甲斐國平澤の氷長石









                甲斐國平澤の氷長石

       ( Various Crystals of ADULARIA from Hirasawa , Kai Province , Yamanashi Pref. )

1. はじめに

    山梨県の代表的な鉱物の1つに、塩山市(現甲州市)平沢の氷長石と板チタン石があり、それらの採集
   結果については、既に何回か、HPに記載した。

    ・ 山梨県平沢の氷長石
     (Adularia of Hirasawa , Yamanashi Pref.)

    ・ 山梨県塩山市平沢の鉱物
     (Minerals of Hirasawa , Enzan , Yamanashi Pref.)

    ・ 山梨県塩山市平沢の氷長石とチタン鉱物
     (Adularia and Titanium Dioxides of Hirasawa , Enzan City , Yamanashi Pref.)

    平沢の氷長石に関する文献を探したところ、伊藤貞市氏の「本邦鉱物図誌<2>」に、高田 愛次郎氏が
   1919年に「地質学雑誌26」に発表した、とあり、原田準平博士の「日本産鉱物文献集」にも、同じ記述が
   ある。
    何とか、原文を読んでみたいと、石友の足利市のTさんにお願いしたところ、1週間ほどで、「甲斐國平澤の
   氷長石」と題する3ページの論文が送られてきた。それを読むと、高田氏は平澤の産地は見ていないが、
   標本を数多く入手したので、単晶の測角をはじめ、各種の双晶の分類など結晶学的考察を行った、とある。

    この産地を訪れるのが初めてというTさんやMさんを案内して、何人かの石友と再び平澤を訪れたのは、
   2003年4月だった。
    陥没した坑道跡を確認するとともに、板チタン石、ルチルを初め各種の形態の氷長石を得たので、高田氏
   の論文を元に私なりの考察を加えて見た。

    結晶学は、大昔、学生時代に金属材料学の一部で”ミラー指数”などを齧(かじ)った程度で記述内容に
   誤りがないか懸念しており、諸賢のご指導を宜しく、お願い致します。

    【後日談】
    こう書いて、14年経った2017年、「掲示板」に、『”ナウマンの記号”を決めたナウマンは”ナウマン象の発見者”
   とは別人です』、との書き込みを戴いたので、その内容を追加し、誤りを訂正する。
   ( 2003年4月採集 2017年3月 誤記訂正 )

2. 産地

    塩山(現甲州)市街から北に411号線を柳沢峠に向かって走り、竹森の水晶山を右に見て坂道を登って
   行くと左手に「山女魚釣堀」があります。(2017年現在、営業していないようで、魚を飼っていたコンクリート製
   の池が残っている。)

    この先約300mで道は2手に分かれますが、ここを左に進みます。(右は鈴庫鉱山、黄金沢金山方面)
   約300mで、10台近く駐車できる、平坦な場所(送電線工事の基地跡)に着く。ここから、約180歩山に向か
   って轍跡のある農道を歩くと、左がコンクリートの擁壁右に植林したヒノキ林がある。
    2003年に訪れた際、一番手前のヒノキに30cm大の石を立てかけ、もう一つの皿代わりの石の上に5円玉を
   置いて、目印を作っておいたが、今もあるは定かではない。
    目印の右手に、雑木林の中に通じる山道があり、民家を下に見ながら、これをたどれば、約300mで、ズリに
   到する。

    
             平沢のズリ

    ズリの最上部から続くなだらかな山の斜面に、北東方向に向かって、幅1mほどの坑道の陥没跡と思われる
   凹みが約50mほど続き、その中ほどでは、断層部分に坑道の一部が口を開けている。
    約1mの表土の下に、マサ化した花崗岩があり、その下に氷長石を含むペグマタイト脈があり、この中の水晶
   を採掘したと思われる。
       
         陥没した坑道跡         坑道の一部
                    平沢坑道跡

3. 産状と採集方法

    氷長石は、カリ長石の一種で、低温型の晶出で、ここから北にある鈴庫鉱山も珍しい低温生成の鉱脈で
   あることと関連しているのかも知れない。
    ペグマタイトの晶洞に最後の生成物として結晶したようです。今では採集禁止の茨城県の山の尾も同じ
   タイプのようです。
    ここの氷長石は、ズリの特定の場所に濃集していますので、このポイントを外すと全く見つかりません。採集
   方法は、表面採集と熊手などでズリ(?)を掘り返しながら探します。

4. 「甲斐國平澤の氷長石」

    平沢産の氷長石について、いくつかの観点から考察してみたいと思う。
    『  』内は、高田氏の原文を引用し、その後に私の採集品にもとずく見解を
   補足しています。

4.1 外観
     『結晶はよく発育し、菱角正しく、無色叉は白色にして、結晶の表面は光沢あり。
     極めて新鮮なるも、一部酸化鉄にて赤褐色となり、尚ほ輝く。』

