石の「用と美」







             石の「用と美」

1. 初めに

   千葉県の単身赴任先を去るにあたり、いくつか片付けておきたいことがある。その中の1つは、
  こちらにきて訪れた骨董市で出品店主に教えていただいた縄文時代から古墳時代までの遺跡
  を訪れることだ。

   2013年2月の寒い1日、遺跡を訪れてみた。以前から眼をつけておいた畑を、草下先生が言
  う”乞食の眼”をして探し回った。

   妻を車の中に待たせての短時間の訪問だったが、「チャート製の石核」、「黒曜石やチャート
  製の石鏃(せきぞく)」、「磨製石斧」そして「琥珀製の玉とそれらを磨いた砥石」などを観察で
  きた。
   今までに、この遺跡では、「打製石斧」、「石棒」、「土錘(どすい)」そして「はにわの頭部」な
  どを観察していたが、新しい記録を追加できた。

   観察した品々からは、古代の人々の生活の中で実際に使われた”用”と極限まで機能を追
  した素朴な”美”が伝わり、見ていると心が清々(すがすが)しくなる。

   この日は、夫婦して3男の家に泊り、孫をはさんで”川の字”になって寝た。翌日は、早春の
  南房総を訪れた。鉱物産地で知られている「下○○○」の信号を横目に見て、海岸で貝やカニ
  を探した後、地魚料理を味わって帰途についた。

   
        海岸を掘る孫娘
       【血は争えない?】

   これから、限られた日々の間に、気がかりの場所をできるだけ巡って、山梨に戻ろうと思って
  いる。
   ( 2013年2月 編集 )

2. 場所

    千葉県でも有名な場所らしいので、詳細は割愛する。

3. 産状と観察方法

    畑を耕したときに掘り起こされた土が雨にあたったり、風に吹かれたりして、石器が表面に
   露出していることがある。
    観察方法は、畑の表面を見ながら、くまなく歩き回ると”キラリ”、と輝く石器や土器などに
   出会えることがある。
    以前、八ヶ岳の麓で石友・小Yさんに石器観察を案内していただいた事があったが、雪が
   解ける3月の末まで待たなければならなかった。長野県に比べると格段に暖かい千葉県は、
   雪も少なく、年中観察できるメリットがある。( 2013年は・・・・・・・ )
    ただ、畑が耕作されている春から秋は、ひかえた方が良いだろう。

    千葉県の遺跡【2013年1月】

4. 観察品

 4.1 観察した遺物
      今回、観察できた遺物の一部を紹介する。

  (1) 石鏃(せきぞく)
       石器の代表が俗に、”やじり”、と呼ばれる石鏃だろう。弓矢の矢の先端に差し込み植
      物繊維で縛りつけたり、アスファルトなどの接着剤で固定して使用した。
       ”飛び道具”の発明によって、狩猟生活の効率が飛躍的に向上したと思われる。千葉
      の遺跡では、チャートや粘板岩系の岩石を使ったものが多いが、まれに黒曜石製のもの
      もある。

       形状的には、矢に接げる部分を持つ『有茎鏃』、と呼ばれるものもあるが、長野県と同
      じ『無茎鏃』、そしてまれに『菱形鏃・柳葉鏃』もある。

       縄文草創期には、ほとんどが無茎鏃および平基無茎鏃で、早期になると基部の抉り
      (えぐり)が極度に深く、両端が長い脚となるような長脚(ちょうきゃく)鏃や、基部の抉り
      が独特な鍬形(くわがた)鏃、石鏃の一部を磨いた局部磨製石鏃などが出現する。
       前期の関東・中部地方では、比較的基部のえぐり込みの深い凹基無茎鏃が中心にな
      る。
       中期/後期になると、無茎鏃は小形の凹基無茎鏃が中心で、前期に東北地方以北で
      出現した有茎鏃が徐々に優勢になる。

       
                   上から 『無茎鏃』
                        『有茎鏃』
                        『柳葉鏃』
                     各種の石鏃(やじり)

        『柳葉鏃』はこの後、『鉄鏃』に繋がったとされる。骨董市で『鉄鏃』を見かけ購入した
       ので紹介する。

       
                         『鉄鏃』

  (2) 磨製石斧
       磨製石斧は、木を切ったり、畑を耕すのに使われた、とされている。石材は、黒色で破
      断面が層状に割れているところから堆積岩・「頁岩(粘板岩)」であろう。

       
       
