。根性に実儀あり。
 
因幡国 鳥取県東部 風俗は、八上・智頭・邑美の三郡は、実にしてしかも勇ありて、約を変ぜざる形儀なり。高草・気多・法美・巨濃の郡の風儀は、形の如く佞にして、邪知多くして、丹波の風俗に似たり。・・・・・・・・・・。
 
伯耆国 鳥取県西部 風俗、すべて半実半虚と知るべきなり。三日善を勤めて、三日悪を習うの風儀なり。・・・・・・・・・・ものの執行(しゅぎょう)に進んで怠りやすき者を三日僧(みっかぞう)ということ、この国の風儀より始まるとなり。・・・・・・・・・・。
半実半虚:嘘と真が半々
執行:修業
三日僧:『三日坊主』
出雲国 島根県東部 風俗、万事なすところの業、実儀に勤むること百人にして六、七十人かくの如し。然れども明闇(めいあん)の詮議疎かにして、その道理を弁(わきま)へずして、善悪・邪正ともに仏心に祈願をして、祈れば必ず成就すると思ふの風儀なり。愚蒙の意地なり。・・・・・・・・・・。
明闇:道理に反するか否か
愚蒙:道理に暗く、おろそかな心構え
石見国 島根県西部 風俗は、丹後国に異ならずして、偽りばかりにて実ある人稀なりと知るべし。これも隼・鷹は吉(よ)し。・・・・・・・・・・。
    
隠岐国 島根県隠岐郡 風俗、柔弱(じゅうじゃく)にして放逸(ほういつ)なる国なり。・・・・・遠島(おんとう)なれども、石州よりは遥々(はるばる)上なり。
柔弱:性格が女々しいこと
放逸:勝手気ままに振る舞うこと
遥々:はるかに
山陽道八国 播磨国 兵庫県西南部 風俗、智恵ありて義理を知らず。・・・・・・・・・偏(ひとえ)にこの国は上古よりかくの如きの風俗、終(つい)に暫くも善に定まることなし。・・・・・・・・・。
 
美作国 岡山県東北部 風俗は、百人が九十人は、万事の作法卑劣にして欲心深く、譬へば借物をして、それを返納せずして手柄のように覚ゆる風儀にして、片意地強く、我は人に勝(まさ)らんことを思ひ、過ちありても、それを教訓に加ふる人あれば、却(かえ)ってそれを邪智を以て、過ちなきが如くに云いなし、似たる事なれば、我が過ちを人の過ちのように仕(し)なして、我が意地を立つべきとする事、上下皆この風俗なり。・・・・・・・・・。
片意地:頑固に我意を通す性質
備前国 岡山県東南部 風俗、上下ともに利根なり。故に利根を先として万事執り行ふによって、言行の相違すること、十にして五つ六つかくの如し。・・・・・・・・・。然りと雖も不知・不学・不志の人にたくらべて是を見るときんば、事理共にはるばる上なり。
利根:生まれつき利発なこと
不知・不学:無知、無学
不志:学問や道徳に大きな志を抱かない人
備中国 岡山県東南部 風俗、すべて意地強く、侍を初めとして百姓男女までも、勇気の義理を励ます心常にあり。然りと雖も不敵なる意地ある故に、道理を弁(わきま)へざること多うして、・・・・・・・・・。
 
備後国 広島県東部 風俗は、人の気実儀にして、一度約をしたる事は変改(へんかい)をすること鮮(すくな)し。然れども、愚癡(ぐち)なること多き故、不実なる事をも弁(わきま)へずして請け合い、終に悪名を取ること多かるべきなり。・・・・・・・・・。
愚癡:愚かで物の理非がわからないこと
悪名:悪い評判
安芸国 広島県西部 風俗は、人の気質実多き国風なれども、気自然と狭くして、我は人の言葉を待ち、人は我を先にせんことを常に風儀として、人の善を見てもさして褒美せず、悪を見ても誹(そし)る儀もなく、唯己々が一分を振舞ふ意地にして抜きんでたる人、千人に十人とこれ無くして、世間の嘲哢(ちょうろう)をも厭(いと)はざる風儀なり。・・・・・・・・・。
我は人の・・・・:出処進退が消極的
一分:自分の分際
周防国 山口県東部 風俗は、律儀第一なれども、・・・・・・・・・。能(よ)き人出(い)で来ること希にして、悪しきことも少なく、善き事も亦希なり。・・・・・・・・・。
 