     平澤の氷長石の特徴は、菱面体を思わせる鋭角部をもつ白色の結晶で、一部に”氷”と呼ぶに相応しい、
    透明なものもあります。
     酸化鉄(褐鉄鉱)により、全体に黄褐色に染まったものや、褐鉄鉱がベットリと付着した標本もある。この
    褐鉄鉱のもとになった鉱物は何か。平沢では黄鉄鉱を初めとする鉄系統の鉱物は見当たりません。1つの
    の手掛かりは、水晶の上に、見られる四角い武石と細長い針状黒褐色鉱物で、前者は黄鉄鉱、後者は
    硫砒あるいはチタン鉄鉱(?)の酸化した(錆びた)ものだと思われる。

     平沢の産地は、地表から比較的浅い鉱床であったため、褐鉄鉱化が進んだもので、褐鉄鉱は私のHPの
    「水晶のクリーニング方法」で紹介した蓚酸で完全に除去できます。

     『標本は緻密塊叉は晶群をなし、或はa面にて相重なる櫛の歯の如き状を為し、或はc軸に沿うて平行に
    並列する。』

     標本には、結晶面がほとんど認められない塊状のものから、Mさんや私が採集した、ほとんど全周が結晶群
    で覆われたものまである。
     平行連晶と思われる標本をTさんが採集している。

4.2 結晶の大きさ
     『通常6乃至8mm位にして、平行相結は、全体の大きさ1cmを越えるものあり。』

     結晶の大きさは、5mm程度のものが多く、平行相結(平行連晶などの双晶か?)では、既報HPにも示した
    ように、2cmを越えるものも見られる。

4.3 劈開
     『劈開はcに最完全にして、bにも亦完全なり。時としてmに沿て良く劈開す。』

     c面はもともと小さな面として現れるのですが、c面で劈開したものは大きなc面を示すことがある。

4.4 単晶の晶相
       『結晶面次の如し』

    として、各結晶面を”ナウマンの記号”で表現しています

     氷長石は、カリ長石の一種で、その理想形は、下図の通り。

     
             図1 カリ長石理想形

     また、氷長石特有の面(q)をもつ結晶形を下図に示す。

     
            図2 q面を持つ氷長石

     それぞれの面の記号は、下表のようになります。現在では、一般には”ナウマンの記号”よりも”ミラー指数”
    の方が、なじみやすいと思い、追加してみた。
     困ったことに、外字エディタが動かないため、”∞バー”は、”∞-”と表現している。(ミラー指数も同様)

     【結晶学一口メモ】
      結晶学の初めは、ワイス(Weiss)による表記法が用いられた。彼は、主軸(この場合b軸)に単位の長さ
     (通常”1”)を取り、b軸と交差するa軸、c軸をそれぞれ長さ、m、nの点で切る面を次のように表記した。
     【交わらない場合、”∞(無限大)”】

      a:b:c

      ナウマン象で日本人にもお馴染みのナウマン(Naumann)は、これを簡略化して次のように表記した。
      P 【m,nが”1”のとき、省略】

     【後日談】
      ”ナウマン”とあったので、ろくに調べもしないで、”ナウマン象”で知られている、ナウマンだろうと思い込んで
     しまっていた。「掲示板」に次のような書き込みをしていただいたので、ここに引用して、訂正させていただく。

      『 Mineralhunters さま

        通りがかりの者です。ナウマンの面記号のことを調べていて、

        ・甲斐國平澤の氷長石
        ( Various Crystals of Adularia , Hirasawa , Enzan City , Yamanashi Pref.)

       のページに たまたま行き当たりました。

        下記の点について気になったのですが、連絡方法がわからなかったため、失礼ながら、こちらの掲示板
       を見つけて書き込ませていただきました。

        ナウマンゾウのことに触れていらっしゃいますが、ナウマンの記号を作ったのは F. Mohs (モース硬度の
       モース)の弟子の Georg Amadeus Carl Friedrich Naumann (俗に Karl Friedrich Naumann) のよう
       です。
        ナウマンゾウやフォッサマグナの Heinrich Edmund Naumann とは別人と思われます。

        Wikipedia の日本語ページでは「鳥類学者」となっていますが、英語ページには Mohs を継いで
       Crystallography の教授になった旨説明があります。
        https://en.wikipedia.org/wiki/Georg_Amadeus_Carl_Friedrich_Naumann

        その他、下記にも F. Mohs の弟子うんぬんの記述があります。

        コトバンク > Naumann,C.F.
        https://kotobank.jp/word/Naumann,C.F.-1251344

       以上です。

       こちらの掲示板の趣旨も知らずに、唐突に失礼しました。
       この書き込みは消していただいても結構です。                           』

