長野県川上村御所平穴沢の電気石 その3

     長野県川上村御所平穴沢の電気石 その3

1. 初めに

   2007年晩秋のミネラルウオッチングの2日目、皆さんを「川上村穴沢の扁平電気石」
  産地に案内した。HPにも記載したように、参加者15名の内、自力採集できたのは6名
  採集した数は、小さなカケラも含め全部で13ヶで、”幻の産地”になりつつあるようだ
  と書いた。

   このミネラル・ウオッチングの常連、兵庫県・Nさん夫妻は、ある”事情”(わかる人は
  わかるはず)で、参加できないのを残念がっていた。そこで、年内採集タイムリミットの
  12月初めに、案内することにした。

   前日、山梨県の新産地を回り、湯沼鉱泉に行くと社長はじめ、生まれて2ケ月になる
  ”モコモコ”の川上犬までが大歓迎してくれた。Nさんの奥さんは、社長が採集した標本
  をいただき、ご機嫌だった。
   熱めの鉱泉に浸かり疲れを癒した後、ビールを飲みながら、お姐さんの造った心の
  こもった、美味しい料理をいただき、静かに夜が更けていった。

   翌朝、眼を覚まして窓の外を見るとビックリ、一面の銀世界だった。社長の「気を
  つけて行けよ」、の声を背に、御所平穴沢の産地を目指す。妻の4WDの軽自動車は、
  晩秋のミネラル・ウオッチングで性能保証済の上、スタッドレスタイヤを装着したので
  雪道も難なく登り、車で行ける最高地点に到達した。

     雪の中産地に向かう一行

   雪を踏みしめながら産地を目指す。産地は南側斜面にあるため、積雪が全くなく
  ズリも凍結していない。ズリを掘って探すが、なかなか「電気石」は出てこない。Nさんが
  ”松茸水晶があった!!”、と見せてくれたのは、3cmほどの立派な単晶だった。
   ようやく、私が1つ発見し、「見本」に進呈すると眼が慣れたのか、やがて奥さんが
  ”あった!!”と歓声を上げた。

   産地に到着するなり焚き火を起こし、頃合をみてアルミフォイルに包んだサツマイモ
  を入れて置き、お昼ごろ取り出すと”ホクホク”と美味しかった。
   最後に「試掘坑」を見学するなどして、産地を後にした。結局、「電気石」は3ケ採集
  できただけだった。しかし、自宅で採集品をクリーニング、鑑定してみると私の採集し
  た中に、「板チタン石・鋭錐石の群晶」があった。またまた妻が『母岩付き団球状電気
  石』という面白い標本を採集した。妻は、穴沢と”相性”が良いようだ。
   同行いただいた兵庫・N夫妻に厚く御礼申し上げます。
   ( 2007年12月採集 )

2. 産地

   ここは、草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」には、「赤面山(あかづらやま)」の
  名前で、『 両錐電気石の産地として名高い 』、と記載されている。

   この本に記載された写真と現在の状況は、同じ場所とは全く思えないほどに変貌
  している。

        
         昭和30年代(?)            2007年
  【「鉱物採集フィールドガイド」から転載】
                穴沢の電気石産地

    この産地は、社長や地元の小Yさんによれば、正しくは「御所平(ごしょだいら)」ある
   いは「御所平穴沢(あなざわ)」と呼ぶので、このHPも「穴沢」 としてある。

    産地だけでなく、「扁平電気石」の外観もわかりにくく、湯沼鉱泉に宿泊し、「天然
   水晶洞」で、産状と標本を良く見た上で、社長に産地を聞いて訪れることをお勧め
   する。

      母岩付扁平電気石【「水晶洞」標本】

3. 産状と採集方法

   ここは、古生代の粘板岩にほぼ水平に貫入した厚さ約20cmの石英脈で、その上下が
  グライゼン化(石英脈の形成に先立って、入ってきた揮発性成分、たとえば水分とか
  弗素(F)などの作用で周りの岩石が主に石英や白雲母からなる岩石になること)して
  いる。
   石英脈には、大きな水晶が、グライゼン化した部分に「扁平電気石」や鋭錐石そして
  板チタン石などが成長したらしい。
   石英脈を中心に、写真に示すように、最大幅5m、高さ2m、奥行き4mの試掘坑が
  掘り込まれている。

        
           坑道説明             採集風景
                     試掘坑

    10年以上前、湯沼鉱泉社長が再発見した時には、坑内から母岩付電気石が採集
   できたそうだが、今ではもっぱらズリでの表面採集かズリを掘ってみることになる。
    今回は、歯ブラシだけを持参し、怪しげなものは擦って確認する作戦をとった。

