日本産鉱物50種<BR>徳島県眉山(びざん)産 「 ルチル 」

                 日本産鉱物50種
          徳島県眉山(びざん)産 「 ルチル 」

1. 初めに

    2010年3月、千葉県の電子部品メーカーから招請いただき、技術コンサルタントとして赴任
   した。もう何度目かの単身赴任になるので、妻も手慣れたもので、仕舞い込んであった『単
   身赴任パック』を取り出して、それと新たに買い足したものを車に積み込んで着任と相成った。

    山梨を離れる前に心残りがいくつかあった。その1つは、『日本産鉱物50種』のうち未だ入
   手していない『徳島県眉山のルチル』を探しに行くのが何年か先になることだった。

    今から8年ほど前、2002年12月、例年より早い本格的な冬の訪れ・降雪でフィールドでの
   ミネラルウオッチングがままならず、古い「地学研究」誌を読んでいると、岡本要八郎先生と
   桜井欽一先生が書いた ”「あなたはおもちですか?」鉱物コレクターの資格審査”
   という記事に目が止まり、その内容について、私のHPで紹介させていただいた。

   ・「あなたはおもちですか?」
    鉱物コレクターの資格審査
    ( How Many Specimens do you have ? , Qualification of Mineral Collector )

    それ以来、フィールドやミネラルショーでは、日本産鉱物50種+【番外】、計54種を積極的
   に追いかけるようにしている。

    2005年に、岐阜県木積沢で「苗木石」、京都府白川で「褐簾石」の2点を自力で採集し、
   48種( 48/54=89% )が揃ったところで足踏み状態が続いた。年に1種増えるか増えない
   かの状態だったが、2007年に「荒川鉱山の三角黄銅鉱」を入手でき、これの一部と交換に
   「日三市鉱山の荒川石」も入手できた。
    さらに、2009年、愛知県の石友・Tさん親子に「尾平鉱山の灰鉄輝石」(仮晶)を恵与いた
   だき、「手稲石」を購入し、残るは『徳島県眉山産のルチル』ただ1種になっていた。

    このことを知って、兵庫県の石友・N夫妻が2010年春にわれわれ夫婦を案内せんと、下見
   を行ってくれていた。
    3月の初旬、瀬戸内名物を使った奥様手作りの「釘煮」と共に、「眉山の紅廉石」と「赤い緑
   廉石」を送っていただいた。「赤い緑簾石」とは変なのだが、高名な鉱物の先生の鑑定らし
   い。

    1mm弱の「赤い緑簾石」を顕微鏡で見ると、白雲母を伴う石英の上に、ガラス光沢、紅色
   の細柱状結晶で、私には、どうみても『ルチル』としか思えない。N夫妻も『ルチル』との思い
   が強いようだ。こうして、勝手に『徳島県眉山のルチル』は”入手済”にして、心おきなく単身
   赴任できた。

    N夫妻のお蔭で最後の1つが加わり、日本産鉱物50種+【番外】、計54種が揃った。54種
   の産地、入手方法、自力採集できたものは現在も採集可能か否かなどをデータとしてまとめ
   てみた。
    すると、自力採集したのは1/3弱しかなく、半分以上が購入品である。54種の半分以上を
   占める、北海道、東北、近畿、中国、四国、九州には採集らしい採集に行っていないのだか
   ら当然の結果かもしれない。

    いつになるかハッキリしないが、単身赴任から戻り次第、『眉山のルチル』を現地で観察す
   るのが夢だ。
    貴重な標本と情報を恵与いただいた石友・N夫妻に厚く御礼申し上げる。
    ( 2010年3月 入手 )

2. 日本産鉱物50種選定の経緯

    1958年(昭和33年)の「地学研究」に、「北投石」発見者の岡本要八郎先生とアマチュア鉱
   物学者の桜井欽一先生が連名で次のように書いている。

    『 鉱物収集には色々なスタイルがあるが、コレクターは、珍種、美晶を手に入れて胸をと
     きめかせた覚えがあるであろう。
      誰もが欲しがるであろう、日本産の鉱物を50種選んでみた。
      そんなことをして何になる!! など怒り給うな。これは、お遊びです。          』

