秋田県日三市(ひさいち)鉱山産 「 荒川石 」

       秋田県日三市(ひさいち)鉱山産 「 荒川石 」

1. 初めに

   2002年12月、例年より早い本格的な冬の訪れ・降雪でフィールドでのミネラル・ウオッチングが
  ままならず、古い「地学研究」誌を読んでいると、岡本 要八郎先生と桜井 欽一先生が書いた
  ”「あなたはおもちですか?」鉱物コレクタの資格審査”、という記事に目が止まり、その内容に
  ついて、私のHPで紹介させていただいた。

   ・    「あなたはおもちですか?」
   鉱物コレクターの資格審査
   ( How Many Specimens do you have ? , Qualification of Mineral Collector )

   それ以来、フィールドやミネラルショーでは、日本産鉱物50種+【番外】、計54種を積極的に追い
  かけている。しかし、なかなか集まらないのが、次の4種だ。

  No 産地 鉱物
 19 徳島県眉山 ルチル
 30 秋田県日三市 荒川石(ベスジェリ石<原文のまま>)
 45 大分県尾平灰鉄輝石(結晶)
【番外】 北海道手稲手稲石

   そんな折、私のHPの読者・Yさんから、「 日三市鉱山の荒川石がありますが?」、とのメールを
  いただいた。
   迷うことなく、「 お願いします! 」と返信したのは言うまでもない。送られて来た「荒川石」は
  滋賀県の石友・Nさんにいただいた「滋賀県灰山産のベゼリ石」よりも色は薄いものの『犬牙状』
  結晶で、「荒川石」に間違いない。

   只(ロハ)でいただくわけにもいかず、「荒川鉱山の三角黄銅鉱」+「三重県産新産鉱物」と
  交換となった。

   これで、51種( 51/54=94% )揃ったことになる。
   残り3種のうち、自力採集の可能性がある標本もあるので、あせらずに、ジックリ探して見たい。

   『 果報は寝て待て 』

   貴重な「荒川石」を恵与してくれた、Yさんに厚く御礼申し上げる。
   ( 2008年8月 情報 )

2. 日本産鉱物50種選定の経緯

   1958年(昭和33年)の「地学研究」に、「北投石」発見者の岡本 要八郎先生とアマチュア鉱物
  学者の桜井 欽一先生が連名で次のように書いている。

   『 鉱物収集には色々なスタイルがあるが、”コレクターは、珍種、美晶を手に入れて胸をときめ
    かせた覚えがあるであろう。
     誰もが欲しがるであろう、日本産の鉱物を50種選んでみた。
     そんなことをして何になる!! など怒り給うな。これは、お遊びです。             』

   気になるのは、両氏による資格審査基準で、それは、次の通りである。

   『 @全部あれば一流コレクター
     A70%以上なら、立派なコレクター
     B30〜50%では、まだまだ努力が足りない
     C30%以下では、コレクターという資格はない    』

