千葉県印西市の貝化石に伴う方解石

      千葉県印西市の貝化石に伴う方解石

1. 初めに

    2005年8月、名古屋市で開催された名古屋ミネラル-ショーを初めて訪れ
  愛知県、滋賀県に住む大勢の石友と会った。このとき、会った石友の1人
  KAさんに”注目の標本”を尋ねたところ『貝化石に共生する犬牙状方解石
  群晶』との答えがあった。
   この内容をHPに書いたところ、HPの愛読者で産地情報などを提供したことが
  ある千葉県のTさんから、早速次のようなメールをいただいた。

  『 私が○○○○近くの犬牙状方解石産地を最初に訪れたのは、2003年の
   10月でした。2004年の2月には、なんと整地が始まっており、かつて貝化石を
   採集できた場所はコンクリートブロックで覆われて、全く採集できませんでした。
    この近くの△△△△△△△△にも、貝化石が現れている小規模の斜面が
   ありますが、二枚貝がほとんどでアカニシのような巻貝は見当たりません。』

    要は、絶産らしい。2005年9月に息子の結婚式がハワイであり、成田空港に
   行った”ついでに”立ち寄ってみようと考えていたが、バタバタして果たせない
   ままになっていた。
    年が明けて2006年、千葉県の石友・Yさん一家からいただいた年賀状に
   戌年にちなみ”犬牙状方解石”の写真があり、ふと、この産地を思い出した。
    この冬は、例年にない寒波の襲来でフィールドに出るのもついつい億劫に
   なりがちだが、比較的温暖な千葉県ならミネラルウオッチングができるだろう
   と考え訪れてみた。
    記憶を辿りながら訪れると、周りの様子は激変し、Tさんの情報どおり、開発が
   進み、かつての産地はコンクリートブロックで覆われていた。それでも、その周辺で
   2枚貝に共生する犬牙状方解石をいくつか観察することができた。
    この付近には似たような地形が多いことから考え合わせ、ここ以外にも貝化石が
   産出する場所はある筈と読んだ。近くの公民館で尋ねると、印西の貝化石図集という
   副題がついた「木下貝層」という本を販売しており、早速購入した。表紙には
   アカニシの内側に晶出した犬牙状方解石の写真が載っている。
    ( 注) 木下は、”きおろし”と読む )

    「木下貝層」の表紙

    中央公民館には、貝化石の展示もあるとのことなので訪れ、本の表紙を飾って
   いるアカニシの現物を見ることができた。
    本に記載されている「観察地点」の地図を頼りに、7箇所を訪れたが、貝化石は
   ふんだんにあるものの方解石を伴うものは全く観察できなかった。
    前にも述べたように、似たような地形(地質)の場所は他にもあり、今後開発が
   進み、”ヒョッコリ”新産地が姿を現すことを期待している。
   ( 2006年1月採集 )

2. 産地

    「木下貝層」には、観察地点(産地)の地図が記載されているが、開発に伴って
   過去に観察できた個所が消滅したり、逆に新たに出ているようです。
    昭和63年(1988年)の第1版に記載された地点を”赤丸数字”、平成16年
   (2004年)の第3版に記載されたものを”黒丸白抜き数字”で示す。
    a) ”黒丸白抜き数字”だけの地点は、昭和63年(1998年)以降、新たに確認された
    b) ”赤丸数字”だけの地点は、平成16年(2004年)現在消滅した
    c) ”黒丸白抜き数字”と”赤丸数字”併記の地点は、昭和63年(1998年)〜
      平成16年(2004年)まで継続して確認できた

   
       「観察地点」【「木下貝層」第1版、第3版を編集】

3. 産状と採集方法

   「木下貝層」誌によれば、この産地が生れに至った歴史(地史)は次のようであった。

   約15万年前・・・・・・・・・印西市がある一帯を含め、関東地方の大部分が”古東京湾”と
                 呼ばれる浅い海の底にあった。

                  

                  この海に生息していた斧足(ふそく)類(2枚貝)、腹足類
                 (巻貝のなかま)の死骸が海底の砂や一部泥に堆積した。
   〜約1万年前・・・・・・・箱根火山や古富士山はじめ関東地方の火山活動で噴出した
                軽石(パミスと呼ばれる)や火山灰(ローム層と呼ばれる)が
                貝の層を覆うように堆積
   〜現在・・・・・・・・・・・・海面の低下と房総地方の隆起に伴って、印西市周辺は北総台地
                と呼ばれる小高い丘が残され、貝化石はその地層の中に層を
                なして保存されている。

    貝化石を含む層は2つあり、下(古いほう)を「上岩橋層」、上(新しいほう)を「木下層」と
   呼ぶ。「上岩橋層」から産出する貝化石は、エゾタマキなど寒い気候に適応した種類で
   その当時、ここは比較的寒冷な環境だったことが推測できる。
    「木下層」からは、ヌマコダキガイなど汽水性(大きな川の河口のように塩水と真水が
   混じった環境)を好む貝や、アサリなどの暖流系の貝が含まれており、当時温暖化が
   進み、海も徐々に深くなっていたことをうかがわせます。
    また、アカニシなどの巻貝は肉食で、2枚貝を捕食しており、餌である2枚貝が多く
   生息していたところに集まってきた、と考えられる。

     アカニシ(Rapana venosa)

    千葉県立印旛高校入口の露頭を含む木下公園一帯が平成14年(2002年)3月
   「木下層」の標式地として国の天然記念物の指定地になった。
    従って、ここでは採集ができず、観察するだけとなる。

