「山梨県の著名な鉱物」
2002年12月骨董店での鉱物資料探し

1.初めに

2002年は、私にとって転機の年であった。38年間勤務した会社を
定年まで3年余りを残して、5月に早期退職し、甲府に戻った。
退職後の第一の目標を10月中旬の技術士「総合技術監理部門」の試験合格
に定め、鉱物採集に行く回数を減らして受験勉強に励んでいた。
(「それにしては、行き過ぎだ」・・・・・蔭の声)
試験が終わり、12月末の発表を待つばかりになり、しかも今年は冬の訪れが
例年より早く、12月初旬には甲府でも積雪を見るほどで、鉱物採集もままならず
関東の地方都市で開かれる骨董市を訪れ、鉱物関係の資料や私の地元である甲府の
古い様子を示す品々を何点か入手した。
最後の任地となった、ひたちなか市で開かれる骨董市では、若い店主が私の趣味を
忘れずに、鉱物の絵葉書「著名ナル鉱物 天然記念物絵葉書 山梨県」を
何時来るか分からぬ客のためにキープしてくれていた。
(2002年12月入手)

2.「著名ナル鉱物」

この絵葉書が、いつ、誰によって発行されたのか明らかにする証は絵葉書からは
窺い知ることはできませんが、カタカナ混じり文であることから、今から約80年前の
大正時代頃のものと推定できます。
一般に、このように古い絵葉書が袋付きで、しかも解説書つきで全枚数揃った完品で
出ることは、極めて希です。
「著名ナル鉱物」袋

3.著名なる鉱物紹介

この絵葉書は、解説書と10枚の白黒写真の絵葉書で構成されています。
以下、一つひとつについて、紹介します。
『  』には、解説書の説明文を示し、写真の後の【解説】には、私の知っている情報を
書き込みました。
解説書の”米、糎、瓦”はそれぞれ”m、cm、g”にしてあります。

@世界ニ稀有ナル水晶ノ大結晶
『産地 山梨県北巨摩郡増富村八幡
 長 1m、長径0.3m、周囲0.8m、重量132kg
 稍不透明ナレドモ柱面錐面ノ半面像ヨク発達ス。 』
八幡山産大水晶
【解説】
この水晶は、大正8年に百瀬康吉氏が山梨師範学校(現在の山梨大学)に寄贈した
水晶と鉱物標本134点の目録の筆頭に挙げられた”水晶単柱 高サ3尺3寸(1m)
直径最大1尺(0.3m)”がこれに相当すると思われる。
”稍(やや)不透明”とあるように、八幡山産の水晶は表面が”すりガラス”状なのが
多いと言うのが、現地で採集した実感です。

A松茸水晶
『産地 山梨県北巨摩郡増富村半鐘峠
 透明ナル松茸水晶ノ晶族ナリ。 』
八幡山産松茸水晶【?】
【解説】
写真を見る限り、この水晶は、”松茸水晶”と表現するのは適切でなく、益富先生流には
柱面に小さな水晶がたくさん晶出した”子持ち水晶”とするのが妥当と思われます。
この絵葉書には、このように鉱物学的に考えて初歩的な誤りが散見され、原著の誤りを
そのまま踏襲しているところが見受けられます。
水晶産地としてのみならず、”半鐘峠”の地名そのものが、私にとって初見です。

B平行連晶ヲナス水晶【?】
『産地 山梨県北巨摩郡増富村
 大ナル結晶ノ柱面に主軸ニ平行スル多数ノ小結晶ガ簇生シ、見事ナル平行連晶ヲナス。』
平行連晶をなす水晶【?】
【解説】
この説明文は、そっくり写真Aの説明に当てはまります。

C水晶晶簇
『産地 山梨県中巨摩郡宮本村乙女坂
 透明 美麗ナル数十の結晶群ニシテ柱面オヨビ半錐面ハヨク発達シ半錐面像ヲカク。』
水晶晶簇
【解説】
この写真は、水晶の晶簇(クラスター)で説明文と一致しているように思われますが
錐面が全周均一に成長しており、説明と合いません。
この説明文は、そっくり写真Bの説明に当てはまります。
この写真を詳細に見ると、左上、中上、右上の水晶に顕著に見られるように柱状結晶の
先端に短柱状の結晶が発達した平行連晶で、いわゆる”松茸水晶”になっています。
従って、この写真の説明としては、Bが妥当です。