      ズリを掘るN夫妻

4. 採集鉱物

 (1)苦土電気石【DRAVITE:NaMg3Al6(BO3)3Si6O18(OH)4
     今回現地で確認できたのは、”カケラ”状の標本だけだった。「完形品」や「半完
    形品」については、以前のページを参照していただきたい。
     球状の雲母や粒状の石英からなる晶洞部分には、”毛状”〜”針状”〜”細柱状”
    結晶が見られ、無色〜茶褐色、透明で、「苦土電気石」らしさを示している。

        
            塊状           ”毛状”〜”針状”〜”細柱状”
                     苦土電気石

       妻が採集し、『 またまた”母岩付き”採集!? 』 と一時騒然となった標本は
    拡大写真の毛状〜針状結晶の集合から「苦土電気石」に間違いない。
     しかし、全体の形が『団球状』であり、『扁平電気石』とは呼べないだろう。何が
    違ってこのようになるのか、興味深い。

        
         全体【横 12cm】            拡大
                『団球状』苦土電気石

 (2) チタン鉱物
     穴沢では、チタン鉱物が採集できるとの報告があるが、今まで一度も採集でき
    なかった。( 気付かなかった? )
     今回、球状〜粒状の白雲母を伴う水晶の群晶の一部が層状に真っ黒になって
    いる標本を採集した。
     黒色部分を実体顕微鏡で観察すると、「板チタン石」と「鋭錐石」が密に集合した
    ”リッチ”な標本である。

       黒色部がチタン鉱物の集合【横 8cm】

   @ 鋭錐石【ANATASE :TiO2
      黒色、金属〜ガラス光沢、8面体(正方錐)で、長軸と直角方向に条線がある
     特徴的な結晶として、雲母の上に見られる。

   A 板チタン石【BROOKITE :TiO2
      黄褐色半透明のガラス光沢〜真っ黒い金属光沢、薄い六角板状で鋭錐石を
     伴って雲母の上に産出する。

         
             鋭錐石             板チタン石
                     チタン鉱物

 (3) 水晶/石英【QUARTZ:SiO2
      ズリには、各種の水晶の単晶、群晶が見られ、形態、インクルージョンにもバリ
     エーションが見られる。

   @ 松茸水晶【 Scepter Quartz 】

       松茸水晶【長さ 4cm】

   A インクルージョン(内包物)
       インクルージョンには、「磁硫鉄鉱」などの金属鉱物、「雲母」などの珪酸塩鉱
      物が見られる。
       

         
           磁硫鉄鉱        雲母(緑泥石?)
              インクルージョン入り水晶

 (4) 褐鉄鉱/主に針鉄鉱【Limonite/GOETHITE:FeOOH】
      磁硫鉄鉱の鉄分が水に溶け、晶洞部分などに溜まり、面白い形状に成形した
     褐鉄鉱が見られることがある。
         
               表                  裏
                   褐鉄鉱/主に針鉄鉱

5. おわりに

 (1) 産地と相性
      どうも、産地には相性というものがあるらしい。私の妻が今回またまた発見し
     た”母岩付き”は、掘りはじめてすぐに見つかったし、前回の手が届く範囲で
     採った「完形品」にしろ、この産地とは”相性”が良いのかも知れない。

      湯沼鉱泉の社長に話すと、「欲しい、欲しい、とガツガツしないから良いのでは
     ないか」、との事だった。

 (2) 焼き芋
     産地に到着するなり枯れ木を集め焚き火を起こし、頃合をみてアルミフォイルに
    包んだサツマイモを入れて置いた。1時間半ほど経ったお昼ごろ取り出して食べると
    ”ホクホク”して美味しかった。
     寒い日には、『火は何よりのご馳走』で、その上、焼き芋まで味わうことができ、真
    冬のミネラル・ウオッチングの楽しみ方が1つ増えた。
     ( 真夏の”自家農園産スイカ”とペアにすべく、2008年は”サツマイモ”作りに挑戦
      せねばと思っている )

        
         焚き火と焼き芋            ”ホクホク”
          真冬のミネラル・ウオッチングの楽しみ

6. 参考文献

 1) 和田 維四郎:本邦鉱物標本,東京築地活版製造所,明治40年
 2) 福地 信世:日本鉱物誌 第2版,丸善株式会社,大正5年
 3) 八木 貞助:信濃鉱物誌,古今書院,大正12年
 4) 小出 五郎:長野県川上村川端下附近の鉱物 我等の鉱物,昭和16年
 5) 日本岩石鉱物鉱床学会編:岩石鉱物鉱床学会誌 総目録
                    第1巻(昭和4年)−第42巻(昭和33年),同学会,昭和34年
 6) 佐藤 博之:博覧会と地質調査所 百年史の一こま 地質ニュース372号
            地質調査所,1985年
 7) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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