稀覯本 和田維四郎著 「宝玉誌」

      稀覯本 和田維四郎著 「宝玉誌」

1. 初めに

   2009年は異常なほど暖かい冬で、2月中旬だというのに各地で気温25℃を超える”夏日”
  を記録し、フィールドでのミネラル・ウオッチングの開始時期も早まりそうだ。しかし、3男の
  結婚式やら仕事で忙しく、2月中旬まではフィールドに立てず、茨城・Tさんに「高取鉱山」を
  案内してもらったのが2009年の採集初めだった。

   冬の間、鉱物関連の古書や「鉄山札」「銀山札」などを購入して、フィールドに出られる本格
  的な春の訪れを待っていた。
   某オークションに和田維四郎著「宝玉誌」が出ていた。和田維四郎が著した鉱物関係の
  本は極力入手したいと思い入札したところ、初値1,000円が見る間に上がり、最終的な落札
  値は結構な金額だった。競りあった相手は、開業医の某氏であることも後で知った。

       
             表紙                 扉
                 和田維四郎著 「宝玉誌」

   明治22年(1889年)和田維四郎が著したもので、「緒言」を読むと当時と現在の宝玉を
  取り巻く状況が対比できて興味深い。

   『 余、鉱物学ヲ修メテヨリ既ニ、十有余年其間嘱託ヲ受ケ鉱物ヲ鑑査スルコト少カラス。
    其之ヲ閲スルニ、十中八九ハ金炭ニアラサレハ即宝玉ナリ。近年ニ至リ益々多キヲ
    加フ ・・・・・・・・・・・・・・
     我国未タ専ラ宝玉ヲ説論シ其良否鑑別ヲ示ス著書アルヲ見ス。是余本編ヲ編述シ
    タル所以ナリ。其意

      一ハ以テ富豪ノ士女宝玉ヲ愛玩スル者ノ参考ト為シ
      一ハ以テ学校教員ノ職ニ在ル者ノ教授上ノ参照ニ供シ
      一ハ以テ宝玉ノ売買或ハ其研磨ニ従事スル商工ノ指針ト為スニアリ
                                  明治21年5月 著者識        』

    この本が書かれる5年前、明治16年(1883年)に鹿鳴館が完成し、洋装で宝玉で身を
   飾る夫人が現れ、「ダイヤモンドに眼が眩み・・・」で有名な「金色夜叉」が新聞に掲載され
   たのは、明治30年(1897年)のことである。

    ミネラルショーを訪れると、客の半分以上は女性で、「宝玉」を品定め購入する姿を見て
   いると、100年前は”富豪の士女”だけのものだった宝玉が庶民のものになっていることを
   実感する。
    私の多くの石友の中には、「誕生石の○○を自分で採集したい」、という人(特に女性)
   も多いし、「トパズ」「サファイア」「綺麗な水晶」そして「翡翠」などは根強い人気があり、
   ミネラル・ウオッチングにはこれらの産地も加えるようにしている。

    あと1ケ月もすると本格的なミネラル・ウオッチングが始まる。多くの石友とお会いできる
   のを楽しみに、千葉での技術コンサルタントの仕事を仕上げようと頑張っている。
    ( 2009年2月 情報 )

2. 「宝玉」の定義

   現在、「宝玉」という言葉は、鉱物の世界ではほとんど目にしない。「宝玉誌」ではどのよう
  なものを指しているのだろうか。

   『 鉱物中其質堅硬ニシテ光沢ヲ有シ美色ヲ帯ヒ或ハ無色透明ニシテ且其産出ノ稀ナル
    モノ之ヲ総称シテ宝玉(英語 Precious stone )ト云フ                  』

   和田は、シュラウフ(Schrauf)氏とクルーゲ(Kluge)氏の分類を参考にして、具体的に次の
  ような鉱物を宝玉としている。

区分鉱物名 私の補足説明
 宝玉金剛石ダイヤモンドを指す
鋼玉(紅玉、青玉)ルビー、サファイアをさす
尖晶玉スピネルをさす
緑玉Berylとあるがエメラルド?
金緑玉アレキサンドライトを指す
風信子玉Hyacinth(ヒヤシンス)でジルコンを指す
黄玉トパズを指す
柘榴珠Garnetとあり、ざくろ石全般を指す
蛋白玉オパールを指す
土耳古玉トルコ石を指す
 稀に宝玉として
用いらるるもの
瑠璃ラピスラズリを指す
薔薇輝石Rhodoniteを指す
玉及硬玉玉:ネフライト(軟玉)
硬玉:ジェード(硬玉)
孔雀石 
琥珀 
輝鉄鉱Hematite(ヘマタイト)で赤鉄鉱を指す
石英水晶、瑪瑙など石英全般を指す

    現在、宝石と呼ばれている鉱物を定義は曖昧だが「貴石」「半貴石」に分類するケースが
   あるが、そのような考え方で和田は宝玉を分類したのではないだろうか。

3. 産地は?

