平成24年 鉱物同志会新年会







           平成24年 鉱物同志会新年会

1. 初めに

    私は、鉱物関係のいくつかの団体に所属しているが、その1つに東京に本拠を置く、
   「鉱物同志会」がある。
    この会は、毎年1月に新年会の企画として、鉱物のバザーとオークションが行われる。
   希産、絶産、遠方、外国産鉱物の1級品から駄物まで、幅広く出品されるので、できる
   だけ毎年出席するようにしている。
    また、普段ご無沙汰している遠方の石友とお会いできる、賀詞交換会にもなってい
   る。

    2012年は、1月15日(日曜日)13:30から開催され、千葉県の単身赴任先から参加した。

    午前中、新宿にある書店で専門書や鉱物関係の本を買い、近くの切手店を訪れ、鉱物、
   宝石そして鉱山関係の切手や封筒(エンタイア)があったので目ぼしい品を選び、昼食を
   済ませて、会場に到着すると、開会時間少し前の13時だった。

    会長が体調不良で欠席され、副会長の挨拶、オークション入札そしてバザーと進み、
   「群馬県沼田市の珪亜鉛鉱」はじめ、10点近くの標本を入手した。いつものことながら、
   オークション品は惜しいところで入手できなかった。

    会場で「MH!!」、と声を掛けられ振り向くと、石友・Tさんだった。4年ほど前、体調を崩
   されていたが、22年、23年、24年と続けて新年会に参加できるまでに回復した。差し上げ
   た気(希)元素(きげんそ:元気の素)鉱物・「花園山の電気石」のお蔭だ、と喜んでおられ
   た。
    会がお開きになった後、酒を止めたTさんと近くの喫茶店で新年を祝いながら、”孫自慢
   で爺馬鹿”
ぶりを発揮し、今年も”恵方”の産地をご一緒する約束をしてお別れし
   た。

     PCのデスクトップを飾る孫の写真
 

    「千葉石」産地の最新情報などを聞くと『絶産』状態らしく、珍しい鉱物が産出したポイン
   トはいずれも荒れ果てているらしい。
    今年は仕事も一段と忙しくなりそうで、ミネラル・ウオッチングでフィールドに出られる回
   数も限られそうだ。
    ( 2012年1月参加 )

2. 内容

 2.1 会長挨拶
      私が会場に到着すると、受付順番は68番(22年は91番、23年94番)で、参加者は
     全部で100名弱との話だった。
      体調を崩し出席できない堀会長のメッセージが副会長から伝えられた。参加者の
     関心は隣の部屋のオークション品やバザー標本にあるのか、上の空の会員が多いよ
     うだをった。

 2.2 新入会員紹介
       新入会員の紹介があった。若い女性や子どもを連れた女性が多く、白髪、禿頭の
      参加者が目立ち 「ジャパン・シンドローム(日本症候群)」の縮図の感がある会とし
      ては、活性化を図る良い傾向だ。

       新入会員挨拶
 

 2.4 オークション
      参加者が持ち寄った標本のうち、役員が価値が高いと判断した品をオークション品と
     して選り分けてあった。
      それに入札し、2番目に高値をつけた人が落札できる権利を得る、”逆ブービー方式”
     だ。

      ぜひとも欲しいという標本は無かったが、お付き合いで「群馬県沼田市の珪亜鉛鉱」
     などに入札したが結局落札できなかった。

       オークション結果
 

 2.5 バザー
      参加者が持ち寄った標本に提供者や役員が値付けし、テーブルの上に並べておき、
     十分下見したあと、受付順に25名(20名?)ずつグループになり、”ジャンケン”で決め
     たグループの順番に従って、ひとり1点選んで精算する。(最低値100円)
      3順目以降は、点数制限なしになった。

       下見風景【2012年】
 

   (1) 提供品
        千葉県に単身赴任しており、仕事が忙しく、ミネラル・ウオッチングの回数も少なく、
       お出しするほどの標本も無くパス。

   (2) 購入品
        バザーが始まる前の15分ほどの下見の時間で大雑把にバザー品を見て回ると
       「群馬県沼田市の珪亜鉛鉱」があったので、オークションで落札できなかった時の
       保険としてマークしておいた。

        私のグループは、珍しく先頭グループになり、マークしておいた「群馬県沼田市の
       珪亜鉛鉱」の最後の1点が残っていたので、シッカリ確保した。金300円也。

No  鉱  物  名産  地価 格
(円)
 標  本  写  真 備 考
@珪亜鉛鉱群馬県
沼田市
300円
          白色光(太陽光)


          紫外光(ミネラライト)

 ミネラライトを当てると
黄色に見える。
 「メラノテック鉱」や
「マンガン方解石」も
共生するらしい。
Aメラノテック鉱群馬県
沼田市
無料配布品
 「鉱」なのか「石」
なのかも定かでない
新産鉱物

3. おわりに 

 3.1 『新鉱物』 『新産鉱物』
      珪亜鉛鉱、メラノテック鉱、ともに松原先生の「日本産鉱物型録」には記載されていな
     い。加藤先生の「鉱物種一覧 2005.9」には珪亜鉛鉱は■の国産の表示があるものの
     「メラノテック鉱」は、「メラノテカイト」とあり、正式な和名すら決まっておらず、□表示に
     なっている『新産鉱物』だ。鉱物種名も人によって、「鉱」としたり、「石」としている状態
     だ。