D草入水晶ノ晶簇
『産地 山梨県東山梨群玉宮村竹森山
 粘板岩ガ石英」閃緑岩ニ接触シテ「ホルンフェルス」トナリ其ノ裂罅ニ産シタルモノ
ニシテ、 包嚢物ニハ電気石多シ。 』
草入水晶ノ晶簇
【解説】
水晶の晶簇(クラスター)で小さな米水晶に混じって、やや大きな結晶が見られ
「竹森・水晶山」の代表的な産状を示しています。
E水晶傾軸式双晶中ノ稀品
『産地 長野県南佐久郡端下村
 幅17cm、高12cm、厚2cm、軍扇状ヲナシ柱面及ビ半錐面像ヨク発達ス、
 但双晶面ニ接スル柱面ハ著シク退化ス、理学博士巨智部忠承氏世界ノ逸品ト推奨ス。 』
傾軸式双晶
【解説】
日本式双晶ですが、産地は山梨県ではなく長野県・川端下になっています。
百瀬康吉氏の寄贈品目録には傾軸式双晶の晶簇が3つ(10,11,12番)と
分離品と思われる7個(27番)があったようです。
この3つの中の1つと考えられる。この標本は、昭和27年に山梨県水晶商工業協同組合
編纂の「水晶」にも掲載されている。
その一部を引用すると、「巨智部忠承博士をして世界無比の大双晶なりと激賞せしめた
ものにして、明治年間1府9県連合共進会には銀牌が贈られ、学術研究家の所望措く
能はざるものなり。」とあり、日本を代表する双晶だとされています。
F水入水晶ノ珍種
『産地 新潟県佐渡国相川鉱山
 数十ノ水入水晶ヨリナル晶簇ニシテ1結晶ニ十数個ノ液体包嚢物ヲ含有スルモノアリ
 最大ノ空洞ハ長3cm、巾1.2cmニ達ス。 』
水入り水晶
【解説】
水入り水晶の代表である相川鉱山産のもので、写真からも空洞がわかります。
G水晶ノ花瓶ト硯
『二者共ニ三十余年前、塩入寿三氏ノ加工シタルモノニシテ金剛砂1俵工賃125円ヲ
要セリ、花瓶ノ高18cm、口径7cm、硯長12cm、幅7cm、厚3cm、微カニ
針状ノ電気石ヲ包嚢ス。 』
水晶ノ花瓶ト硯
【解説】
百瀬康吉氏の寄贈品目録の36番に水晶大花瓶、37番に水晶硯(電気石入り)があり
この2品だと思われます。
塩入寿三氏は、御岳に住み、明治6年ウイーンで開催された万国博覧会に出品した
金桜神社社宝の径5寸3分(約16cm)の水晶玉を4年がかりで作った名工の1人と
されている。
Hライン鉱
『産地 山梨県中巨摩郡宮本村乙女坂
色ハ緑黒、結晶ハ正方錐ヲナス、灰重石仮晶ヲナス鉄重石ニシテ、明治10年墺国ノ
ライン氏来甲ノ際、新鉱物ナリト学界ニ紹介セシ挿話ヲ有スルモノナリ。 』
ライン鉱
【解説】
百瀬康吉氏の寄贈品目録の29番にあるライン鉱だと思われます。
ライン鉱が仮晶であることや命名の経緯が簡潔に表現してあります。
ライン氏を墺国(オーストリア)の人としていますが、ドイツ人です。
I黄玉石ノ美晶
『産地 山梨県中巨摩郡宮本村乙女坂
酒黄色ノ美晶ニシテ短軸庇面著シク発達ス、産出稀少ナリ。 』
黄玉
【解説】
百瀬康吉氏の寄贈品目録の39番にある黄玉石だと思われます。
山梨県でのトパーズの産出は、「和田鉱物標本」にある黒平産のもの(標本番号O-349)
が知られていますが乙女坂(乙女鉱山)のものは初見であり、まさに稀産です。
このトパーズの入手と寄贈の経緯を百瀬康吉氏の回顧談から引用します。

「師範(山梨大学)へ行って居る標本中、唯1個小さいが黄玉石の立派な完全な
結晶である。甲州としては得難いもので叉最大最完全のトパーズと言ってよかろう。
黄玉石の産は極く少なかった。自分が30余年間鉱物蒐集中、黄玉石の沢山に
産出したのは僅かに1回しかなかった。其の時だ、和田(維四郎)博士が甲州産
トパーズは珍しい。手に入ったら、全部送って呉れと頼まれたことがあった。
奔走して相当集まったので、大学(東京大学)と和田博士に送ってやった。
現在でも保存されてあろう。(現在でも保管されており、2001年公開された)
仲々大きな結晶もあった様だが皆不完全なものでした。
唯1つ形は小さいが完全なものがあると水晶商人が言うのでそれを譲れと交渉した所
外国人に売るために横浜に送ったと言う。そこで、わざわざ横浜から取り戻したが
高い値を付けるので流石の和田博士も手を下し兼ねた。其の時、自分は和田博士の
標本室や大学の標本室へ行って黄玉石の標本を見せて貰った。其の時に、博士が
大阪の博覧会で買ったと言うトパーズを拝見した。美濃(岐阜県)産で形は成る程
大きく2,3倍もあるが色が茶色を帯びていた。
本県(山梨県)産のものは色が美しい黄色で日本酒のような色である。その後
数年経て例の黄玉石所有者が甲州から他へ転居する都合上自分に買ってくれと言って
きた。今度は値段も折合がついて手に入った。之が今師範学校にある黄玉石である。」

4.おわりに

(1)この絵葉書に写っている標本のほとんどが、大正8年に百瀬康吉氏が
山梨師範学校(現在の山梨大学)に寄贈した水晶と鉱物標本134点の一部と
思われます。
百瀬氏は、昭和2年にも「水晶峠産の水晶晶簇」と「倉沢(乙女)鉱山産の
ライン鉱付着水晶晶簇」を寄付した。
これらの貴重な標本を保存するため、昭和2年に山梨大学構内に「水晶館」を建設した。
(2)山梨大学の角田先生にお会いした際、「水晶館」見学の便宜を図っていただける
とのことでした。百瀬氏寄贈の目録にある素晴らしい標本の現物を見るのを
楽しみにしています。
(3)この絵葉書に限らず、山梨県産鉱物について書かれた著作物の記述に誤りが
見受けられるのが気になります。
原典そのものの誤り、原典からの写し間違えなど理由はいろいろあるのでしょうが
山梨県産鉱物について正しく紹介することが、2003年以降の私の課題だと思っています。

5.参考文献

1)秀村謙二郎編:水晶,山梨師範学校,昭和9年
2)田賀井篤平編:和田鉱物標本,東京大学出版会,2001年
3)山梨県水晶商工業協同組合編纂:水晶,同組合,昭和27年
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