電信の研究 その4 船舶無線の歩み










                            電信の研究 その4

                 船舶無線の歩み

             ( Study on Telegraph -Part 4- History of Ship Radio Telegraph )



1. はじめに
     「甲府郵趣」に『電信印の研究』をシリーズで寄稿させていただいている。それ以外にも、「スタンプショウ」
   などで入手した「電信印」や「電信切手」も、その都度紹介させていただいている。

    話は少し古くなるが2018年暮れ、静岡県焼津港の魚河岸食堂で美味しい海鮮丼が食べられる、と聞いて
   訪れた。着いたのが1時過ぎで、目指す食堂は“売り切れ”で、近くのレストランに入った。

    日露戦争開戦の前年、明治36年に焼津港の北3kmにある標高126mの虚空蔵山に設置された「焼津
   無線電信練習所」と三浦半島の試験所との間で海軍が国産化したばかりの部品を搭載した三六式無線
   電信機を使って無線交信実験が行われた。この時の実験が日本海海戦での勝利に貢献したともいわれる。
    その後、焼津は遠洋漁業基地になり、漁船との連絡のための漁業無線局開設の契機になった。

    無線交信実験を記念して建てた「船舶無線通信発祥地記念塔」を訪れた。

    1895年(明治28年)マルコーニによって発明された無線電信が「船舶無線」に応用され、どのように発達
   したか、その歩みを追ってみた。
    ( 2019年6月 作成 )

   

   

   

   

   

   

   

   

   

   
inserted by FC2 system