      「珪亜鉛鉱」の名前を知ったのは、25年ほど前のミネラル・ウオッチングを初めて間も
     ないころ、草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」を読んだ時だと思う。
      口絵のカラー写真のページに”ミネラライト(紫外線)による発光”なる1ページがあり、
     2つの「珪亜鉛鉱」が「灰重石」や「燐灰ウラン石」と一緒に写っていて、紫外線をあて
     黄色に蛍光した写真が白色光の写真と並べてある。

      珪亜鉛鉱【Willemite:Zn2SiO4
        アメリカ、ニュージャージイ州、フランクリン鉱山のものが有名だ。ミネラライト(紫外
       線)を照射すると黄色く光り、照射をやめても数秒間は黄色く蛍光が続く。
        さすがに、ミネラライトで発光する鉱物の代表選手の貫録だ。

      メラノテック鉱【Melanotekite:Pb2Fe3+2(Si2O7)O2
        黒色、ガラス光沢、斜方晶系の結晶が集合した形で産出する。似たような馴染み
       深い鉱物、と問われれば、「スコロド石」、「閃マンガン鉱」などだろうか。

 3.2 新産地の現状
      さて、産地の現状はどうなのだろうか。下見の時に、いくつかあった「珪亜鉛鉱」の標
     本を手に、ベテラン会員が話しているのが、聞くともなしに耳に入ってきた。
      「もうこれ以上のものは、1日やっても採れないだろう」、という悲しい現実だ。産地は
     荒れ果て、立ち入り禁止も間近いような口ぶりだった。

      2011年を賑わせた『新鉱物』の1つが、「千葉石(ちばせき)」だろう。私の後ろに座っ
     た若い会員、若いと言っても30過ぎか、が「2011年年末に千葉石産地に行き、採集で
     きた」、と小指の爪ほどの白濁した「千葉石仮晶」を見せてくれた。
      これに気をよくした彼は、「年明け早々に産地を訪れたが、何も採れなかった」、らし
     い。
      一方、会がお開きになった後、Tさんと茶飲み話をしていると、「MH!!、新年会の
     会場の後ろの方で、『千葉石の露頭から30kg崩してきたが、碌なものがなかった』、
     とか、『10kg採ってきた』、と豪語する輩(やから)がいた」、らしい。

      2010年、長野県の某新産地を訪れた時、男女のグループが、数百kgはあろうかと
     思う小山のような岩塊を採集し、後続のわれわれには指一本触れさせなかったのに
     苦々しい思いをしたのは既報の通りだ。

       ・2010年 秋のミネラル・ウオッチング Part2
        ( Mineral Watching Tour , Fall 2010 ,- Part2 - Nagano Pref. )

      大声で話す男女の話が、否が応でも耳に入ってくる。なんでも、「某先生が、この産状
     の標本があるはず」、だとか何とかで、血眼になって掘り崩し、叩き割っているらしかっ
     た。

      「こんなに採ってどうするのだろう」、という私の単純な疑問は氷解した。新鉱物、新
     産鉱物に躍起になっているのは、いつも筆頭発表者や執筆者になっている某先生の
     手先になって、荒らしまわっている連中の仕技(しわざ)なのだ。

      25年ほど前、草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」を読んだ時、82ページに、アマ
     チュアの泰斗について、『・・・・特に、上質の標本を献上品として持参されれば大喜び
     で会って下さるはずだ』 
、の記述があるのに眼を疑った。
      21世紀も間近いというのに、明治時代(江戸時代?)の慣行が大手を振って罷り(ま
     かり)通っているのが鉱物の世界なんだ、と認識を新たにした記憶がある。

      100年経っても変わらないのを見聞きすると、五無斎こと保科百助が、「東京の学者
     ども」、と唾棄(だき)したのも、理解できるような気がする。

4.3 『戌も歩けば』
      お蔭さまで、と言うべきか、御愁傷(ごしゅうしょう)様、と言うべきか、仕事のネタには
     事欠かず、0時近くまで会社に残ったり、休日に出社することもたびたびだ。

      たまの休みに巡る、古書店や骨董市そして歴史的な遺跡が息抜きの場になっている。
      2012年2月、某遺跡を訪れると、小山のように盛り上がった土があった。持参した手
     鍬で崩して見ると何やら粘土のかたまりのようなものが出てきた。
      そのまま、袋に入れていたが何故(なぜ)か気になって、土を拭(ぬぐ)ってみると、
     人の顔らしきものが見えた。すぐ、近くの農業用水の水たまりで洗ってみると、古墳時
     代(?)の成人の顔が現われた。首には、ネックレスのような装飾品を身に付け、”お
     洒落”な感覚には、思わず微笑(ほほえ)んでしまった。

         
                出土状況                      水洗後
                        人物埴輪(?)【高さ 約8cm】

      切れ長の眼など、3男の孫娘に良く似ているのだが、何となくこれは、元あった場所に
     置くべきだとの想いが強くなり、写真を撮っただけで、大きな木の傍らに埋め戻してお
     いた。

      ”アラ古希”間近の”オジン”が、日夜「モノづくり」に奮闘しているのを見た神様(いる
     か?)が、古代のロマンに誘(いざな)ってくれたと感謝している。

4. 参考文献 

 1) 加藤 昭:鉱物種一覧,小室宝飾,2005年
 2) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年


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