同質異像鉱物









            同質異像鉱物

1. 初めに

   東京では、年に2回、国際的なミネラルショーが開催される。私がミネラルショーに
  出かけるのは、単に標本を見たり、購入するだけでなく、”講演会で新しい知識を
  仕入れることができる”からでもある。
   2005年12月、東京池袋で「第14回東京ミネラルショー」が開催され、国立科学
  博物館名誉研究員・加藤 昭博士による、特別講座(標本2点付き、800円)が開催
  されたので受講した。
   第1部の初心者を対象にした「系列を作る鉱物」の後、第2部は中〜上級者を
  対象にした、「同質異像鉱物」と題する講座であった。
   第1部の講座の中にも「同質異像」で系列をつくる鉱物の話があったので、講座への
  入りは良かったのだが、一部理解できない個所もあった。
   フィールドに行くと、岩の隙間に結晶を発見したときなど、どのようにしてこんな美しい
  しかも整った形の鉱物ができたんだろうかと不思議に思うことが度々ある。
   同質異像関係から、その鉱物が生れた物理的条件(温度、圧力など)や化学的条件
  (どのような液体やガスから成長したのか)などを垣間見ることができる。
   フィールドで、手にした鉱物の誕生のドラマに思いを馳せるのも楽しいものです。
   ここでは、講座の内容を、私なりの理解でまとめ直してみた。
  ( 2005年12月情報 )

2. はじめに

   同質異像( Polymorphism )とは、『 全く同じ化学組成を持っているが、結晶配列が
  異なるため別な種類になっている鉱物種 』のことである。これらを同質異像(または
  同質多像)関係にある、という。
   代表的なものとして、化学式 Al2SiO5 をもつ鉱物の珪線石( Sillimanite )、紅柱石
  ( Andalusite )そして藍晶石( Kyanite ) の3種である。研究が進み、これらが生成される
  物理条件(圧力、温度)が明らかになっている。その結果、これらが産出す母岩の変成岩の
  生成理論が大きく進展した。

      珪線石同質異像鉱物群

   この講座では、同質異像関係に何組かの鉱物をあげ、それらからどのようなことが
  解ったのかを話された。

3. 同質異像

   同質異像関係にある鉱物種とそれらの実験室での合成実験などを通じて明らかに
  なったことを、一覧表にまとめてみた。

   鉱 物 種   化 学 式       明らかになったこと
珪線石( Sillimanite )
紅柱石( Andalusite )
藍晶石( Kyanite )
Al2SiO5 上の図のように
安定領域が存在する
黄鉄鉱( Pyrite )
白鉄鉱( Marcasite )
FeS2 安定領域がわかっていない  白鉄鉱を加熱すると黄鉄鉱に転移するところから
黄鉄鉱が高温相ではないかとされたこともあった。しかし
黄鉄鉱は低温でも生成する。
 白鉄鉱の産状を見ると、その全てが液体の存在下で
行われており、可溶性のFe2+の溶液を用いれば合成が
可能で、いわば化学的同質異像関係にあると考えられる。
方解石( Calcite )
霰石( Aragonite )
CaCO3  後者は、高い圧力の広域変成岩の中に
見られるが、温泉沈殿物や蛇紋岩などの
風化部分にも見られ、あるときは物理条件に
支配されあるときは支配されない
クリストバス石(Cristobalite )
高温石英( High Quartz )
低温石英( Low Quartz )
=水晶(Rock Crystal )
鱗珪石(Tridymite )
コース石( Coesite )
スティショフ石( Stishovite )
未命名γ-PbOSiO2型相
石英ガラス
SiO2  二酸化珪素(SiO2)は、常圧でこれを過熱すると
約1710℃で融解し、2227℃で気化する。
 融解したものを冷やすとクリストバル石
相当の固体になり、さらに冷やすと870℃位で
高温石英相当の固体に変化し、約573℃で
低温石英という、われわれになじみの深い
水晶と同じ原子配列を持ったものになる。
 鱗珪石に相当するものを作るには、正タン
グステン酸ナトリウム(Na2WO4)のような物質を
融剤として加え、約1470℃〜870℃の間で加熱
する必要がある。
 融剤がないと合成できない。しかし出来上がった
鱗珪石は純粋な二酸化珪素であり、SiO2の
1つの変態と考えられる。
 コース石は、約600℃以上、25,000気圧以上
スティショフ石は、約800℃以上、90,000気圧以上
γ-PbOSiO2型相は300,000気圧以上
でそれぞれ生成される。
 石英ガラスは、変態の一つであるが、正しくは
鉱物種には含めない。(非晶質:アモルファス)


