(2)産地T
国道9号線を南下。T海岸にて採集する。既に採集に来ている人の服装・装備をみると
地元の年季の入った人と見受けられる。
海岸を行き来しながら、目を皿のようにして「緑色のひすい」を探すが、ない。
かろうじて、「軟玉」を何個か採集
(3)産地S
この日は暖かで、うまくすれば「金山谷」まで行けるのではないかと期待して青海川
沿いに登る。橋立ひすい峡の手前に雪の吹き溜まりがあり、行くか戻るか躊躇していると
すれ違った地元の人の話では、橋立ひすい峡から先は、雪で通れないとのこと。
仕方なく、Uターンし、産地Sを案内していただく。
ここでは、「四国の五良津か?」と錯覚する「透緑閃石」の柱状結晶塊を採集。
さらに、緑色鮮やかな「含ニッケル・クロム白雲母」脈が走った「キツネ石」の
大きな塊を珍しいものと思い込み、ハンマーとタガネで掻き取った。
後で、冷静になって考えると、既に『キツネに化かされていた』状態
Nさんの奥さんが採集したひすい塊をいただく。
(4)産地O
青海川河口に戻り採集。ここは、15年近く前、金沢への出張途中、背広、革靴で採集した
思い出の場所。その当時は、海岸にテトラポットが全くなく、長い海岸線を行ったり来り
しながら探し、結局白色ひすいの大塊を地元の人にいただいた記憶がある。
われわれが引き上げようとすると、ここでも、本格的な井手達の地元の人がきた。
「ひすいを見る(買う)かい?」と自分の車に案内してくれた。地元の人、と思いきや
M県ナンバーの車から取り出した、採集したというヒスイを見せていただく。
翌日のこの時間だったら、間違いなく買っていたが、このときは自力採集に夢を繋いで
いたので、見せていただいただけ。
博物館入口には、巨大なひすいが展示されています。もともと、このひすいは橋立ヒスイ峡に
あったものを”盗掘を免れるため”ここに移設されたと、案内にあります。
緑色とラベンダー色の鮮やかな部分には、盗掘者が付けたと思われる”タガネ”跡が残って
いる。
鉱物ファンにとって、ここの展示の目玉は、「ヒスイ」と「青海を特徴づける鉱物」の
コーナーで「青海石」「ストロンチオ斜方ジョアキン石」「コランダム」そして「橋立金山の
金鉱石」などが展示してあります。
博物館の裏手は、「岩石園」として、石灰岩、ヒスイ輝石、蛇紋岩など、青海町内に
見られるほぼ全ての種類の岩石をほぼ実際の分布どおりに配置してあります。
(2)宮崎鉱泉別館の夕食
別館と言うからには、「本館は?」と尋ねると、今でも銭湯をやっているとのこと。
夏には、海水浴の客でごった返すらしいが、この時期は、客も少なく、”貸切”状態。
最上階4Fにある浴室からは、日本海が見渡せ、鉄分を含む熱めの風呂に浸ると
この日一日の疲れも吹き飛ぶ。
夕食は、「カニ」「タラの煮付け」「ブリの照り焼き」「刺身」「カレイのから揚げ」
そして宮崎鉱泉自慢の”タラ汁”と日本海の幸が目白押し。
(3)宮崎鉱泉別館の夜は深けて
食後にもう一風呂浴びると、お腹も一杯、昨夜からの疲れで21時過ぎに”バタン、Q"
海岸に寄せては返す日本海の荒波が、子守唄代わりでした。
できるだけ早いほうが良さそうなので、いまや遅し、と5時過ぎに起床。夜が明けるのを
待ち兼ねて、海岸に出ると、既に大勢出ている。
長い海岸線を端まで行けず、途中で引き返すが、それでも、宿に戻ったのは朝食を予約した
8時を大きく回った、9時近くであった。
この日も、私は、「軟玉(ネフライト)」ばかりだったが、「琅かん」を思わせる
緑色の小さな塊を採集した。
(2)宮崎鉱泉の朝食
早朝から3時間のひすい探しで、お腹も空いて、出されたものを全ていただいた。
(2)産地K
ここには、「薬石」がアチコチに落ちている。しかし、ひすいを探すのは、「大海から針1本」を
探すのに似ている。
ここで、Nさんご夫妻とひとまずお別れした。
(3)産地H
甲府に帰るべく、姫川に沿って松本に向かう、途中で「兵庫ナンバー」の見慣れた車が
道端に駐車してある。付近を見渡すと、Nさんご夫妻がひすい探しの最中。我々も再び
合流する。
ひすいの大塊(重さ500kg以上)を前に、記念写真だけ撮り、ここでお別れする。