2005年新春鉱物巡検の旅-伊豆を訪ねて-【ダイジェスト版】

1.初めに

 暖冬と思われた2004年の冬は寒さが例年になく厳しく、山梨県の甲府市でもマイナス7℃を
記録した。
 東京の石友・Mさんから、1月に黒平に行きましょうかとの誘いがあったが、甲府市内でも
日陰には雪が残るありさまで、周りの山々も真っ白である。
 そこで、過去にもこの時期に訪れたことがある伊豆半島で2005年新春鉱物巡検の旅
-伊豆を訪ねて-を行うことにした。
 今回は、今まで訪れる機会がなかった産地を中心にしながらも、締めくくりは河津鉱山で
あった。
 千葉県の古い石友・Tさんがほぼ2年ぶりに参加してくれ、千葉・Yさん親子、東京のMさん
Tさん親子と、延べ2日間の採集を楽しんだ。
 これだけ大勢で参加するので、訪れる産地ごとに誰かが良品を採集することがあり
採れたての原産地標本をみんなで見て、次回のリベンジを誓った人もいました。
 今回は、私がはじめての産地も多く、”幻の産地”の探査も兼ねた”次回採集会の下見”の
色彩が強かった。”幻の産地”も苦労の末探し当てたので、もう少し暖かくなったら、また
訪れてみたいと考えています。
(2005年1月採集)

2.第1日目

【いざ行かん伊豆路へ】

 甲府の自宅を早朝3時半に出て、河口湖、山中湖を経て御殿場に着いたのは5時であった。
国道246線で、沼津に向い、6時前に集合場所の「東名御殿場IC」に到着。近くのファミレスで
朝食を済ませ、もう一度集合場所に戻ると第1日目の参加者の千葉・Tさん、Yさん親子も到着して
いた。
 さん親子は私の車に同乗し、早速出発!!
 国道1号線を東京方面に戻るような形で進み、「下田→」の標識で国道136号線を南下
414号線に入り、伊豆路に入る。

【上舟原の明礬石】

 加藤・松原両先生の「鉱物採集の旅ー東海地方をたずねて」に記載されている、湯ヶ島町の
上舟原(かみふなばら)を目指す。
 「上舟原詰所」バス停の手前から、舟原川の対岸に見える赤茶けた露頭を目指す。お断りして
「TOSEI」社の敷地を横切らせていただき、河原に出る。

    上船原の明礬石産地

 この時期としては船原川の水量が多く、苦労して対岸に渡り、露頭をくまなく探す。ここでは
第2次世界大戦中に、カリウム(K)資源として、明礬石を採掘したが、ここのものはカリウムを
含まないソーダ明礬石【Natroalnite:NaAl3(SO4)2(OH)6】だった。
 加藤・松原両先生の本には、”大きさ5mmの六角板状結晶”の明礬石が採集できるとあるが
見当たらない。
 それらしい標本をいくつか採集した。露頭には、硫酸塩鉱物の産地に見られる”青色の粘土脈”が
走っており、もしかして、”石膏”があるのではないかと探してみると、案の定”菊の花びら状”と
”樹枝状”の石膏が見つかった。

        
        花びら状                樹枝状
                上船原の石膏

 【後日談】
   帰宅後、休日に明るいところで、持ち帰ったそれらしい母岩の表面をルーペで探すと
  赤茶けた晶洞部分に明礬石の結晶があることが分かった。晶洞によっては、ほとんど鉄銹で
  汚れていない新鮮な結晶も見られた。

    ソーダ明礬石

【清越鉱山の輝銀鉱】

  暖かい伊豆とは言え、標高の高い舟原トンネル手前の日陰部分には、雪が見られた。トンネルを
 抜けると、遠くには西伊豆の海岸や土肥町の人家も見えてきた。
  坂を下ると、「???橋」があり、その手前を左折し、清越(せいごし)鉱山の跡地に入る。
 (橋の名前は、Yさんの奥さんの名前と同じで、絶対場所は忘れない、と親子で話していた。)
  閉山して時間が経ったらしく、ズリらしい場所も分からず、早々に退散した。
  結局、”輝銀鉱”は採集できなかった。”残念〜〜!!”

    清越鉱山

【大洞林道の湯河原沸石】

  清越鉱山から西に1kmも進むと林道の分岐があり、左側が「大洞林道」になっている。
 悪路を進むと、500mほどで左手に採石場跡がある。さらに林道を500mも進むと
 行き止まりになる。
  ここから、引き返しながら、道路脇の転石や露頭を叩く。私が転石を叩いてルーペで確認すると
 不等辺六角形、透明な板状結晶が目に飛び込んでくる。”湯河原沸石だ!!”
  圧倒的に、濁沸石、ソーダ沸石、モルデン沸石などが多いが、この後も湯河原沸石は
 ポツポツと採集でき、全員に行き渡った。
  しかし、Yさん親子は、今ひとつ納得が行かないようで、リベンジを誓っていた。

       
         採集風景           湯河原沸石
               大洞林道

【土肥金山で昼ごはん】

  大洞林道に到着したあたりから、空模様がおかしくなり、ポツポツと雨が降り出した。
 暖かい伊豆で、2kgのハンマーを振るう身には、心地よい”春雨”であった。
  大洞林道を後にし、土肥の町に入ると、すぐ左手に土肥金山の坑道跡を生かした観光施設が
 あり、ここで昼食を摂る事にした。
  食後、売店をのぞくと、土肥町教育委員会発行「新編 土肥の金山」なる本が売っていたので
 早速購入した。

【仁科海岸の瑪瑙と赤玉石】

  草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」で紹介されている仁科海岸を目指し、西海岸を
 南下する。
  海岸の波打ち際を探すと、瑪瑙や赤玉石が落ちているのを拾う。採集用具はビニール袋だけの
 ”昼飯後の採集”にもってこいです。