二酸化珪素安定領域【「鉱物」より引用】

 天然のクリストバル石や鱗珪石の生成は石英の
高温変態であることでは説明できない。なぜなら
これらは火山岩の隙間に産出し、母岩の火山岩は
低い温度で生成されたことが確認されているからで
ある。
 これは、融けた石英を考えるのではなく、火山岩が
固まる末期に空隙に濃集した火山ガスからの生成物
としてなら説明できる。
 四弗化珪素(SiF4)は、沸点95.7℃の気体であるが
水蒸気で加水分解し、SiO2が生成できることが確認
されている。天然では、もう少し複雑な珪素化合物
例えば珪弗化水素酸( Hexafluorosilicic asid, H2(SiF6))
の塩類のような形でSiが存在していると考えられる。

方キューバ鉱( Isocubanite )
キューバ鉱( Cubanite )

CuFe2S3  方キューバ鉱は深海のスモーカーの周囲の
堆積物から発見された新鉱物
 化学式 Cu1-xFe2+xS3
x>1 にもかかわらず、キューバ鉱と同質異像
関係にあると見なされている。
閃亜鉛鉱( Sphalerite )
ウルツ鉱( Wurtzite )

α-ZnS
β-ZnS
 α-ZnSを真空中で約1,000℃で過熱すると
β-ZnSに転移することが確められている。
天然のウルツ鉱は冷泉の中で生成されており
そのような高温ではなく、40℃がよいところ
 不活性気体の中に、亜鉛の蒸気と硫黄の
蒸気を反応させガラス板の上に反応生成物を
着生させると、混合比が1:1を境にして、硫黄
過剰であればα相が、亜鉛過剰であればβ相が
生成されることが判っている。
アダム鉱( Adamite )
パラアダム鉱( Paraadamite )
Zn2AsO4(OH)2  アダム鉱は紅柱石と同じ、パラアダム鉱は
藍晶石と同じ原子配列を持っているが、高圧下での
生成ではなく、金属鉱床の酸化帯に2次鉱物として
産出する。
灰簾石( Zoisite )
斜灰簾石( Clinozoisite )
Ca2Al3(Si2O7)(SiO4)O(OH)  違いは、単位格子単位の並び方
灰簾石は斜方、斜灰簾石は単斜
菫青石( Cordierite )
インド石( Indialite )
Mg2Al3AlSi5O18
Mg2Al3(Al,Si)6O18
 インド石は、SiとAlの位置が同価になっていて
低温相の菫青石より対称が上がっている。
頑火輝石( Enstatite )
斜頑火輝石( Clinoenstatite )
(Mg,Fe2+)2Si2O6  合成実験では、斜頑火輝石のほうが低温相
という結果が出ているが、天然の産状では
頑火輝石は変成岩や超塩基性岩あるいは
それらの中に脈となって出るのに対して
斜頑火輝石は、希に特殊な玄武岩の中に知られて
おり、実験結果とは逆である。
 これは、灰簾石のときと同様に、斜頑火輝石の
単位格子を格子単位で並べ替えると頑火輝石の
単位格子を導くことができることが判っている。
ヨハンセン輝石( Johannsenite )
バスタム石( Bustamite )
CaMn(Si2O6)
(Ca,Mn)3(Si3O9)
 ヨハンセン輝石はバスタム石の低温相に
あたる。
 CaとMnの比率は、ヨハンセン輝石では
厳密に1:1であるが、バスタム石ではかなり
広い幅で変化する。
珪灰石( Wollastonite )
擬珪灰石( Pseudowollastonite )
Ca3Si3O9
 擬珪灰石は珪灰石の高温相で、実験的には
1,126℃で転移する。
 天然ではこのような高い温度条件は考えられない
 上のバスタム石は、珪灰石と同一の基本基を持ち
そのCaのかなりの部分がMn2+で置換されたもの。
バラ輝石( Rhodonite )
パイロックスマンガン石( Pyroxmangite )
(Mn,Ca)Mn4Si5O15
(Ca,Ca)Mn6Si7O21
 合成実験では同質異像関係になるが天然では
この関係の存在は証明されていない。
 バラ輝石の方が、高温で安定
玻璃長石( Sanidine )
正長石( Orthoclase ) 微斜長石( Microcline )
K(Si,Al)4O8
KAlSi3O8
KAlSi3O8
 基本基の中のAlとSiの配列形式の違いによって
特徴付けられ、玻璃→正→微斜長石の順に
高温から低温で安定になる。