                   石斧

  (3) 琥珀玉(こはくぎょく)
       縄文時代以降、各種の岩石・鉱物を材料にして管玉(円筒状)、棗(なつめ)玉、切子
      玉、丸玉そして勾玉(まがたま)などが作られた。
       よく知られている材料には、ヒスイ、瑪瑙(めのう)、碧玉(ジャスパー)などだが、琥珀
      も使われている。
       琥珀は、樹脂の化石で、昔は鉱物とされていたが現在では鉱物から外れているようだ。
      琥珀の産地としては、岩手県や福島県そして岐阜県などが有名だが、千葉県でも産出
      することが知られていて、これを使ったと考えられる。

          
                  外観                           断面
                           琥珀玉(こはくぎょく)

       この玉が本当に琥珀なのか、比重を調べてみた。真水に入れると沈み、比重は1.0
      よりも大きい。

        真水に沈む琥珀玉

       以前、鉱物の比重の測定法を別なページで紹介したことがあった。

       ・鉱物の鑑定法 比重の測定
         ( Classification of Minerals , Mesurement of Specific Gravity
                                         Ibaraki Pref. )

       ここで紹介した方法に従って、比重を測定してみた。

        空気中での重さ:4.0グラム
        真水の中での重さ:0.1グラム

       比重 = 4.0/(4.0−0.1) = 1.03

       一般に琥珀の比重は、1.03〜1.10 とされ、琥珀に間違いないだろう。

  (4) 砥石
       磨製石器や玉などを作る上で砥石は必要不可欠な工具だった。この遺跡では、砂岩
      製の砥石をいくつか観察した。砂岩は千葉県では犬吠崎あたりの海岸でも観察できる
      ごくありふれた岩石の1つだ。
       下の写真の砥石は、10センチ角、厚さ5センチで表と裏に円錐状の凹みがついている。
      最初、火を起こすための道具かとも思った。山梨県の水晶丸玉加工には、中心に円錐
      型の凹みをもった”チョコ皿”(?)、と呼ぶ円盤を回転し、研磨剤をかけながら丸い玉を
      研磨していることを思い出し、これは丸玉を研磨するための砥石だろうと考えた。

        砥石

 4.2 石器に使われた鉱物と岩石
      長野県川上村と隣の南牧村で観察した石器に使われた鉱物・岩石については既にHPで
     報告した。

      ・水晶で作られた石器
       ( Stone Implement made from QUARTZ , Kawakami Village , Nagano Pref. )

      長野県では、地元特産で、旧石器時代に既に「全国ブランド」になっていた『黒曜石』が90%
     近くを占めていたが、千葉県では約15%と少なく、”貴重品”だったと思われる。

                               単位:ケ(%)
鉱物
岩石種
長野県千葉県 備     考
黒曜石 269(88%)20(15%) 質の良いものと悪いもの混在
大きなものは見当たらない
チャート22(7%)116(85%) 石器を採った残りの「石核」らしき
ものもある 
頁岩 13(4%)0(0%) 
瑪瑙(めのう)0(0%)0(0%) 
石英(水晶)3(1%)0(0%) 水晶は全く見当たらない
鉄石英0(0%)0(0%) 
合 計307(100%)136(100%) 

      千葉県では、「チャート」が主体で、黒曜石は少ないと報告した。何回か通うと、それら
     以外の岩石・鉱物も確認できた。

  (1) チャート
       この遺跡の石器は、チャート製のものが多く、石器をこしらえる「石核(せっかく)」の
      大きなものもいくつか観察できた。

        チャートの石核

  (2) 瑪瑙(めのう)
       石鏃として紹介した2行目中央のものは、白い瑪瑙製だ。この遺跡では、赤瑪瑙と白
      瑪瑙の丸石が観察できた。
       瑪瑙製の石器が極めて少ないことから、瑪瑙はその美しさから、勾玉、管玉などに加
      工されたのかも知れない。

          
                  紅                          白
                             各種の瑪瑙

      縄文から古墳時代の人々は、これらの石材はどこで採集したものだろうか。「千葉県 
     地学のガイド」にある石器時代の海岸線の図から、私が訪れた遺跡は今は台地の上だが、
     当時は海岸にあったことが想定され、瑪瑙(めのう)や琥珀(こはく)は渚に打ち上げられ
     たものだろう。
      石器材料のチャートや砥石材料の砂岩は、丸木舟を使った、かなり遠い地域との交易で
     入手したものだろう。

       
                          石器時代の千葉県の海岸線
                        【「千葉県 地学のガイド」から引用】
    

5. おわりに

 (1) 『 シギと法然 』
      年明け、北関東の骨董市を巡っていると、3冊100円の古書の山があった。それらの中
     に、梅原 猛の著書が何冊かあった。梅原 猛は、私が好きな作家の一人で、今から30
     年ほど前、彼の著作全集を購入して読んだ。その中には彼の代表作の1つ、歌人・柿本
     人麿論・「水底の歌」もあった。結局、「水底の歌」(上)、(下)と『シギと法然』の3冊を100円
     で買った。