3. 日本産鉱物50種+番外4種

   50種+番外4種が下記のように掲載されている。

No   産        地            鉱         物
1 福井県赤谷産 自然砒(金米糖状結晶)
2 北海道手稲産 自然テルル
3 兵庫県生野産 自然蒼鉛
4 愛媛県市ノ川産  輝安鉱(美しい結晶)
5 秋田県太良産 方鉛鉱(八面体と六面体の集形)
6 秋田県院内産* 輝銀鉱(結晶)
7 秋田県阿仁産 閃亜鉛鉱(美しい結晶)
8 兵庫県夏目産 紅砒ニッケル鉱
9 秋田県荒川産 黄銅鉱(三角式結晶)
10 新潟県赤谷産 黄鉄鉱(菱体面<原文のまま>に似た結晶)
11 大分県尾平産 硫砒鉄鉱(長柱状結晶)
12 山口県長登産 輝コバルト鉱
13 群馬県中丸(旧八幡)産 四面銅鉱(結晶)
14 山梨県乙女産 水晶(日本式双晶)
15 宮城県小原産 紫水晶
16 新潟県赤谷産* 玉髄(そろばん珠状)
17 富山県立山産 魚卵状珪石
18 岡山県下徳山産  赤鉄鉱(結晶)
19 徳島県眉山産 ルチル
20 長野県湯股産 方解石(球状)
21 長野県浦里産* 玄能石
22 島根県松代産 霞石(結晶の集合体)
23 福島県飯坂産 フェルグソン石(結晶)
24 福島県石川産 サマルスキー石(結晶)
25 福島県石川産 モナズ石(結晶)
26 神奈川県玄倉産  燐灰石(結晶)
27 岐阜県神岡産 緑鉛鉱(結晶)
28 栃木県足尾産 藍鉄鉱(結晶)
29 大分県木浦産 スコロド石(結晶)
30 秋田県日三市産  荒川石(ベスジェリ石<原文のまま>)
31 秋田県玉川産 北投石(渋黒石)
32 山梨県乙女産 ライン鉱(灰重石後の鉄重石結晶)
33 岐阜県苗木産 苗木石(変種ジルコン)
34 滋賀県田ノ上山産 トパズ
35 富山県黒部産 十字右
36 大分県尾平産 斧石(美しい結晶)
37 長野県武石産 緑簾石(いわゆる焼餅石)
38 京都府白川産 褐簾石(花崗岩中の結晶)
39 大分県木浦産 ベスブ石(結晶)
40 静岡県河津産 イネス石
41 長野県御所平産  電気石(扁平な結晶)
42 大分県尾平産* ダンプリ石
43 長野県川端下産  柱石(もと透角閃石と誤認されていた)
44 茨城県日立産 菫青石(結晶)
45 大分県尾平産 灰鉄輝石(結晶)
46 福岡県長垂産 紅雲母
47 山口県六連島産  金雲母
48 岐阜県神岡産 魚眼石(結晶)
49 東京都三宅島産  灰長石(結晶)
50 新潟県間瀬産 方沸石(結晶)
【番外1】 北海道手稲鉱山産 手稲石
【番外2】 鹿児島県咲花平産 大隅石
【番外3】 京都府河辺産  河辺石
【番外4】 神奈川県湯河原産 湯河原沸石

            * 印は他の産地のものを代用してもよい.
            【番外】は、ぜひあつめておきたい、日本特産鉱物である.

4. 日三市鉱山産「荒川石」

 4.1 「荒川石」とは?
     日三市鉱山で「燐銅鉱(Libethenite)」が産出し、化学成分や外観は燐銅鉱に似ているが
    結晶系に著しい差があり、『燐銅鑛とは似て非なるものなり』、福地 信世によって発表され
    たのは明治34年(1901年)だった。

     大正5年(1915年)、「日本鉱物誌(第2版)」には、「燐酸銅の鉱物」なる1章が設けられ、
    日三市鉱山産の「含水燐酸銅」について記述があり、測角結果とともに結晶図も添えられ
    ているが、『鉱物名今だ定まらず』、とある。

     結晶図

     日三市鉱山産の「含水燐酸銅」に新鉱物名・「荒川石」【Arakawaite】が与えられ、世に知
    られるようになったのは、1921年(大正10年)に若林 彌一郎ほかによって「地質学雑誌」に
    発表された「秋田縣日三市鑛山の燐酸亜鉛銅鉱物」によってだろう。

   (1) 発見および研究経緯
        『 明治33年(18900年)秋、秋田縣荒川鑛山の支山の日三市鑛山の奥ひより青緑色
         結晶の少量を発見せしが、吹管分析にて燐および銅を検出したる故、福地 信世氏と
         若林 彌一郎とはこれをリベセン鑛(Libethenite)に似たる1の燐酸銅鉱物として、
         日本鉱業会誌(明治34年4月)に報告せり。
          若林は、鉱業会誌(明治34年9月)に、「日三市鑛山・・・にて、硅緑石(硅孔雀石)
         仮晶を発見せり ・・・・・・」
          明治40年ごろ、日三市鑛山・・・に於て多量の外形整備せる同様の良晶を発見した
         るも、若林は荒川鉱山に在りて、研究機関(分析機器のこと?)不備のためこれらの
         結晶を其ままに保存せしが、・・・・・・・
          大正2年、若林は吉岡鉱山に在りし時、再び日三市の標本に就て研究せしに、「リベ
         セン鑛」と性質大に異なる事を知り、・・・・・・・「ヴェスゼリイト(Veszelyite)と類質異像
         (Isomorphism)の鉱物なることを知るに至れり。

