異聞・奇譚 「黒曜石」 − 天狗の涙( Apache Tears ) その2−









             異聞・奇譚 「黒曜石」 
       − 「天狗の涙」( Apache Tears ) その2 −

1. はじめに

    2013年9月末、はじめて某県の骨董市を妻と訪れた。出店の1つで、” ARIZONA  LAND
   OF HISTORY AND ADVENTURE ” 、と題して、アメリカ・アリゾナ州で産出する鉱物や
   岩石標本21種類を地図の産地の位置に貼り付けたものを売っていた。
    これらの岩石・鉱物の中に、”APACHE TEAR(アパッチの涙)”があった。「アパッチの涙」
   をよく見ると、ガラス質、黒色に赤い縞模様が入っているので、黒曜石に間違いなく、北
   海道の白滝あたりで産出するものに似ている。
    1978年に初めて海外出張したアリゾナ州フェニックスの想い出などを交えて、『天狗の
   涙( Apache Tears )』、とサブ・タイトルをつけたページをアップしたのは、2013年10月
   だった。

    ・ 異聞・奇譚 「黒曜石」
    − 「天狗の涙」( Apache Tears ) −
    ( Strange Stories and Curious Tales on Obsidian
           ― Apache Tears ― , Nagano Pref. )

    このページを書きながら、次の2点が気になっていた。

     (1) 「アパッチの涙」は団塊状
          ネットで調べると、” APACHE TEAR ”は、「黒曜石」で間違いないのだが、
         形と大きさは、『直径0.5〜5cmの丸いノジュール(団塊)』、とあり、小さな団子
         (ダンゴ)状の塊なのだ。
          厳密にいえば、骨董市で入手した標本は、『アパッチの涙のカケラ(破片)』、
         とすべきなのだろう。
          やはり、”本物のアパッチの涙”を入手して調べてみたい。

     (2) 『天狗の涙』の産状
          和田峠で拾った団塊状の黒曜石は日本版「アパッチの涙」だと思い、幕末、
         この地で起きた水戸・天狗勢の悲劇をもとに、『天狗の涙』、と名付けてみた。
          この団塊状の黒曜石は表面が”ピカピカ”で、拾った場所の近くには川や沢
         がないので、川ずれ品ではないと思ったが、現在ないだけの話で、地質史の
         何十万年という長い時間軸でみれば川や沢だった時期があるかもしれない。
          こうなると、『母岩付き 天狗の涙』を探すしかない、と心に決めた。

    2013年11月、恒例の秋のミネラル・ウオッチングが終わり、持ち帰った数少ない採集
   品の整理も終わったが、『珪灰鉄鉱』だとすると日本離れした大きさなので、決めかねて
   いる標本があった。
    自宅から車で15分ほどのショッピング・モール内の「クリスタル・ワールド」の支店で『珪
   灰鉄鉱』を売っていたことを思い出し訪れてみた。いくつかある珪灰鉄鉱の中から、頭付
   きで結晶がシッカリしていて、”測角”にも耐えられる標本を購入した。
    店内の標本棚を見て回ると、”アパッチの涙”がいくつか並んでいるのを発見し、迷わ
   ずその中の一つを購入した。
    ついでに、カルシウム(Ca)を含むケイ酸塩鉱物で、結晶形が「珪灰鉄鉱」に似ている、
   「ダンブリ石」まで買ってしまった。

    お茶会が立て続けにあり、秋のミネラル・ウオッチングにも参加できなかった妻のため
   次回のミネラル・ウオッチングの下見も兼ね、紅葉の和田峠周辺を回った。古い露頭の
   一角で、母岩についた団塊(小球)状の黒曜石を発見し、日本でも”アパッチの涙”が
   産出する事を確認できた。

    綺麗なザクロ石に眼の色を変える人々にとっては、欲しくもない”黒曜石”だろうが、
   こうして調べてみると、ザクロ石に勝るとも劣らなく、奥深いものがある。
    既報のように、2013年10月、山梨県では水晶盗掘容疑で逮捕者がでた。鉱物採集を
   趣味にしている人々にとって、ショッキングな知らせだったろう。鉱物採集のどこまでが
   良くて、どこから先が犯罪になるのか曖昧なのも混迷に輪をかけている。
    しかし、この辺りで、一人ひとりの鉱物採集のあり方について見直す時のようだ。
    ( 2013年11月 入手・作成 )

2. 「アパッチの涙」

    「クリスタル・ワールド」で購入した「アパッチの涙」は、黒色、ガラス光沢、”団球状”で、
   ネットで調べたものと同じ黒曜石だ。表面の白いのは、母岩の真珠岩(Pearlite:パーラ
   イト、ガラス質の流紋岩)が貼りついているせいだ。
    産地はアリゾナ州のスペリオル(Superior)、とあり、原産地のものだ。

