長野県聖山(ひじりやま)の普通輝石








         長野県聖山(ひじりやま)の普通輝石

1. 初めに

    鉱物が芯から好きな人の中には、日本全国どこにでもありそうで、多くの人が見向きも
   しない「普通輝石」や「普通角閃石」などのいわゆる造岩鉱物にも興味があるようだ。

    私もその1人で、「普通輝石」や「普通角閃石」の産地を教えていただいたり、古い文献
   を頼りに探索したり、偶然発見した産地情報をいくつかHPに記載した。

    ・長野県信濃境の鉄普通角閃石
     ( " FEROHORNBLENDE " from Sinanoakai , Nagano Pref. )

    ・山梨県安都那(あつな)の普通輝石
      ( AUGITE from Atsuna , Yamanashi Pref. )

    ・長野県川上村原の普通輝石
     ( AUGITE from Hara , Kawakami Village , Nagano Pref. )

    ・長野県川上村大深山(おおみやま)の普通輝石
     ( AUGITE from Omiyama , Kawakami Village , Nagano Pref. )

    既に『1寸5分(45mm)の鉄普通角閃石』は、地元の方にいただいたり、自力採集できた
   が、『1cmを越える輝石』には、お目にかかっていなかった。
    2010年3月、80歳を超えた大先輩の石人にお会いしたとき、「長野県聖山の普通輝石」産
   地を教えていただいた。何でも、『川底がまっ黒で、スコップですくうと半分は輝石』、という
   夢のような産地らしい。

    2010年7月、長野県北部で『水入り水晶』採集を楽しんだ後、Sさん一家と別れて、聖山を
   目指した。産地への入り口で戸惑ったものの、大先輩に教えられた通りで、簡単に到達でき
   た。スコップ、金網のフルイなどを持って沢に降り、流れの速い中央の土砂をすくって、フル
   イに入れて、”ザコザコ”やって期待に胸ふくらませてフルイの中を見ると、『???』、輝石の
   カケラもない。
    ”絶産”になる訳もないだろうに、といぶかしく思いながら、岸辺近くの泥をすくってフルイ
   掛けすると、”まっ黒”、”ピカピカ”の普通輝石が”ゴロゴロ”している。手でつまむと、あっと
   言う間に片手一杯になってしまう。
    こうなると、いかに「大きくて完璧な結晶」を採るかだ。急遽、一番荒い目のフルイに交換し
   ”ザコザコ”やること30分で、最大1cm級を含め数十個が採れた。

     「聖山・普通輝石」産地

    『 ○と同じで、あるところにはあるもんだ 』、というのが感想だ。この後、長野市内の博物
   館を訪れるため、山を下ると、2、3日前に降った集中豪雨で、アチコチが土砂崩れによる通
   行止めになっていた。迂回に迂回を重ね、市街地に降りたときには、閉館時間が迫っていた。

    単身赴任先に戻って、このページをまとめる段になって、「信濃鉱物誌」を参照したいと思う
   のだが、山梨に置いてあっては如何ともしがたい。そんな折、「インターネットで閲覧できる」と
   新潟の石友・Sさんが教えてくれた。

    貴重な産地情報を教えていただいた大先輩とインターネット情報を教えてくれたSさんに
   厚く御礼申し上げる。
    ( 2010年7月 採集 )

2. 産地

    聖山は、長野県更級郡大岡村(現在、長野市大岡)と東筑摩郡麻績村の境に位置する標
   高1,448メートルの山、というより高原だ。
    この付近一帯は、「聖高原」と呼ぶ夏は避暑、冬はスキーのリゾート地になっている。聖山
   から北西に犀川まで流れ込んでいる「樋ノ口沢」が産地だ。

    
                     「聖山」

3. 産状と採集方法

    聖山は、新第三紀の安山岩と玄武岩で構成されていて、このうちの玄武岩が風化して、
   抜け落ちた「普通輝石」を沢の中で採集するわけだ。
    採集方法は、長靴をはいて沢の中に入り、土砂をスコップですくい、木陰で「フルイ掛け」す
   る、涼しさ満点の夏向きの採集方法だ。
    「普通輝石」は比重が3.5あり、「トパズ」より楽なはず、と思い「パンニング」も試してみたが
   成果は今ひとつで、荒い目(6mm)のフルイ掛けが一番だろう。

