この鉱山の鉱石はクロム鉄鉱で、蛇紋岩の中にあったようです。
「信州の金属鉱山」によれば、『採掘は主に発破(はっぱ)を使っての露天掘りで
採掘された鉱石は(小海線)羽黒下駅経由で名古屋に送られた。』
「日本鉱産誌」や鉱物関係の雑誌を読むと、いくつかの坑道名も見られ、「信州の金属鉱山」
にも、坑道から”ネコ(一輪車)”で鉱石を搬出する写真が掲載されており、坑道掘りも
盛んに行われたと思われる。
採掘した鉱石は、女性たちによって手選別され、搗き臼で粉鉱にして、さらに比重選鉱して
出荷された模様です。
現在、露天掘りの跡が公害防止の土留めがなされ、その表面での採集が中心です。
(土留めが1部崩れはじめており、大々的に掘ったりすると、採集禁止になる虞もあります。)
(2)菫泥石【Kaemmererite:Cr(クロム)を含む緑泥石】
菫泥石は、クロムを含む緑泥石の一種で、クロム鉄鉱に伴って、紫色の雲母に似た外観で
産出する。大日鉱山のものは、湾曲した雲母、セリサイトそして紫色の透明滑石様の部分からなる。
古い鉱物雑誌を読むと、「長野縣大日鉱山産菫泥石の化学成分」と題する論文があり
化学式を導き出していますので、紹介します。
『 東北帝大理学部 岩石鑛物鑛床学教室 北原 順一 昭和21年12月5日
10SiO2・3(Al,FeV,Cr)2O3・15(Mg,FeU)O・12H2O
なる化学式を導くことができる。』
長野縣南佐久郡大日鑛山の蛇紋岩中に産する塊状のクロム鉄鑛を粉砕すると、鮮美な
紫紅色の真珠光沢を帯びた鉱物と淡緑色の蛇紋石が、クロム鉄鑛に随伴しているのが
よく分る。
細粒、純質な紫紅色鑛物を双眼顕微鏡下に選別したもの約0.5瓦を採って、110℃に
乾燥し、化学分析試料に供した。
分析結果及び分子比、原子比は次表の如くである。
上表より化学式を求めると 重量% 分子比 原子比 原子比(0=1800) SiO2 33.85 564 Si 564 319 Al2O3 14.15 139 Al 278 158 Fe2O3 0.58 4 FeV 8 5 Cr2O3 3.90 26 Cr 52 29 FeO 2.18 30 FeU 30 17 MgO 33.27 832 Mg 832 471 H2O 12.24 680 H 1360 771 O 3177 1800 合計 100.17
H7.71(Mg,FeU)4.88(Al,FeV,Cr)1.92Si3.19O18.00となり、W.E.Fordの与えたPennine
及びClinochloneの化学式
H8(Mg,FeU)5Al2Si3O18
に近い。
J.Orcelは化学成分より
s=SiO2/R2O3 r=RO/R2O3 h=H2O/R2O3 c=Cr2O3/Al2O3
を算出し、緑泥石類を分類した。
ここに、 R2O3=(Al,FeV,Cr)2O3 RO=(FeU,Mg,Mn)O である。
Orcelに従い計算すると
s=3.337 r=5.10 h=4.0 c=0.187
の値を示す。
Orcelの説により、s=10/3〜11/3の範囲にあるから、Clinochlorepennineに属し
クロームを含む緑泥石はClinochlore及びPennineであって、s=2.0〜3.7の範囲に
あり、c>0.1の値を示すを以って、本産地の紫紅色鉱物を菫泥石と呼び得る。
又、J.OrcelはCr2O3 0.85〜4.16% 含有するものは
s=SiO2/R2O3=3/1 であって、化学式を
3SiO2・(Al,Cr)2O3・5MgO・4H2O
にて示している。
0.55%の少量のCr2O3を含むものは、(s=)10/3で
10SiO2・(Al,Cr)2O3・16MgO・11H2O
なる式で、11.72%の如く含量の多いものでは
10SiO2・3(Al,Cr)2O3・17MgO・13〜14H2O
なる化学式で示している。
本産地のものは、Cr2O3 3.90%であって、Orcelの 3SiO2・(Al,Cr)2O3・5MgO・4H2O
に近い化学式を示すが、前記した如く s=3.337 であるから寧ろ
蛇紋岩の中に塊状で産する。まれに、菫泥石や灰クロム柘榴石を伴う。比較的強い
磁性を持っている。
(クロム鉄鉱そのものは、磁性をもたないが、クローム鉄鉱中に混合している磁鉄鉱の
分子が多いため、少し磁性を帯びているものと推察できる。)
古い鉱物雑誌を読むと、「長野縣大日鉱山一番坑産クロム鉄鑛」「長野縣大日鉱山
20番坑産クロム鉄鑛」と題する論文があり、それぞれの坑のクロム鉄鉱の顕微鏡観察と
化学分析による化学式を導き出した結果を記載していますので、紹介します。
この文献がでた昭和22年(1947年)ごろには、採掘は止めたものの、坑道は残っていた
可能性があります。しかも、1番から20番まで、連続してあったかどうかは判りませんが
坑道もいくつかあったようです。
項 目 | 一番抗産 | 20番抗産 |
顕微鏡観察 | 細粒斑状鑛に属する | 集塊状鑛に近い細粒斑状鑛に属する |
随伴鉱物 | 蛇紋石2、菫泥石5 | 蛇紋石1、菫泥石3 |
化学式 | (62FeU,38Mg)O・(5FeV,37Al,58Cr)2O3 | (58FeU,42Mg)O・(8FeV,40Al,52Cr)2O3 |
(4)この他、蛇紋岩に伴う、貴蛇紋石、霰石、コーリング石、滑石などが採集できます。