        
            外観【最大径 37mm】                収納袋とラベル
                  アリゾナ州スペリオル産 「アパッチの涙」

     和田峠産の「天狗の涙」と比較してみると、そっくりなのに気づくだろう。

     
        和田峠産「天狗の涙」【最大径 32mm】

3. 『母岩付き 天狗の涙』

    お茶会が立て続けにあり、秋のミネラル・ウオッチングにも参加できなかった妻のため
   次回のミネラル・ウオッチングの下見も兼ね、2013年11月、紅葉の和田峠周辺を回った。
   古い露頭を丹念に観察すると、ごく狭い範囲に黒曜石の脈が見られ、母岩についた団
   塊(小球)状の黒曜石を発見し、日本でも”アパッチの涙”が産出する事を確認できた。
    小さい球状、半透明の黒曜石が母岩に嵌(は)め込まれていて、比較的簡単に分離す
   る。

        
                 全体                           分離品
               【横 80mm】                     【最大径 5mm】
                       和田峠産母岩付き 「天狗の涙」

4. 『ペレーの涙』と『ペレーの(髪の)毛』

    「アパッチの涙」をネットで検索すると、関連項目として、『ペレーの涙(Pele's Tear)』が
   載っている。「アパッチの涙」と同じく火山噴出物で、『涙』と呼ばれているので調べてみ
   た。以下、『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用させてもらう。

    ペレーの涙(Pele's tear)とは、火山の爆発の際にマグマの小さなかたまりが固結した
   ガラス質の粒のことである。火山噴出物の一つ。火山涙(かざんるい)ともいう。
    流動性の高いマグマが爆発的に噴火したのち、急冷固結することで形成される。大き
   さは数mmから1cm程度のものが一般的である。
    玄武岩質のマグマから産するため、ハワイでよく見られる。名前の由来である「ペレー」
   もハワイの女神の名である。
    日本では長崎県五島市の鬼岳など、ごく一部の火山でのみ産する。

     
                  ペレーの涙
                 【Wikipediaから引用】

    『涙』、という名前に相応しく、涙の滴(しずく)のような、”涙滴(るいてき)形”をしていて、
   火山噴火で噴き上げられたマグマの小さな塊が”彗星”のように尾を引きながら固まっ
   たもののようだ。
    ”尾っぽ”がちぎれたようになっているが、地面に落ちた時の衝撃で取れてしまった
   のだろう。尾っぽの部分は、細くて長い”毛髪状”になっていて、『ペレーの(髪の)毛
   (Pele's hair)』、と呼ばれている。

     
                  ペレーの毛
                 【Wikipediaから引用】

    20年ほど昔になるが、東京の石友・Oさんから、ハワイに行ったお土産だといって、
   『ペレーの毛』をいただいた事を思いだした。
    標本箱に仕舞ったことは覚えているが、・・・・・・・・・。

5. おわりに

 (1) " Indian Summer "
      11月も10日を過ぎ、例年より少し遅いものの甲府盆地でも初霜、初氷が見られた。
     富士山はとっくに雪に覆われ、南アルプスや八ヶ岳も頂上付近は真っ白だ。
      紅葉した庭の花ミズキも、テッペンの方は葉が落ちて、庭一面に絨毯(じゅうたん)
     を敷きつめたようだ。いよいよ甲府盆地にも冬の到来だ。

      この時期、甲州(山梨県)の風物詩は、まず”干し柿”だろう。”木枯らし一号”が吹き
     すさんだ先週末、甲州百匁柿を70個ほど買ってきて、皮を剥き、軒下に吊るした。
      例年100個以上干すのだが、孫たちには人気がなく、干し柿が好きな両方の親や
     息子の嫁さん、そして知人の分だけ作ることにした。

      農園のほうも一区切りつき、秋ナスの収穫も最終段階で、大根や白菜そしてチンゲ
     ン菜などは生育待ちだ。長ネギも病気にもかからず、霜にあたって柔らかくなり、収穫
     間近だ。
      先週末、落花生を収穫した。千葉県の単身赴任先を離れる時、私が農園をやって
     いることを知っている兼業農家のMさんが、自分の家で採れた落花生をくれた。5月に
     種を播き、肥料もやらなったが、例年になく大収穫だった。
      ( 石友・Y農学士によれば、「豆類は肥料をやり過ぎると逆に良くない」、らしい。 )

       干し柿

         
                7月 成長期                      11月 収穫後
            「地面に落ちた黄色い花から
             生まれる・・・・・・・・落花生」
                              農園の落花生

      今日は日本海側で雪が降っている冬型の気圧配置で、甲府盆地は快晴で風もな
     く、陽射しは暖かい。このような初冬の暖かな日を「小春日和(こはるびより)」、英語
     では、" Indian Summer "、というと昔習ったことがある。
      最近では、”Indian”、という語を見聞きする事もメッキリ少なくなり、アパッチに至っ
     ては死語かもしれない。