       
         採集風景            瑪瑙と赤玉石
                  仁科海岸

【”幻の産地・鉱物”を求めて】

  大正5年に福地先生が著わした「日本鉱物誌」はじめ、古い文献には、今となっては
 ”幻の産地・鉱物”が記載されている。東京の石友・Mさんがこの前の週にその場所を探したが
 見つからなかったとのメールを戴いていた。
  鉱物同志会の長老など多くの人たちが産出場所を探しているようだが、未だにここと場所を
 確定していない”幻の産地”のようだ。
  いつも誰かの産地情報をもとに産地を追いかけているだけの私なので、たまには
 自力で産地開拓(再発見?)に向けて、今回探査することになった。
  足の怪我が完全に癒えていないTさんには、難所を越えるのは厳しいと思われ
 待っていてもらうことにして、産地を探索に出発した。
  それらしい場所で採集を開始して30分以上経った頃、”幻の鉱物”があるのが分かった。
  1つ見つかって目が慣れれば、容易に探せるようになり、局部的に集まっているよう
 なので、私が採集していた場所をYさん親子に譲り、”残り5分”で、Yさんが見事な
 結晶のついた晶洞を採集した。
  ”ラスト5分のYさん”の伝説は生きていた。

【白浜温泉の夜はふけて】

 東京のTさんが、以前泊まったことがある白浜の「部屋荘」をYさんが予約してくれていた
ので、松崎に戻り、下田の町に出て、東海岸を北上し宿に17時30分に到着。
 未だ観光シーズンには早いのか、この日はわれわれ5人だけの貸切であった。
 天然温泉につかり採集の汚れを落としたあと、「部屋荘」さん心遣いのヒラメ、ブダイなどの
新鮮な地魚のお刺身をはじめ、食べきれない料理が並ぶ。

       
          乾杯            地魚のお刺身
                 部屋荘の夜

 乾杯のあと、次々と運ばれてくる和・洋・中華の料理に、座っている姿勢も、エステレル
双晶(76.42°)→日本式双晶(84°33′)→ついに、エステレル双晶の補角
(103度)になり、両手を後ろにつく始末であった。
 小さい(十分のに大きい)からと、伊豆を代表する魚・金目鯛の煮付けが2匹出されたが
箸をつけられず、翌朝出していただくことにした。
 皆さん、朝が早かったので、早めにお休み。夜中に低気圧の通過に伴い、雷をまじえた
激しい風雨に目が醒める。

3.第2日目

【大沢バス停に集合】

  集合時間の8時ジャストに大沢バス停に行くと、2日目参加でこの日案内役の東京・Mさんと
 Tさん親子が既に到着していた。この日、千葉県の中学生・M君が電車でくることになって
 いたので、到着するまで、大沢バス停脇で採集することになった。

【河津鉱山大沢バス停脇】

  最近も誰かが掘った大きな穴が開いており、その周辺で前夜の雨で洗われたズリ石を探す。
 東京・Tさんが晶洞の中の異極鉱を探し、それを戴いた。

    異極鉱【採集:Tさん】
 

  M君の到着まで2時間近くあり、一足先にMさんの案内で、桧沢でテルル鉱物を探すことに
 した。(結局、M君は急用で参加できなかった。)

【河津鉱山桧沢】

  前の週にMさんが下見で発見した、テルル脈を含む金庫大の石英塊を大ハンマーで崩し
 自然テルル、テルル石を採集した。

       
         採集風景            自然テルル
                      黄色いのは、酸化テルル
                   桧沢

  さらに、旧坑や試掘坑のある場所を何箇所か移動し、テルル鉱物、輝銀鉱等を探すが
 なかなかヒットしなかった。

       
          旧坑             採集風景
                  河津鉱山

  体調を気遣った千葉・Tさんはお昼ご飯を食べたあと、一足先に引き上げることになった。
  最後に訪れた場所で、Tさんの息子・T君が、「重晶石」が落ちているのに気付いた。
 やがて、Mさんが、驚きの声を上げた。近寄って見ると、石英の割れ目に、1cmを越える
 重晶石の結晶がビッシリ付いた露頭を発見した。できるだけ大きな形で、割り採り、最後に
 ”ジャンケン”で分けた。
 (Tさんの分も確保してあります。)
  北海道や東北の鉱山には多産する重晶石も、河津でこれだけ立派な群晶を採集したと
 見たことも、聞いたこともなく、流石、Mさんです。

    重晶石【横15cm】

【いざ、帰りなん】

  後ろ髪を引かれる思いで、3時前に採集を切り上げる。蓮台寺のマーケットで、金柑、レモン
 など、伊豆のお土産を買い、天城峠を経て、6時前に「沼津IC」に到着。Yさん親子と別れ
 「御殿場IC」でおり、山中湖、河口湖を経て帰宅する。
  河口湖では、花火が」打ち上げられており、しばし冬の花火鑑賞。21時過ぎ、無事帰宅した。

    河口湖の花火

4. おわりに

(1)河津鉱山では、事前に下見していただいたMさんの御蔭で、テルル鉱物と思いがけず
   立派な「重晶石」を採集でき、Mさんに厚く御礼申し上げます。

(2)”幻の産地”の探査も兼ねた”次回採集会の下見”の色彩が強かったが”幻の産地”も
   苦労の末探し当てたので、もう少し暖かくなったら、もう一度訪れる予定です。

5. 参考文献

1)加藤昭ほか:鉱物採集の旅―東海地方をたずねて―,築地書館,1983年
2)土肥町誌編纂委員会:土肥の金山,土肥町教育委員会,平成15年
3)草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
4)福地 信世:日本鉱物誌,丸善,大正5年

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