    Mineralhunters として、興味の中心は、明治22年(1989年)当時知られていた「宝玉」の
   の国内産地は何処だろうか、ということだ。

    「宝玉誌」に記載された産地を下の表にまとめてみた。

宝玉名鉱物名国内産地 説     明
鋼玉(青玉)サファイア岐阜県美濃郡苗木村  苗木村以北ノ河床中ニ沙(砂)錫ヲ産ス
此沙錫採掘ノ際ニ、青玉ヲ得ルナリ
 盖此沙源ノ地ハ花崗石ナレハ
此青玉モ花崗石中ニ含有セシモノナルコト
明ナリ
 其既ニ発見セシモノハ皆ナ小塊ニシテ
且我国未タ此堅石ヲ研磨スルノ良器アラサルカ為メ
曾(かつ)テ彫磨セシコトナシ
緑玉BERYL
緑柱石
美濃国恵那郡苗木村
常陸国筑波山(山の尾?)
 淡緑色ニシテ透明ナリ
石商之ヲ「ブリリアント」形ニ彫磨シテ
販売ス
黄玉トパズ 近江国栗田郡大谷山(マキノ町?)
美濃国恵那郡苗木村
伊勢国三重郡水沢村(石榑?)
甲斐国巨摩郡金峯山
 本邦ニ於テハ明治7、8年交
杉村次郎氏始メテ近江国栗田郡
山中所産ノモノヲ採収シ、仝10年ノ
勧業博覧会ヘ之ヲ出品セシヨリ
?(あまねく)世人ノ知ル所トナレリ
 爾来、美濃・伊勢及甲斐等ニモ亦之ヲ
発見セリ
 就中(なかんづく)美濃ハ沙錫採収ノ際
共ニ之ヲ得ルヲ以テ産額最モ多シ
 伊勢ハ品位劣等唯2、3品ヲ得タルノミ
 各地共ニ花崗石中ニ産出スルモノニシテ
皆無色、黄色及淡緑色ノ3種ナリ
  就中黄色ヲ以テ通常トス。無色透明ノモノハ
「ブリリアント」形ニ彫磨シ、石商之ヲ販売シ
邦人之ヲ金剛石ニ代用ス
柘榴珠ガーネット 常陸真壁郡山尾村
信濃伊那郡和田峠
甲斐巨摩郡金峰山
 本邦所産ノものは多クハ
此「アルマンダイン」種ニ属スト雖モ
透明ニシテ宝飾ニ彫造シ得ヘキモノハ
極メテ稀ナリ
 今、1、2ノ産地ヲ記シ参考トス
 但不透明ナルモノヽ産地ハ記入セズ