      『シギと法然』は、1998年9月から2000年6月にかけて東京新聞と中日新聞に連載され
     た「思うままに」を編集したものらしい。どちらの新聞もとっていないので、初めて読む内容
     だ。
      「思うままに」は、吉田 兼好の「徒然草」よろしく、梅原の心に浮かんだよしなしごとを、
     綴ったものらしい。
      ほとんどのテーマが3ページで完結するエッセイ集で、1つひとつのテーマがうなずかさ
     れるものばかりだ。それらの中には、梅原の先見性がキラリと光り、今読んでも新鮮さを
     保っているものも少なくない。

      それらの中で、「臨界事故に思う」や「政治家は世襲でよいか」などは、記憶に新しい原発
     事故や次々と代わる首相の顔を思い浮かべながら一気に読んだ。

      特に、「臨界事故に思う」は、1999年9月30日、茨城県東海村にあるJCOの核燃料加工
     施設内で核燃料を加工中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生、この
     状態が約20時間持続した。
      事故現場から半径350m以内の住民約40世帯への避難要請、500m以内の住民への
     避難勧告、10km以内の住民10万世帯(約31万人)への屋内退避]および換気装置停止
     の呼びかけ、現場周辺の県道、国道、常磐自動車道の閉鎖、JR東日本の常磐線水戸
     - 日立間、水郡線水戸 - 常陸大子・常陸太田間の運転見合わせ、陸上自衛隊への災害
     派遣要請といった措置がとられた。

      この時、私は東海村に隣接する10km圏内のひたちなか市に単身赴任していた。事故
     発生の翌日・10月1日、朝7時ごろ、「本日は臨時休業になったので、自宅待機するように」、
     とのアナウンスがあった。テレビで報じられていたので臨界事故が原因だと知っていたの
     でので、自作のガイガーカウンターでモニターしていたが、何ら変化なかった。
      ( この事故で発生したのは中性子で、ガイガーカウンターでは検出できないと後で知っ
        た。 )

      梅原は、この(臨界)事故の3年前、原子力発電について次のように述べている。

      『 原子力発電について、日本は30年かかって廃止すべきだ、とこの欄で論じた。原子
       力発電は日本の総発電量の35%を占めているので、一朝一夕に廃止できるものでは
       ないが、原発そのものはいつ大事故を起こすか分からない危険を秘め、しかもその
       廃棄物の堆積は人類ばかりかあらゆる生物の生存に対して、予想もつかないような
       害毒を与えることは間違いない。・・・・・

        それで私の提案は、15年で原発を半減し、30年で廃止するという提案である。30年
       間は過渡期として仕方なかろう。
        このためには2つのことが要求される。1つは、エネルギー消費量を抑えること。それ
       にはやはり生活を思いきって簡素にしなければならぬ。・・・・・・・・・・・・
        もう1つは、新しいエネルギーの開拓である。・・・・・・・・

        今度の(臨界)事故はスリーマイル島、チェルノブイリの事故に次ぐ大事故であるとい
       う。しかし、まだひどい大事にいたらずしてすんだが、この不幸な経験をわれらは未来
       の教訓としなければならないであろう。アメリカやロシアではひどい事故が起こったが、
       日本は大丈夫だという今までよく言われた論理はもう通用しない。私は今の日本人を
       見ていると、日本人がアメリカやロシア人以上に道徳的に立派であり、義務に忠実で
       あるとはとても思えない。したがって、こういう日本人の扱う原子力事業なるものは恐
       ろしい危険を含んでいる。そして大地震が起こったり、原子力施設への他国からの攻
       撃があったりしたら、スリーマイル島やチェルノブイリどころではない悲惨な大事故が
       起こるのは確実であろう。                                    』

      梅原は、東日本大震災が起こる10年以上前に、地震にともなう原子力発電所の大事故
     を予見し、『子孫の生活を守るわれわれの義務』、として”30年かけて原発の廃止”を訴え
     ていたのだ。

