岐阜県中津川市一柳鉱山の亜砒藍鉄鉱 その2

   岐阜県中津川市一柳鉱山の亜砒藍鉄鉱 その2

1. 初めに

   最近届いた鉱物同志会の「会報」を読むと、私が住む山梨県にある甲州市(旧塩山
  市)の黄金沢鉱山で「洋紅石」【CARMINITE:PbFe3+2(AsO4)2(OH)2】など、各種の
  ”砒酸塩鉱物”
が発見された、との記事があった。

   2007年11月の3連休、結婚記念の月でもあり、”いい夫婦(11月22日)の日”を中心に
  妻と岐阜県中津川市を中心とする苗木地方をユックリ回る計画だった。しかし、3男の
  帰省や長野・大Yさんと新ポイントの継続探査などがあり、1日だけの日帰り採集に
  なってしまった。
   こうなると、たくさんの産地は回れないので、”砒酸塩鉱物”が採集できる可能性が
  ある2つの産地に絞らざるを得なかった。

   一柳鉱山・・・・・・・・「亜(パラ)砒藍鉄鉱」
   遠ケ根鉱山・・・・・・「洋紅石」

   最初に訪れたのは、一柳鉱山だった。ここは、2004年8月に兵庫県のN夫妻と訪れ
  ”まぐれ当たり”で、「亜砒藍鉄鉱」の貧弱な標本を自力採集できていたが、もう少し
  ”リッチな標本”を、と欲を出してしまった。

    ここでは、2年ほど前に、「益富地学研究会」の巡検が行われ、大勢の人が入り、
   会のF氏が『 ここも、終わりかな・・・・ 』、と呟いていた、と漏れ聞いた。そのような
   わけで、産地は荒廃しているのだろうと覚悟してズリ、露頭を回ると、さほど荒れて
   いないので、”ホッ” とした。

    今回は、滋賀・N隊長に恵与いただいた標本のイメージがあり、狙ったポイントで
   2時間弱ハンマを振るい、産状の異なるいくつかの良標本を採集できた。

    鉱物採集の醍醐味の1つ、『 狙った鉱物標本を採る 』、を十分堪能することが
   できた。
    貴重な標本を恵与いただいた、滋賀・N隊長に厚く御礼申し上げる。
    ( 2007年11月採集 )

2. 産地

   加藤・松原・野村先生による「鉱物採集の旅 東海地方を訪ねて」に記載してある
  有名な産地である。地図を参考に示すが、近年道路が新しくできて、昔の地図は役に
  立たないかも知れない。
   わたしは、旧道と思われる橋を渡り、古い民家で鉱山跡を訪ね、迷うことなくズリに
  到達できた。ただ、「恵比寿」「遠ケ根」の名前は知っていたが、「一柳」という名前は
  知らず、『 時々、学生が来るところ 』 との認識なので、場所の聞き出し方に注意が
  必要だろう。
   また、ここは『松茸山』になっているようで、テープが張ってある区域があった。この日
  小川で野菜を洗っていた婦人の了解を得て、入山できたが、松茸シーズンには採集が
  難しいかも知れない。

            一柳鉱山
              ↓
    一柳鉱山【鉱物採集の旅から引用】

3. 産状と採集方法

   一柳鉱山の正式名は市谷那木鉱山で恵比寿鉱山(遠ケ根鉱山?)の支山として
  試掘されたと言われている。鉱床は、遠ケ根鉱山と同じで、濃飛(のうひ)流紋岩に
  類する流紋岩、石英斑岩や花崗斑岩の中に脈をなす鉄マンガン重石と砒鉄鉱を含む
  鉱脈を試掘したらしい。
   試掘しただけ、と聞いていたが何本かの坑道(全て塞がれている)が残され、坑口を
  縦に結ぶ延長線上に砒鉄鉱・鉄マンガン重石の露頭があり、一番下の坑口前にズリが
  広がっている。
   下の写真は、今回撮影したものだが、2004年とほとんど変わっていない。

       
           ズリ              坑口             露頭
                    一柳鉱山【 麓 → 山頂 】

   2004年の経験が活き、ハンマとタガネで”堅い”露頭を叩いて採った新鮮な砒鉄鉱の
  晶洞の中に「亜砒藍鉄鉱」があった。
   ( 露頭には、電動のドリルで穴明けした跡やタガネの跡などが残り、堅い岩盤との
    苦闘を物語っている。逆に言えば、生半可な力や技では崩せないので、産地が
    保存されていることになる )

    採集風景【2004年】

4.採集鉱物

    砒鉄鉱はふんだんにあり、鉄マンガン重石はやや少ない。「亜砒藍鉄鉱」は産状と
   どのようなものかが判っていれば、まだまだ高い確率で採集できそうだ。

 (1) 亜砒藍鉄鉱【PARASYMPLESITE:Fe3(AsO4)2・8H2O】
     最近では、パラ砒藍鉄鉱の呼び名のほうが一般的のようである。針状〜短柱状
    〜薄板状小結晶の放射状集合体で産し、色は藍青〜淡緑青色(新鮮時)〜緑黒
    (風化後)でガラス光沢をしている。
     砒鉄鉱と石英が絡み合った母岩中に小さな晶洞があり、その晶洞の壁を覆う
    ように付いている。
     晶洞の壁には、スコロド石【SCORODITE :Fe3+AsO4・2H2O】や毒鉄鉱
    【PHARMACOSIDERITE:Fe3+4(AsO4)3(OH)4・6_7H2O】と思われる2次鉱物が
    共生していることがある。

