長野県戸沢鉱山産「ベルチェ鉱」の鑑定

    長野県戸沢鉱山産「ベルチェ鉱」の鑑定

1. 初めに

    私のHPを見て頂き、産地の情報を提供したり、案内して差し上げた人たちと
   ミネラルウオッチングを開催するようになって、2007年5月で7年目を迎えた。

    今まで訪れた産地のHPを読み直していると、ちょうど3年前の2004年6月に
   「ベルチェ鉱の古里と蛭川村の有名・無名鉱山を訪ねて」と 題して、愛知県の
   石友・Hさんにベルチェ鉱が日本で最初に発見された「戸沢鉱山」を案内してい
   ただいていた。そのときの様子は、次のページにまとめてある。

   ベルチェ鉱の古里「戸沢鉱山」

    このページの「おわりに」で、『 ベルチェ鉱と輝安鉱の識別について、別途
   HPで報告したいと考えています 』
 、と書きながら今まで果たしていなかった
   のに気づいた。

    実は、3年前のミネラルウオッチングの時、戸沢鉱山から次の目的地に移動
   する途中にある中央道「神坂(みさか)PA」で、教科書にあるとおりのベルチェ鉱
   の鑑定実験を試みたのだが、うまくいかなかったので、そのままになっていた。

    改めて「ベルチェ鉱」の化学組成を見直し、もっと簡単な方法で識別できるの
   ではないかと試してみたところ、上手くいったので報告させていただく。

    今年の梅雨は例年になく雨が多く、連休が台風に見舞われるなど、フィールドに
   出かけにくい日が多く、自分で書いた古いHPなどを読み直している。継続して調査
   することになっていて、そのまま宿題になっているものがあり、少しずつ、片付け
   たい、と考えている。
   ( 2007年7月調査 )

2. 産地【戸沢鉱山】と採集標本

   戸沢鉱山は、岐阜県との境、長野県阿智村「赤なぎ沢川」沿いにあった幾つかの
  鉱山の総称のようだ。「赤なぎ沢川」に沿って林道(黒沢山林道?)を上流に向かうと、
  ゲートがありその手前に駐車する。
   ゲート脇には、最近建てられたと思われる『戸沢鉱山跡について』という看板があ
  り、鉱山の歴史、産状、産出鉱物が記述してあるので、引用させていただく。

   『 この本谷(赤なぎ沢?)にあった鉱山は、開生(名古屋開開堂)、光明、阿部
    (所有者)、戸沢(地名)等の名称で呼ばれたが、後に「戸沢鉱山」に統一。明治
    30年(1897年)ここで安質母尼(アンチモニィ)鉱が発見され、明治40年(1907年)
    に大阪人による最初の採掘が行われたが、以後、赤薙(なぎ)に代表される
    ような崩落しやすい場所であるため、大雨のたびに埋没休山、再び復旧して再
    稼動することを繰り返してきた。
     大正3年(1914年)の第一次世界大戦中に第二回目の採掘が行われ、「ツボ
    タタラ吹き」で精錬し馬の背で神坂峠を越えて湯舟沢まで運び、大阪から欧州へ
    輸出した。
     第三回目の採掘は、昭和8年(1933年)山王に「浮遊選鉱所」を設立し、製品は
    飯田を経て、蒲田と鶴見に送った。最後の操業は昭和19年(1944年)の太平洋
    戦争中だったが終戦で休山、現在に至っている。
     原鉱石である輝安鉱・ベルチェ鉱は、伊奈川花崗岩(粗粒角閃石黒雲母花崗
    閃緑岩)の中の粘土化した鉱脈に含まれる。ベルチェ鉱は我が国の主要産地で
    あり、輝安鉱では水晶に包まれた2〜5センチメートルに及ぶ大きな結晶が採集
    されている。
                                金属の会 記
                        中部森林管理局南信森林管理署
                               阿智森林事務所』

       
           案内板          ベルチェ鉱【2004年6月採集品】
                     戸沢鉱山

3. ベルチェ鉱とは

   ベルチェ鉱(BERTHIERITE)は、アンチモン(元素記号:Sb)の鉱石鉱物で、輝安鉱
  (STIBNITE) と見た目が同じで、『肉眼鑑定』は難しい、とされている。

   両者を一覧表で比較してみる。

No項   目 ベルチェ鉱  輝安鉱 備     考
1 化学組成 FeSb2S Sb2S3ベルチェ鉱は鉄(Fe)を
含み磁性がある
 輝安鉱は磁性がない
2 比重 4.63 4.64 
3 結晶系 斜方 斜方 
4 融点不明 525〜550℃輝安鉱とほぼ同じ? 
5 色 鉄黒〜鋼灰色 暗鋼灰色 
6 外観柱状、針状結晶の集合柱状、針状結晶の集合 