     当方の誤りを指摘していただき、書き込まれた方に感謝している。

      ミラー(Miller)は現在、使われている”ミラー指数”の”指数(Index)”からも分かるように、これらの”逆数”
     を取って、表記した。

      1/:1/1:1/ = (nm) 【最も簡単な整数の比をとる】

     として表記するようになった。

ナウマンの記号ミラー指数
a  ∞P∞-(100)
b  ∞P∞ヽ(010)
c  0P(001)
m  ∞P(110)
z  ∞P3ヽ(130)
x  P∞-(1-01)
y  2P∞-(2-01)
q  1/3P∞-(013)
n  2P∞ヽ(021)
o  P(1-11)

     『cとxは主軸に対して、殆ど同傾斜を為すが故に一見取違へることあるも、cの劈開のヒビを見てxの存在
    を慥【注:たしか】むるべく、叉xはb軸に平行する傾線著しきか
     叉、之なきも稍曇りて常に輝きたるc面と容易に見分け得るなり。xの上の条線の如きものは稀にqの面に
    も見えたり。』

     氷長石の基本の結晶形は、図3に示すmx(mc?)を主としたものと、図4に示すmcxを主面とするもの
    である。

         
      図3 mx(mc)面を持つ結晶    図4 mcx面を持つ結晶
                  氷長石の基本結晶形
       

    動物の蝶や植物のゆりを例にとると、図鑑で見たと同じ色・姿・形をしており鑑定が極めて容易ですが、
   鉱物の難しい(面白い?)ところは、基本形や理想形で産出することは希な点で、写真のような理想的と
   思われる単晶を採集したが、それでもこれは、図4のmcx面を持つ結晶であるが、図の上下(c軸)方向を
   縮めて図の左右(b軸)方向に引き伸ばした形で、しかも引き伸ばし量がおおよそ左1:右2で歪んだ形に
   なっている。

     
              分離単晶

4.5 単晶晶相の出現頻度
     『(1)最も多きものは、mxを主とせる菱面体式のものなり。【図3】
      (2)之に次ぐものは、mcxを主面とするものなり。【図4】
      (3)更に少なきはmcxb(屡(しばしば)yをも現わす)を主面とする普通の正長石のものなり。【図1】
      (4)a は各晶相において屡々現れるも、q、n、oは極めて稀なリ。』

4.6 面角
     『主な面角左の如し。』

    として、面角の実測値をダーナ(E.S.Dana)の”The System of Mineralogy” 所載の数値と比較し、ほぼ同じ
   値を得ている。

測定面平澤標本ダーナ氏システム所載
m:m'''61°42′61°13′
z:z'58°30′58°48′
c:m67°52′67°47′20″
m':x69°24′69°19′

4.7 双晶
      『 (1) マネバハ式双晶は、b面を示さず、叉其交叉せる各個体は其一半の極(きわめ)て小さきを
          以て、双晶が一見接合双晶に似たるものを常とす。(第5図)

        (2) バベノー式双晶は、往々第6図の如く8個体の結合を生じ、其双晶面 n は、b と殆ど45度を
          為すを以て、或2個体は互いにマネバハ式にて結合するが如き感あり、此感じを以て、誤見を
          記せし例は少なしとせず。 』

         
          図5 マネバハ式       図6 バベノー式
                   氷長石の双晶
       『 双晶は甚多く、大概マネバハ式(双晶面c)の交叉双晶なり。時に同式の接合双晶を為す。
      叉バベノー式輪座双晶もあり、稀にm(?)面に因る双晶もあり。』

     私の採集品の中に、マネバハ式双晶と輪座双晶の一部をなすものがあった。マネバハ式は、2つの結晶が
    交差する形になっており、高田氏の指摘どおり写真の下側の結晶は小さく、注意深く見ないと分かりません。
     輪座双晶の上には、ルチルの六連輪座双晶が見られるのも、何かの縁でしょう。

        
            マネバハ式        バベノ式輪座双晶の一部
                    採集した双晶
  4.8 光軸
     『光軸面は軸に平行にし、干渉圏は2軸負性を示す。』

    とある。

5. おわりに

 (1) これらの資料をまとめるベースになった、高田氏の論文を探し出して頂いたTさんに改めて御礼申し上げます。

 (2) 当初の意気込みとは裏腹に”竜頭蛇尾”に終わってしまった感のあるページです。今後、

   @晶相出現頻度の定量化
   A面角の測定
   B双晶の採集

   などに、気長に取組み、充実を図りたいと考えている。

6. 参考文献

 1) 伊藤 貞市:本邦鉱物図誌 第二巻,大地書院,昭和13年
 2) 原田 準平:日本産鉱物文献集 1872〜1956,北海道大学 地質学鉱物学教室
         日本産鉱物文献集編集委員会,1959年
 3) E. S. Dana:The System of Mineralogy 6th ed. ,1920年
 4) 木下 亀城・青山 信雄:輓近鉱物学,総合科学出版協会,昭和14年
 5) 高田 愛次郎:甲斐の國平澤の氷長石,地質学雑誌26,1919年
inserted by FC2 system