 山尾:多量ノ雲母ト少量ノ長石及石英
     ヨリ成レル岩石中ニ岩(含?)有ス
 和田峠:火山凝灰岩中ニアリ
 金峰山:花崗石中ノ水晶ト倶ニ産出ス

電気石Tourmaline 美濃恵那郡  本邦ニ於テハ美濃恵那郡ニ於テ
黄玉ト倶ニ淡緑色ノモノヲ産スレトモ
 繊維状ニテ研磨スルコト能ハス
玉及硬玉 ネフライト
ジェダイト
   本邦ニ於テハ此2石共ニ未タ産出セス
明治14年勧業博覧会ヘ出品セシ
石川縣所産ノハ砂石ノ1種ニシテ
珪石ノ細粒珪酸ニ因リテ結合シ
鉄ノ為メニ青色或ハ紅色ヲ帯ヒタルモノニシテ
玉ニアラサルナリ
孔雀石マラカイト 秋田県下阿仁銅山  其他各地ノ銅山ニテ産出スルト雖モ
其産額ノ少量ナルヲ以テ広ク供用シ難シ
琥珀コハク 陸中九戸郡夏井村
気仙郡末崎村
 本邦ニテハ純精ノ琥珀ヲ産出スルコト少シ
 「薫陸」と唱フルモニハ果シテ琥珀ナルヤ未タ
分析ヲ経サルヲ以テ確言シ難シト雖モ
恐クハ「レチナイト」ニ属スルモノナルヘシ
 其質朦朧トシテ褐色ヲ帯ヒ唯小塊ヲナスノミ
 其他北海道及2、3ノ地ヨリ産スルト雖モ
是皆似テ非ナルモノナリ
 琥珀ノ用ハ主トシテ珠トナシ連串トナシ
是ヲ用フ
 又煙管ノ吸口ニ作ルコト多シ
水晶類水晶 甲斐金峰山  無色透明水晶中最純白ナルモノナリ
数々大晶ヲ出セリ、金峰山ノ所産
最モ大晶アリ、径6、7寸ノ玉を得シコト
尠ナカラス
紫水晶 伯耆日野郡藤屋村
下野都賀郡足尾村
 伯耆ノ産ハ濃色ニシテ用ユヘシト雖モ
下野ノ産ハ淡ニシテ用フヘカヲ(ラ)ス
煙水晶
黒水晶
美濃恵那郡
尾張春日井郡赤津地方
 良品ヲ産シ多ク支那ヘ輸出ス
珂玉類紅珂    本邦俗ニ紅瑪瑙ト云フモノ是ナリ
瑪瑙類  越中越後佐渡
北海道
 紅白錯乱相混スルモノニシテ
未た外国ノ如キ良品ヲ出サス
 「紅珂」其色ノ殊ニ珊瑚ニ類似スルモノ
最モ貴重セラレ1小顆3、4円以上ノ価アリ
多ク円玉ニ作リ又鈕(ボタン)、笄(かんざし)
其他ノ飾品ニ使用ス
 其製造ハ主トシテ若狭ノ遠敷村ニ於テ
之ヲ営ミ又佐渡加賀等ニ於テモ営ムモノアリ
 東京其他大都府ニハ2、3ノ石工之ヲ営ムト雖モ
遠敷村ノ如ク挙村之ヲ営ムモノナシ

4. おわりに

 (1) 「玉(ぎょく)」について
    この本のタイトルが「宝玉誌」となっているのが気にかかっていた。ダイヤモンドや
   サファイア等、今で言う宝石が主であれば「宝石誌」と題したはずだろう。
    この本が著された明治20年代初頭、『玉(ぎょく)』は、違った意味である重みを持って
   いたのではないだろうか。和田自身、冒頭に掲げた「緒言」の後半部分に次のように綴って
   いる。

   『 ・・・・只憾(うらむ:おしむ?)ラクハ本邦及支那ニ於テ古来珍重スル所ノ玉類ハ余未タ
    充分ノ考證ヲ得サルコトヲ                                    』

    これが気になったのか、この本の巻末に、『附録』として、「本邦支那宝玉ニ係ル諸説の
   一斑」なる章を設けている。
    和田自身、この時点では、各種ある「玉」なるものがどのような「鉱物」なのか定かでは
   なかったのではないだろうか。

    中国や台湾で発行された郵便切手には、「玉」で作られた工芸品を描くものが見られる。
   下の切手は台湾で発行したもので、「青玉」「白玉」「黄玉」「碧玉」などとあるが、鉱物の
   名前と外観が一致するのは「碧玉」だけだ。

         
              青玉                碧玉

         
              白玉              黄玉
                 玉工芸品切手【台湾発行】

 (2) 日本の宝玉産地
      冒頭にも述べたように、「宝石」や「誕生石」を採集するのを楽しみにしている石友
     (特に女性)は多い。

      和田の「宝玉誌」を読んで、岐阜県苗木地方や茨城県筑波山周辺(山の尾を含む)は
     今から110年前の明治22年に「宝石」産地として知られていたことが判った。
      その一方、私が訪れたことがない産地も知った。

      ・煙水晶:尾張春日井郡赤津地方
      ・紫水晶:伯耆日野郡藤屋村
      ・孔雀石:秋田県下阿仁銅山

      千葉でのコンサルタント業も残り1ケ月足らずとなった。未だ訪れたことがない産地を
     多くの石友と訪れるのを楽しみに残りの日々を充実したものにしたいと考えている。

5. 参考文献 

 1) 和田 維四郎:宝玉誌,敬業社,明治22年
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