    気になるのは、両氏による資格審査基準で、それは、次の通りである。

    『 @ 全部あれば一流コレクター
      A 70%以上なら、立派なコレクター
      B 30〜50%では、まだまだ努力が足りない
      C 30%以下では、コレクターという資格はない    』

3. 「眉山のルチル」

    ルチル【RUTILE:TiO2】は、チタン(Ti)の酸化鉱物で、「鋭錐石」、「板チタン石」と同じ組成
   をもつチタン3兄弟(姉妹?)の一人だ。
    古い鉱物図鑑には「金紅石(ルチル)」と言えば徳島県眉山産が載っていることが多い。
   単身赴任先に持ち込んだ柴田先生の「原色図鑑」にも、肘折双晶図を添えて掲載されてい
   る。そのくらい有名なところから日本産鉱物50種に選ばれたのだろう。
    N夫妻に恵与いただいたものも並べて示す。

        
              「原色図鑑」                   N夫妻恵与品
                     徳島県眉山産 金紅石(ルチル)

    眉山がある徳島県高越(こおつ)でN夫妻に案内していただき「ルチル」を採集した経緯と
   採集品をHPに掲載したのは2003年11月だった。

    ・徳島県高越のルチル(金紅石)
     ( Rutile of Koutsu , Tokushima Pref.)

    この時の採集品とN夫妻から恵与いただいた「ルチル」を比較してみて気になることがある。

     
 ルチルの表面には
トパズ(黄玉)と同じように
縦(C軸)方向に条線がある
のが普通だが、N夫妻から
いただいた標本の柱面は
平坦なのだ。


徳島県高越産 ルチル


4. 日本産鉱物50種+番外4種のデータ分析

    「日本産鉱物50種」の完集を機に、各種の情報を付け加えてデータ分析(事業仕分け?)
   してみたい。

 4.1 「 日本産鉱物50種」 マイ・DB
      「日本産鉱物50種の鉱物種、産地の元情報に、@ 産地訪問の有無 A 産地の地域
     B 私の標本入手方法 B 自力採集したものは現在採集可否 などを付け加えて、マ
     イ・DB(ベータベース)をこしらえてみた。