4. 準同質異像関係

   ごく僅かの化学組成上の違いがあって、厳密な同質異像関係になれない場合である。
  中には、間違った合成実験結果が発表されたために、混乱が尾を引いたという例もある。
   これらについて、明らかになったことを、一覧表にまとめてみた。

   鉱 物 種   化 学 式       明らかになったこと
直閃石( Anthophyllite )
カミントン閃石( Cummingtonnite )
(Mg,Fe2+)(Si4O11)2(OH)2  この2つは、永い間同質異像関係にあると
されてきた。
 カミントン閃石を合成するときには、ごく少量の
CaOが必要で、これを入れないと合成できない
ことが分った。天然物を改めて調べてみると極微量の
CaOの存在が認められ、同質異像関係にないことが
明らかになった
 CaOはごく微量であるため、理想化学式は同一に
なっている。
ゾノトラ石( Xonotlite )
ローゼンハーン石( Rosenhahnite )
6CaO・6SiO2・H2O
3CaO・3SiO2・H2O
 ゾノトラ石を合成し、高圧処理した鉱物が
ゾノトラ石と同質異像同質異像関係にあると
され、天然のものも発見され、新鉱物ローゼン
ハーン石と名付けられた。
 しかし、ゾノトラ石を分析しなおしてみると
Ca5.9H0.2[(OH)2Si6O17]のように、整数比と
比較するとCaがやや不足し、H2Oが過剰になって
いるが当時の分析例が少なく、このような事実が
わかっていなかったために起った

5. 同質異像関係の難しいおはなし

 5.1 同質異像関係の応用
    石墨( Graphite , C )には、六方晶系のものと三方晶系のものがある。前者を六方晶系
   ( Hexagonal system )のHをとって2H相、後者を三方晶系( Rhombohedral system )の
   Rをとって3R相という。
    合成ダイアモンドを作るとき、3Rの方が収率が良いことが分った。なぜかといえば
   2H相は層状に規則正しく炭素原子が並んでいるのに、3Rの方は、所々に原子の
   入っていないところがある。化学式では(C,□)とでも表され、少し不安定なので
   ダイアモンドへの転移が起りやすいのではないかと解釈される。

    この発見は、同じような層状の原子配列を持つ輝水鉛鉱( Molybdenite , MoS2 )にも
   影響を及ぼした。輝水鉛鉱でも3R相のものは、原子の空きのところにCuやFeなどの
   二価の金属イオンが不純物として入り込んでいることが多い。
    モリブデンは、大砲の砲身をつくる特殊鋼に不可欠の金属だが、不純物が入ると
   その性能は甚だしく劣化する。第二次世界大戦で戦艦「武蔵」の主砲が一回の試射で
   欠損したのは、砒素が含まれていたためとされている。
    ドイツでは、モリブデンからCuを取り除くのに、手間をかけたと伝えられている。

 5.2 解釈できなかった同質異像関係
     隕石の衝突では、瞬間的に超高圧が発生し、実験室で再現できない(解釈できない)
    鉱物が天然に存在しうるケースがある。

6.おわりに 

 (1) 同質異像鉱物として、石墨-ダイアモンド。紅柱石-藍晶石-珪線石そして方解石-霰石
    は、あまりにも有名で以前から知っていたが、それ以外にも同質異像関係にある多くの
    鉱物があることを知った。
     それらの”組”は、なるほど似ている、といわれれば外観や産状が似ています。この
    ように体系立てて鉱物を理解しておくと、鉱物の世界を司っている、ジェネラルルール
    のようなものが、感じられます。

 (2) 同質異像鉱物は不遜かも知れないが、人間に例えてみると「一卵性双生児」のようなもの
   ではないだろうか。DNA(原子・分子)配列は全く同じだが、性格(物性)は違う。
    このように考えると、自然界にある全てのものが、何らかの意図のもとに作られて
   いるという考え方にも説得力を感じる。

 (3) しかし、自然は一筋縄ではなく、頑火輝石( Enstatite )と斜頑火輝石( Clinoenstatite )の
    例のように、実験結果と自然界では逆の結果もあるようです。
     これが、鉱物の世界の面白さなのかも知れません。

7. 参考文献

 1)加藤昭:同質異像鉱物 第14回ミネラルショー特別講座参考資料
         ,,2005年
 2)松原 聰:日本産鉱物種,鉱物情報,2002年
 3)中條 利一郎編:自然と人間,内田老鶴圃,2002年
 4)益富 壽之助:鉱物 −やさしい鉱物学−,保育社,昭和60年
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