長門国 山口県西部 風俗、物毎(ごと)に万事差し掛かりたる事これ無きなり。されば、人の音声(おんじょう)も下音(げおん)にして、上拍子(うわびょうし)なる事なくして、人吾を頼むといへども、軽く請くる事少く、思慮をして後にこれを答ふ。或いは亦人に事を談ずるにも、十の物七つ八つにして、差し切りたる事なき風俗にして、別して武士の風儀、善にも非(あら)ず悪にも非ず。・・・・・・・・・。
差し掛かる:差し迫っている。
下音:低い音声
上拍子:高い調子
差し切りたる:緊急の
南海道六国 紀伊国 和歌山県の大分部
三重県の一部
風俗、不律儀(ふりつぎ)第一にして、陽気甚だ卑しく、上(かみ)としては下(しも)を貪り、下は上を侮り、法令を入れずして、更に言語(ごんご)に絶えたり。・・・・・・・・・。碁石・蕨(わらび)・蒜(ひる)は吉(よし)。
碁石:『那智黒石』
淡路国 兵庫県淡路島 風俗、遠島(とおしま)の国にして、人の気律儀にして、何事も偽ること少なく、譬へば我が親類・縁者とあれば、その筋目を正し、たとへ貧賤、道路の乞丐人(こつがいにん)にても、これを正すの風俗なり。然れども都(すべ)て怠惰の気甚だしき国風にて、物の締まること少なく、退屈の体のみ多く、武士の風俗も実ありといへども、達人の出づべき国にはあらず。
正す:明らかにする
乞丐人:物乞い
達人:学問・技芸に熟達した人
阿波国 徳島県 風俗、大体(たいてい)気健(すく)やかにして、智もあり。届きたる意地、十人に七、八人もかくの如くなり。然れども智あるを以て、届きたる意地を忘却して、変道をを行ふことあるべし。されども、人を誑(たばか)り、強盗などの類(るい)は究(きわ)めてあるまじきなり。・・・・・・・・・・・・・・。
届きたる意地:行き届いた心構え
讃岐国 香川県 風俗、気質弱く、邪智の人百人にして半分かくの如くなり。・・・・・・・・・・・・・・。
 
伊予国 愛媛県 風俗、大形(おおかた)半分々々に分れ、東郡七、八郡は気質柔らかにして、実儀強き形儀なり。それより西はすべて気強く、実は少なく見ゆるなり。古(いにしえ)へよりこの国には海賊充ち満ちて、往来の舟を悩ますの由、聞き及ぶに違はず、今も猶徒党を立てて、一身の立つる族(やから)多し。誠に関東の強盗、この国の海賊同じ業にして、武士の風俗一段手強(てづよ)しといへども、武士道吟味これ無き故、危ふき事のみ多き風俗なり。・・・・・・・・・・・・・・。
一段手強し:格別に手厳しい