No   産   地 訪山
○:有
地域   鉱   物(産状) 入手
方法
備考
1 福井県赤谷産 北陸 自然砒
(金米糖状結晶)
採集 採集可能
2 北海道手稲産   北海道 自然テルル
購入  
3 兵庫県生野産   近畿 自然蒼鉛
購入  
4 愛媛県市ノ川産   四国 輝安鉱
(美しい結晶)
購入  
5 秋田県太良産   東北 方鉛鉱
(八面体と六面体の集形)
購入  
6 秋田県院内産* 東北 輝銀鉱(結晶)
購入  
7 秋田県阿仁産   東北 閃亜鉛鉱
(美しい結晶)
購入  
8 兵庫県夏目産
<夏梅の間違い>
近畿 紅砒ニッケル鉱
採集 採集可能
9 秋田県荒川産 東北 黄銅鉱
(三角式結晶)
購入    
10 新潟県赤谷産 甲信越 黄鉄鉱(菱体面
<原文のまま>に似た結晶)
購入  
11 大分県尾平産   九州 硫砒鉄鉱
(長柱状結晶)
購入   
12 山口県長登産 中国 輝コバルト鉱
購入   
13 群馬県中丸
(旧八幡産)
  関東 四面銅鉱(結晶)
購入  
14 山梨県乙女産 甲信越 水晶
(日本式双晶)
採集 採集禁止
15 宮城県小原産 東北 紫水晶
採集 採集禁止
16 新潟県赤谷産* 甲信越 玉髄
(そろばん珠状)
購入  
17 富山県立山産   北陸 魚卵状珪石
購入   
18 岡山県下徳山産   中国 赤鉄鉱(結晶)
購入   
19 徳島県眉山産   四国 ルチル
恵与  
20 長野県湯股産   甲信越 方解石(球状)
購入  
21 長野県浦里産* 甲信越 玄能石
採集 採集可能
22 島根県松代産   中国 霞石(結晶の集合体)
恵与   
23 福島県飯坂産 東北 フェルグソン石(結晶)
購入  
24 福島県石川産 東北 サマルスキー石(結晶)
採集 採集可能
25 福島県石川産 東北 モナズ石(結晶)
採集 採集可能
26 神奈川県玄倉産 関東 燐灰石(結晶)
採集 採集可能
27 岐阜県神岡産   中部 緑鉛鉱(結晶)
恵与  
28 栃木県足尾産 関東 藍鉄鉱(結晶)
購入  
29 大分県木浦産   九州 スコロド石(結晶)
購入  
30 秋田県日三市産   東北 荒川石
(ベスジェリ石<原文のまま>)
交換 「三角黄銅鉱」
と交換
31 秋田県玉川産   東北 北投石(渋黒石)
恵与  
32 山梨県乙女産 甲信越 ライン鉱
(灰重石後の鉄重石結晶)
採集 採集禁止
33 岐阜県苗木産 中部 苗木石(変種ジルコン)
採集 採集可能
34 滋賀県田ノ上山産 近畿 トパズ
購入  
35 富山県黒部産   北陸 十字右
購入  
36 大分県尾平産   九州 斧石(美しい結晶)
購入  
37 長野県武石産 甲信越 緑簾石(いわゆる焼餅石)
採集 採集可能
38 京都府白川産 近畿 褐簾石(花崗岩中の結晶)
採集 採集可能
39 大分県木浦産   九州 ベスブ石(結晶)
購入  
40 静岡県河津産 中部 イネス石
採集 採集可能
41 長野県御所平産 甲信越 電気石(扁平な結晶)
採集 採集可能
42 大分県尾平産*   九州 ダンプリ石
購入  
43 長野県川端下産 甲信越 柱石
(もと透角閃石と誤認されていた)
採集 採集可能
44 茨城県日立産 関東 菫青石(結晶)
採集 採集可能
45 大分県尾平産   九州 灰鉄輝石(結晶)
恵与  
46 福岡県長垂産   九州 紅雲母
購入  
47 山口県六連島産   中国 金雲母
購入  
48 岐阜県神岡産   中部 魚眼石(結晶)
購入  
49 東京都三宅島産   関東 灰長石(結晶)
恵与  
50 新潟県間瀬産 甲信越 方沸石(結晶)
採集 採集可能
番外1 北海道手稲鉱山産 北海道 手稲石
購入  
番外2 鹿児島県咲花平産   九州 大隅石
購入  
番外3 京都府河辺産 近畿 河辺石
購入  
番外4 神奈川県湯河原産   関東 湯河原沸石
購入  

             * 印は他の産地のものを代用してもよい.
             【番外】は、ぜひあつめておきたい、日本特産鉱物である。

 4.2 入手方法
      長野県の石友・小Yさんが、『 知人のある人がこのページを読んで「日本産鉱物50種」
     の完集に挑戦している 』、と教えてくれた。
      私の他にも物好き(失礼!)がいるものだ、と思いながらも、何かの参考になればと
     ”入手方法”をまとめてみた。

      

 購入したものが半分強
自力で採集したものは1/3
しかない。
 恵与・交換してもらったものが
約15%ある。

 やはり、『持つべきものは石友』





 入手方法内訳


 4.3 自力採集比率の低い訳
  (1) 遠い産地を訪れていない
       私の持論の1つに、『行っても採れないかもしれないが、行かなければ絶対採れない』
      がある。
       日本産鉱物50種+4種の産出鉱物を地域別にまとめ、自力採集比率を下表にまとめて
      みた。

     
地域 鉱物種 自力採集数 自力採集率
北海道 2 0 0%
東北 10 4 40%
関東 6 2 33%
甲信越 10 7 70%
北陸 3 1 33%
中部 4 2 50%
近畿 5 3 60%
中国 4 0 0%
四国 2 0 0%
九州 8 0 0%
全国 54 19 35%


     私が住む甲信越からある距離以上ある
    北海道、中国、四国、九州の自力採集率が
    ”ゼロ(0%)”である。

     住んでいる甲信越地域の自力採集率が
    70%とそこそこ健闘しているにもかかわらず
    ”ゼロ”に引っ張られて、全国平均では35%
    になってしまう。







