千葉県の奇石・珍石「へそ石」 その2

       千葉県の奇石・珍石「へそ石」 その2

1. 初めに

   毎年、5月のGWに、長野県、山梨県を中心にミネラル・ウオッチングを開催すること
  にしている。2008年も開催すべく、久しぶりに山梨に戻ったとき、今年の山の残雪の
  様子を聞きたくて宿に予定している川上村の湯沼鉱泉社長に電話した。

   今年は雪が多かったせいで、湯沼のあたりでも日陰には未だ雪が残っているらしく
  ミネラル・ウオッチングは、”月遅れ”にしたほうが良さそうだ、とアドバイスいただいた。

   石友・Yさんが渡した、私のHP『へそ石』のコピーを読んだ社長が『へそ石』をいたく
  気に入ったらしい。是非「水晶洞」に飾って川上村の皆んなに見せたい、と電話口で
  話していた。

   自分の標本として持ち帰った分では足りないので、翌週再び訪れた。数日前に降った
  強い雨の影響で川は増水していて、場所によってはウェーダー(胴長靴)でも、溺れる
  危険を感じるほどだった。
   増水で石が堆積した川原も狭くなっていて良品を見つけるのは苦労した。さらに、
  社長の『 割って中がどうなっているか見せたい 』、という要望にこたえられる標本を
  探すのには苦労した。

   それでも、何とか「へそ石」と呼べるもの、破断面に黄鉄鉱化した化石が見られる大
  きめのものなどを採集できた。これらの標本は、2008年月遅れGWミネラル・ウオッチ
  ングで湯沼鉱泉を訪れたときに社長と石友・Yさんに渡す予定だ。

   全くと言ってよいほど、地元の人が知らない「へそ石」を他所者があれこれ言うのも
  滑稽だが、いくつかの標本を見ていると、なぜ「へそ石」と呼ばれるのかが判ったよう
  な気がするので、『 へそ石考 』 もまとめてみた。
   ( 2008年4月採集 )

2. 産地

    ”旧丸山町△△△”、と教えてもらったが、地図をいくら探しても見当たらない。
   国土交通省の地形図ページで検索すると隣接する町で、市町村合併で、今では
   「南房総市」らしい。
    「水石」のHPで検索すると、旧丸山町の丸山川流域でも採集できるらしい。

3. 産状と採集方法

    この地域では川床や川岸の露頭に第3紀の堆積岩が見られる。「へそ石」の正体
   は、堆積岩の中に生まれた”のジュール”だと思われる。母岩が風化したり、川の
   流れで浸食されて母岩から脱落し、流されたものと思われる。

    この仮説が正しい、と納得していただくためには、”抜けかかっているもの”か”抜け
   殻”を探す必要がある。
    今回、ようやく”抜け殻”を探すことができた。

       抜け殻

    採集方法は、川原を歩き回り、”茶色の鉄さびに覆われた石”を探し、形が面白
   いものはそのまま、化石を含みそうなものはハンマーで割ってみる。
    今回のように、強い雨が降った後だと川は増水している上に濁っていて、場所に
   よってはウェーダー(胴長靴)でも、溺れる危険を感じるほどだった。
    堰(ダム)を越えて上流に向かうのは危険と判断し、途中で引き返したほどだ。
    したがって、採集は渇水期で万一水に落ちても危険が少ない夏場が良いだろう。

         
          露頭と川原            堰(ダム)
                   産状

4. 採集鉱物

    「へそ石」の別名「鉄丸石」は、“水石愛好者”がつけた名前らしく、「饅頭石」などと同じ
   ように鉱物の正式種名ではない。多分、『鉄錆びに覆われた丸くて、”ずしり”と重い石』
   から名付けられたのだろう。

    鉱物学的な観点から「へそ石」を定義すると次のようになるだろう。

    『 表面に凹みや突起があり、針鉄鉱(褐鉄鉱)の皮膜に覆われ、内部に生物遺骸や
     生痕を置換えた黄鉄鉱や方解石(霰石)を含む球顆状ノジュール  』

    したがって、「へそ石」に伴って採集できる鉱物は、次のようになる。

 (1) 黄鉄鉱【PYRITE:FeS
      ノジュールの中に黄色、金属光沢をもつ塊状や円柱状で、生物遺骸や生痕化石を
    置き換えた形で見られる。

         
           古生物(カニ?)         生痕(サンドパイプ?)
                       黄鉄鉱

      「へそ石」の黄鉄鉱部を詳細に観察すると、中心部が方解石(霰石?)でその周りを
     黄鉄鉱が囲んでいるケースが多い。

         
              全体                拡大
                     黄鉄鉱その2

      このことは、生物遺骸のカルシウム(Ca)が方解石や霰石のいわゆる”化石”になった
     後に、カルシウム(Ca)が鉄(Fe)で置き換わったと考えられる。

 (2) 方解石【CALCITE:CaCO3
     霰石【ARAGONITE:CaCO3
      「へそ石」の中に、生物の遺骸が鉱物に変わった形で産出する。”化石”について
    知識が乏しい私が生物の元の形を推定したり、ましてや学名を決定するのは難しい。

       方解石(霰石?)