『武士道』

土佐国 高知県 風俗、成程(なるほど)真(まこと)にして、気質すなほなる国風なり。これ都(すべ)て士(さむらい)・町人・農民に至るまでかくの如くなり。・・・・・・されば、その気質は鳥獣にも備はるものか、猿もこの国の猿は別して仕付(しつ)けよきなり。されども遠国にして、その言舌(げんぜつ)卑しきなり。心底形の如く直(すなお)なり。
言舌:弁舌
南海道九国 筑前国 福岡県北部
風俗、大体飾り多くして、人の心十人は十人、皆思ひ思ひに違へり。・・・・・・・・惣(そう)じてこの国は万事の風俗、我がために徳のつく事なれば、我が親中絶する人をも親しみ寄り、親を捨ててもその人に親しむの風儀、甚だ然るべからざるなり。
飾り:うわべだけ繕うこと
徳:得=利益
中絶:不仲になる
筑後国 福岡県南部
風俗、筑前に替り、実儀なる者十人に八人かくの如し。常に義理を談じ、得失を沙汰し、費(ついえ)を慎んで、言語(ごんご)に飾ること猶以て鮮(すくな)し。然りと雖も下劣は一概にして、理非を弁(わきま)ふる者少なく、無体の事のみ多し。譬ばその堅固なること、鉄石を以てこれを云うに、鉄に非ずして石の如し。その煉(ね)れる事無(の)うして、分れて二度(ふたたび)遭ふという事なきは石なり。武士も大形この風儀に和(か)あるものと知るべし。
義理:正しい筋道や道理
得失を沙汰:利害や成功・失敗を議論すること
下劣:下品な階層の者
無体:無理・無法・無茶な事
分れて:破(わ)れて
和あるもの:なごやかな
豊前国 福岡県東部
大分県北部
風俗、譬ば馬の如し。馬に名馬あり、曲馬(くせうま)あり、いろいろの毛品(けしな)あり。さればこの国の風儀、何れの曲(くせ)あると考ふるに、唯中気の馬の如くにして、真実定まりたる意地なく、死生(ししょう)を論ずる場に至る時、人として死は重きと云ふ事、知らずと云ふことなし。・・・・・・・・・・・・・誠に一旦の忿(いか)りの為に、命を挫(くじ)く者これ有りと雖も、義に因って命を捨つるところの者鮮し。・・・・・・・・曲馬国(くせうまくに)とも謂ふべきか。・・・・・・・・・・。
曲馬:蹴る・噛むなどの癖のある馬
中気:中和の気
豊後国 大分県の大部分
風俗、その気質の稟(う)くるところ偏塞(へんそく)なる事、百人に九十人かくの如しと知るべきなり。残る十人善といへども、気質の偏屈なる内より出生(しゅっしょう)する人なれば、形の如くの風儀なり。・・・・・・・・・・・・・・・。
偏塞:こころが偏り塞がって安らかでないさま
肥前国 九州北西の半島部
長崎、佐賀県にまたがる
風俗、山陰を合せたるより猶勇国にして、勇に赴く時は、義を知りて怯(ひる)む色なし。・・・・・・・・然りと雖も無風に偏屈にして、底に佞(ねい)を含み、外に温和(おんか)をつくらふ故に、その勇は却って義理なき血気のみなり。・・・・・・音声(おんじょう)卑劣なり。風儀は信州にして、智の少なき国風なれども、人の一和(いっか)することは信州に越えたり。
勇国:勇気ある国
無風に:非常に
卑劣:野卑
肥後国 熊本県
風俗、大形肥前に似たりといへども、その勇の甲乙を数ふるに、百にしてその一なり。・・・・・・。
 
日向国 宮崎県
風俗、無体無法の事のみ多く、只気の尖(するど)なるに任せて、己が理と見る時は、非と云ふ人ありといへども、曾て用ひず。己が非と云う時は、人来て道理といへども、曾て従わず。ここに於てその理非は第二にして、その談ずる所の人と口論になり、終に討ち果たすの類多き風俗なり。寔(まこと)に偏卑(へんぴ)の浅ましき事、人倫の道理を知らざる事、嘆くべき所なり。唯死するを以て善とする事、危ふき風俗なり。恐るべし。
理:道理
偏卑:心が偏って卑しいこと
大隅・薩摩国 鹿児島県
両国の風俗、違う事なし。これも皆死を以て表とし、只男子は死するを道とすと覚えて、五常の道と云ふこと、一段外の事と覚え、仏法といへば、死して後の穿鑿(せんさく)にして、生死(しょうじ)を知るべき為となれば、用ふるに足らずと自見して遠ざかり、常に主・下の作法も有りてなく、主と云ふ名を知りて禄を受くる士(さむらい)は主とのみ覚え、百姓は地頭とのみ覚えて、無礼の行跡(こうせき)挙げて言ふに足らざるなり。・・・・・・・・・・・。
五道:儒教で守るべき仁・義・礼・智・信
自見:自己流
壱岐・対馬国 長崎県壱岐島
対馬
両国遠島たれども、物の花奢(きゃしゃ)なることは、大隅・薩摩にはるばる勝るべきなり。人の気柔弱なる所多うして、自堕落なること多し。
花奢:上品で優雅なこと
自堕落:身持ちに締りがないこと

     読者の心当たりの国(都府県)に関する記述を読んだ感想はいかがだろうか。信濃国(長
    野県)以外は、”ケチョンケチョン”にやり込められている印象だろう。

     誉めるに事欠き、「丹後国(兵庫県)は、ただ隼・鷹のみよし」、「石見国(島根県)は、これ
    も隼・鷹は吉(よ)し」と述べ、「紀伊国(和歌山県)は碁石・蕨(わらび)・蒜(ひる)は吉(よし)」
    と、動物・植物そして鉱物を誉めているほどだ。

     「百人に九十人(90%)」とか「千人・万人の内に過ぎて一人も(0.01〜0.1%以下)」とか、この
    時代の書物には珍しく”定量的”に記述してあり、妙に客観性があるように思い込まされてし
    まいそうだ。
     『データは嘘を言う』、を地でいっているように思えるのだが・・・・・。

