山梨県須玉町八幡山水晶鉱山の鉱物

山梨県須玉町八幡山水晶鉱山の鉱物

1.初めに

前日のアザミ水晶鉱山の採集で、燐灰石や水晶の巨晶を産出した八幡山水晶鉱山は
別な場所であることがはっきりした。
Aさんは、このままでは帰れないと、甲府市内の湯村温泉に泊まって前日の延長戦。
新たに横浜の石友Mさんも加わり3人で八幡山水晶鉱山を目指すことにした。
「鉱物情報」の助けもあり、2ケ所のズリ(「水晶宝飾史」によれば、八幡山水晶鉱山には
甲坑と乙坑の2ケ所の採掘場があった。)で、水晶のバリエーションと、各種の鉱物を
採集できた。
産地までの道のりは、前半は楽で後半は厳しくやや危険な場所もあり、最初は誰かに
案内してもらうほうが無難でしょう。
(2002年11月採集)

2.産地

6時半に、Aさんをホテルに迎えに行き、7時に韮崎IC出口に行くと既にMさんが来ている。
私の車に乗り合わせて、茅岳広域農道、増富温泉を経由して枇杷窪沢のゲートまで
1時間で到達する。
(1)位置の確認
「北巨摩郡の地質」に記載された八幡山鉱山の位置は、八幡山で日本式双晶を採集した
黒平に住むFさんから聞いた”八幡山の尾根近く”と合致するので、多少の誤差は
あるにしても、ほぼ間違いないと考えられた。
八幡山鉱山【「北巨摩郡の地質」より引用】
”赤□”で囲んだ水晶峠を起点に、八幡山鉱山を示す”父”の記号までの”方位”
”距離”を測定し、現在の2万5000分の1の地形図に落とした。
”赤○”印が鉱山跡の筈である。
「鉱物情報」に記載された「須玉町八幡山の水晶」では、”赤○”印の南西の沢を産地と
している。

八幡山鉱山位置【「瑞牆山」「金峰山」より引用】

誤差を考え、この近傍の半径100mも検索すれば発見できるだろうと思った。
ここは、水晶峠から直線距離で2200mであるが、途中何も目標物がないため
枇杷窪沢からのアプローチが賢明でしょう。
(2)鉱山まで
木賊峠に向かって林道を500mも走ると、左に枇杷窪沢の左岸を走る林道の入口がある。
200mも進むとゲートがあり、その左手前に4〜5台の駐車スペースがある。
ここから、だらだらの上り坂を20分ほど歩くと2又になり、ここを左に行くと道は
舗装された立派なものとなり、左に大きな砂防ダムがある。さらに進むと小さな
砂防ダムがあり、道の右側に大きな石碑がある。そこを右に入ると高さ20m以上は
あろう垂直に切り立った岩壁がありその前に小さな祠がある。祠は、昭和28年に
桑原某氏が寄贈したもので、祭神は記紀神話に登場する山の神である大山祇神
(おおやまつみのかみ)である。ここまで分岐から20分。
祠【帰りに撮影】
祠に、代表してAさんが10円お賽銭をあげる。1人3円で大収穫を祈願するのは
チト虫が良すぎるか。
祠の左側の踏み分け道を辿ると、すぐ沢の右岸でる。10分も行くと踏み分け道が
怪しくなり、沢の中に下り、歩きやすい場所を行くと、沢の中に石英が見られるように
なる。祠から30分余りで、右側から枝沢が合流しており、石英がたくさん見られる。
枝沢の100m位上右に坑道跡と思われる場所があり、ここから本沢までズリが
雪崩落ちている。ここは甲乙つけがたく、仮にA坑とする。
A坑ズリ【坑道跡は沢の右上】
ここで1時間余り採集し、先を急ぐ。約400mも急な沢を登ると沢の真ん中に
一辺15mはある四角っぽい石がある。ここから一段と急になった沢を150mも登ると
左からガレ場があり、その右側の急な斜面を木の根、岩角を掴みながら100mもよじ登ると
上は開けたテラスになっている。
建物の礎石と思われる石組や水晶、石英に混じって瀬戸物のカケラなども散乱し
水晶鉱山跡を確信させる。ここから急な崖下に向け、ズリが広がっており、其の一部が
沢に流れ込んだものと推定できる。ここを仮にB坑とする。
B坑

3.産状と採集方法

地質図を見るとこの一帯は花崗岩で、そこに胚胎した石英脈の晶洞部分に水晶が
成長したと考えられる。
A坑の石英脈は厚さが30cm位で、晶洞も余り大きくなく、成長した水晶の頭が晶洞の
反対側にくっ付いてしまい、頭なし水晶が多い。
A坑産の晶洞
B坑は、やや石英脈の厚さが厚かったと思われるが、それでも頭付きの水晶は5cmどまりが
ほとんどである。
ここでの採集は、表面採集とズリを掘り返しての採集です。この時期は、ズリの表面が
カチカチに凍っているので、ツルハシなどで凍土を取り除いてその下を掘ります。