        ここのところ、NHKで原子力発電にからむ特集番組やテレビ討論会が活発だ。その
       中から2題

       ・ 『 原発はトイレのないマンション 』
         原子力発電にともなって、放射能を帯びた使用済燃料が多量に発生する。これらを
        処理し原発で再利用できるとウランやプルトニウムなどと、核の廃棄物とに分ける
        いわゆる核燃料リサイクル計画が原発稼働と並行して推進されるはずだった。
         青森県六ケ所村に再処理施設を拵えたのだが、トラブル続きで未だに安定どころか
        稼働の目途(めど)すら立っていない。高い放射能をもった核の廃棄物に至っては
        処分地どころか処分方法すら決まっていない。
         仕方なしに、使用済核燃料は、それぞれの原子力発電所の施設内に保管されて
        いるが、あと5、6年で満杯になり、原発が稼働できなくなる事態も予想されるらしい。
         こんなことから、『 原発はトイレのないマンション 』、にたとえられる。

       ・ 『 安心・安定・安価 』
         原子力発電の上位概念は日本のエネルギー政策をどうするかだ。『 安心・安定・
        安価 』なエネルギー源をいかに確保するかという命題に対して、NHKのテレビ討論
        で茂木大臣は、しきりと『安価』を力説し、これを満足するのは原子力をしかない、と
        言っていた。
         国のエネルギー施策をつかさどるトップが、「いかに安くエネルギーを購入するか」、
        などと”商社”に任せておけばよいような事を力説するのか、理解できなかった。
         原発を停止していることで、LNG(液化天然ガス)などの化石燃料の購入量が増え、
        1兆何がしかの外貨が余分に出て行って問題だから、早く原発を再稼働させるべきだ、
        と言うのが再稼働促進派の論調だ。

         1兆何がしかを、1億2千万余の国民が負担すれば、年間1人あたり10,000円、月あ
        たり1,000円で済む話でないか。
         これが悲惨な原発事故が起こる確率を減らす保険と思えば安いものではないだろ
        うか。(どうせ、この国は一人当たり何万円、何10万円の無駄をやっているのだから)

      哲学者の梅原は、原子力は未だ人類が自由に制御できる代物でないことを深く洞察し
     ”30年かけて原発の廃止”を訴えているのだと思う。
      日本のモノづくりの現場にいる技術士のひとりとして、原発はレールを敷こうともせず、その
     上、レールのない技術の闇を暴走しているように思えてならない。

 (2) 『 是(これ)がまあつひ(終)の栖(すみか)か雪五尺 』
      2013年の年明けから、暖かいはずの千葉県でも何回か積雪をみた。7時前に薄暗い中を
     会社に向かって歩くと、あたりは一面白銀の世界だ。

       千葉県の雪景色【2013年1月】

      会社の送迎バスは、最寄駅から会社まで普段は15分ほどのところを1時間40分もかか
     った、と雪国の人たちが聞いたら呆(あき)れるようなことが雪が降るたびに繰り返えされて
     いる。

      さて、題記の句は小林 一茶が文化9年(1812年)、50歳で故郷の信州柏原に帰ってか
     らのものだ。
      3月一杯で、とりあえず山梨に戻るものの、”終の栖(すみか)”を決めかねている。お墓
     のある東京か、高校生までを過ごした関東か、はたまたミネラル・ウオッチングに便利な
     山梨県か、千路(ちじ)に心は乱れる。

      そんな中、古書店で購入した「日本の原発」は、どこが住むのに安全か、の1つの解を
     与えてくれる。

      
                   日本の原発地図【2011年4月現在】
                      【「日本の原発」から引用】

      候補としては、北海道東部、秋田県、岩手県、長野県、山梨県、和歌山県、香川県、
     岡山県、そして沖縄県だろうか。
      これに大地震・大津波の影響や住民サービスの質、はたまた隕石の危険性などを評価の
     尺度に加えると候補はグッと絞られそうだ。

6. 参考文献

 1) 戸沢 充則執筆:矢出川遺跡群,長野県考古学会 矢出川遺跡群保存委員会,1983年
 2) 前田 四郎監修:千葉県 地学のガイド,コロナ社,1990年
 3) 柴田 直子他編:川上村先土器時代 −由井茂也先生に感謝をこめて−,同氏,1992年
 4) 相模原市立博物館編:相模原市立博物館 常設展示解説書,同館,平成8年
 5) 梅原 猛:シギと法然 思うままに,文芸春秋,2000年
 6) 山梨県立考古博物館編:第23回特別展 縄文時代の暮らし 山の民と海の民
                     同館,2005年
 7)埼玉県立自然史博物館:平成17年度特別展 石の用と美 図録,同館,2005年
 8) ミュージアムパーク茨城県自然博物館編:第44回企画展 ザ・ストーンワールド
                               −人と石の自然史−,同館,2008年
 9) 国立歴史民族博物館編:企画展示 縄文はいつからか!?,同館,2009年
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