5. おわりに

 5.1 『 へそ石考 』

  (1) 「へそ」
       「へそ」とは、人間の腹部中央に残る母親とつながっていた臍帯の名残で
      ある。

      「へそ」に関しては、いろいろな迷信、俗説が数多く残されいる。

      ■ ヘソのゴマを取るとお腹が痛くなる。
      ■ 雷が鳴ってヘソを出していると、雷様にヘソを取られる。
        ( 子どものころ、脅かされた人もいるはず )

       そんな迷信から、大人向けに、次のような洒落た都都逸も生まれた。

      『 雷さんは馬鹿な奴だネ、臍なんか取るなんて
        私なら盗ります三寸(=約十糎)下       』

       古代ローマの建築家ウィトルウィウスの「建築論」に、『 人体は円と正方形に
      内接する 』
、とある。これを描くレオナルド・ダ・ヴィンチの『ウィトルウィウス的
      人体図』をみると、円の中心は「へそ」に合致している。

       
       『ウィトルウィウス的人体図』
       【レオナルド・ダ・ヴィンチ作】

       古来、「臍下丹田(さいかたんでん)」は、禅などの修行で最も大切な場所
      とされていた。

       そのようなことから、肉体的だけでなく精神的にも「へそ」が人間の中心と
      考えられ、それが転じて、”中心”を意味する普通名詞になった。

  (2) 「日本のへそ」
       中心を意味することから、わが町こそ「日本のへそ」、つまり日本の中心だ
      と名乗っている市町村がいくつかある。
       日本列島の距離的な中心は1点しかないので、”日本の中央部にある県の
      中心”だとか”人口のへそ(中心)”などという、怪しげなものまで現れている。

No所在地名前の由来備考
長野県松本市  日本の中央部にある長野県の
真ん中の町
 
2山梨県石和町  日本の中央部にある山梨県の
中心にある町
 山梨県に住む1人として
恥ずかしい
3岐阜県関市  日本人の体重が同じと仮定し
人口を一点で支えて平衡を
保つことができる点
 「人口のへそ」とも呼ぶ。
 回転モーメントの和=0
4兵庫県西脇市  東経135度
 北緯35度
 したがって、「日本のへそ」
 キリが良ければ善いという
ものでもないだろうに

  (3) 「へそ石」
      インターネットで検索すると、「へそ石」が見つかる。しかし、それらは鉱物に
     絡むものではなく、”伝説”や”史跡”に由来するものが多い。
      それらの中で、有名と思われるものをまとめてみた。

No所在地名前の由来備考
1群馬県渋川市  征夷大将軍・坂上田村麻呂が
「日本の臍石」と名付けた。
 子宝に恵まれるなどの
ご利益があるらしい。
 渋川から都があった京都まで
直線距離で約340km、奥州の入口
「多賀城」まで約270km
 やはり、道の奥は遠く感じられた
のだろう。
2滋賀県保良宮跡  都があった場所が中心(へそ)で
その都の中心にあった建物の
礎石が「へそ石」と呼ばれる。
 都がある場所が中心という
どこかの国と同じ”中華思想”に
根付いているのだろう。
3京都六角堂  都があった京都の中心にあった
建物の礎石が「へそ石」と呼ばれる。
 上に同じ

  (4) 千葉県の「へそ石」
       昔、学生時代の機械加工の実習で旋盤を使ったことがあった。こけしや
      野球のバットを作る機械は「木工旋盤」と呼ばれる。加工物を回転させながら
      刃物(バイトという)を押し付けて金属を削る機械が旋盤である。
       回転の中心とバイトの先端の高さがピタリと合っていないと端面を削ったとき
      平坦にならず、出っ張りができてしまう。これを”へそ”と呼んだ。

       このように、「へそ」と言うのは、”出っぱり(突起)”の『出べそ』か、丸や
      縦長の『凹み』を指す。

       千葉県の「へそ石」は、石の表面に”出っぱり”や”凹み”が見られる丸や
      円筒状の石を指している。
       ( 地元の人が知らないものに、余所者が勝手に名付けているだけだが )

         
              全体                 拡大
                     突起(出べそ)

         
              全体                 拡大
                       凹み

                     へそ石2態
     

6. 参考文献

 1) 加藤 昭、松原 聰:鉱物採集の旅 東京周辺をたずねて,築地書館,1982年
 2) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 3) 松原 聰:関東地方の鉱物,鉱物情報100号記念出版物企画委員会
           池田重夫技官退官記念会,平成10年
 4) 千葉県立中央博物館編纂:千葉県の鉱物,同館,2000年
 5) 松原 聰、宮津 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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