     砒藍鉄鉱【SYMPLESITE:Fe3(AsO4)2・8H2O】とは同質異像(化学式(成分)は同じ
    だが結晶の形が違う)の関係にある。砒鉄鉱や硫砒鉄鉱の分解物として生成され
    るとされ、スカルン鉱床にでるものと、気成鉱床にでるものがある。一柳鉱山のもの
    はトパーズなどの随伴鉱物からして気成鉱床タイプである。

       
            針状             放射状集合体
                  亜砒藍鉄鉱

 (2) 砒鉄鉱【LOELLINGITE:FeAs2
     鉄と砒素からなる銀白色の鉱物である。硫砒鉄鉱と似ているが、やや白っぽい
    ことや黄鉄鉱【PYRITE:FeS2】と共生しないことで鑑定できる。
     ここのものは、”塊状”で鉄マンガン重石を抱き込んだ形で産出する。硫砒鉄鉱も
    混じっている可能性もある。

     砒鉄鉱

 (3) 鉄マンガン重石【WOLFRAMITE:(Fe,Mn)WO4
     石英脈や砒鉄鉱の中に、黒色・板状の結晶として見られる。

     鉄マンガン重石【”黒色・板状結晶”部分】

 (4) トパズ(黄玉)【TOPAZ:Al2SiO4(F,OH)2
     砒鉄鉱と斑状を示す石英の中に、透明、細柱状結晶が放射状に集合している。
    グライゼン化した気成鉱床のトパズは、細い柱状(針状)になると聞いたことがある
    が、その通りの産状である。
     ミメット鉱ではないかとも考えたが、針先で突っついてもビクともせず、モース硬度
    が7以上あり、トパズと判断した。

     トパズ

    今回、「洋紅石」【CARMINITE:PbFe3+2(AsO4)2(OH)2】(?)と思われる標本を
   2ケ採集した。正式鑑定が楽しみである。

    「鉱物採集の旅」には、このほか、輝水鉛鉱、錫石、鉄リチア雲母、蛍石、自然蒼
   鉛なども産出する、と記述されているが、今回も採集できなかった。
    ( これらは、ズリ石を叩くいたほうが望みありそうだ )

5. おわりに

 (1) 「亜(パラ)砒藍鉄鉱」は、大分県木浦鉱山から発見された新鉱物で、1954年(昭和
    29年)に伊藤 貞市、湊 秀雄、櫻井 欽一諸氏によって論文発表され新鉱物として
    認められた。
     亜(パラ)砒藍鉄鉱と同じ組成で三斜晶系の砒藍鉄鉱が1837年に知られていた
    のに、単斜晶系の亜砒藍鉄鉱が、その後100年以上新鉱物として確認されなかった
    のは不思議ですらある。
     一柳鉱山で「亜(パラ)砒藍鉄鉱」の産出が松原先生らによって報告されたのは
    1992年、「鉱物採集の旅」が書かれて約10年後のことで、当然、この本には出てこ
    ない。これも、産地が進化・発展する一例だろう。
     亜砒藍鉄鉱は、原産地の木浦鉱山のほか、宮崎県見立鉱山、そして一柳鉱山など
    限られた産地でのみ採集できる貴重な鉱物である。

 (2) 私の持論として、鉱物採集の醍醐味(楽しみ)の第2ステップの”採集”にだけ注目
    しても、次のようにいくつかの楽しみがある。

     @ 訪れた産地でよく知られた代表的な鉱物を採集する。
        『 狙った鉱物標本を採る 』
     A 訪れた産地では過去に報告がなかった鉱物を”偶然”採集する。
        『 まぐれ当たり採集 』
     B Aと言う”△△塩鉱物”が出るのだから、それと化学式が似たBという鉱物が
       採集できるはずという、いわば
        『 待ち受け採集 』
     C 新しい産地を探し出す。( 採れる採れない、は別にして )
        『 新産地開拓(再発見) 』

     今回の一柳鉱山では、鉱物採集の醍醐味の1つで、もっともベーシックで楽な
    『 狙った鉱物標本を採る 』 を十分堪能することができた。

     私個人としては、@よりA、AよりB、・・・・・・・が好きなのだが・・・・・・

 (3) 自分のHPを読み直して改めて気付いた。

      山梨県の某産地で、”銀白色・金属質”の鉱物が採集できる。結晶形が独特
     なので、東京の石友・Mさんと、『 砒鉄鉱か硫砒鉄鉱か? 』、さんざん悩んだ
     挙句、ようやく「硫砒鉄鉱」で決着した。

      2004年の「一柳鉱山」の自分のHPを読み直してみると、『 砒鉄鉱は黄鉄鉱
     【PYRITE:FeS2】と共生しない 』
、とあるではないか。

      そこの”銀白色・金属質”の鉱物は、「網目状の黄鉄鉱(白鉄鉱?)」に接して
     産していた。上のルールを自分のものとして身につけていれば、瞬時に判断できた
     はずだ、と恥じ入るばかりである。
      「鉱物採集の旅」を読み返してみると、『 自形結晶ででる砒鉄鉱は、まずない 』
     とある。
     ( 甲武信鉱山の「砒鉄鉱の自形結晶」がいかに貴重かは、言うまでもなかろう )

6. 参考文献

 1) 加藤 昭・松原 聡・野村 松光:鉱物採集の旅 東海地方を訪ねて,築地書館
                        1983年
 2) 益富地学会館編:日本の鉱物,成美堂出版,1994年
 3) 加藤 昭:二次鉱物読本,関東鉱物同好会,2000年
 4) 宮島 宏:日本の新鉱物 1934-2000 ,ファオッサマグナミュージアム,2001年
 5) 山田 隆:日本鉱物科学会2007年度年会報告 鉱物同志会会報 No58
          鉱物同志会,2007年
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