  自力採集率


  (2) 訪山率
       50種の産地の内、訪れたことがある産地の比率を”訪山率”として地域別にまとめて
      下表に示す。

     
地域 産地数 訪山箇所 訪山率
北海道 1 0 0%
東北 9 5 56%
関東 6 3 50%
甲信越 8 7 88%
北陸 3 1 33%
中部 3 1 33%
近畿 4 4 100%
中国 4 1 25%
四国 2 0 0%
九州 4 0 0%
全国 44 22 50%

     「日本産鉱物50種」の鉱物は54種
    あるのに、産地の数は44になっている。

     その理由は、手稲鉱山からは「自然
    テルル」と「手稲石」の2種が選ばれて
    いるように1つの産地でから複数の鉱
    物種が選ばれているからだ。ほかに、

     福島県石川町      2種  ○訪山
     新潟県赤谷鉱山     2種  ×未訪山
     乙女鉱山         2種  ○
     生野鉱山         2種  ×
     神岡鉱山         2種  ×
     尾平鉱山         4種  ×
     木浦鉱山         2種  ×

      私が訪れたことがある産地は22ケ所と
     全体のちょうど50%(半分)しかない。

  訪山率


      複数の鉱物が選ばれている7産地の内、5産地を訪れていないのだから、それらの産
     地の12種は自力採集できる訳がない。

  (3) 採集確率
       産地を訪れれば必ず採れるほど甘いものではない。産地を訪れてもポイントが判らず
      手ぶらで帰ってきた類の話は枚挙に暇(いとま)がない。
       訪れた産地で採集できた確率を”採集確率”と定義すると、「日本産鉱物50種」1つ
      ひとつについて、次のような(式1)が成り立つ。

       自力採集率=訪山率×採集確率・・・・・・・・・・(式1)

       つまり、訪山して、採集できて初めて自力採集率は100%になるが、訪山しなくても
      採れなくても自力採集率は0%、と厳しいのだ。

       採集確率=自力採集率/訪山率=0.35/0.5=0.7=70%

       1発で採集できず、何回か訪れてようやく採集できた標本もあり、1回だけ訪れての
      採集確率は50%程度だろう。腕(目?)が良いのか、悪いのか?

       さらに厳しいのは、『採集禁止の壁』だ。近年、全国各地の産地の中で、採集が禁止
      になっている箇所がある。フィールドに立てなければ、絶対に採集できないのだ。
       私が訪れて採集できた産地・標本の現状を私が知る範囲でまとめてみた。

      
 私が訪れて採集できた
19種の産地と標本が
現在でも採集可能かを
まとめてみた。

 採集禁止・・・・・16%
 採集可能・・・・・84%

 これから集めてみようと
お考えの方が若しおられるなら
20%前後は、”自力採集”を
断念せざるを得ないようだ。




 産地の現状(2010年4月)


5. おわりに

 (1) 「赤い緑簾石」
      「眉山のルチル」を送っていただいN夫妻からのメールに『赤い緑簾石』なるケッタイな
     ことばがあった。

      『 1ミリ弱細柱状、顕微鏡ではオレンジ色で、ルチルか?と当初思ったんですが、赤い
       色の緑廉石がある、とのことなので、とりあえず、そうしておきました 』
・・・・Nさん

      私が、「ルチルの可能性がある」、とメールしたので意を強くした奥さんから

      『 眉山の標本、見ていただいて、やっぱりルチルですよね。私が見つけたんだし
       そうだと思ってました 』
・・・・・・・N夫人

      ”婦唱夫随”のNさんは

      『 いや、僕もそうじゃないか、と思ってたけど、Webの 「××の鉱山と××」に記載さ
       れていて、そうかな、思った次第です。 汗 』
・・・・・・Nさん

 (2) 「眉山のルチル」
      貴重な標本を送っていただいたN夫妻には申し訳ないが、本文でも書いたように、恵与
     いただいた標本が100%「ルチル」との確信がない。かくなる上は、現地を訪れ”肉眼サイ
     ズ”の標本を直接観察するしかなさそうだ。
      それを楽しみに、千葉でのミネラル・ウオッチングと単身赴任を楽しもうと思っている。

6. 参考文献

 1) 岡本 要八郎、桜井 欽一:「あなたはおもちですか?」鉱物コレクターの資格審査
                     地学研究Vol.10 No.5,1958年
 2) 柴田 秀賢、須藤 俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
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