4. 「水晶・石英」名考

    「人国記」の美濃国の章に『水精』が登場する。約200年後に改編された「新人国記」の同じ
   部分を対比してみた。

 項  目           人 国 記          新 人 国 記
成立年代 天文・永禄
(1532年〜1569年)
元禄14年
(1701年)
美濃国の記述 その意地綺麗にして、譬(たと)へば水精の如し 人の意地綺麗にして水晶の如し

    これらから、次のような事が明らかになる。

    (1) 16世紀の『水精』も現在の<水晶>と同じ。
         「人国記」に表れる『水精』は、”綺麗なもののたとえ”に使われていることから、”透
        明で綺麗”な現在の<水晶>と同一なのは間違いないだろう。

         益富先生が「石 1 昭和雲根志」の中で、『昔(紀元3世紀ごろ)は結晶の方が石英
        で、塊の方が水晶だった。・・・江戸時代中期に出た「大和本草」がアベコベに書いてし
        まった。この本を書いた貝原益軒先生のミスであることを・・・・平賀源内が・・・誤りを
        指摘し、・・・・・』、とある。

         貝原益軒が「大和本草」を著したのは、宝永6年(1709年)で、「人国記」どころか「新
        人国記」が出版された後だった。つまり、貝原益軒は、その当時すでに「水晶(水精)」
        と呼ばれていた現在の<水晶>をそのまま記録しただけで、”取り違えた張本人”、と言
        われるのは”濡れ衣”だろう。

         それよりも遥か以前、既にHPで報告したように、8世紀の「出雲国計会帳」に現在の
        <水晶>を表す『水精』なる語が見られる。

        ・国立歴史民俗博物館の鉱物
         ( Minerals of National Museum of Japanese History , Sakura City , Chiba Pref. )

         その後、「人国記」が編まれた16世紀にも『水精』は現在の<水晶>と同じ意味で使わ
        れていた。

    (2) 『水精』から『水晶』に
         16世紀の「人国記」には『水精』と書いてあるが、18世紀初頭の「新人国記」のころ
        『水晶』と書くようになっていた。
         つまり、1700年ごろには、『水晶』は、意味・文字両方とも現在の<水晶>と同じだった
        ことがうかがえる。

    (3) 美濃国の風俗、『水精』の如し
         「新人国記」には、その国の地図が掲載されている。「美濃国図」を下に示す。

        
                   美濃国図【「人国記」から引用】

         水晶はじめ各種ペグマタイト鉱物産地の1つとして有名な「苗木」の地名をこの図の
        上に見ることができる。

         「美濃国の風俗、『水精』の如し」、と述べているからには、著者は「水精」がどのよ
        うなものかを知っていたはずだ。

          @ 美濃国で水精(水晶)が採れることを知っていて、たとえに使ったのか。
          A 単に水精を知っていただけなのか。

         これらも調べてみたいテーマの1つだ。

5. おわりに

 (1) 「水晶・石英」名考
      「水晶」と「石英」の名称がアベコベになっている、とされているが、私は確認できていない。

      @ 本当に取り違えているのか?
      A 取り違えたとすれば、3世紀〜8世紀の間のいつ、誰なのか?
         

      これを解明するには、中国の原典にあたらねばならない。神奈川県の石友・Hさんから
     古い中国の文献の電子データにアクセスできることを教えていただいたので、根気よく探
     究してみたいと思っている。

 (2) 「県民性」
      人間の性格などを「血液型」、「星座」そして「出身県」などをキーに類型化しようとする試
     みは根強い。テレビで、「県民△△△」なるバラエティ番組も放送され人気があるようだ。

      「人国記」はそういった試みの嚆矢となるものだろう。私が育った常陸国の風俗として
     『 盗賊多く、夜討・押込・辻斬等をしても恥とも思わぬ 』、とあるが、すべての人がそうで
     はなかっただろう、と弁解しておきたい。

6.参考文献

 1) 益富 寿之助:石 1 昭和雲根志,六月社,昭和42年
 2) 浅野 建二校注:山家鳥虫歌 −近世諸国民謡集−,岩波書店,1984年
 3) 浅野 建二校注:人国記・新人国記,岩波書店,1987年
 4) 岩中 祥史:出身県でわかる人の性格 県民性の研究,草思社,2003年


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