          大正5年、「日本鉱物誌(第2版)」に、荒川日三市の標本に柱状と扁平状との晶相
         ある事を記し・・・・・・・
          大正9年夏、駒田は1の大なる結晶(長径1.8mm、短径0.8mm)について、接触測角
         を試み下の面角を得たり。
          同年秋、駒田は・・・・・・8種の晶面を区別し、又光学上其他の研究をなせり。   』

        こうして、「地質学雑誌」に若林、駒田の連名で発表された。

   (2) 日三市鉱山の地質と鉱床
        『 日三市鉱山は荒川鉱山の東南2里(8km)にあり、天正年間の発見にして、明治
         10年代以降は銅を主眼として稼行するに至れり。・・・・・・
          鉱床は新期火山岩を運鉱岩とし、水成岩を母岩とせる純然たる鉱脈にして数条
         あり、略相平行す。
          鉱脈中の金族鉱物は含銀黄銅鉱及び黄鉄鉱にして、・・・・鉛及亜鉛の硫化物を
         夾雑すること多し。脈石には石英を主とし、又方解石も産す。

          2次鉱物は、赤銅鉱・・・・・・自然銅及び問題の燐酸亜鉛銅鉱等あり。・・・・・・本論
         文の主眼鉱物の産出は、・・・・・・地表より300尺以内に限られるものなり       』

   (3) 燐酸亜鉛銅鉱物の産出状態
        『 ・・・・・の処にある採鉱場よりこの鉱物の多数を見出したる事あり。而して是れと
         共産するものは皆2次生鉱物・・・・・・・なるが故に此燐酸亜鉛銅鉱も亦2次生鉱物
         たる事明らかなり。

          ・・・・・本鉱物の主成分の1たる燐酸は其源を主として地表或は地表付近の有機物
         に仰ぐ為に地下の深きに就くに従ひ・・・・・・                       』

   (4) 結晶の晶相と大きさ
        『 燐酸亜鉛銅鉱物は単斜晶系に属し、其相には種々あり。・・・・・・
         今回精査せしものは(イ)柱状結晶(Prismatic Form) (ロ)短形晶相(Stout Form)
         (ハ)扁平柱状晶相(Flat Prismatic Form)の3種にして・・・・・・・・・・

          又、面の大小不整にして三斜晶系に見ゆるもの、或は・・・・・・・・事あり。

          結晶の大きさは、最大のものにて長径1.8mm、短径0.8mmに達するも、多くは長さ
         0.5−1.0mmに過ぎず。                                   』

   (5) 晶面とその性質【省略】
   (6) 面角及び軸率面角【省略】
   (7) 色及び光沢・條痕・透明度
        『 新鮮なる結晶濃青緑色を呈すれども、風化したものは淡青緑色なる・・・・
         光沢は、新鮮なるものにありては玻璃光沢にして多少は脂光沢を帯ぶる事もあり、
         而して、風化したるものには光沢更になし。・・・・・・                  』

   (8) 破面・硬度・比重
        『 ・・・・・・・
          硬度を験せしに、3.5を得たり。・・・・・・
          比重・・・略測したる結果、3.00を得たり。・・・・・                   』

   (9) 光学上の諸恒数【省略】

   (10) 化学成分と反応・蝕像試験
        『 大正2年(吉岡鉱山分析の結果並に同9年の両国金属鉱業研究所に於ける分析
         の結果は下の如し。

                        大正2年     同9年        平均成分
          酸化銅(CuO)      41.26        以下略
          酸化亜鉛(ZnO)     24.89        以下略
          酸化鉛(PbO)      ナシ         以下略
          燐酸(P2O5)       18.83        以下略
          水(H2O)         15.78        以下略
          灼熱減量         ―         以下略
          合計           100.74        以下略
                     此化学成分より分子式を作らんが為めに下の計算を行う。・・・・・・・・・