    確かに、色、外観、比重などほとんど同じで、肉眼での鑑定はお手上げのようだ。

4. ベルチェ鉱の鑑定

 4.1 教科書の方法
     ベルチェ鉱には磁性がある(磁石に吸い付く)という特性を使ったもので、次の
    ような手順が書かれている。
     @ 溶かして小球をつくる。
        ベルチェ鉱と輝安鉱は融点が低く、ろうそくの火でも簡単に溶け、小さな
       金属球になる。
     A 磁性有無チェック
        この球に強い磁石を近づけると、ベルチェ鉱は吸い付くが輝安鉱は付か
       ない

     この手順で、鑑定しようと試みたのが、大きな問題があった。
    溶かして鑑定するとサンプルは当然ダメになる、『破壊検査』である。そうなると
    ”良標本”は使えない。『石英と針状結晶』が混じったようなものを火にあぶると、
    熱膨張の違いか、”パチン”と大きな音をたて、破片が猛烈なスピードで飛び散り
    極めて危険である。
     子どもや女性の眼の前で試せる方法ではないと、手順@をクリアできないまま
    実験を中止した。

 4.2 今回試した方法
     何も、溶かして小さな球を作らないでも、磁性の有無は確認できるのではないかと
    考えた。その手順は、次のとおりである。
     @ 小さな結晶を母岩からはがす。
         太さ 0.1mm、長さ 1mm 前後が良い。
     A 磁性の有無チェック
         磁石に吸引する力が弱いので、実体顕微鏡で見ながらサンプルを磁石に
        近づける。

     その結果、下の写真のように、戸沢鉱山の標本は磁石との距離が0.5mm位に
    なると、”飛ぶように”磁石に吸い寄せられ、「ベルチェ鉱」だと確認できた。

     磁石に付く小結晶【ベルチェ鉱】
    外周の黄色部は非磁性の黄銅
    内周の鋼色部が磁石

 4.3 肉眼鑑定
     「ベルチェ鉱」と「輝安鉱」の肉眼での識別では難しいとされる一方、『風化した面が
    ベルチェ鉱のほうが黒っぽくなる』(益富地学会館「日本の鉱物」)とか『ベルチェ鉱は
    表面が独特の色を示す』(某ネット情報)とかの情報があるが、『感応検査』で、何度か
    やった人(熟練工)でないと難しい。

     もっと簡単で確実な方法があるはず、と思いついたのが、”鉄さび”に注目する
    やり方である。

     ベルチェ鉱に含まれる鉄(Fe)は、錆びると茶褐色の針鉄鉱【GOETITE:FeOOH】
    あるいは赤褐色の赤鉄鉱(ヘマタイト)【HEMATITE:Fe2O3】に変化するはずで、
    このような部分を含む、あるいは隣接する標本は「ベルチェ鉱」判断して良いだろう。
     上の磁性による鑑定のサンプルは、赤鉄鉱に隣接する部分から採取したもの
    である。

     ただ、標本としては・・・・・・・・・・・・・・・。もっとも、赤色針状結晶が「紅安鉱」だと
    話は違ってくるのだが。

     赤鉄鉱を伴う「ベルチェ鉱」

5. おわりに

 (1) 『 ベルチェ鉱と輝安鉱の識別について 』 は、丸々3年かかってしまったが
    何とかまとめることができ、内心”ホッ”としている。

 (2) 鉱物の鑑定に、私のような”甘茶”が使える物理的な手段としては、比重、磁性
    モース硬度、へき開有無、(蛍光)、(放射性)など、限られている。
     磁性の有無は、”糸付き磁石”を使う方法が一般的だが、今回は強力な角型の
    永久磁石を用いた。両方、持っていると鑑定に都合が良い。

 (3) 湯沼鉱泉社長と長野県の石友・Yさんから、「水晶の中の不明鉱物」の鑑定を頼
    まれたことがあった。
     銀白色の板状結晶の集合で、一見、「輝水鉛鉱」か「硫化鉄の1種」と思われた。
    糸付き磁石を近づけると、弱弱しくだが吸着し「磁硫鉄鉱」 で決着した。
    ( 磁性は、間に介在する水晶(石英)にはほとんど影響されない )

     水晶の中の磁硫鉄鉱【磁石を吸着】

6. 参考文献

 1) 益富地学会館編:日本の鉱物,成美堂出版,1994年
 2) 今村理則編:飯田・下伊那の金属鉱山,,
 3) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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