       
            フルイ掛け              パンニング
                       採集方法

4. 産出鉱物

No    鉱物種名
    俗名
  【英名:組成】
  標 本 写 真  備  考
1普通輝石
【AUGITE:
(Ca,Mg, Fe)2Si2O6
((Ca2Si2O6)45-20
[(Mg,Fe)2Si2O6]55-80】)

            分離品
       【右下の大きさ 12mm 】


            母岩付き









 母岩は、「安山岩」と
思われる。

5. おわりに

 (1) 「信濃鉱物誌」にみる普通輝石産地
      信濃國(長野県)の鉱物について網羅的・体系的にまとめた最初にして最後の書物が
     八木 貞助が大正12年(1923年)に著した「信濃鉱物誌」だろう。

      この本を欲しいと思っても、古書店にも姿を見せず、あきらめかけていたとき、当時T大
     学にたT氏から譲っていただいた。
      聖山の普通輝石を調べようと思い、「信濃鉱物誌」を紐解こう思ったが、単身赴任先に
     持ってきているわけもなく、困っていた。そんな折、新潟の石友・Sさんが、「 インターネ
     ットで、『日本鉱物誌(第1版)』や『信濃鉱物誌』を閲覧できる 」、と教えてくれた。
      早速、アクセスして、信濃國の普通輝石産地を調べると、11箇所もあった。

      1. 南佐久郡大澤村蓼科山麓
      2. 同南牧村延山ケ原及平沢
      3. 同郡川上村字原
      4. 北佐久郡協和村
      5. 同川邊村布引山
      6. 諏訪郡上諏訪町立石
      7. 同同町大見山
      8. 同郡中洲村神宮寺裏山
      9. 更科郡大岡村聖山樋ノ口澤
      10. 上水内郡信濃尻村野尻湖立ケ崎及桐窪
      11. 同柵村紅葉の窟付近

     @ 「聖山」の普通輝石産地は、遅くても今から90年以上前の大正中ごろには広く知ら
       れていた。
        「 大さ、8×7×4ミリのもの多く、間々15×13×10ミリに達するものありて・・・・」、と
       大きなものが産出することでも知られていたようだ。
        「信濃鉱物誌」に、聖山と八ヶ岳産の普通輝石の結晶図が掲載されているので引
       用して、比較してみよう。

           
                 聖山産                 八ヶ岳産
                 「普通輝石」結晶図【信濃鉱物誌から引用】

        聖山産のほうは、a面の縦横比が同じで、”ズングリ、ムックリ”した感じは否めない。
       それでも、1cmを越える大きさは大きな魅力だ。

     A 「ひょとして、新産地!?」、と ”したり顔”でHPに掲載した「南佐久郡川上村字原」
       の産地も90年以上前に、知られていたことになる。
       ( あの場所は、昭和、あるいは平成になって、機械を使って大規模に土砂を運び出
        して、はじめて見つかった産地で、大正時代には知られていなかった筈、だと思うの
        だが・・・・・・ )

       ・長野県川上村原の普通輝石
       ( AUGITE from Hara , Kawakami Village , Nagano Pref. )

     B 知らない場所がたくさん
        No2の「同(南佐久郡)南牧村延山ケ原及平沢」、とあるのは、現在の野辺山から
       清里にかけての一帯で、私のHPでも紹介した「獅子岩」辺りを指しているのかもしれ
       ない。
        それにしても、私が知らない産地が70%以上もあり、これらを回るだけでも何年も
       かかりそうだ。

 (2) 秘伝・椿油
      水の中でフルイ掛けして採集したばかりの輝石は、”湯上り美人”よろしく、ほれぼれす
     る色艶に見える。帰宅して水洗いして乾燥させると、”ガサガサ”感が否めない。
      こんなとき、「椿油」が有効だと何かの本で読んだ記憶がある。半年ほど前、関東の骨
     董市を巡ると、古い瓶に入った椿油があり購入しておいた。

       椿油

      早速、椿油をつけてみると、見違えるような標本に生まれ変わった。

           
                 Before                  After
                          「椿油」の効能

      皆さんは、どちらがお好きですか?

6. 参考文献

 1) 石原 初太郎:甲斐国八ヶ嶽産輝石に就いて,地質学雑誌第3巻第31号,1896年
 2) 八木 貞助:信濃鉱物誌,古今書院,大正12年
 3) 無名会編:本邦鉱物資料(その6) 14. 山梨縣安都那産:角閃石 ,地殻の科学
            昭和18年
 4) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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