      背中に窓越しの暖かい日差しを受け、コタツに入ってこのページを書いているが、
     『水晶盗掘容疑で逮捕』の一件が心を寒々とさせる。
      地元山梨県や周辺のN県、遠くS県の人々に山梨県警から事情聴取があった、と
     風の便りに聞いた。警察は、大量に水晶を採掘した動機(目的)と水晶の処分法の
     裏付けを固めているようだ。

      私がミネラル・ウオッチングに回帰した昭和の終わりころ、愛読した草下先生の
     「鉱物採集フィールド・ガイド」の書き出しが、『なんで鉱物を集めるのか』の章だ。

      ・ 「何が鉱物の魅力か」=「天然自然の造化の妙」
         この地球と言う巨大な物質の塊の中で、ごくありふれた元素と元素、あるいは
        場合によっては、ほんの少ししか存在しない元素同志が、どこをどう探しまわって
        か結びつき、綱渡りみたいなきわどい条件の下で分子配列した結果、生み出さ
        れるのが鉱物です。
         それが時として目もまばゆい美しい色や、まるでコンピューターで計算して設計
        したかと思われるきちんとした結晶系を生み、またそうした結晶が集合して信じ
        られないような奇妙な形を造りだす。
         小さなものでも、顕微鏡を通してじっくりながめていると、いくら見ても見あきる
        ことのない、楽しみがある。

      ・ 「鉱物採集の楽しさ、面白さ」

         1) 美しく、しかも大きな結晶鉱物を入手したとき。
         2) 他人が所有していない珍奇な鉱物、時には日本や世界で初めての鉱物
           を採集したとき。
         3) できるだけ、たくさんの鉱物種をそろえて自慢すること。
         4) 今まで知られていなかった新しい産地を開発したとき。
         5) ここは多分出るはずであると目をつけていた場所から予想通りの鉱物を
           採ったとき。

      草下先生のいう、「鉱物の魅力」や「鉱物採集の楽しみ」の全部ではないにしても、
     かなりの部分に共感するのは私だけではないだろう。そしてこれらを楽しみにしても
     世の中から非難される筋合いはないはずだ。
      私の場合、1)はもちろん嬉しいが、フィールドでは4)や5)に喜びを見出す傾向が
     強い。2)にはほとんど興味がなく、3)に至っては、全くその気がない。むしろ、次の
     ような点を楽しみにしている。

      a) 知的好奇心の満足
          鉱物の代表とも言える水晶ひとつを取り上げてみても、色形など形態、産状、
         採掘の歴史そして石器、宝飾品から電子部品までの応用、などなど調べて
         みると実に興味深い。
          ミネラル・ウオッチングは趣味なのだから、余暇(余裕のある閑な時間)をい
         かにその人にとって有意義に過ごすか、だと思う。
          産地で出会った一本の水晶について、結晶学の知識を実際に応用し、日本
         式双晶がなす角度(84度33分)を確認するための計算をしていると錆ついた
         脳味噌では時間がかかるが、時が経つのを忘れるほどだ。

          少しの標本で長く楽しむ 『 少欲知足 』、を理想にしてはいるが、凡人の私
         は、”未だ達観できず”、というところだ。

      b) 石友との出会い
          4)や5)を目的に単独や2、3人でミネラル・ウオッチングに行くこともあるが
         ほとんどの場合、まとまった人数で訪れることが多い。とくに、5年前くらいから
         小中学生から大学生まで、多いときには30名近くを案内する機会も増えてい
         る。
          同時に、千葉県のMさんのように、『五無斎』が縁で知り合ってから15年ほど
         になるが、メールや手紙の交換だけで、一度も直接お会いしたことがない不思
         議な石友もいる。

          ミネラル・ウオッチングを趣味にしていなければ一生出会わなかったであろう
         大勢の人々との出会いが楽しい。

     『水晶盗掘容疑で逮捕』された人も草下先生のいう「楽しみ」を共有していたのだろう
    が、どこかで目指す方向を間違えてしまったようだ。

6. 参考文献

 1) 地団研 地学事典編集委員会編:地学事典,平凡社,昭和45年
 2) 草下英明:鉱物採集フィールド・ガイド,草思社、1988年
 3) 堤 隆:黒曜石 3万年の旅,ニッポン放送出版協会,2004年
 4) 木村 英明:北の黒曜石の道 白滝遺跡群,新泉社,2004年
 5) 大竹 幸恵:黒曜石の原産地を探る 鷹山遺跡群,新泉社,2010年
 6) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
 7) 黒曜石体験ミュージアム:案内パンフレット,同館,2013年
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