     印旛高校脇露頭【国の天然記念物】

    大昔、内湾の浅い海の底にあった地方ならどこでも貝化石が残っているはずですが
   限られた場所にしか残っていないのは、次のように説明されます。
    砂地に堆積した貝殻は、永い年月の間に酸性の水に溶けて、砂の層を通して下に流れ
   去り、化石として残るチャンスがない。貝化石が残るには、酸性の水が地層内にしみ込ま
   ない条件、すなわち水を通さない粘土層が上にあることが必要となる。
    印西市北部の貝化石産地付近の地層柱状模式図を見れば、よく理解できる。

     印西市北部の地層柱状模式図

4. 産出鉱物

 (1)方解石【Calcite:CaCO3
     ここでの方解石の産状は、次の3通りである。
     @ 2枚貝の貝殻を方解石が置き換わったもの
     A 2枚貝や巻貝の空隙部分に犬牙状や針状の方解石が晶出するもの
     B @、Aの複合したもの

     「木下貝層」誌によれば、方解石が晶出するのは、上層の貝殻を溶かした地下水が
    アカニシなどの巻貝や2枚貝の空洞に溜り、ゆっくりと水分が蒸発すると炭酸カルシウム
    (CaCO3)が結晶した 、とある。
     方解石は、貝化石と砂粒や貝の破片などを結びつける接着剤の役割も果たしている
    方解石を産するのは「固結層」と呼ばれる地層に多いようである。

         
     貝殻を置き換えた方解石       犬牙状方解石が晶出
                   方解石の産状

 (2)針鉄鉱【Goethite:FeOOH】
     いわゆる褐鉄鉱(Limonite)で、特定の個所に砂鉄が褐鉄鉱に変質した地層が見られ
    ここでは、貝化石を褐鉄鉱が置き換えたものも観察できる。
     さらに、褐鉄鉱を含む塊の上には、微細、白色〜透明の2次鉱物らしきものもあり
    このような環境なら、貝殻が含んでいた燐酸と鉄が結びついた「藍鉄鉱」【Vivianite
    :Fe3(PO4)2・8H2O】もあるのでは、と期待したが確認できなかった。

         
        褐鉄鉱の層       貝化石が褐鉄鉱に置き換わったもの

5.おわりに 

 (1) 印西市中央公民館の貝化石展示
     印西市の中央公民館には、地元で採集された化石が展示してあります。ここには
    「木下貝層」の表紙を飾っているアカニシの空洞に晶出した犬牙状方解石の現物を
    目近に見ることができ、一見の価値があります。
     ここで、「木下貝層」の本も購入できる。(900円)

          
          展示全容           アカニシと犬牙状方解石
              印西市中央公民館の貝化石展示

 (2) 貝化石の観察地点の何箇所かは国の天然記念物に指定され、採集ができないのは無論
    です。何箇所かは私有地に、立ち入りも了解が必要です。今回も居合わせた人に了解を
    得て拾わせていただいた。
     私が以前貝化石に伴う方解石を採集した場所は、この地図には記載されていない
    場所である。それだけ貴重な産地を教えていただいた中学の後輩・Nさんに改めて
    厚く御礼申し上げます。

 (3) 化石と鉱物
      一般に化石は鉱物とは見なされませんが、特定のものについては、鉱物に含める
     場合もあるようです。それらについて、私が知っている範囲でまとめてみた。

鉱物名  産   状代表的な産地 備考
黄鉄鉱アンモナイトの表面に
薄く晶出したもの
石炭の中に
薄く層をなすこともある
ドイツ 真鍮ブラシで擦って
作っているという説もある
珪化木木材の繊維組織を蛋白石が
置き換えたもの
茨城県玉川
岐阜県川辺町
 岐阜県中川辺産のもののように
部分的に方解石に置き換わって
いるものもある
蛋白石
(オパール)
月のお下がり
月珠(つきのたま)
 巻貝の一種、ビカリア・カローサの
貝殻の中に珪酸が入り込み
蛋白石(オパール)の内型(モールド)を
つくったもの
 オーストラリアでは、2枚貝を
オパールが置き換えたものを
産する。
岐阜県瑞浪市月吉
オーストラリア
 「雲根志」の著者・木内石亭が
明和4年(1767年)に
月吉を訪れている
琥珀樹脂が変質して琥珀酸(C40H64O4)を
生じたもの
岩手県久慈
福島県いわき市
不純なものを薫陸(くんろく)
呼んだ
 参考文献3)に”くんりく”と
あるが、誤り
石炭植物が炭化したもの
琥珀の小さな粒を含む場合もある
福島県
福岡県
千葉県銚子
 
石油 海底に堆積した有孔虫、魚類の脂肪
花粉などが変質し、さらに地熱で
変質した
新潟県 
燐鉱 鳥の糞化石が珊瑚礁の石灰岩と
反応してできたもの
沖縄県 
珪華蛋白石、温泉の沈殿物で
木の葉の跡を残すことがある
長野県中房温泉 
灰華石灰泉の湧出口にできる沈殿物で
木の葉の跡を残すことがある
山梨県増富温泉 

6.参考文献 

 1)印西市教育委員会編:木下貝層 -印西の貝化石図集- 第1版,同委員会,昭和63年
 2)印西市教育委員会編:木下貝層 -印西の貝化石図集- 第3版,同委員会,平成16年
 3)柴田 秀賢、須藤 俊男:原色岩石鉱物検索図鑑,北隆館,昭和48年
 4)益富 寿之助:鉱物 −やさしい鉱物学− ,保育社,昭和60年
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