          乃ち、実験式は 4CuO・2ZnO・P2O5・6.5H2O となる。・・・・・・・・・・・・

          分子式は  (Cu,Zn2)(PO4)・3Cu(OH)2・3.5H2O となる。・・・・・・・・・・・・
          而して今日迄に発見せられたる燐酸亜鉛並に燐酸銅の鉱物或は成分又は形態
         が本鉱物に類似せるものを掲ぐれば下の如し。

          Hopeite 3ZnO・P2O5・4H2O
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          Libethenite   4CuO・P2O5・H2O
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          Veszelyite    7RO(P,As)2O5・9H2O
                     R=Zn:Cu=2:3 As:P=2:3

          乃ち、従来発見記載せられたる如上10種の鉱物に比ぶるに我が標本jは化学成
         分上著しき相違あり。且形態上の習性と雖も是等と明らかに異なる点多きが故に是
         等の鉱物の類質混合物(Isomorphous Mixture)の如きものに非ずして、全然新しき
         鉱物種と断ずるに憚らざる可し。・・・・・・・・                        』

   (11) 結論
        『 叙上検定の結果を縷述せる所によりて見るに、日三市鉱山の燐酸亜鉛銅鉱は晶
         形及び物理性は無論、化学成分の点より考ふるも、従来研究発表せられたる種類に
         比すれば全く別種の鉱物なりと断定するに憚らず。
          而して、今日迄に本邦産新鉱物として認められたるものは苗木石(Naegite)と北投
         石(Hokutolite)との2種あるのみ(仮晶等にして新鉱物と誤認せられしものは数種
         あり)なれば、今回研究したる本鉱物は実に第3番の新種たり。
          仍(より)て本邦産新鉱物としての名称を恩師神保博士に乞て
アラカワ石(荒川石
         Arakawaite)
と命名し、茲に其研究の結果を発表するものなり。            』

 4.3 私の入手品
     Yさんから恵与いただいた「荒川石」は、凝灰岩質の岩の割れ目に生じたものらしく、共生
    する鉱物は小さな水晶だけである。
     薄い青緑色、犬牙状自形結晶を示している。

       
                 全体                    拡大【自形結晶】
                       日三市鉱山産「荒川石」

5. おわりに

 (1) 「荒川石」のその後
      その後、「荒川石」は、「ベゼリ石【VESZELYITE:(Cu,Zn)3(PO4)(OH)3・2H2O】であることが
     明らかになり、本邦産新鉱物の夢は消えてしまった。
      ( 苗木石(Naegite)も、「ジルコン」の一種であることになり、新鉱物から外されている )

      今から100年近く前の大正2年(1913年)の化学分析技術では、「荒川石」の化学式を正
     確に求めることは難しく、”新鉱物”と誤ってしましったのだろう。
      その当時知られていた「ベゼリ石」の化学式も現在使われているものとはだいぶ違うよう
     だ。

 (2) 荒川鉱山・日三市鉱山郵便局
      日三市鉱山は荒川鉱山の支山という位置づけで、最初は規模も大きくなかったようで、
     日三市鉱山で働く人の郵便物は荒川鉱山局で処理された。やがて、明治33年、日三市
     鉱山にも郵便局が開局した。しかし、鉱山局名は数年で、「日三市」に変わったようで
     日三市鉱山印は入手できていない。

       
          明治43年            昭和12年
                  荒川鉱山印

 (3) 日本産鉱物50種を集め始めて、7年目を迎えた。70、80%を揃えるまではさほど難しいとは
    思わなかったが、90%の壁は厚かった。
     それを乗り越えはしたが、まだまだ前途多難である。残り3種なので、ボチボチ探してみようと
    思っている。

6. 参考文献

 1)神保 小虎、瀧本 鐙三、福地 信世:日本鉱物誌(第2版),大正5年
 2)岡本要八郎・桜井欽一:「あなたはおもちですか?」鉱物コレクターの資格審査
                 地学研究Vol.10 No.5,1958年
 3)松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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