       Aさん               Mさん
            B坑での採集風景

4.産出鉱物

(1)水晶【Rock Crystal:SiO2】
ここでは、各種の水晶が採集できます。「水晶宝飾史」によれば、八幡山鉱山産水晶の
特徴は次の通りです。
甲坑・・・・・透明で光沢も優れたものを多量に産出。
乙坑・・・・・大きな結晶、結晶の簇生した”トッコ”とよばれる群晶を多産。
@巨晶【Big Rock Crystal:SiO2】【B坑】
B坑前のズリを掘り、20cm近い大きな頭付き水晶を採集した。透明感はなく頭も
庇面状であるが、六面はシッカリしている。
巨晶【18cm】
A群晶【Cluster of Rock Crystal:SiO2】【B坑】
八幡山鉱山特有のやや煙がかった水晶が白雲母(絹雲母)混じりの母岩の上に林立する
群晶を採集した。
群晶【横17cm】
B両錐水晶【Rock Crystal Bipyramid Type:SiO2】【B坑】
両錐水晶
C緑山入り水晶【Rock Crystal with Green Mountain Shaped Inclusion:SiO2】【B坑】
緑泥石(黒雲母?)と思われる緑黒い山が入った透明感の強い水晶が採集できます。
右の写真は、透明感の強い水晶片にインクルージョンとして六角に結晶した黒雲母を
含んだもので、方向を変えて見るとインクルージョンは平面上に分布し、山の一部である
ことが分かります。
さらに、これらの面が2つあることから、結晶成長の過程で2回以上、黒雲母の析出が
あった事もわかる。

    山入り      雲母入り水晶片
D左水晶【Rock Crystal Left Type:SiO2】【A坑】
左水晶は、三角錐面(s)と梯形面(x)とが柱面(m)の左肩にある。右肩にある
右水晶は見かけなかったが、これらがあるということは、ドフィーネ式双晶やブラジル式
双晶がある可能性を示している。

   A坑産左水晶       左水晶模式図【「鉱物」より引用】
E平行連晶【Rock Crystal Pararell Type:SiO2】【A坑】
Mさんが、「中川さん、面白い水晶がある。」と呼ぶので行って見ると、1本の水晶の頭に
細い水晶が何本も成長した一種の平行連晶である。今まで見たことがない結晶形態なので
多少鉄錆で色付いているが、大きな塊で持帰ってきた。
平行連晶
(2)絹雲母【Sericite:KnAl2(Si,Al)4O10(OH)2n】
薄い緑色を帯びた鱗片状結晶で産出する。この産地のガマ粘土の主成分と思われ
水晶を触った手袋や素手がキラキラと輝き、キララ(雲母)の語源に納得です。
絹雲母
(3)褐鉄鉱【Limonite:Fe2O3・nH2O】【A坑】
A坑では最大2〜3mmの「武石」も見られ、黄鉄鉱などの鉄分を溶かした地下水が
葡萄状に堆積したものと考えられる。Aさんが採集したものを頂いた。
褐鉄鉱
(4)不明鉱物【?:?】【A坑】
石英脈の中に黄褐色針状で周囲が白雲母化した鉱物が採集できる。
密かに、八幡山鉱山の目玉である「燐灰石」だはなかろうかと期待している。
日本鉱物誌第二版には、『甲斐国八幡の燐灰石は、花崗岩を貫く石英脈に産し
細鱗状の雲母と共出する。結晶は六角柱状にして、色は淡黄色または淡き飴色なれども
表面は不透明なり。・・・・・・・・』とあり、似ている気がします。

       不明鉱物       八幡山産燐灰石結晶図【日本鉱物誌第二版より引用】

5.おわりに

(1)八幡山水晶鉱山を訪れ、水晶はじめこの産地の主な鉱物を採集することが
できた。
不明鉱物が何か、12月に池袋で開催される「第11回国際化石鉱物ショー」で
加藤先生に鑑定をお願いする予定です。
(2)産出する水晶の特徴などから、A坑が甲坑、B坑が乙坑ではないかと考えている。
「水晶宝飾史」によれば、八幡山の甲坑と乙坑は、宮本村(甲府市)の三浦某と
北巨摩郡の深沢某が共同で採掘したところ、乙坑から希に見る良質の大結晶が産出し
これの帰属をめぐって、長い間論争を続けたので、世間では、甲乙坑を”論坑”と呼んだ。
明治39年(1906年)甲府市で開かれた一府九県聯合共進会に出品した「瑞牆号」と
名づけた重さ562kgの大原石や、百瀬康吉氏が山梨大学に寄贈した大水晶などは
いずれもこの時代に論坑から産出したものである。
これから甲乙坑は接近していたとも考えられ、更なる探求が必要です。
(3)つくば市にある「地質標本館」所蔵の大水晶で八幡山水晶鉱山から産出した
水晶の大きさを知ることができます。(絵葉書では乙女鉱山産となっている。)
八幡山産の大水晶
(4)ここで拾った瀬戸物のカケラについても作られた年代や用途などを調べてみようと
思っています。
(5)B坑に到達するには、急な沢や滑落の危険のある斜面を横断するなど誰でも
行ける産地ではありませんが、A坑は、女性や子どもでも到達・採集できますので
春の採集会の候補地の1つです。

6.参考文献

1)斎藤利信編:北巨摩郡の地質,北巨摩郡教育会理化研究部,昭和17年
2)増富壽之助:鉱物 -やさしい鉱物学- ,保育社,昭和60年
3)篠原方泰編:水晶宝飾史,甲府商工会議所,昭和43年
4)福地信世:本邦鉱物誌 第二版,丸善,大正5年
5)木下亀城:岩石鉱物辞典,風間書房,昭和41年
6)杉田貴弘:鉱物情報 No132 山梨県北巨摩郡須玉町八幡山の水晶,鉱物情報,2002年
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